71年は,戦後の貿易および通貨に関する世界秩序の基盤をなしてきたブレトン・ウッズ体制が大きな試練に立たされた年であり,ニクソン大統領の新経済政策の発表,多国間通貨調整といつた事態に対し,OECDが先進工業国の協議,意見交換の場として国際協力に果した役割はきわめて高く評価されよう。
とくに画期的な動きとしては,71年5月の閣僚理事会において,豪州が正式の加盟国となつたほか,長期的な観点から,次期貿易交渉のあり方を含め,国際貿易の諸問題を検討するため貿易グループが新たに設けられた点であるが,これにとどまらず,インフレ対策を含む各国の経済政策,通貨,環境,科学技術等の広範な分野において,OECDは国際協力の実をあげており,今後その役割は,益々重要なものとなろう。
こうした中で,わが国は,米国,ECと並ぶ世界経済の3本の柱としてOECDにおいて確固たる地位を占めるに至つているが,同時に,その地位に適わしい責務の遂行を求める声がかつてなく強まつており,閣僚理はじめOECDの各種のフオラムにおけるわが国の寄与に対して各国から強い関心と期待が寄せられている。
1971年においてOECD諸国が取り組むべき大きな経済問題は,根強い不況下のインフレ(スタグフレーション)と米国とその他諸国の間の国際収支調整の2点であつた。
このうち,インフレ問題については,すでに1970年にインフレ対策強化の必要性が強調されて以来,OECDの各委員会で検討が続けられ昨年5月「現在のインフレ問題」のタイトルで事務総長報告が公表された。さらに経済政策委員会(EPC)の第4作業部会(WP4)を中心として一層の検討をつづけるということになつており,WP4では近く所得政策についての報告書をEPCに提出する予定である。
OECD経済は,上に述べたインフレと国際収支不均衡を内包しながら,当初は拡大テンポを次第に早めていくものとみられていた。
しかし,8月に打ち出された米国の新経済政策は米国の景気回復を促進するという効果はあつたものの,その他のOECD諸国全体の経済成長に対しては,かなり抑制的な影響を及ぼすと考えられた。このように,過去の成長トレンド回復の時期に若干の遅れを余儀なくさせたほか,依然として国際通貨情勢に関しては不安定要因を残していた。
不安定要因が存続するかぎり各国は拡大政策をさらに強化する必要に迫られるわけであり,他方通貨調整が行なわれなければその効果が十分かどうか疑問であるという見解がかなり支配的となつた。
通貨調整のためには各国の協調が必要であり,とりわけわが国の場合その要請が強かつた。これは昨年の閣僚理事会においても,米国のロジャーズ長官が日本は米国,EECとならんで第3の柱であり,世界経済に対する責務は大きいと述べたことからも明らかであろう。
かくして,年末に至り多角的通貨調整が国際協調により決着をみ,4ヵ月にわたる対外経済情勢の不安定要因は一応取り除かれた。
今後,その効果がどのように出てくるか,注目されるが,いずれにせよ,インフレの問題をはじめこれまで以上に国際協力の実を上げ世界経済の発展のためにOECDが果す役割はきわめて大きい。
(1) 世界経済の新体制作り
貿易面で特記される0ECDの動きは,71年5月の閣僚理事会において貿易グループの設置が決議され,10月より活動を開始した点であろう。
本グループは,ジャン・レイ元EC委員長を議長とし,わが国はじめ米,英,加,仏,独,伊,蘭,スイス,スウェーデンの各国政府およびECがそれぞれ指名したメンバーで構成され,今後の世界貿易ならびにそれに関連する諸問題について,長期的かつ総合的な観点から検討を行なうことを任務とし,72年5月末の閣僚理事会までに,その検討結果をまとめた報告書を提出することとなつている。
いずれにせよ,本グループでとりあげられる工業製品の関税撤廃ないし削減,これに関連するセーフガード問題,農業貿易の進め方,NTBの撤廃等世界貿易の主要問題については,その討議の帰趨が注目されるとともに,本グループの報告書は,今後の貿易交渉のガイドラインを示すものとして重要な意味をもつものとなろう。
(2) UNCTADIII準備
71年7月にはUNCTADIII準備のための特別グループが,また,11月にはLLDCのための非公式会合が設けられるなど,OECDにおける準備作業も,UNCTADIIIを控え一段と活発になつた。とくに,UNCTADIII準備のための特別グルーブは,horizonta1 approachにより従来の委員会毎の活動を総合調整することを狙いとして事務総長の下に設けられたもので,既に5回に亘り会合を行なつた。また,LLDC非公式会合は,後発開発途上国のための特別措置がUNCTADIIIの中心議題の1つであるとみられることから,この問題を貿易および援助の両面から検討するために設けられたものである。このほか,貿易委,DAC,農業委,海運委等関係委員会やそれぞれの作業部会が分担して準備作業に当つており,このようなOECDでの協議を通じて,先進国側が共同歩調をとつてUNCTADIIIに臨むことが期待されている。
(3) 一 般 特 恵
わが国は,UNCTADにおける国際合意に基づき71年8月1日より96ヵ国を受益国として特恵を実施した。供与国の中では,7月1日から実施したECに次いで2番目の実施国である。
わが国の特恵スキームは,BTN25~99類に属する品目(主として鉱工業品)については,生糸,絹織物,合板,皮革関係4品目,および石油類3品目を除いて全品目にシーリング枠を設定し,シーリング枠に達するまでは原則として無税としているが,繊維,雑貨,非鉄金属,農産加工品の1部など57品目については引下げ幅を50%カットとしている。BTN1~24類に属する品目については59品目について20~100%の引下げを行なうこととしている。
本年2月末における特恵シーリング枠の消化状況は,満枠となつて特恵が停止されたのは40品目区分,1/2頭打ち条項により特定国からの輸入が停止されているのは,28品目区分となつている。1~24類では,植物性油脂,カカオ脂,乾燥野菜,肉及び食用のくず肉,食用の海草等の輸入が大きい。
他の供与国の実施状況をみると,ECが71年7月より,ノールウェイは10月よりそれぞれ特恵を実施したほか,英国,アイルランド,デンマーク,フィンランド,スウェーデン,ニュージーランドの6ヵ国が72年1月1日より,また,スイスが3月1日より実施しており,オーストリアも4月より実施の見込みであり,米国も実施遠からずという前向きの発言をしていることから,恐らく72年中には先進供与国の一般特恵制度が出揃うことになると考えられる。
従来,OECDでは,特恵問題は貿易委の特恵アドホック・グループにおいて協議を重ねてきたが,71年7月より,これに代り特恵グループが設けられ,特恵スキームの改善を含め特恵実施後の諸問題について検討が進められている。
(4) その他の貿易問題
貿易委員会および同作業部会では,一般特恵を始めとするUNCTADIII準備のための製品,一次産品等の諸問題のほか,米国とデンマークの課徴金措置,各国の輸入自由化措置,環境政策の貿易へのインパクト等について討議が行なわれた。
また,政府調達グループでは,従来より国産品優遇購入措置の制限撤廃を目途に,運用面における事実上の外国品差別をいかに規制するかについての検討が進められている。
輸出信用,信用保証部会では,本年1月の会合において,5年越案件についての情報交換制度を5月を目途に発足されることが合意された。同時に,参加当事国間で発足が合意された事前協議制度については,わが国は,プラント輸出に大きな比重を占める米国が参加しないため,現段階では参加しないこととしている。
なお,東西貿易に関連して,71年5月の理事会決定により,加盟国間の対東欧経済貿易政策を協議するため事務総長の下に東西接触作業部会が設置され,活動を開始している。
(1) 対内直接投資
第4次自由化措置は,外資審議会(小林中会長)の答申どおり1972年8月4日から実施され,1967年の閣議で,決められた枠組み(50%業種中心,新規設立企業中心)での一連の自由化措置は終了した。
今次措置では,従来のポジリスト方式からネガリスト方式に移行し,7業種(これを個別審査対象業種と呼称)と次に述べる228業種(100%自由化業種)を除いて,外資比率50%までならすべて自由化された。
外資比率100%まで自動認可される業種として新たに151業種を選定,それまでの77業種と合わせて228業種となつた。
なお,既存会社の株式に対する対内直接投資および対内証券投資については,1外国投資家の自動認可限度を1社の全株式数の7%から10%未満に引き上げたが,外国投資家全体の自動認可限度については従来のまま(25%未満)据えおかれた。
(2) 対外直接投資
対外直接投資は,銀行業,証券業,国際漁業条約の対象となつている漁業,漁業法により指定されている漁業,真珠養殖業に従事する企業を除き,1971年7月1日から従来の限度額(100万ドル)を撤廃し自由化された。
また,上場証券に対する対外証券投資も,投資信託受益証券を除き金額の制限なく自由化された。さらに,対外不動産投資も金額の制限なく自由化された。
1970年7月に設立された環境委員会は,Quality of Life改善の観点から環境問題について多角的かつ総合的な検討を行なつている。
まず本委員会のもとに大気管理,水管理,化学品および都市環境に関する4つのセクター・グループと自動車の環境に及ぼす影響,固定施設での燃料燃焼による大気汚染,および紙・パルプ産業における汚染についての3つのアドホック・グループが設けられ,現在までのところ分野別に情報の収集,基礎研究を進めている。
また,経済専門家小委員会においては,環境問題の経済および貿易面に与える影響について検討を行なつている。
1971年5月よりとりあえず2年間発足させることとなつた「通報協議制度」は,環境委の具体的成果の1つとして注目される。この制度は,人体または環境に悪影響を及ぼす物質に対する規制で,他国の経済・貿易に悪影響を与えると考えられるものについて当該国は事務局を通して加盟各国に通報し,通報を受けた各国は必要に応じて当該国に協議を申し入れることができるというものである。これにより各国の環境政策を自国の政策に反映させることができ,また,各国でとられた措置が他国の経済貿易に及ぼす悪影響-環境政策がNTBになること-の防止を図ろうとするものである。
また,72年2月に行なわれた第4回環境委員会において,貿易上の国際競争力を公平にするとの基本理念から,環境コストは製品コストに含まれるべきであり,政府補助は原則として禁止するとのいわゆる「公害費用の汚染者負担の原則」が採択され,理事会に提出されることになつた。この原則の実施には,助成措置の定義や過度期間の長さなど今後検討してゆく必要があると考えられる。
OECDは,加盟国の経済成長を促進するためには,科学技術の振興が重要であるとの認識に基づき,従来から科学技術の広範な分野で積極的な活動を行なつている。
OECDの科学技術関係の長期的な活動方針は,加盟国の科学技術担当の閣僚レベルで必要に応じ開催される科学大臣会議によつて決定される。1971年10月には第4回の科学大臣会議が開催され,日本から平泉科学技術庁長官が出席した。同会議は平泉長官を議長に選出し,「社会のための科学技術」というテーマのもとに1970年代の科学技術政策について討議を行なつた。同会議では1970年代の科学技術は,その適用がもたらす好ましくない副作用を防止しつつ,経済成長の促進とならんで生活の質の改善に貢献すべきことが強調され,これらの目標を達成するための手段として,研究開発活動の拡大(特に基礎研究の促進,社会科学の振興,情報システムの充実),イノヴェーション・プロセスの改善,テクノロジー・アセスメントの研究,国際協力の推進等につき合意が得られた。
この大臣会議の合意に基き,その具体的な活動を続けていくため従来の科学政策委員会が廃止され,新たに1972年2月3日に,科学技術政策委員会が設立された。同委員会は,科学大臣会議の趣旨に沿つて,従来の科学政策委員会と同様,積極的に活動を続けることが期待されている。
その他,道路の建設,安全,交通に関する研究協力を行なつている国際道路研究計画,大気,水,都市開発,化学品問題を取り扱っている環境委員会における科学技術活動は広範囲にわたつている。
また,欧州原子力機関(ENEA)は,原子力の平和利用のため,情報交換,共同研究,技術者の交流等を通じ活発な活動を行なつており,最近では,放射性廃棄物の海洋投棄に関する実験,食品保存のための適切な放射線照射の方法と量についての研究プロジェクトのほか,原子力船寄港問題等について検討を行なつている。
またOECDでは,社会経済の発展に即応した人材の育成を目的とし,教育委員会と教育革新センター(CERI)が,教育の量的成長と質的充実のための活動・研究を行なつている。教育委員会で現在重点を置いている活動は各国教育政策の審査,教育財政研究,教育統計・指標の研究,教育資源の効果的利用,中等教育以後の教育,初等教育前の教育等である。また,教育革新センターは昨年夏の改組に伴い新たな事業計画をスタートさせ,幼児教育生涯教育(recurrent education)カリキュラム問題,教育革新,教育改革の為の管理者研修,大学管理等の多様なプロジェクトを推進している。センターの最大の拠出国であり,かつセンターの執行グループのメンバーでもあるわが国に対しては,積極的な参加が期待されている。
OECDの工業問題に関する最近の検討項目は大別して問題事項別と業種別討議に分けられ,前者の項目としては,(1)各国の貿易,資本の流れ,雇用水準技術の移動,産業構造等にますます大きな影響を与えつつある多国籍企業の実態調査,(2)生産性の向上と流通部門の効率化を必要とする中小商業問題,(3)技術革新に即応した経営能力向上のための教育,(4)過密,過疎等による地域間の不均衡是正(地域開発政策),(5)各国産業政策のレヴュー等がある。他方,セクター別には,鉄鋼,繊維,紙パルプ航空機,住宅,鉄道車輌,NC工作機械,住宅,アルミ等多岐に亘る問題をとりあげているほか,産業統計WPにおいては産業部門別に各種統計の収集を行なつている。
なお,71年後半には,70年6月東京で開催された工業委員会および同地域開発作業部会において検討された日本の産業政策および地域開発政策に関する報告書が公表された。
エネルギー間題について,OECDはOPEC(石油輸出国機構)加盟産油国による原油公示価格値上げを主要因とする世界のエネルギー情勢の変化に伴い,従来から行なつてきた各種エネルギーの長期需給予測のほか,緊急事態に際してのエネルギーの最有効利用,各種エネルギー間の相互補完ないし代替の可能性などについて検討するとともに,6月には,欧州地域の各加盟国政府に対し従来の石油備蓄目標60日分を90日分に引き上げるよう勧告した。
また,制限的商慣行委員会は,多国籍企業,合併,企業力の現代的形態等企業の巨大化,国際化に関連する問題,販売拒否,パテント,排他的代理店契約等公正取引の諸問題,輸出カルテル等国際貿易上の問題の検討を行なつている。
とくに制限的商慣行に関する従来の事前通報手続きを進め,国際的な調整手続きを設定しようという動きやMNC・WPを設置してcode of good behaviorを討議しようとする等の新しい動きが注目される。
農業面では,1968年の農業大臣会議で牛肉を除く殆どすべての温帯農産物が世界的に過剰であり,農産物の需給および貿易の均衡回復が急務であるとの結論を得,これに基づき,農業問頭の解決策につき主要国から成るハイレベルの会合を重ねてきた。このハイレベル会合では従来提唱されてきた構造改善等の側面的な解決策のほか,生産調整や価格支持の凍結等直接的解決策の必要が強調されたが,結局各国農業政策調整問題について合意が得られず,このため,71年に予定された大臣会議も延期されることとなつた。
農業委員会では,それぞれの作業部会で検討された農業構造改善,酪農品市場,食肉市場,果実,野菜市場等の諸問題について検討を行なつたほか,71年にはFAOのIWP(世界指標計画)から生じる先進国の農業政策の問題について検討しFAOに報告した。また,経済政策委員会が主となつて行なつたインフレ問題の検討にも協力した。
水産委員会は,1970/71年の水産業の実情分析や各国の保護の実情等の分析,検討を行なつたほか,71年12月,漁業経済シンポジウムでは,漁業資源と投資関係について討議が行なわれた。
労働問題については,1971年11月の第29回労働力社会問題委員会では,日本の労働力政策についてコンフロンテーションが行なわれて,日本固有の雇用賃金制度(終身雇用,年功序列,企業別労働組合)の長短および日本の雇用政策と今後の雇用政策の課題等について討議が行なわれた。
また,1971年には,労働争議の経済的影響や労使関係における国の役割を検討するために,労使関係作業部会が設置されたほか,国民の生活および福祉の実情,変化,施策のニーズを示す社会指標の作業部会が新しく設置され,活動分野を著しく拡大した。
このほか,1969年11年に設置された消費者政策委員会は,各国消費者政策の実情について情報を交換するとともに消費者に正確な情報を提供することの重要性に鑑み,「比較テスト」と「表示」(ラベリング)についてそれぞれ作業部会の報告は,71年12月の第4回委員会で了承され,近く理事会に提出される運びとなつている。
(1) 海 運
海運委員会が現在直面している重要課題は,第3回UNCTAD対策の策定である。開発途上国側の要求はすでにリマ憲章に明らかであるが,これらのうち特に同盟コード問題と開発途上国向け船舶輸出に対する援助の問題が焦点となつている。海運同盟コード問題については,先進諸国船主が自主的に作成したコードの取扱いをめぐり,日本を含む西欧先進国と米,加,豪等との間で意見の相違がみられるため,同委員会の場で事前に意見の調整をした上で,開発途上国側と交渉することになつている。また開発途上国向け船舶輸出問題は,第2回UNCTAD以来の懸案であり,開発途上国側のソフトな条件での信用供与要求に対し,「船舶の輸出信用に関する了解」との関連もあつて造船部会でも検討されているが,先進国として具体的対策を打出す必要にせまられている。
上記UNCTAD問題のほか,(1)開発途上国の国旗差別政策対策の検討,(2)便宜置籍船問題の調査研究,(3)コンティナー輸送問題の調査研究,(4)加盟国の海運政策に関するコンサルテーション,(5)年次報告書の作成が現在同委員会の主要課題となつている。
(2) 造 船
造船問題は,造船業の正常な競争を阻害する要因の除去を目的に,1965年に設立された理事会直属の造船部会に引き継がれ検討されている。1965年5月には,日本を含め英国,ドイツ,スウェーデン,フランス,イタリア等主要造船国13ヵ国の参加のもとに,「船舶の輸出信用に関する了解」が成立し,現在では,船舶の輸出信用条件は原則として,(1)頭金20%以上(2)返済期間8年以下,(3)金利7.5%以上に規定されている。同部会は現在,上記了解成立時に出された理事会勧告に基づき,造船業に対する政府助成,特に(1)政府助成による輸出信用,(2)直接建造補助,(3)関税またはその他の輸入障壁,(4)差別的税政策,(5)差別的な公的規則または国内慣行,(6)自国造船業の投資および再編成のための特定の援助を,一定期間内に削減,廃止する目的で,包括的に取極を結ぶことを検討している。