本年度の軍縮交渉において特記すべき出来事は,第一に生物および毒素兵器に関する条約案が,ジュネーヴ軍縮委員会において完成され,右条約案を推奨する決議が第26回国連総会においてアクラメーションにより採択されたことであつた。この条約は,核兵器および化学兵器と並んで大量破壊兵器の1つである生物および毒素兵器の開発・生産および貯蔵の禁止,ならびにそれを企図することを未然に防止せんとするものでありこれまでに成立した軍縮条約の中でも特に意義の深い条約の一つである。
特記すべきことの第二は中華人民共和国の国連参加により,初めて軍縮問題を討議するフォーラムの一つに,すべての核兵器国が参加することになつたことである。ただし,去る第26回国連総会における中華人民共和国政府代表の軍縮問題についての発言では,部分核停条約,核不拡散条約等これまで中華人民共和国の参加なくして実現してきた各種軍縮措置を米ソ両国の世界支配のための具に過ぎないと激しく批判し,米ソ両国による核不使用宣言,核兵器の即時撤廃等早急には実現の可能性がきわめて少ない軍縮措置の実現を強く要求する等従来の原則的な主張を繰返していることおよび各種軍縮案件の決議案の表決に際しては,おおむね消極的な態度を示し,特に大多数の諸国がその早期実現を望んでいる包括的核実験禁止問題に関する3つの決議案に,すべて反対する等の異例の投票振りを示したことからみて中華人民共和国の国連参加により,直ちに軍縮の促進を早急に期待することは困難であるとも考えられる。
しかしながら現在,国連の大多数の諸国は実現の可能性が多い軍縮措置を一歩一歩着実に積み重ねることにより軍縮の成果を挙げてゆこうとする態度を示しているので,長期的には中華人民共和国もいつまでもこれら国連の大多数の諸国の意向を全く無視して従来通りの非妥協的な原則論に終始することは次第に困難となつてくるものと推測される。この意味から,中華人民共和国の国連参加が究極的には軍縮の促進に対して好ましい影響を与えることが期待されるのであり,わが国としても差し当つて同国が部分核停条約等既存の軍縮措置に,まず早急に参加するよう他の諸国と協力しつつ,同国に働きかけて行くことが必要となつてきた。
軍縮問題の各案件中,注目される諸点およびわが国の活動状況は次のとおりである。
本件はすでに1965年の国連総会で取りあげられ,会議開催を求める決議2030も成立しているが,その後何等具体的措置もとられることなく立消えとなつていたものである。ソ連政府は,1971年3月のブレジネフ書記長の6項目提案の中で会議開催を呼びかけたが,9月8日に正式に本件を総会議題として要請し,その結果11月3日より総会本会議において審議が開催され,ソ連決議案が提出された。
右決議案は,世界軍縮会議の早期開催,同会議には分裂国家(特に東独)やすべての核兵器国を含めてすべての国が参加すること,および国連の枠外で開催することを呼びかけているが,過去に本件会議開催が失敗した経緯もあり,大部分の西側諸国は消極的立場をとり,特に米英はこれに反発した。また,中華人民共和国は先に核軍縮の全廃を目指す世界首脳会議の開催を呼びかけてきており,ソ連提案が国連議題の先取りを目論む中華人民共和国に対する政治的プロパガンダとしての性格が強いとみられたこともあつて,11月24日中華人民共和国代表はソ連提案を強い調子で批判し,核軍備の全廃,その第一歩として核兵器国(特に米ソ)による核兵器を最初に使用しないとの宣言が先決である旨強調し,ソ連決議案を投票に付さぬよう訴えた。
かかる情勢の中で,非同盟諸国特にメキシコ,ルーマニアがその間の妥協を計り,米,ソ,中とも接触した上,12月9日に至りメキシコ,ルーマニア案が上程された。その後おおむね各国のコンセンサスが得られた結果,修正案が成立し,ソ連案は撤回され16日右修正案がアクラメーションによって採択された。中華人民共和国も,中小国に対する考慮もあつてか,非同盟案に対しては異なつた態度を示し,右修正案には結局賛成した。同決議の骨子は次のとおりである。
(あ) すべての国が参加できる世界軍縮会議開催を慎重に考慮すべく早急に措置を執ることが望ましい。
(い) 1972年8月31日までに世界軍縮会議開催に係わる次の6項目について各国がその見解を事務総長に伝達することを要望する。
a)主要目的
b)仮議題
c)希望開催地
d)開催日時とその時期
e)準備手続
f)国連との関係
わが国は従来より軍縮案件のうち特に核軍縮を重視し,その早期実現方を強く要望してきたところであり,そのためにはすべての核兵器国の参加が必要である旨主張してきた。世界軍縮会議問題についても,11月19日田中代表はその趣旨には賛成であるが,(イ)国連の枠内で開かれるべきこと,(ロ)核軍縮が重視されるべきこと,(ハ)周到な準傭を要することを特に要請する発言を行ない,総会本会議における決議案の表決に当つては賛成投票を行なつた。
生物・毒素兵器の禁止については,1969年夏以来軍縮委員会で審議された結果,「細菌(生物)および毒素兵器の開発,生産および貯蔵の禁止ならびにこれら兵器の廃棄に関する条約案」がジュネーヴ軍縮委員会から国連総会に提出された。11月16日わが国を含む40カ国による同条約推奨決議案が提出され,その後非同盟諸国との協議の結果,軍縮によつて浮いた資源が開発途上国の経済的,社会的発展を促進することを確信する旨の文言が前文に挿入され,同決議案は12月16日表決に付され,賛成110,反対O,棄権1(仏)の圧倒的多数で採択された。
なお,軍縮委員会に対し化学兵器禁止のための合意を得るべく,今後とも審議を続けることを要請する決議案および化学兵器のモラトリアムに関する決議案が提出され,12月16日両決議案は共に採択された。
わが国は化学兵器も生物兵器と同様禁止すべきことを基本的政策としつつも,情勢の変化および検証手段等を含めた技術的問題点をも考慮し,現実的アプローチをとることに努めた。11月17日田中代表は,生物・化学兵器禁止問題について(イ)あらゆる軍縮措置は,解決可能なものから一歩一歩実現していくのが現実的であり,かかる立場から生物・毒素兵器禁止条約推奨決議案が多数の支持を得ることを希望すること,(ロ)われわれは今後化学兵器禁止のため努力すべきこと,(ハ)技術的問題の解決のためには,社会主義諸国の協力を期待することを指摘し,3つの決議案の採択にあたつてはいずれも賛成投票を行なつた。
11月19日,サウディ・アラビアは,18日行なわれた中華人民共和国の核実験と関連して,第一委員会の会議の席上,大気圏内と地下核実験とを問わずすべての実験を中止するよう訴える決議案を提出した。これに対し,中華人民共和国より,同国の核実験は純粋に自己防衛のためであり,最初に核兵器を使用することはない旨強い反論があつた。中華人民共和国は第一委員会の核実験禁止に関する他の決議案の表決にあたつても,中華人民共和国は,部分的核実験禁止条約および核兵器不拡散条約は核大国が世界を欺き,核の独占を計らんとするものであり全面的核兵器廃棄と結びつかない核実験禁止は無意味であるのでこれら決議案には反対する旨発言している。
サウディ・アラビア提案の決議案のほかに,核兵器国が早い時期(モスクワ条約の10周年記念日たる1973年8月5日までに)にすべての核兵器実験を禁止するよう勧告するメキシコ提案の決議案および部分的核実験禁止条約に加入していない核兵器国は,早急に右条約に加入し,かつ,それまでの間大気圏内での核兵器実験を自制すべきこと,すべての核兵器国,特に部分的核実験禁止条約の当事国たる核兵器国は,包括的核実験禁止条約が成立するまでの間,核実験の停止または規模および回数の漸減を行なうため独自にまたは交渉によつて自制措置を直ちにとるよう要請すること,および軍縮委員会が地下核実験禁止問題を最優先的に継続審議することを要請したカナダ,スウェーデン提案の決議案も提案され,かなりの棄権があつたが,いずれも最終的には採択された。しかし,中華人民共和国およびアルバニアは,すべての決議案に反対投票を行なつた。
わが国は,従来より核軍縮の推進のためには核兵器実験禁止が最優先的に検討されるべきことを主張しており,11月17日田中代表は,(イ)主要核兵器国が最近頻繁に大規模な実験を行なつており,また,その他の核兵器国が依然として大気圏内実験を強行していることは遺憾である,(ロ)地震学的探知手段が著しい進歩を遂げており,すべての核兵器国が検証問題解決のための最小限度の条件として地震学的データーの交換を基礎とする国際検証制度の設立のために積極的に協力することを希望する,(ハ)検証手段に関する合意成立以前にも核兵器国が,実験の規模および回数を大幅に漸減してゆくべきである旨発言した。かかる立場から,わが国はカナダ,スウェーデン決議案には共同提案国となり,サウディ・アラビア提案の決議案とともにこれに賛成投票を行なつたが,技術的問題を考慮せず性急にすべての核兵器実験を直ちに禁止しようとするメキシコ案に対しては,現実的ではないとの見地よりこれに棄権した。
本件は1970年9月のルサカ非同盟諸国首脳会議や71年1月のシンガポール英連邦首脳会議でも取り上げられたが,その後セイロンは総会開始前に,エード・メモワールを関係各国に手交し,本件提案を打診するなど外交的攻勢を行なつていたものの,インド洋沿岸周辺諸国との充分な協議がなされず提案されたため,積極的にこれを支援する国も少なく,第一委員会の審議も活発に行なわれなかつた。特に同海域に大きな利害関係を有する米国,英国およびソ連や沿岸周辺国たるオーストラリア,ニュー・ジーランド等英連邦諸国は本提案に反対の意向を示した。
正式決議案は11月30日に提出されたが,関係各国との非公式協議の過程で具体的内容がしばしば修正され,セイロンの準備不足を露呈した。最終決議案は当初セイロンが提案した内容より大きく後退し,抽象的,曖昧な宣言となつた。その骨子は次のとおりである。
(あ) インド洋の決定されるべき範囲内の区域を平和地帯と指定することを宣言する。
(い) 大国は,インド洋における軍事的プレゼンスの拡大の中止とその撤廃のために,沿岸国と協議することを要請する。
(う) 安全保障理事会の常任理事国を含む関係国が,国連憲章に違反し,かつ,周辺国の独立に対する武力の脅威または使用のため軍艦および軍用機を使用せず,また国際法に基づき,同地帯の公海自由使用が妨げられないことを確保するために必要な措置につき協議することを要請する。
(え) 本件は来年の総会の仮議題となることを決定する。
同決議案は12月16日,賛成61,反対O,棄権55で最終的に採択された。本問題に対する中華人民共和国の態度は注目されたが,12月10日の第一委員会における表決の際,ソ連がインドのパキスタン侵略を支援している限り,インド洋に平和はない。インドが侵略を行ないながら平和地帯宣言の共同提案国となつているのは欺瞞である。大国はインド洋から軍事基地を引き揚げるべきであり,これらの留保の上,本件決議案に賛成投票する旨発言し,結局賛成投票を行なつた。
わが国は,インド洋が平和地帯として維持されることは,わが国の国益のためばかりでなく世界平和の促進のためにも大きく貢献するとの観点から,基本的に本件提案を支持したが,具体的提案内容が海洋法の一般的法体系と抵触する点があることを重視し,これを無条件に支持することは避け,関係各国の非公式協議の成行きを慎重に見守つてきた。かかる立場から,田中代表は12月1日,特に本件に限つた発言を行ない,(イ)大国の対立に巻き込まれたくないとの沿岸国の願望に同情している,(ロ)インド洋平和維持のため最も有効的かつ実際的方途を見い出すため関係国と協力する用意がある,(ハ)しかし,現在の宣言案は更に検討を必要とする旨指摘した。表決にあたつて,わが国は最終決議案が分割投票に付されたため,決議案の一部に対しては棄権したが決議案全体には賛成投票を行なつた。