(外交に関する部分)
(昭和46年10月19日)
第67回国会が開かれるにあたり,所信を申し述べます。
天皇,皇后両陛下には,さる9月27日,ヨーロッパご訪問の途につかれ,10月14日,お元気でご帰国になりました。まことに慶賀にたえないところであります。その間,アンカレッジでニクソン米国大統領のお出迎えを受けられ,ヨーロッパにおいてはベルギー,英国,ドイツ連邦共和国を公式に,デンマーク,フランス,オランダ,スイスを非公式に訪問されました。両陛下の外国ご訪問は,わが国にとつて有史以来はじめてのことでありましたが,各国の王室,政府,国民によつて心暖まる歓迎を受けられ,わが国とこれら諸国との友好親善のため多大の成果をあげられました。
両陛下のご外遊によつて,われわれ目本国民は国際社会における有数な一員であることの誇りと責任を,あらためて痛感いたしました。これを契機として,さらに民族の進歩と世界の平和のためなおいつそうの努力を傾けなければならないと存じます。
さて,わたくしはこの機会に,現在わが国が当面している重要課題,すなわち沖縄問題,中国をめぐる諸問題ならびに国際経済問題の三点にしぼつて,わたくしの基本的認識を申し述べたいと存じます。沖縄間題は,日米間の友好と信頼のきずなのもとに,戦争で失つた領土を,平和裡に話し合いで回復するという,これまでの歴史にない最も好ましい解決をみることとなつたのでありますが,わが国と最も関連の深い中国問題は,本年,大きな変化を示すにいたり,通貨間題を中心とした国際経済の諸問題も,新しい展開をみせるにいたつております。このことは,戦後20数年間,平和のうちにひたすら経済的繁栄に努力してきた目本国民として,あらためて自らの発展の過程に思いをいたすべきときがきたことを示すものであります。
そこで,まず,沖縄間題について申し述べます。沖縄県民をはじめ全国民の多年の悲願であつた沖縄の祖国復帰を実現するときが,いよいよ目前に迫つていることを,国民の皆さんとともに心から喜びたいと思います。ここまでこぎつけることができたのは,国民の総力を結集することができたたまものでありますが,同時にわたくしは,米国政府ならびに米国民の歴史的な決断に対し,満腔の敬意を表するものであります。沖縄が核抜き本土並みで返還されることは,アジアの緊張を緩和するのみならず,日米修好百年の歴史に,さらに輝かしい一頁を書き加えるものであります。
この際あらためて,わたくしは,これまでことばに尽くしがたい辛酸をなめてこられた沖縄百万の県民に対し,全国民とともに,衷心よりそのご労苦をねぎらうものであります。さきの戦争においては,おとなもこどもも,男も女も,全島あげて祖国防衛の第一線に殉じ,戦後は20余年にわたつて外国の施政権下に置かれてきたこれら同胞の方々に対し、本当にご苦労をおかけいたしました,と申し上げる以外のことばを知らないのであります。このうえは,そのご労苦に報いるためにも,一日も早く円滑な復帰を実現し,明るく豊かでそして平和な沖縄県を建設することが,われわれに課せられた使命であると信ずるものであります。
政府は先般,いわゆる変動為替相場制への移行に伴い,沖縄県民の受ける経済的不安を除くため,実質的に基準外国為替相場による交換を保障する措置をとりました。また,政府が今国会に提出する復帰関連法案は,大きく分けて二つの分野からなつております。その一つは,復帰に伴う社会的,経済的な激変を緩和するための税制など各般にわたる暫定特別措置であり,他の一つは,行財政の基礎条件の改善と社会開発,経済発展のための積極的な措置であります。これらはいずれも沖縄現地の要望をほぼ全面的に取り入れたもので,財政,金融両面の十分な裏づげとあいまつて,沖縄振興に重要な役割を果たすものと信じます。一方,軍用地等の継続使用は,返還の前提ともなつていることをご理解いただき,政府としては十分な話し合いを行なつて,できる限りの措置を講じたいと考えております。わたくしは,今国会における沖縄返還協定締結の承認と関連法案の成立によつて,明年のなるべく早い時期に祖国復帰が実現することを念願してやみません。
つぎに,現在の国際秩序は,第二次大戦終結前後の国際情勢を反映したものでありますが,もはやこのような戦後体制の枠のなかでは処理しきれない国際間の諸問題が生じております。とくに中国については,すでにサンフランシスコ講和会議において,いずれの政府を中国の代表として招請するかについて連合国側の合意をみることができなかつた経緯があります。その後同様の問題が国連の場において生じ,これが今日,中国代表権問題という形で国際社会の注目を集め,その解決が迫られております。このことは,いまや中華人民共和国が国際社会の枢要な一員であるとの認識が,国際世論の大勢となりつつあることを示すものであります。
政府は,このような国際情勢の変化を率直に認め,本年の第26回国連総会における中国代表権問題については,中華人民共和国政府に対し国連代表権を確認するとともに,同政府が安全保障理事会常任理事国の議席を占めることを勧告し,経過的な措置として中華民国政府もまた国連において議席を維持できるように措置する方針を決めました。この決定は,中華人民共和国政府の国連参加を求めるという,わが国の対中国政策に関する重大なる転換を意味するものであります。しかしながら,国連創設以来の重要メンバーである中華民国政府が,いわゆるアルバニア決議案によつて一方的に国連から追放されることは,国際情勢の現実にそぐわないばかりでなく,アジアにおける緊張激化の要因ともなるおそれがあります。政府は,当面の国連対策として,二つの決議案について米国をはじめ関係諸国と協議のすえ,その実現を促進するため共同提案国となつたのであります。この措置は,国連の普遍性の原則にかなうものであるとともに,わが国にとつて,国際信義を尊重するゆえんでもあると信じます。いずれにしても政府は,あくまでも中国は一つであるとの基本的認識に立つております。中国問題が,当事者間の話し合いによつて,円満に解決されることを強く期待するものであります。政府としては,今後とも国連と歩みをともにし,国際社会の協調を図つてまいる所存であります。
一方,日中両国の深い歴史的関係からすれば,日中関係の正常化という課題は,国連での中国代表権問題以上の重要な問題であります。日中両国の間には地理的,文化的な親近感がある一方、政治体制やイデオロギーの違いのほかに,歴史的,経済的発展段階等の面で種々の相違があります。したがつて,このような基本的問題を認識したうえで相互理解を深め,両国関係をできる限り長期的に安定したものにしていくよう努めることが,われわれの課題であると信ずるものであります。そのためには,日中両国の間で相互理解と相互尊重の立場に立つた新しい原則を確立するとともに,主体的,かつ広範な国民的合意を形成することが必要であると思います。わたくしは,今後とも通信,気象,航空,漁業等の諸協定の取り決めなど当面する諸案件について,積極的な働きかけを行なうとともに,機会あるごとに,政府間の公式接触の呼びかけを行なう決意であります。
戦後体制の行き詰まりは,経済面では,国際通貨制度の危機となつてあらわれております。第二次大戦後世界経済が比較的順調に推移してきたのは,とくに大きな経済力をもつた米国の,国際経済の拡大と交流に対する積極的な姿勢にささえられたところが少なくなかつたといえます。しかるに,最近米国の国際収支の逆調は著しく,このことが,これまでドルを中心にしてうちたてられてきた国際通貨体制をゆるがすにいたつているのであります。
わたくしは,国内に失業とインフレという現代社会の苦脳をかかえつつ,自国経済再建に懸命な米国政府の努力を理解し,かつ,世界経済全体の繁栄の見地から,米国経済の健全な立ち直りを強く希望するものであります。しかしながら,世界経済はいまや国境を越えて著しく相互依存的となつており,今日の国際経済問題の解決をひとり米国政府にのみゆだねることはできないのであります。現在の国際経済で最も重要なことは,これまでのドルを中心にして動いていた国際通貨体制を,新しい時代に対応した国際協力体制として立て直すことでありますが,国際経済情勢は,なおしばらく流動的様相が続く可能性が強く,これに冷静かつ弾力的に対処する必要があります。このため,政府は当面の国際通貨情勢に対応して,いわゆる変動為替相場制に移行することといたしました。また,今後の国際経済の安定と拡大に寄与するための多角的な通貨調整を,各国問の負担の公平に配慮しつつ積極的に推進する方針で進んでおります。さらに保護主義への逆転を防ぐため,国際的な共同歩調のもとに貿易の自由化,関税引き下げにさらに努力してまいります。さきの日米貿易経済合同委員会の合意にもとづいて,米国との間で,経済的緊張緩和のための協議を続けるにあたつても,わが国の総合的国益伸長を図るとともに,このような世界経済の新しい秩序づくりの観点に立つてこれを進める方針であります。
このたび,米国との間に繊維輸出に関し協定を締結することといたしました。衆参両院における決議もありますのでとくに慎重に考慮してまいりましたが,米国側よりの新たな提案もあり,長期的にみた国際協調によるわが国の国益の伸長のためには,まことにやむを得ないものであると考えます。政府は,当面困難な事態に直面するおそれのある繊維産業に対し,財政,金融,税制等各般にわたる援助措置を講ずることによつて一部の不安感を除去し,その長期的な安定を図つてまいる所存であります。
わが国の景気が十分立ち直る前に米国の新経済政策が発表され,それを機に国際通貨危機が生じたことはまことに遺憾であります。政府は,米国に対して輸入課徴金の撤廃を強く求めるとともに,景気の落ち込みを防ぎ,そのすみやかな回復を図るため,財政金融面から積極的な景気浮揚策を展開し,あわせて社会資本,社会保障を充実するなど国民福祉と経済成長の調和のとれた新たな繁栄への条件を創り出していく所存であります。(後略)