-軍縮問題- |
最近の国際情勢が緊張緩和の方向に大きく流れを変えつつある中で,軍縮交渉も大きな進展が期待されたにもかかわらず,72年度の軍縮委員会は見るべき成果をあげることができなかった。まず核軍縮案件のうち緊急の問題である包括的核実験禁止問題は,検証手段をめぐる米ソ間の意見の対立のため依然とてその解決に何らの進歩も見られなかった。他方,化学兵器禁止問題についても各国の真剣な努力が傾注されたにもかかわらず,結局その解決は73年度の軍縮委員会の審議に委ねられることとなった。かかる情勢を反映してか,国連第27総会における軍縮問題の審議においても具体的な成果は得られず,世界軍縮会議問題の今後の取り扱い,および南太平洋における大気圏内核実験禁止問題等についての討議が若干盛り上りを見せたにすぎなかつたといえよう。国連第27回総会でソ連が新らしく提案した武力不行使と核の永久使用禁止問題にしても,ソ連提案の目的が不明確であり,例えば国連憲章の原則と如何なる関連を持つか等の問題点があるところから,中国および米英等西側諸国が右提案に否定的な態度を示し,またその他の諸国も概して消極的であったため,その審議は極めて低調であった。他方,国連第26回総会からその審議が開始された,世界軍縮会議の開催問題,インド洋平和ゾーン設置問題が国連第27回総会でも再び取り上げられ,その結果前者に関しては特別委員会が,また後者に関してはアド・ホック委員会がそれぞれ設置された。
なお,わが国は,南太平洋における大気圏内核実験禁止問題およびカナダ,スウェーデンと協力して決議案を提出した包括的核実験禁止問題の審議には特に積極的に参加した。
72年における軍縮問題の各案件中,注目される諸点およびわが国の活動状況は次のとおりである。
72年9月15日ソ連政府は,国際関係における武力不行使および核兵器の永久使用禁止問題を総会の重要かつ緊急な問題として議題に加えるよう要請した。同時に,国連総会本会議に,(i)国連加盟国のために,国際関係において武力による威嚇または武力の行使を否認し,かつ核兵器の使用を永久に禁止することを厳粛に宣言する,(ii)この総会の宣言が国連憲章第25条に基づき,拘束力を得るため,安全保障理事会がすみやかに適切な措置をとるよう勧告する趣旨の決議案を上程した。
この決議案に関する審議においては,当初予想されたとおり中国代表は,ソ連が核の全面撤廃を提案しないで核の永久使用禁止を提案しているのは偽瞞にすぎない等を指摘して激しく反発した。結局,この決議案は前記主文第2項について,「国連憲章第25条に基づき,拘束力を得るため」の文字を削除し,単純に,「完全に実施するため」と修正されて表決に付され,賛成73(ソ連圏,AA等),棄権46(日本,西欧,ラ米等),反対4(中国,アルバニア,ポルトガル,南ア)をもって採択された。(決議2936(XXVII))
なお,わが国は,本件決議案の内容,特にそれが国連憲章の定めた権利義務といかなる関係に立つか等が不明確であり,また中国,米国等本件決議案を有効に実施するに当ってその協力を必要とする主要諸国の多くが棄権ないし反対している点からみて,本件決議案の実効性に多分の疑義があったため,投票に際し棄権した。
国連第26回総会決議(2833)に従い,日本,米国,英国,フランス,ソ連,メキシコ等33国より世界軍縮会議(WDC)開催の可否,時期,場所,議題等手続事項に関する回答が寄せられ,72年9月25日に事務総長報告として公表された。それによると,米国を除いては(但し中国は回答せず),国連の枠内で,十分な準備の後にすべての核兵器国の参加するWDCを開催することについては大多数の諸国の間で意見の一致が見られていることが判明した。
第一委員会における審議において,先ずソ連が,すべての国の参加するWDC開催の決定を求め,かつ,その具体的な開催の準備のために準備委員会の設置を求める趣旨の決議案を各国に非公式に提示するなど積極的姿勢を示した。しかし,米国は,WDC開催および準備委員会設置にも強く反対し,西側諸国も中国の消極的な態度に鑑み,ソ連提案に対し懐疑的であった。なお,中国はWDC開催の前提条件として,(i)核保有国による核の第1撃使用禁止宣言,(ii)外国に駐留する軍隊の撤退,および在外軍事基地の解体を強く主張し,それら諸条件が満たされないままの開催は,時期尚早であるとして,反対の態度を示した。他方アルゼンティン,ブラジル等は,本件をさらに検討するためスタディー・グループを設置する構想を打出した。しかし,結局ザンビア等非同盟諸国から,開催のための準備をするのでなく,各国から示されたWDCに関する種々の見解を検討するための特別委員会の設置を提案する決議案が妥協案として上程され,11月22日,第一委員会において採択された(なお米国のみが表決に際し棄権し,中国を含め,その他の諸国はすべて賛成した。)。その際わが国は,投票理由の説明を行ない,今回の投票が将来におけるわが国のWDCに対する態度を拘束するものではない旨明らかにした。
その後右決議案は,11月29日総会本会議においても圧倒的多数(但し米国は棄権)で採択された。(決議2930(XXVII))
右決議の骨子は次のとおりである。
(あ)適当な時期にWDCを開催するに適切な条件をつくるため,二層の努力を行なうようすべての国の政府に要請する。
(い)WDCの開催と,それに関連する諸問題についてのあらゆる見解の検討のために,総会議長より任命された35カ国からなる特別委員会を設置し,その報告を第28回総会に提出するよう要請する。
その後直ちに各地域グループ内で,特別委員会メンバーの選出に関する協議が進められ,12月20日総会議長より,わが国を含む31カ国(核兵器国としてはソ連のみ)を同委員会のメンバーとして任命すること,および他の核兵器国のために残り4議席を留保する旨を明記した書簡が国連事務総長に伝達された。
1972年2月末より5月初旬まで開催された軍縮委員会の春会期の審議において,前年と同じく核実験の即時かつ全面的停止を求める諸国と,部分的段階的に実験禁止を実現せんとする諸国の二つの見解が対立した。この春会期において西堀代表は,従来通り大気圏内における核実験の早期停止を要求するとともに,地下核実験については,(i)日本,カナダ,スウェーデンの3カ国の地震観測所のいずれか2カ所でマグニチュード53/4以上の地震波が記録されるような規模のものを直ちに停止する。(ii)次にこの地震観測所網を46ヵ国に拡大することにより,米ソにマグニチュード51/4以上の地震波が記録されるような大規模地下核爆発を自制させる。(iii)さらに一層小規模な地下核爆発の探知識別を可能とする高感度の地震計の開発,設置を待ってさらに米ソに対し,一層小規模の地下核実験についても段階的に停止を求めていくの3点を骨子とする提案を行なった。
この提案のフォローアップとして72年5月にカナダとスウェーデンに本問題について非公式な専門家会議を開催するよう招請したところ,カナダ,スウェーデン両国の賛意を得たので東京で同年6月7日から13日まで3国の非公式な専門家会議が開催された。この会議において3国は,技術的諸問題について意見を交換した結果,今後のデータ交換の協力等についての共同了解事項を採択した。次いで同年6月20日から9月7日までジュネーヴで再開された軍縮委員会夏会期において,多数の諸国がこの3国の非公式な専門家会議についての努力を多とする旨発言した。しかし,わが国をはじめとする各国の努力にもかかわらず,この夏会期においても特に包括的核実験禁止問題は,見るべき進展がなかった。
72年9月から始まった国連第27回総会においては,米ソの地下核実験,中仏の大気圏内核実験続行を背景として3つの決議が採択された。中仏は,核実験禁止に関するこれら決議に全て反対投票し,実験継続への執念を見せた。わが国は,すべての核実験を73年8月5日迄に停止することを要求するメキシコ等14カ国決議案には,現実的な見地より棄権したが,太平洋およびその他の地域におけるあらゆる大気圏内核実験を禁止せんとするオーストラリア,ニュー・ジーランド等13カ国案および地下核実験の禁止に主眼をおいた日本,カナダ等15カ国案には,共同提案国として積極的にその採択に努力した。
その後上記3決議案は,総会本会議において11月29日投票に付され,メキシコ等14カ国案は賛成80,反対4(アルバニア,中国,仏,ポルトガル),棄権29(日本,西欧,ソ連圏等)で(決議2934A(XXVII)),太平洋沿岸諸国13カ国案は賛成105(日本,西欧,ソ連圏等),反対4(中国,仏,アルバニア,ポルトガル),棄権9(アルジェリア,コンゴ,キューバ,インド、マダガスカル,マリ,モーリタニア,ルーマニア,ザイール)で(決議2934B(XXVII)),また,日加瑞等15カ国案は賛成89(日本,AA,北欧等),反対4(中国,仏,アルバニア,ポルトガル),棄権29(ソ連圏,西欧の一部等)でそれぞれ採択された(決議2934C(XXVII))。
生物兵器禁止問題については,昨年の4月10日,「細菌学的(生物学的)兵器および毒素兵器の開発・生産および貯蔵の禁止ならびにこれらの兵器の廃棄に関する条約」が寄託国政府である米・英・ソ3カ国政府から署名のために開放され,わが国も同日署名した。72年の軍縮委員会においては化学兵器禁止問題が主要な問題の一つとなったが,この問題では検証手段の解決が先決であるとする米国等の諸国と検証問題を抜きにした条約案をいきなり春の軍縮委員会において提出し,政治的に解決を図らんとする東側諸国が鋭く対立し,合意成立への実質的な進展が殆んど見られなかった。
こうした中でわが国は,72年夏に開催された軍縮委員会の非公式専門家会議において,有効な検証手段の確保のために積極的なわが国の姿勢を示した。また,国連第27回総会第一委員会においても,わが国代表が現状の行き詰りを打破し,具体的な解決策を見出すためには,化学兵器の開発・生産および貯蔵等のすべての活動を一挙に包括的に禁止することが困難であるならば,例えば,化学剤の生産・開発等の活動のみの禁止をまず実現し一歩一歩問題を解決せんとする部分的段階的禁止措置を講じるべきである旨提案し,各国より注目された。
国連第27回総会においては,化学兵器禁止の目的を再確認し,この問題の解決のために高い優先度をもって交渉し,各国政府も軍縮委員会に提出された作業文書,提案等について積極的に検討し作業を進めるよう要望する決議案が第一委員会に提出された。右決議案は第一委員会における審議表決を経た後,11月29日,本会議において賛成113,反対O,棄権2(中国,フランス)で採択された。(決議2933(XXVII))
わが国は,従来からの化学兵器禁止問題に対するわが国の積極的な態度に照らし,その主旨に賛成して上記決議案の共同提案国となった。なお表決に際し棄権した中国は,米ソ二超大国が先ず化学兵器の廃棄を行なうべきであること,およびこの問題は中国が既に義務を受け入れているジュネーヴ議定書に規定されている旨述べた。またフランスは,この問題には十分な検証が必要であるが,これまで提出されている条約案には検証規定がないこと,およびフランスは軍縮委員会の討議に参加していない旨述べ,棄権理由を説明した。
ナパームの問題は,従来,ナパームおよびその他の焼夷兵器が市民,軍隊を問わず無差別に大量の殺傷,火災効果を有するため,人道上の問題としてこれまで国連総会の第三委員会で審議されてきた。
しかしながら,この問題を解決するためにはこの種兵器を十分に研究する必要があるとして,71年の国連第26回総会決議2852(XXVII)に基づき国連事務総長のもとに各国(東側および非同盟)から専門家が派遣され,研究が行なわれた。その結果,「ナパームおよびその他の焼夷兵器ならびにこれらの兵器の可能な使用の諸点について」と題する国連事務総長報告書が72年10月9日提出された。この報告書に基づき,スウェーデンおよびメキシコは,ナパーム兵器の問題は単に人道上のみの問題ではなく,軍縮の立場から政治的に解決すべき問題であるとして「各国政府に事務総長報告書に注目するよう推奨する」ことを趣旨とする決議案を第一委員会に提出した。その後ケニアが「焼夷兵器の使用を遺憾とし」を主旨とする一項を本文に挿入する修正案を提出した。72年11月29日に行なわれた総会本会議では,これを受け入れた決議案が表決に付され,賛成99,反対0,棄権15(日,米,英等を含む)で採択された。(決議2932A(XXVII))
わが国は,当初の決議案には賛成の意向であったが,政府による報告書検討を経ない前に当初の決議案の手続的性格を変えるような修正が行なわれたため,米・英等と同様表決に棄権をした。
72年11月24日スリ・ランカ(セイロン),インド等を含めた27カ国は,第一委員会に対し,次の如き趣旨の決議案を提出した。
(1) インド洋沿岸および周辺国,安全保障理事国,ならびにその他のインド洋主要海運利用国に対し,インド洋が平和ゾーンであるべき旨の構想を積極的に支持するよう要請する。
(2) すべての関係国に対し,出来るだけ早い時期にこの構想を実効あらしめるために協議を促進するよう要請する。
(3) 国連憲章の目的と原則に合致するインド洋の沿岸国および周辺諸国の安全保障上の利益ならびにその他の諸国の利益に妥当な考慮を払い,この決議の目的を促進するためにとられる措置に関連ある提案を調査し,来る第28回国連総会に報告するために15カ国よりなるアド・ホック委員会の設置を決定する。
この決議案は,第一委員会における審議表決を経て72年12月15日本会議の表決に付され,賛成96(日本を含む),反対0,棄権32(西欧,ソ連圏諸国を含む)で採択された(決議2992(XXVII))。
わが国は,右決議案表決に際して,インド洋に平和ゾーンを設置することについての沿岸国の願望やその重要性を認めつつも,これを具体化するに当って公海の自由の原則等すでに確立している公海における一般的法制度といかに調和させるか,および本構想を軍縮措置として実施するに当って生じるであろう政治的,技術的諸問題の複雑性,困難性にかんがみ本決議の具体化に際してはかかる諸問題について慎重な検討を必要とする旨強調して右決議案に賛成した。
なお,わが国は,中国,オーストラリア等諸国とともに右アド・ホック委員会のメンバーに参加している。(安全保障理事国でこのアド・ホック委員会のメンバーに参加している国は中国のみである。)