ガットは,ケネディ・ラウンド交渉終了(1967年6月)後,非関税障害問題を中心に貿易障害の軽減・撤廃のための地道な作業を続けてきたが,最近,一部にガットの活動の停滞を嘆く声が聞かれた。これは,本来国際交渉を使命とするガットが,地道な研究作業を行なつてはいるものの,次期交渉開催のメドさえついていなかつたということにその主たる原因があつたものと思われる。
自由貿易体制を維持・強化するためには,できるだけ早い機会に国際的な貿易交渉を開始することが必要であると思われるが,米国,EECおよび英国は,いずれもその内部的事情により,1971年中には新規交渉のイニシアチブをとれない状態にあつたので,わが国をはじめとしてカナダ,豪州,スウェーデン等の諸国が積極的な役割を果した。
すなわち,1971年4月開催されたガット非公式総会以降,日本,カナダ,豪州,スウェーデンおよびスイスが中心となつて,次期交渉開始のための準備を行なう小グループの設置を推進し,また,1971年11月開催された第27回ガット総会には,わが国は木村経済企画庁長官を派遣し,同総会において次期貿易交渉を加盟国の体制が整い次第速やかに開催することにつき合意に達しておくことが必要であり,かつ,次期交渉の準備のための小グループの設置を決定すべきである旨の主張を行なつた。米国は,第27回総会においては,従来に比べて積極的な姿勢に転じ,わが国等の立場を支持したが,EECが終始消極的態度をとつたため,同総会においてはこの問題に関しなんら具体的成果は得られなかつた。
他方,1971年12月に多角的通貨調整の話し合いが成立した後,米国は次期貿易交渉の開催に特に熱意を示し,日本およびEECとそれぞれ交渉した結果,本年2月に至り,1973年にガットの枠内において多角的交渉を開始する旨の意図宣言が日米および米・EEC間で出された。
次期貿易交渉に関する話し合いに加えて,昭和46年度中に行なわれたガット活動の要旨等は下記のとおりである。
ケネディ・ラウンド交渉妥結後の最重要問題の一つと目される非関税障害(Non Tariff Barriers,NTB)につき,1967年の第24回ガット総会においてその軽減撤廃の可能性探求の作業を委ねられた工業品貿易委員会(以下「工業委」と略称)は,1968年10月の第1回会合以来,各国が相手国の制度ない措置のうち貿易阻害要因となつているものとして通報したNTB約800項目について,逐一制度の実態と貿易阻害効果を中心に検討を行ない,1969年6月の会合をもつて事実確認の作業を一応終了した。
かかる基礎作業をもとに,工業委は,1970年1月以降,将来のNTB交渉の基礎となるべき準備作業の第二段階として,各種制度に関する解決策を探求するため,上記800項目のうちから代表的NTBとして100項目程度を選び,これを,(1)政府調達等の政府の貿易介入,(2)関税評価等の通関手続,(3)工業規格等の規格問題,(4)数量制限等の輸出入制限,(5)輸入担保金等価格メカニズムによる輸入抑制,の5分類につき,5つの作業部会を設け,解決策のパターン,そこに盛りこまれるべき要素等についてノン・コミッタル・べース(将来の最終的諾否についての態度を拘束されないとの了解)で討議を行なわしめた結果,1970年12月中旬までにそれぞれの作業部会の報告書の作成を了した。
各グループの報告を受けた工業委は,1971年2月の会合で理事会へ提出すべき報告書を作成の上,優先項目として(1)関税評価,(2)規格,および(3)輸入ライセンスの3項目をとりあげることに合意し,1971年2月の理事会で上記に従い作業を進めるべき旨の決定を得た。
この決定をうけて,工業委は3項目に関する具体的解決策を3グルーブに検討せしめたが,その中間報告にみられる概要は次のとおりである。
関税評価については,貿易障害とならないように運用するための「原則」およびガット第7条の規定(関税上の評価)に関する「解釈ノート」を作成し,今後各国政府ないし議会での検討にまかせることになつた。規格については,各国が制度運用上遵守すべき行動規約案を作成し,また,輸入ライセンスについては,自動的輸入ライセンスと輸入割当制にともなう輸入ライセンスのそれぞれについてガイドライン案を作成した。
今後の問題としては,既に検討されてきた3項目のとりまとめ,新しい追加項目に関する検討およびNTBに関する交渉問題があげられている。
1970年に農業委員会の下部機構として設立された4つの作業部会(輸出措置,輸入措置,生産措置,その他措置)は,同年4月以降農産物の貿易障害軽減のための解決策探究作業を行なつてきたが,各国から提案された種々の解決策は,いずれも各国にとつて受諾可能と見做し得るに足る支持を得なかったため,1971年2月の理事会で,(1)農業委員会は今後とも作業を継続すること,(2)各国とも新たな提案をなすよう要請されるとともに既提案についてもその内容を明確にすること,(3)農業委は特定問題を解決するためあらゆる機会をとらえて討議すること,が合意された。
その後農業委員会は,1971年10月に開催されたが,同会合では,具体的な作業の進展を見るに至らなかつた。その後1972年2月に開かれた農業委員会において,農産物分野における将来の交渉の各種の技術及び方法を検討し農業委員会に報告することを付託条項とする作業部会の設置が合意され,今後同付託条項のラインに沿つた作業が行なわれることとなつた。
他方,酪農品国際市場の混乱是正のため1967年以降作業を続けてきた酪農品作業部会は,脱脂粉乳取決めに引き続き無水バターについても同様の取決め締結の可能性について討議を行なってきたが,1971年10月の会合では,無水バターの定義,取決めの形式等について討議が行なわれた。
ガットにおいては,一部諸国を対象とする特恵は,明示的例外を除き,これを禁止しているが,いわゆる地域的経済統合(自由貿易地域または関税同盟)については,世界貿易の拡大に寄与し得るとの観点から,一定のきびしい条件の下に,最恵国待遇原則よりの例外を認めている。しかるに地域的経済統合の動きは,EECの結成を契機に,欧州自由貿易地域,EECとアフリカ諸国や地中海沿岸諸国との連合協定,ラテン・アメリカ自由貿易地域等ガット成立当時予想もされなかつた程度と規模で進展しており,ガット規定との法的整合性は必らずしも明確にされないまま,すでに幾つかの地域的経済統合が実現してきた。
従来よりわが国を含めた域外諸国は,これらの動きに対し,世界経済をブロック化するものとして批判的立場をとつてきたが,1971年11月開催の第27回ガット総会において本問題が審議された結果,(1)地域特恵については,理事会が2年毎に特恵取決めに関する報告書を審査するための日を指定することとされ,(2)拡大EEC問題については,事務局長が将来の適当な時期に(多くの国から各加入条約署名と同時にとの希望が述べられた)関心国と協議の上作業部会の付託事項を決め,理事会に提出することとされ,(3)最恵国待遇による貿易の流れ,特恵による貿易の流れを検討するため,事務局がかかる作業を6カ月以内に行ない,その結果を理事会に提出することとするが,かゝる作業にガイダンスを与える為に作業部会を設置することとされた。その後,1972年1月22日,英国等四ケ国のEC加入条約の署名がなされ,各国の批准を経れば,1973年1月には西欧の主要10ヵ国による拡大欧州共同体として発足することとなつたので,第27回ガット総会の合意にもとづき,3月7日のガット理事会にて,作業部会の付託事項を決め,わが国の北原大使を議長とする作業部会で加入条約を審議することとなつた。
他方,最恵国待遇による貿易の流れ,特恵による貿易の流れを検討するため,そのガイダンスを与える統計作業部会においては,1955,1961,1964,1970年の各年(困難な事情があればその前後の年)について,出来る限り多くの国を対象として,最恵国待遇による輸入,特恵による輸入,及び総輸入の統計を事務局において作成することを決定した。
(1) 三人グループ
三人グループは,開発途上国の貿易問題に関する具体的措置を先進諸国に勧告することを目的とし,総会議長,理事会議長,貿易開発委員会議長をメンバーとして,1971年初めに設置された。本グループは各先進国と協議の上,1971年11月の第27回ガット総会に,工業品の残存輸入数量制限の撤廃の促進,ココア,バナナをはじめとする熱帯産品の関税の軽減撤廃,国際ココア協定作成への協力,植物油等に関しての加工度により異なる関税格差の解消等の勧告を中心とする報告を提出し,先進諸国がこれらの勧告を実施するよう要請した。
同報告にはさらに各先進国別の勧告も付けられているところ,わが国に対しては先進国一般に対する上記勧告に加えて,自由化の促進,バナナ関税の軽減撤廃が特に勧告されている。
(2) 開発途上国間特恵
1965年に,貿易開発委員会の下部機構として,開発途上国間の貿易拡大策を探究するための作業グループが設置され,同グループの報告に基づいて1966年の第23回ガット総会は,相互に特恵を与えあうことにより開発途上国間の貿易拡大を図る交渉を行なうための開発途上国貿易交渉委員会の設立を認めた。上記交渉は,第27回ガット総会の直前にガット非加盟国のメキシコ,フィリピンを含む16ヵ国の間でまとまり,同総会は交渉結果を収録した議定書を審議した後,最恵国待遇を規定したガット第1条からの義務免除を認める決定を行なつた。
(3) 一 般 特 恵 問 題
UNCTADで行なわれてきた先進国による対開発途上国一般特恵とガット規定との調整問題は,結局1971年6月,ガット第1条からの義務免除を認める決定を行なうことにより解決された。
綿製品貿易の分野における合理的で秩序ある貿易拡大を図るため,1962年10月1日に有効期間5ヵ年で発効した「綿製品の国際貿易に関する長期取極」(Long-term Arrangements regarding International Trade in Cotton Texti1es.以下LTAと略称)は,輸入国側の希望により,既に1967年10月1日より3カ年延長され,更に1970年10月1日から3カ年再延長され,1973年9月30日まで(発足以来合計11ヵ年間)存続することがガットの綿製品委員会において認られた。
わが国は,従来,LTAのごとき取決めは本来ガットの暫定的・例外的措置として認られるものであり,再延長により恒久的性格を帯びることは望ましくないとの基本的立場にたち,再延長議定書に対する態度を留保してきた。しかしながら,国際協調の見地から,この基本的立場を変更することなく,1971年10月1日再延長議定書を受諾した。
この結果,再延長LTAの参加国は,旧参加国30ヵ国のうちイスラエルを除く,合計29ヵ国となつた。
近年,東欧諸国の西側接近の一環として,これら諸国はガット加入の動きを示しており,1948年以来の原加盟国であるチェコスロヴァキヤの他に,1966年ユーゴスラヴィア,1967年ポーランドが夫々ガットに加盟したが,1971年には前年に引き続きルーマニアおよびハンガリーの加入条件を審議するための作業部会が開催された結果,ルーマニアについては加入議定書が作成され,全締約国の2/3の賛成を得て1971年11月ガット加盟が認められた。ルーマニアはポーランド同様関税制度を有していないので,通常のガット加入条件である関税譲許の代りに,ガット加盟国全体よりの輸入額を同国の5ヵ年計画による輸入成長率よりも少くない率で増加するという約束を行なつた。なお,ハンガリーについては,作業部会で引き続き加入条件につき検討が行なわれている。
ガットの不適用を規定したガット第35条の対日援用問題は,1955年のわが国ガット加入以来,わが国が解決すべき最も重要な案件のひとつとしてガットの場および2国間交渉において,その解決のための努力が重ねられてきた。
現在,援用国の大部分を占めるのはアフリカ諸国であり,旧宗主国の法的地位をそのまま継承し実質的な理由なしに援用を行なつている国が多い。わが国とこれら諸国との経済関係は,近年著しく緊密さを増しているが,かかる関係を安定した基盤の上に一層増進するためには,対日35条援用撤回問題を解決することが肝要である。この問題の解決を促進するために,1971年4月に鶴岡前国連大使を団長とする使節団を主として仏語系アフリカ諸国に派遣し,直接相手国政府に対し,対日35条の援用を撤回するよう重ねて要請した。
以上の努力の結果,1971年には,チャド,ガンビアおよびスペインの3カ国が,また,1972年に入つてからはポルトガルが,対日35条の援用を撤回したが,未だ下記の19ヵ国がわが国に対し35条を援用している。
オーストリア,サイプラス,アイルランド,ジャマイカ,ハイティ,カメルーン,セネガル,ダホメ,中央アフリカ,コンゴー(ブラザビル),ガボン,ナイジェリア,モーリタニア,トーゴー,シェラ・レオーネ,タンザニア,ブルンディ,ケニア,南ア共和国
なお,1972年4月にも,第2次使節団が南アフリカを除く残余のアフリカ諸国に派遣されることとなつている。
国際貿易センター(Internationa1 Trade Centre UNCTAD/GATT)は,当初開発途上国の輸出振興援助を目的としてガットの下に Internationa1 Trade Centre として1964年5月に設置され,その後1968年1月にUNCTADとガットの合同センターとして発展的に改組されたものである。
上記の目的を遂行するため,センターは,調査業務として(1)市場調査および(2)輸出振興技術調査,実地業務として(3)訓練・研修および(4)貿易振興助言の4部門で活動している他,輸出振興に寄与する情報・資料等の出版業務を行なつている。センターの予算はガットとUNCTADとが折半して負担することになつていたが,上記諸部門にわたる業務の強化および援助増大に対する要請,とくに訓練・研修および貿易振興助言の分野に要する経費が増大した結果,センターの通常予算ではその要請を満たし得ず,所要財源を広く各国の自発的拠出に求めることになつた。
わが国は,センターの援助活動に寄与するため,とくに訓練・研修部門において,毎年センターの推薦によつて開発途上国から来日する数名の官民の貿易関係者を,往復旅費・滞在費を日本政府負担で,7~8週間にわたり訓練・研修しており,昭和46年度も5名を受入れた。他方,同年度から新たにこの分野に対するわが国の寄与を強化するため,先づタイ国の官民貿易関係者16名のタイ本国および欧州における訓練・研修の実施を目的として,センターに対し所要経費2,086万円(約57,960ドル)の自発的拠出をし,その事業は1971年11月から12月にかけ6週間にわたり実施された。
1971年9月下旬,ロング・ガット事務局長は約1週間非公式に訪日し,総理をはじめ外務,大蔵,通産,農林,経済企画庁の各大臣と会談した他,政府関係者との間で現下の国際経済情勢,ガットにおける今後の諸作業等につき幅広く意見交換を行なつた。特にガットにおける作業について同事務局長は,貿易上の諸問題解決の為には新しい大規模な行動が必要であるが,この為の準備作業に関するイニシャティヴについては,米国,EECともに積極的行動をとり難い内部的事情にあるので,経済的に重要な地位を占めるに至つた日本のリーダーシップを期待する旨要望した。