-海外移住の動向-

 

第3節 海外移住の動向

 

1. 概     況

 

近年のわが国の海外移住は内外の新しい情勢を反映し,量質両面において大きな変化を見せている。即ち,1952年の移住再開以来,増加の一途をたどつた移住者送出数は1958年度の1万5,306名をピークに急減し,1964年度以降は年間ほぼ4,000人台にとどまつている。地域別に見ると,最盛期には50%以上を占めていた中南米移住は大幅に減少し北米移住の割合が高まり,1968年度以降の中南米移住は全体の10数%を占めるにすぎない。形態別に見ると従来の家族ぐるみの農業移住は徐々に減少し,単身青年層による技術移住が増加している。北米移住,特にアメリカ合衆国向け移住は従来から呼寄せ移住(国際結婚を含む)が多く,過去数年間,同国向け移住の半数以上を占めている。1971年度のわが国からの海外移住者数も昨年と大差なく4,000名台に落着く模様で,このうち,渡航費支給を受けた中南米向移住者は674名でわずかながら増加した。

 

2. 今後の海外移住施策のあり方

 

海外移住審議会は,1970年9月内閣総理大臣より「今後の海外移住政策のあり方」について諮問を受け,国内経済の高度成長,国民の生活水準の向上,労働需給,移住者受入国の受入条件の変化等移住をとりまく諸情勢の変化を勘案しつつ慎重に審議を重ねた結果,1971年9月17日内閣総理大臣あてに答申を行なつた。今後の海外移住政策は本答申の趣旨に沿つて実施されることになろう。答申の主な考え方は次の通りである。

 (1) 海外移住行政のあり方

(あ) 海外移住は個人が正しい情勢判断の下にあくまでも自己の発意と確固とした信念と責任をもつて海外に新しい可能性を求めて発展するものであり,この意味において海外移住は第一義的には個人の幸福追求のためのものであるといえるが,他面,移住したわが国民が,わが国の経済,社会,科学,文化等の発達を背景として,優秀な技術,経営能力等を生かし,移住先国の発展に寄与することは,国際協力の一環として重要であり,また国際社会におけるわが国の声価の向上に資するものである。

かかる観点からすれば,今後の海外移住は,ある期間海外に生活の本拠をおく一般在留邦人,ないしは技術協力に伴う人的協力等諸分野との相互関係をよくふまえ,広くわが国民の国際的発展を助長する観点からこれを把握することが適切であり,また,海外移住は労働力不足問題とは異質の問題として考えるべきである。国としては,わが国民の海外発展の有する意義にかんがみ,これを側面から積極的に推進すべきであり,農村青年の海外発展は,総合農政の一環として推進することが望ましい。

(い) 国民の健全な海外発展には国民の国際性の向上を図ることを必要とし,このためには,諸外国の実情に関する情報提供を主体とする啓発および教育を強化する必要がある。

(う) わが国の経済協力の対象となる地域が拡大するにつれて,わが国民の移住先国(主として中南米となろう)に対する経済協力が拡大することが考えられるが,このような経済協力の進展に伴い移住者を含む日系人との関連を考慮し,その能力を開発する施策を強化するとともに日系企業,日本からの開発要員等に対する配慮などが特に必要である。

 (2) 実 施 体 制

(あ) 今後新たな観点から推進もしくは検討すべき施策として,国民の国際性向上のための啓発と教育の強化,海外勤務者に対する助成が考えられる。

前者は,国民に対し諸外国の実情に関する正しい情報を提供し,多岐にわたるわが国民の海外活動全般を紹介し,あわせて今後のわが国民の海外発展のあり方につき指導するため,海外知識普及事業および学校教育,社会教育などを推進するというものである。

後者は,海外勤務者等で特に必要がある者に対して渡航前の研修,子女教育,生活環境の整備などの助成を行なうことを検討すべきであるというものである。

(い) 援護対象を日系人まで拡大し,その能力の向上を図るため内外における訓練,研修,育英事業等の強化が望ましく,また,海外移住事業団の融資原資の増額,融資条件の緩和等を行なうとともに,債務保証および工業融資の道を開くなど,既移住者に対する援護の強化が必要である。

さらに,移住先国に対する企業進出に関して,調査,情報収集,啓発等の諸活動を強化し,バンクローン等による資金援助の実施等の具体案を検討すべきである。

(う) 海外移住事業団に関しては,現地体制の強化と同時に,国内体制について,移住者に対する渡航費支給制度,地方事務所機構の合理化等を考慮してその整備にあたることが必要であり,海外技術協力事業団とは,相互の協調体制を確立することが望ましい。

(え) わが国民の海外発展に関連する諸機関に関しては,関係省庁における情報の相互交換,連絡会議の開催,地方自治体における特色を生かした移住行政への参画,その他諸団体諸機関の業務活動の充実ならびに相互調整等の体制の確立が必要である。

 

3. 中南米への移住

 

 (1) 新規移住者の概要

1971年度において渡航費の支給を受けて中南米へ移住した者の数は674名であつて,70年度に比して45名増であつた。

最近における移住者の減少は特に農業移住において著しく,移住再開直後および1960年前後の戦後移住最盛期においては農業移住者の比率は98%以上を占めていたが,最近においては60%を下回り,工業技術移住者その他近親呼寄せによる移住者がその比率を高めている。

また,最近の中南米への移住の特徴として,次の諸点があげられる。

(あ) 家族単位の移住者よりも,単身者の移住が多くなつている。

(い) 移住者の学歴は著しく高まり家族移住老の構成員たる幼児,学童を含む総数に対し高卒以上の者が約66%以上を占めている。

(う) 移住者の携行資金量は,1971年5月より10月迄に送り出した移住者57家族および単身移住者206名について調査の結果,100万円以上携行している者は家族で22%,単身者で3.8%を占めており一般的に携行資金量は増えて来ている。

(え) 農業移住者のうち,自営開拓農として渡航する者が減少し,雇用農として渡航する者が多くなつている。

 (2) 既移住者援護のための受入国との交渉

(あ) ブラジルにおける外国人農村地取得制限法について

メジシ大統領は1970年10月11日,「外国人農村地取得制限法」の連邦議会修正案をそのまま裁可し,法律第5,709号として官報をもつて公布した。1969年の旧法(法律第494号)は,邦人を含む外国人移住者の農村地取得に大きな支障を及ぼしてきたため,在ブラジル大使館では機会ある毎にブラジル当局に対し,同法の改訂を申し入れてきていたが,この度の法律第5,709号の成立に伴い,旧法は廃止された。その結果,邦人移住者は農村地を取得するに当たり殆ど支障がなくなつた。

なお,本法律の施行細則は,近く公布される予定である。

(い) トメアス,パラゴミーナス間の道路建設について

アマゾン地方に在住する邦人,日系人1万人にとつて交通手段のネックは最大の悩みであつたが在ベレーン総領事館が,在留邦人諸団体の協力をバックに州政府に積極的に働きかけた結果,1971年11月4日,トメアスよりベレーン~ブラジリア国道330km地点にあるバラゴミーナスに至る州道120kmの起工式が行われるに至つた。同道路は1973年初頭に完工する予定である。

(う) 在ドミニカ邦人移住者の地権取得について

邦人移住者が入植しているドミニカの移住地のうち,コンスタンサ,およびハラバコアの両地区については,移住地創設当時,ドミニカ政府による完全な補償のなされていなかつた旧民有地の部分については地権の交付が実現していなかつた。

このため,在ドミニカ大使館を通じてドミニカ当局に対し地権交付の促進を督促してきたところ,1971年10月,コンスタンサ地区の国有地の一部については,地権交付の契約が成立した。残る地区の地権交付については,引き続き先方政府と鋭意折衝中である。

 (3) 既移住者への援護施策の強化

1952年度以降1971年3月末までの,中南米への渡航費支給移住者の総数は約6万2千名に上つているが,まだ定着安定の域に達していない者も少なくない。このような移住者を積極的に援護するという方針のもとに,外務省は海外移住事業団を通じ,1971年度においても次のとおり従来からの事業を拡充した。

(あ) 融資援護体制の強化

移住者の定着安定を促進するための海外移住事業団の融資事業について見ると,前年度末までの融資累計額は約57億円,融資残高は約23億円に達したが,本年度は更に新規貸付6億8千万円を計上しており,年度内回収予想額2億6千万円を差引いても,本年度末における融資残高は4億2千万円余り増加して27億円余に達する見込である。

このうちブラジルにおける貸付残高は約11億5千万円であり,その大部分が農業者向け貸付けで,技術移住者を対象とした小工業貸付は約1%である。(71年度の新規貸付では小工業融資は5%を占めている)

ブラジル以外の地域を対象とした貸付およびその他の直接貸付の合計残高は約16億円で,このうち農業貸付額は14億2千万円である。その他は農工企業融資,渡航前融資等である。

(い) 医療衛生対策

1971年度には,ボリヴィアの沖縄第2移住地に医師宿舎を,ブラジルの第2トメアスに看護婦宿舎を新営し,また,各地の既設設備には医薬,器材を整備した。更にボリヴィア,パラグアイおよび北伯で医師7名,看護婦8名の養成を行なうほか,ドミニカのサント・ドミンゴ市に嘱託医を新設した。

(う) 教育対策

1971年度においては,ポリヴィアおよびパラグアイにおける移住者子女に対する日本語教育の実施および関係者の指導に当る教師を各1名家族同伴で長期間派遣することになつたほか,育英資金の面でも対象延人員を670名から31%増の879名としたり,奨学金を大幅に引き上げたりした。またスクールバスを新たにパラグアイのフラムおよびボリヴィアの沖縄第2両移住地に配置した。

(え) 生活改善対策

1971年度からは新たに,公民館を建設することになり,その第1着手としてパラグアイ国フラム地区に対し277m2の公民館1棟の建設費に対し3分の2の補助を行なつた。

(お) 営農の指導

大規模移住地には海外移住事業団直営の試験農場を設置して,営農に関する試験と展示を行なつている。1971年度には動植物の防疫対策の試験と指導を特に重点的に行なつた。

(か) 営農の機械化

南米の邦人移住地の多くは土地の肥沃度を重規して,森林地帯に立地している。このため森林の伐採,開墾および整地には苛酷な労働が要求され,移住者の安定への道程は長くまた体力の損耗も大きい。この事態の改善のため,海外移住事業団をして営農の機械化を推進させているが,本年度は南部パラグアイでは第3年次分としてブルドーザー1台およびそのアタッチメントのヘビープラウを,中部パラグアイでは第2年次分としてブルドーザーおよびヘビープラウならびにトラクター各1台を移住者に対し無償貸与した。

(き) 移住地の電化

移住地にできる限り速やかに電気を導入して移住者に文化生活を享受させるため,海外移住事業団をして移住地の電化を推進せしめている。

本年度は第5年次分の事業として,ブラジルのジャカレー移住地の電化費を予算化した。

(く) 沖縄移住地総合対策

1967年に海外移住事業団がボリヴィアにある3つの沖縄集団移住地の管理を琉球政府および琉球移住公社から引き継いで以来,沖縄移住地総合対策をたて1968年からその実施に当つている。本年度は第4年次に当り飲料水対策として深井戸42基を設置すると共に,道路対策として道路新設工事31.5km,排水路工事4.7km,橋梁工事6カ所,道路修理30.7km等の諸工事を実施した。

(け) 稚蚕共同飼育場の設置

昨年度から開始されたパラグアイにおける日本人移住者の養蚕業を奨励するため,1令および2令の稚蚕の管理を共同で行なう稚蚕共同飼育場を,アルト・パラナおよびフラムの各移住地に1棟ずつ建設した。

(こ) 畜産試験農場

-般に南米奥地の各移住地においては,畜産が営農確立の大きな柱と考えられている。1970年ボリヴィアの沖縄第2移住地に設置された畜産センターは,ヌエバ・エスペランサ畜産試験農場と改称し,1971年度には牧場の拡張,種畜の導入その他機械および設備の拡充を行ない,移住地の畜産の振興,防疫,品種改良に役立たせることとした。

(さ) グァタパラ移住地対策

グァタパラ移住地は開設後10年をむかえたが,用排水路の決壊により水田経営が思うに委せなくなつたので,海外移住事業団をして2年計画でその改修に当らせることになり,1971年度は幹線用水路3.5km,幹線排水路4.4km等の工事を行なつた。また営農の機械化を図るため,事業団は水田用クローラー式トラクターおよび丘地用ホイール式トラクター各1台を購入して移住者に無償貸与した。

(し) 雇用移住者の独立用地購入

アルゼンティン国ブエノス・アイレス市近郊の花卉裁培者に雇用されている青年移住者を独立させるため,同市近郊のエル・パト地区に37ヘクタールの独立用地を購入して,13戸の自作農を創設した。

 (4) 移住地現地調査

1971年度には外務省は各省の協力を得て,4調査団を中南米に派遣し,それぞれ次の事項の調査を行なつた。

(あ) 散在中小移住地実態調査

アルゼンティン,パラグアイ,ボリヴィアにある散在中小移住地または,これに類する地区在住移住者の営農状況,子弟教育,医療衛生,治安状況ならびに奥地散在小移住地等の集団移住地もしくは,都市近郊への転住の可否およびその可能性等の調査を行なつた。

(い) 移住地生産物流通調査

移住地農家の定着安定に資するため,ボリヴィア,アルゼンティン,パラグアイおよびブラジルにおける移住者生産物の流通問題につき,移住地周辺都市の市場状況,大消費地への移出および国際市場への輸出状況を調査する目的で調査団を派遣した。

(う) 技術移住調査団

主としてブラジルにおける工業技術移住者の現地における活動状況,今後の技術移住推進の方途,現地の企業の技術移住者に対する需要動向等の調査を行なつた。

(え) 移住地企業進出調査

わが国中小企業の邦人移住地ないしは近郊主要都市への進出ならびに移住の可能性,および推進のための施策を検討するため,ポリヴィア・パラグアイ両国に対し調査団を派遣した。

 (5) 移住者子弟の教育および研修

(あ) 国庫補助県費留学生事業

都道府県(以下「県」という)は,1959年頃より県独自の事業として,県出身の移住者(主としてブラジル,アルゼンティン在住)の子弟を県内の大学その他の教育機関において,概ね1年間にわたつて勉学せしめる,いわゆる県費留学生事業を実施している。70年度における受入れ実績は合計41県60数名にのぼり,今後も増加の傾向にあるところ,外務省では,県側の強い要望に応えて,本事業の形態,内容の統一化,ならびに留学生の待遇向上を図る目的をもって,71年度よりとりあえず10県10名につき,受入れ旅費,学費,生活費,国内研修旅費等につき国庫補助(半額)を実施することとした。

(い) 海外移住事業団の技術研修生受け入れ事業

海外移住事業団は1971年度から移住者子弟をしてその属する地域社会の発展に積極的に貢献せしめるため,移住者子弟を本邦において研修させ最新の技術および知識を修得せしめる制度を設けた。

研修生の資格要件は年令20才以上30才未満の移住者子弟にして,その地域における中堅青年であつて,現地の中等教育を修了し,研修に必要な日本語を理解し,かつ身心ともに健全なる者で,研修期間は1ヵ年半である。

1971年度の研修生は,サンパウロ2名,レシフェ,ベレーン,ボリヴィア,アルゼンティン,パラグアイ,ドミニカから各1名,合計9名が選考され,現在各専門分野に従い研修実施中である。

(う) 日本海外移住家族会連合会,研修生受入れ事業

日本海外移住家族会連合会では,移住者子弟の中で地域社会発展のために貢献する中堅的人材を養成する目的をもつて,1971年度より「移住者家族子弟研修制度」を発足せしめた。

本制度は中卒程度の学力を有する者を対象とし研修期間は2年である。1971年度にはドミニカ,北部ブラジル,南部ブラジル,パラグアイおよびボリヴィアより各1名計5名を受け入れた。

 

 4. 北米・オーストラリアヘの移住

 

 (1) カナダヘの移住

カナダ政府の統計によれば1971年1~9月の日本人移住者数は679名で,前年同期を49名上回つている。1971年のカナダ経済は不況下にあり同国の移住者受入総数は前年を下回つているが,わが国からの移住者数は漸増傾向を続けている。これら移住者の中には技術を有する者が多く,単身者,高学歴者の割合が高い。

カナダ移住の特徴は就職先を決定しないで渡航し,カナダ到着後求職を行なうオープンプレイスメント方式であり,語学力が就職する際の重要な要素となつている。このため海外移住事業団では希望者に語学力補完を主な目的とする渡航前訓練を行なつているが,1970年中の訓練者数は135名である。

 (2) 米国への移住

米国への移住者数は年間3,000~4,000名の規模であり,移住者の過半数は近親呼寄せであるが,米国市民と血縁関係がなく就労を目的として移住する者の多くは技術移住者で滞米中に滞在資格の変更により移住者となる例が多い。

 (3) 豪州への移住

オーストラリアヘの移住者数は年間40名程度であり,その大部分が同国人の配偶者等である。豪政府は欧州人以外の移住者についても一定の資格を有する者の入国は認める政策をとつてはいるが,わが国からの移住者数に目立つた変化はない。

 (4) 農業研修生等

(あ) 派米農業研修生

1966年以来,日米両国政府の後援により,年間約200名の農業研修生が農業研修生派米協会により米国に派遣され,2年間の研修を受けている。受入機関は4H財団である。

(い) カナダ農業移住訓練生

1969年以来アルバータ州農業団体を受入機関とし,海外移住事業団の斡旋の下に毎年農業移住訓練生が渡加しているが,1971年は59名が派遣された。訓練生は2年間の訓練期間終了後永住することが出来る。

 

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