-科学技術に関する国際協力-

 

第9節 科学技術に関する国際協力

 

1. 国連人間環境会議とその後の動き

 

 (1) 国連人間環境会議の開催

「かけがえのない地球」という画期的なスローガンを掲げて,1972年6月5日から16日までストックホルムにおいて「国連人間環境会議」が開催された。会議には,世界の113カ国と多数の国際機関の代表が参加し,人間環境と言う人類共通の重要な問題につき全世界的規模でのはじめての審議を行ない,1970年以来,過去2年余りにわたり準備されてきた準備委員会の成果を基に,大きな成果を納めた。その第一は,人間環境宣言の採択であり,第二は,環境問題に関する国際的協力のための諸勧告よりなる国際的行動計画の採択であり,第三は,環境理事会等一連の環境関係の機構の新設に関する決議,第2回環境会議関係決議,世界環境デーに関する決議核実験禁止に関する決議の採択である。

環境宣言は,人間環境の保全と向上のための人類共通の理念を述べたもので,その内容は単に公害問題のみならず,環境権の設定,天然資源の保護,開発と環境保護の調整等,凡そ現在の国際社会の直面するあらゆる種類の環境問題を包含しており,将来の各国の環境政策の指針となるべきものである。また,この会議では,こうした広範な概念である環境問題を,人間居住の環境的側面,天然資源の合理的管理,国際的汚染物質の把握と管理,環境問題の教育・情報・文化的側面および開発と環境の5つの分野に分け審議を行ない,それぞれの分野での問題解決のための国際的協力に関し,合計109項目の勧告よりなる国際的レベルの行動計画(Action P1an)を採択した。他方,今後国連において取り扱われる環境問題を統一的に調整・管理し,環境に関するかかる行動計画を実施に移すために,「環境計画管理理事会」,「環境事務局」,「環境基金」および「環境調整委員会」の4つの機構の新設を勧告する決議が採択された。

わが国はこの会議に於て,「環境基金」への10%の拠出を誓約し,「世界環境デー(6月5日)」創設決議採択に際しイニシアチブをとり,また第2回環境会議開催に関しこれにあらゆる協力を惜まない旨表明したこと等,積極的な貢献を行なった。開発途上諸国の主たる関心は,開発と環境問題との調和,天然資源の管理問題,人間居住問題等に集中し,このため,わが国初め先進諸国の主たる関心の対象(所謂汚染問題)との間に食い違いが明らかとなり,その間の調整が今後の大きな課題の一つとして浮かび上がって来た。

 (2) 第27回国連総会での審議

1972年秋の第27回国連総会においては,国連人間環境会議の成果を踏まえて,環境宣言と行動計画を再確認し「世界環境デー」の創設を正式に決定するとともに,環境理事会等の一連の機構を新設し,わが国を含む58カ国を環境理事国に選出したほか,環境事務局のナイロビ設置,人間居住会議の開催決議等合計11の決議を採択した。これによって,国連環境問題は,今年から環境理事会等の場において,いよいよ具体的活動を開始するわけであるが,事務局のケニア設置の決定に象徴される如く,環境問題に対する開発途上諸国の関心は益々高まっている。わが国は,27回国連総会において,第2回環境会議の本邦招致の意向を正式に表明したが,メキシコおよびカナダも各々その招致の意向を表明しており,本邦招致実現の為には一層の努力が要求されることとなった。

 

2. 原子力の平和利用

 

 (1) 国際原子力機関(IAEA)の活動

(イ) 核兵器不拡散条約(NPT)下の保障措置協定

最近のIAEAの主要な活動の一つとしてNPT下の保障措置協定締結交渉が挙げられる。

NPT第3条に基づいて締結される保障措置協定のモデルについては,IAEA保障措置委員会における審議を経て,1971年4月の理事会で承認された。

このモデル協定においては,国内計量管理制度の有効な利用が定められ,査察は必要最小限のものとすることとし,従来の査察方式に比べ簡素化,合理化が図られている。特に,具体的な査察最大業務量の数字および基準が合意されたことにより,ユーラトム諸国とわが国の平等性確保のための骨組みができたものと思われる。また,NPT保障措置の経費についても,わが国の主張に沿いIAEA通常予算の枠内と決められている。

このモデル協定に基づき,IAEAは33ヵ国およびユーラトムとの間に協定締結交渉を終了し,そのうちオーストリア,カナダ,デンマーク等23カ国との協定にはすでに発効している(ユーラトムとの協定は,1972年9月の理事会にて承認され,今後署名の上ユーラトム各国で国内手続がとられることとなる。)

(ロ) そ の 他

IAEAは,その他発展途上国への援助(とくに,原子力発電の導入および原子力の農業への応用のための援助),原子力に関する環境問題等に重点をおいて活動を続けている。

また,わが国との関係としては,1972年7月に日豪原子力協定,9月に日仏原子力協定が発効したのに伴い,これらの協定に基づく保障措置協定がそれぞれ原子力協定と同日にIAEAとの間で締結された。

 (2) 非核兵器国会議関係

第27回国連総会において,わが国が共同提案国となつてIAEAの技術協力資金の増大を希望し,IAEAの発展途上国援助改善のための再検討を要請し,さらに非核兵器国会議の成果実現のためIAEAなど関係機関に引き続き協力を要請する旨の決議が採択された。

 

3. 宇宙空間の平和利用

 

(1) 宇宙開発には,月等を含む宇宙空間の探査という科学的側面とそれらを人類の利益に利用する側面の二面がある。第1の科学的側面においては,1957年のソ連のスプートニクの打上げ以来約1000箇以上の宇宙物体が打上げられ,それは米国が1969年に行なったアポロ宇宙船による月着陸および1970年のソ連のルノホート(月面走車)の月着陸という壮挙により結実した。

他方,宇宙開発は従来の科学的探査を主とする段階から,宇宙技術の発展に伴い宇宙の実利用を主とし,科学的探査を従とする方向に変化してきており,その実利用面の国際法上の第一歩が1971年にインテルサット協定の成立として結実した。宇宙の実利用の例としては,既に実用中の通信衛星のほか,気象衛星,地球資源探査衛星,放送衛星,航行衛星および測地衛星等の実用衛星の開発が予定されている一方,宇宙技術の他産業への波及効果が考えられる。

このように宇宙開発の重点が,科学面から実用面に移行してくるのに伴い,また,多数の人工衛星が宇宙を飛翔するに至ると,宇宙空間の効率的利用および各国の利害関係の調整が必然的に必要となってくる。

(2) そのため,国連宇宙空間平和利用委員会は,宇宙空間という人類のフロンティアにおける憲法ともいうべき「宇宙条約」を1966年に作成した。この宇宙条約を補完する細目協定として,「宇宙飛行士および宇宙物体の救助返還協定」および「宇宙損害賠償条約」が,それぞれ1968年および1971年に作成された。

1972年においても,宇宙空間平和利用委員会は,宇宙条約を補完する二つの細目協定,すなわち,「月条約」および「宇宙物体登録条約」の作成についての審議を行なった。月条約は,月面上および月の周囲における人類の宇宙活動についてのルールを確立しようとするものであり,宇宙条約と重複する面もあるが,科学調査目的のため月の物質を収集する各国の権利などに関する規定など宇宙条約にはない新しい規定を含んでいる。この月条約は,(i)月および月の資源を人類の共同財産とする。(ii)この条約の適用対象を月に限定するかまたは月のほかに他の天体までも含めるかなどの点について各国の合意が成立していない。これらの点について解決されれば,月条約は前記の2つの協定とともに宇宙関係の細目協定として成立することになろう。

他方,宇宙物体登録条約は,各国が宇宙空間へ打ち上げる人工衛星などの宇宙物体を国連事務局に登録させることを義務づけようとするものである。カナダおよびフランスが,共同で宇宙物体登録条約案を提案し,これを基礎に審議が行なわれたが,主要な打上国である米国およびソ連は登録のため宇宙物体に標識を付する点などについて,技術的にきわめて困難であるとして消極的な態度を示した。

 

4. アジア科学協力連合(ASCA)

 

 (1) アジア科学協力連合設立の経緯

アジア科学協力連合(ASCA)は,アジア諸国の科学技術協力を促進するための政府間の国際機構であり,第1回会議は,1972年3月,マニラにおいてオーストラリア,韓国,日本,インドネシア,タイ,ヴィエトナム,フィリピンの7カ国の政府代表の出席を得て,また,オブザーヴァーとしてシンガポール,ニュー・ジーランド,マレイシアの3カ国ならびに6の国際機関(UNDP,UNESC0,UNICEF,UNID0等)の代表の出席の下に開催され,ASCA設立の正式決定,ASCAの目的および第2回会議の東京開催等を内容とする共同声明を採択した。

 (2) ASCAの目的

第1回会議は,ASCAの目的として次のとおり決定した。(i),アジア各国の科学資源および研究計画に関する情報を交換すること,(ii),アジア各国の科学上または技術上の共通の関心分野を明確にすること,(iii),UNESC0のような既存の機関を通じて,または,その他の最も適当かつ効果的な手段を通じて,2国間または多数国間べースで優先度の高い問題の解決をはかるための方法を調査すること,(iv),既存の国際機関およびアジア地域機関に対し科学技術面での助言を行なうこと,(v)アジア諸国における科学技術の発展のための計画の実施状況を必要に応じて調査すること。

なお,ASCA構成国たる地位は,アジア地域内諸国に原則的に公開されているが,被招請国の範囲については,会議主催国の判断にある程度ゆだねられている。また,上記のASCAの目的を達成するため,加盟諸国の科学関係閣僚または,これに準ずる者を首席代表とする会議が,各国持ちまわりにより,毎年開催されることになっている。

 (3) 第2回会議の東京開催

第2回会議は,1973年3月8日から15日まで(8,9日は実務者べースの会議,13日から15日までは閣僚会議),東京において開催され,日本,オーストラリア,ニュー・ジーランド,インド,インドネシア,パキスタン,バングラデシュ,スリ・ランカ,シンガポール,フィリピン,タイ,ヴィエトナム,クメール,韓国の14カ国から,科学関係閣僚またはこれに準ずる者を首席代表とする代表団が出席し,また,オブザーヴァーとして,マレイシアおよび8の国際機関(ECAFE,FA0,UNDP,UNESC0,UNICLEF,UNID0,WM0,国連)の代表が出席した。まず,実務者会議では事務的,技術的な討議を行ない,その結果を閣僚会議に報告した。閣僚会議においては,各国首席代表が,一般演説において,ASCAにおける科学技術協力の将来に対する全般的な熱意を表明し,また,すべてのASCA加盟国が,加盟諸国間の連絡のための各国の窓口機関として国内科学官庁または国内事務局を指定した。さらに,各国が,自国の科学技術政策の現状についての詳細な報告を行なった。また,前記の実務者会議の報告に基づき,今後ASCAがとりあげるべき個々の地域協力プロジュクトについての各国の提案(合計8件)の審議を行ない,今後の取扱い方を決定した。さらに,次回の会議を1974年にニュー・デリーにおいて開催することを決定した。これらの決定事項は,最終日に採択された共同コミュニケに記載された。

なお,上記の地域協力プロジェクトのうち,わが国からは,「ASCA諸国間の科学研究協力を促進するための一方法としての域内研究機関等の提携」を提案した。この提案は,各国が連絡のための窓口機関を設け,共同研究の希望テーマに応じて自国内の該当する研究機関を紹介し,研究機関相互の協力関係を進め,また,他の国際機関との協力等を行なおうとするものである。

会議は,この提案に原則として同意したが,その具体的実施方法について研究するため,特別のワーキング・グループを設置すること,各国が,このグループヘの専門家をそれぞれ指名すること,日本がこのグループの事務局を提供し,日本が中心となつて検討を継続することについて合意した。

 

5. 南極条約協議会議

 

第7回南極条約協議会議は,1972年10月30日より11月10月まで,ウエリントンにおいて南協条約原署名国12カ国の代表参加の下に開催され,主なる議題として次の問題を審議したが,各国とも同会議を重視し,活発な議論が展開された。

(i) 南極地域の動植物群の保存のための合意措置(1964年の第3回協議会議で採択された勧告)の実施のための締約国の国内立法または行政措置の検討

(ii) 南極資源一鉱物探査の影響

(iii) 運輸協力

(iv) 非締約国の活動

(i)については,会議は,本件合意措置の未承認国による承認の促進を強調した。(ii)については,同会議は,「極地の鉱物探査の技術が発展したことおよび南極地域に採取しうる鉱物が存在する可能性について関心が増大しつつあることに留意し,鉱物探査は,環境的問題を発生させるおそれがあり,協議国が環境保護および資源の賢明な使用のため責任を負担すべきことを認識し,南極資源鉱物探査の影響という問題は注意深く研究され,二次期協議会議の議題に含めるよう勧告する。」との勧告を採択した。現在,南極資源の開発については,英,米を中心として各国とも極めて積極的な関心を示しており,英国は,資源の探査のみならず,開発までも行なうという態度であり,米国は,商業べースでも開発を行なうという姿勢である。(iii)については,会議において,米国は,南極条約地域のための非商業的国際航空輸送組織(エアバス・システム)の構想を提示したが,同構想は,各国の南極探検隊の科学者が南極条約地域のすべての部分へ接近することを容易化し,これにより,科学的調査および資料交換の国際協力を容易にしようとすることを意図したものであり,会議は,同構想について各層が今後充分に検討すべきであることにつき合意した。(iv)については,会議は,南極条約非締約国による南極条約地域における活動または領土請求権について討議し,かかる国に対しては,締約国政府が,南極条約に規定されているとおり,相互に協議し,かつ,非締約国に対し,締約国となることにより得られる権利,利益ならびに締約国の責任および義務を指摘して,同条約に加入するよう勧告することが適当であると合意した。上記の非締約国の活動とは,ブラジルの活動であり,チリ,アルゼンティンが,ブラジルの国名をあげはしなかったが,ブラジルの活動をおさえなければならないとして,本件問題を提案したのである。

わが国としては,かつて藤山外務大臣が,国会において,「南極を個々に分割して領土とすることは反対であり,世界的な管理を適当と思う。」と述べた(注,昭33.2.14,衆院予算委第1分科会)が,今や南極をめぐる情勢は,同地域の鉱物資源開発やエア・バス・システムが,協議会議で真剣にとりあげられる趨勢にあるので,わが国としても,今後は,高次なる政治的判断に基づく具体的政策決定を迫られることとなろう。

 

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