-変貌しつつある国連-

 

第16節 変貌しつつある国連

 

 

1. 国連機能の新しい発展

 

 (1) 新しい機能

いうまでもなく国連は,第一義的に国際の平和と安定維持を目的とする機構として発足した。憲章に規定されているこの基本的性格は,今日においても変更されたわけではない。しかし,現実に国連が国際の平和と安全の維持のため,いかなる具体的機能を果しているかをみれば,その機能の在り方は,本来想定されていた在り方からかなり変化してきたといえる。

国連が1945年に創設された際に,その主要機能として予定されていたのは,(i)安保理による強制制裁措置を中枢とした国際集団安全保障体制を築くことによって,国際の平和と安全の維持をはかる,(ii)国際協力の促進およびこれを通じての人類の福祉の向上をはかり,永続的平和の土台を築くことであった。

この中,国連憲章において,国連の第一義的機能として予定されていたのは前者である。後者は,むしろ,その基盤を醸成する役割を期待されていたものと考えられるが,その場合,このような国際集団安全保障体制としての機能が発揮されるための大前提となっていたのは,第二次大戦連合諸国側主要国であった五常任理事国,なかんずく米・ソ両国の協調であった。しかしこの大前提は国連発足当初から崩れ去り,安保理による強制制裁措置が常任理事国の拒否権により発動される見込みがほとんどなくなったことにより,上記機能は事実上麻痺してしまった。この結果,世界各国の安全保障は国連の外で決ってゆく大国間の軍事バランスの動向に主として左右されるようになった。この現実は“緊張緩和"動きがみられる今日においても基本的に変わっていない。

本来国連憲章において想定されたこの中心的機能が実現されないままに麻痺してしまったのと対比的に,最近の国連は国連創設当時には必ずしも国連の平和安全線持機能の中核とは考えられていなかった他の機能の面で,注目すべき発展をみせることになった。すなわち,(i)「平和維持活動」を通じての局地紛争の拡大防止と平和的解決の促進,および(ii)「国際協力の促進」を通じての紛争原因の除去がそれである。

 (2) 平和維持活動の持つ意義

「平和維持活動」とは,憲章上明確な根拠を持たないが,スエズ,コンゴ,サイプラスの各種国連軍,パレスチナ,カシミール,レバノン,西イリアンの各種国連監視団などの活動を通じて固ってきた概念であり,安保理または総会の決議にもとづき,休戦・停戦の監視,治安の維持といった警察的機能を,紛争当事国の同意と加盟国の自発的協力を得て果すことを目的とする。この活動は,それが軍事的大国の基本的利害に反する場合には実現されえないという制約を有するが,大国の基本的利害がからんでいない局地紛争に対しては有効である。事実,国連は上記各種国連軍,国連監視団の派遣を行なうことにより,幾度か局地紛争の拡大,再発の防止,さらにはその平和的解決の促進をはかってきた。今日の世界の安全の中枢が国連外で成立する大国の軍事的均衡であることはすでにみたとおりであるが,他方,世界の平和が大国間の軍事的均衡のみによって保障され得ないことは絶えることのない局地紛争の例からも明らかであり,ここに今日の国連の「平和維持活動」の意義と重要性がある。

 (3) 国際協力促進の意義

「国際協力の促進」とは,国連という組織を通じて加盟国が国際協力を実現してゆくプロセスを意味するが,より具体的には,総会,安保理,あるいは総会と連携する専門機関において問題が審議され,そこで「多数」によって採択された勧告的性格を持つ決議が加盟国によって自発的に履行されることを意味する。加盟国の自発的協力を前提とするこの国連の機能は国連発足時より想定されていたが,科学技術の急速な発展,世界経済の拡大,東西冷戦の解消などにより国際関係が緊密化・多様化し,国際的レベルでの協力,調整なくしては解決しえない問題が飛躍的に増大したことにより,その重要性が当初の予想とは比較にならないくらい高まってきたものである。

すなわち今日の国連に持ち込まれ,そこでの国際協力が推進されている問題は,世界の平和,軍備規制,植民地解放,開発途上国援助,人権,人口,麻薬,文化,ハイジャック,宇宙,海洋,環境……ときわめて多岐・多様であり,人類の全活動におよんでいるといっても過言ではない。大切なのは,これらの問題の審議を通じて,各国の錯綜するさまざまな利害の調整がはかられ,国際社会の最大公約数的妥協点が見出されているということである。この相互の妥協による利害調整自体が,国際紛争の原因の除去の意味を持ち,紛争の平和的解決のプロセス自体であることはいうまでもなく,この点で「国際協力の促進」は,世界平和の維持に直結している。年々比重を高めている「南北間題」(次節参照)の意義もまさにこの点からとらえることができよう。またこの利害調整のプロセスを通して国際社会の連帯感が醸成されていることも見逃されてはならない。(第18節「フロンティア外交の展開」参照)

近年とみに認識されつつある国際関係の構造面における「多極化」(下記2.参照)の中で,国際関係の網の目は,社会体制の差異を乗り越えてさまざまな方向にさらに広がりつつあり,国連の「国際協力促進」機能の果すべき役割は増大する一方である。

 

2. 国連をめぐる国際関係の多極化・流動化

 

 (1) 米・ソ2大国の影響力の限界

上述のごとく国連機能には,最近著しい新たな発展がみられているが,他方国連をめぐる各勢力の在り方も変化してきている。近年世界は米・ソを中心とした二極構造から,米・ソ両国を含む多くの国がさまざまの影響力を行使し合うという多極的構造に移行しつつあり,国際関係は流動化の傾向にあるとの認識が深まっているが,国際社会を映す鏡ともいわれる国連においても,同種の変化が見られる。

すなわち,国連において圧倒的力を持っていた米国は,第三世界の抬頭により徐々にその影響力を弱めつつあったが,近年においては,安保理においても,総会においても容易に「多数」を制し得なくなっており,場合によってはソ連と組んでも,非同盟諸国などの反対によりその推進する決議案が阻止されることもある。また米国に対抗して,とくに東西対立,イデオロギー的色彩の濃い改正問題について非同盟諸国などを味方につけ,有利な多数派外交を推進しようとしてきたソ連の影響力も,限界がみえてきている。とくにこのことは中国という対立勢力の登場により一層明確になりつつある。

 (2) 第三勢力の抬頭

他方,米・ソ冷戦時代に米・ソ両陣営に対するアンチテーゼとして抬頭してきた非同盟諸国は,米・ソの平和共存,さらには近年の多極化現象の必然的な結果としてその結束の基盤がゆるみつつあるようにに見うけられる。この非同盟諸国を中心として国連加盟国132ヵ国の中100近くを占める国々は,一般にいわゆる「第三勢力」として知られ,その多くが,(i)第二次大戦後の新独立国であること,(ii)旧植民地であったこと,(iii)政治的には非同盟政策をとっていること,(iv)経済的には持たざる国であること,(v)地域的にはアジア,アフリカ地域に属していること等の共通性を有している。これらの共通性のために,このグループは,あるいは非同盟グループとして,あるいは77ケ国グループととして,あるいはA.A.グルーブとして,国連政治における一つの勢力を形成するが,究極的には,その結束が真に強力な力を発揮しえるのは,これらの国にとつて死活的問題たる経済・社会開発問題の分野に限られている。

このようないわば覇者不在の状況の中で,さらに北欧諸国,ASEAN諸国,拡大欧州共同体諸国,日本などの諸勢力が独自の動きを展開している。

 (3) 主要勢力の動向

1972年度の第27総会(あるいは安保理)にみられた主要勢力の動向は次のとおりである。

《 米 国 》

上述したように,米国による国連における多数確保が保障され得なくなった状況において,米国は,場合によっては少数派として孤立することも敢て辞さずとの決意の下に是々非々主義の立場から国連外交に臨むとの姿勢が看取される。具体的には,中東問題安保理(1972年9月)において国連参加以来1970年3月(南ローデシア問題安保理)に次ぐ二度目の拒否権行使を行なったことが画期的な出来事としてあげられる。そのほかにも,第27総会を通じて,国際テロリズムの問題について,最も強硬な米国決議案を単独提案して最後までこれを主張しつづけたこと,直接テレビ放送衛星問題および国連環境事務局ケニア設置問題につき一国のみの反対を貫いたこと,世界軍縮会議特別委設置問題につき一国のみの棄権を辞さなかったことなど,自らの立場を明確に打出した結果,多数から孤立するケースが注目された。他方,国連における米国の影響力の相対的低下の事実から,米国が国連における単なる一加盟国以上の存在ではなくなったと考えることは早計であり,米国が自国として基本的重要性ありと判断した問題については,西欧グループを中心とした友好国を基盤に,相当な実力を行使しうることを示したのは,国連分担金率25%引下げ問題であったということができよう。

《 ソ 連 》

世界軍縮会議開催,武力不行使と核使用の永久禁止など若干の政治問題の審議においては,非同盟諸国を中心とする多数の支持を受け,自国に有利な立場を何とか確保したが,この種の問題が,国際政治において有するインパクトは,冷戦構造の解消にともなって急速に減少していると見られ,ソ連を支持した国々の中にも,それほど自国の死活的利益に関係なしとの立場から,いわばおつきあい的に参加した国の数が増大していることが注目される。

本来,ソ連の立場は「第三勢力」がより実質的な意味ではるかに大きい関心を持っている経済・社会開発問題における協力については,きわめて消極的たらざるをえず,その面からも,国連を政治中心の場とすることを主張しているが,上述のようにその努力は必ずしも容易とはいいがたいようにみえる。さらに政治面においても,中国の国連参加がこれまで非同盟諸国の支持を当然のこととして期待しえたソ連の立場を困難にしており,ソ連が熱心に推進したバングラデシュの国連加盟が中国の拒否権により実現を阻止された(72年8月安保理)のは,その典型的ケースであった。

《 中 国 》

中小諸国のリーダーシップ獲得のため,精力的な国連外交を展開するのではないかと注目されていたが,一昨年の第26回総会と同じく,対ソ姿勢においては強硬であるが,その他の分野では一般に慎重であり,あまり積極的な動きはみられなかった。

《非同盟グループ》

上述したように,米・ソ対立のアンチテーゼたることに積極的な存在理由を主張し,結束の基盤を有していた非同盟グルーブは,冷戦構造の解消および,インド,エジプト,ガーナというようなリーダーシップの凋落の結果,政治問題についてはかつてのような結束は維持しえず,問題によつて各国の利害が分裂する傾向がみられつつある。朝鮮問題,ガンボディア問題,憲章再検討問題などは,その典型であり,まだ国際テロリズム問題についてもアラブ諸国の効果的な対アフリカ働きかけがラ米および東アジアには浸透しえなかつたことが注目されよう。他方,経済面では先進諸国を除いた100近くの開発途上諸国(非同盟諸国を含むアジア,アフリカ,ラ米のほとんどの諸国)は経済・社会開発問題について「77ケ国グループ」として結束して内部調整をはかり,審議の方向を決定するなど,大きい影響力を持つ勢力となっている。海洋法会議開催関係諸問題,環境事務局設置問題など,その関心と影響力を及ぼしつつある分野が純粋な経済・社会開発問題にとどまらないところまで拡大してきていることは,特記すべき点であろう。

以上のごとく現在の国連にはさまざまな勢力が存在し,それぞれの影響力を行使し合っている。当然のことながら,これら諸勢力相互の結合関係は一様でなく,国連の扱う問題が多様になればなるほど,形成される「多数」も多彩となる。この意味で諸勢力の在り方は多極的たるにとどまらず,流動的であることが昨年の第27総会の各種審議においても顕著にみられた。

 

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