-海をめぐる国際協力- |
四方を海にかこまれ,海洋に依存することの大きいわが国は,海の法秩序をめぐる国際的な動きには深い関心をもたざるをえないが,第三次海洋法会議の開催を間近かに控え,最近の海をめぐる外交活動は国際的レベルにおいてとみに高まっている。
漁業とか海運といった従来の海洋利用を支えてきた伝統的な「海洋自由」の原則は,今日,海洋の利用の量的,質的な変化,科学技術の飛躍的な進歩,南北間題の反映等の諸要因の前に再検討を余儀なくされている。
そのような動きの端緒となったのは1968年の国連海底平和利用委員会の設立である。同委員会は当初大陸棚をこえた,いわゆる深海海底の国際管理の法制度の研究を任務としていたが,開発途上諸国の強い要望もあって,1971年以降,海洋法会議の開催をめざして海洋法全般の審議を行ない,実質的に第三次海洋法会議の準備委員会としての役割を荷うこととなった。現在同委員会のメンバー国は91ヵ国の多きを数えるに至っており,この問題に寄せる各国の関心の大きさを物語っている。
第27回国連総会は同委員会の作業の進捗状況をも勘案しつつ,1973年11月~12月にニュー・ヨークで第三次海洋法会議の手続問題を審議し,1974年4月~5月にサンチァゴで海洋法会議の実質的セッシヨンを開催すること,あわせて,73年春から夏にかけて海底平和利用委員会における準備作業の進捗を図ることとを決定した。
海洋法会議における一般的な法制度の検討と関連する問題として,海洋汚染防止のための国際協力も個別に推進されており,IMC0による船舶に関する海洋汚染防止のための国際協力,1972年11月採択された海洋投棄規制条約等が特記される。
国連海底平和利用委員会は3つの小委員会に分かれて問題の検討を行なっているところ,概要は以下の通りである。
(1) 第 一 小 委
第一小委は国家管轄権の及ぶ海底(大陸棚)をこえたいわゆる「深海海底」の利用とその資源開発行動を国際管理に服せしめるための制度およびそのための機構設置の問題を検討している。1970年の第25回国連総会は「深海海底」は「人類の共同財産」である旨の海底法原則宣言を採択しており,「深海海底」の利用とその資源開発を規律する将来の多数国間条約が向うべき方向を示唆している。
この中でとくに大きく問題となる点は国際管理の対象となる海底の範囲で(裏返せば大陸棚の範囲)ある。これについては(i)沿岸国の権利が及ぶ海底(いわゆる大陸棚)の範囲を最大距岸200海里とする後述「経済水域」派,(ii)沿岸国の権利が及ぶ海底を水深200メートルまたは距岸40海里までの海底として比較的狭い大陸棚を主張するグループ,(iii)沿岸国の権利の及ぶ海底を水深200メートルとするが,水深200メートル以深の大陸棚斜面と呼ばれる海底については国際社会が沿岸国に管轄権を信託するという「国際信託地帯」の推進派とがあるが,ラ米,アジア,アフリカ諸国の支持をえて,現在(i)の説が国際的に有力となりつつある。
その他,国際管理の制度および機構の内容をいかなるものにするかにつき,強い国際管理を主張する多数の開発途上国と弱い国際管理を主張するわが国,米,英,ソ等先進国とが対立している。
(2) 第 二 小 委
第二小委には領海・漁業管轄権・大陸棚・海峡の通航権といった諸問題の検討と条約草案の作成作業,またとくに来たる海洋法会議でとり上げられるべき問題をリストアップする作業が割り当てられてきた。このうち後者「海洋法問題リスト」は,昨年夏会期に,海洋法の包括的な再検討を要求している発展途上諸国の意向を反映して25項目に及ぶリストが採択され,今後海底委の準備作業はこのリストに基づき進められることになった。他方,前者の海洋法の具体的諸問題の審議は,昨年までリスト問題を優先させてきたためにあまり進展していないが,各国によりすでに漁業・海峡等主要問題についていくつかの条約草案ないし作業文書が提出されており,今後の交渉の下地は着実に準備されつつある。
漁業について見ると,各国の主張は,(i)最大限200海里までの水域の生物・非生物一切の経済的資源を沿岸国の排他的管轄下に置こうとする「経済水域」の考え方,(ii)沿岸国に対しある程度領海に隣接する公海水域での優先的権利を認めようとする「漁業優先権」の考え方,(iii)原則として沿岸国は領海に隣接する公海水域の漁業資源に専属的管轄権を持つが,他国の利益もある程度尊重されるべしという(i)と(ii)の中間派,に大別されるといえよう。わが国は昨年夏会期に(ii)の立場に立脚する公海漁業制度案を提出したが,アジア,アフリカ,ラテンアメリカの多数の発展途上国を中心として(i)の考え方が強まりつつあり,遠洋漁業国としてのわが国は苦しい立場に置かれている。
また海峡の通航権,群島国家の領海制度,大陸棚の範囲,大陸棚上の島の地位など第2小委の審議すべき主要な問題は多く,今後作業部会を通じて本格的な審議が進められて行くこととなっている。
(3) 第 三 小 委
第三小委においては海洋汚染防止問題と科学調査の自由をめぐる問題が扱われている。前者については昨年度海底委夏会期において作業部会が設置され,今後海洋汚染防止に関する国際条約を締結するための作業を進めることになっている。その場合とくに問題になるのは汚染を防止するために沿岸国が領海外においても汚染源を規制する特別な権利(いわゆる汚染防止ゾーンの設定権)を有するとする一部先進国や開発途上国の主張が妥当か否かであり,わが国を初めとする海洋先進国にとっては漁業や領海幅員問題ともからんで慎重な検討を必要とする問題である。海洋科学調査に関しては,公海上はもとより沿岸海域においても原則として自由であるべきであるとする先進国側の主張と,前者は国際機構の管理の対象とし,後者は沿岸国の管轄権に服すべきであるとする開発途上国側との主張が対立しており,科学調査が海洋に関する基本的なデータを収集する活動である点を考えれば,わが国としても,本件に関する今後の作業には一層積極的に参加する必要がある。
海底平和利用委員会の第三小委は,海洋汚染防止問題を検討しているが,この問題は国連の内外においても活発な活動の対象となっている。海洋の汚染源には(i)陸上からの汚染(ii)船による汚染((あ)運航に伴う油濁,(い)事故によるもの,(う)投棄によるもの)(iii)海底開発に伴うものがあるが,これらのうち(ii)の(あ)の規制はでにIMC0の関連油濁防止諸条約があり,さらに73年条約を目下検討中である。(下記4,参照)(う)に関しては1972年11月に「廃棄物およびその他の物質の投棄による海洋汚染防止に関する条約」が採択され,ストックホルムの人間環境会議での合意に基づき作成された最初の条約となった。同条約の「汚染取締に際しての沿岸国の管轄権の範囲と性質は来るべき海洋法会議の結果を待って決定される」との規定が示すように,この条約作成会議は第三次海洋法会議の前哨戦的性格を持っていた。わが国は本条の趣旨に賛成であり,署名・批准のための手続を進めている。
4. 「船舶による海洋汚染防止のための1973年条約」採択会議の準備
海をめぐる国際協力について述べる場合,無視できない存在として政府間海事協議機関(IMC0)がある。IMC0は次節において述べる通り主として船舶の安全航行の確保を目的とするものであり,このため従来から種々の条約,規則等を作成してきたが,他方,船舶による海洋汚染問題についても早くから多大の関心と注意を払ってきた。船舶による海洋汚染の原因としてはタンカー等から排出もしくは流出する油が最大のものであるところからIMCOはこれまで主として船舶の油による海洋汚染の防止に努力を傾けてきた。その現われが「1954年の油による海水の汚濁の防止のための国際条約」を1962年,69年,71年にそれぞれ改正し,船舶の油排出規準の厳格化,油の排出区域の拡大,タンカーのタンクサイズの制限等を行ない同条約の内容を時代の要請に沿うものとしたことである。しかしながら,最近では海洋汚染防止のためには油のみならずその他の有害物質の船舶からの排出もしくは流出をも規制する必要があることが認識されるに至っている。このためIMC0では2年程前から「船舶による海洋汚染防止のための1973年条約」を採択する目的でその条約案をIMC0の汚染小委員会等の場で検討してきた。現在のところ最終的な条約案は未だ固っていないが,現段階での条約案の特色は次の通りである。
(i) 油のみならずその他の有害物質をも規制の対象としていること
(ii) 新造タンカーに関しては専用バラストタンクの設置,船底の二重底化 等船舶構造の改善を盛りこんでいること
(iii) 従来,国際条約違反の船舶の処罰はその船舶の旗国が行なうこととするいわゆる旗国主義が採用されてきたが,今次条約案ではそのような船舶が他国の港に寄港した場合には寄港国が処罰できることとする旗国主義の例外を認めていること
なお,この1973年条約は本年秋に開催される外交会議で正式に採択される予定である。