-基本的指針-

 

第2章 わが外交の基調

第1節 基 本 的 指 針


 

1. (変化の実像と虚像)

 

前述のごとく1971年は,国際関係の多極化傾向が明確になり,これと平行して緊張緩和の努力が各方面で活発に進められた年であつた。もちろん,多極化といつても,それが単なる現象面での変貌にとどまるのか,あるいは実体的な変化であるかを先ず見きわめる必要があろう。国際政治を見るにあたつては,往々にして現象面の変化にまどわされがちなものであるが,変転する世界情勢の潮流を探り,何がわが国にとつて基本的国益であるかを判断するためには,何ものにも捉われない冷静かつ現実的な態度を失わないことが肝要である。

 

2. (国際的立場と責任の自覚を)

 

このような流動と変化の時代にあつてわが国は,軍事的には米中ソ三国に比すべき力は持たないものの,経済面では米,西欧と並んで世界経済の指導的立場にあり,又それなりに大きな影響力と国際的責任をもになつている。このことは国際政治の多極化時代において特に大きな意味をもつものである。すなわち世界が多極化し,諸国問に提携と角逐,競争と共存の複雑な関係のからみ合いが生じ,各国が政治的,経済的,文化的手段をつくしてそれぞれの国益の維持・拡大に努めつつある状況のもとでは,一国の動向は,その直接の対象国のみならず全ての第三国に対しても様々の影響を与えないではおかない。従つて単純な二国関係では解決できない問題も,これを多数国間の問題に置きかえることによつて達成することも可能となるし,また二国間関係での軽挙な行動が第三国等に予想外の波紋を呼び,結局問題を複雑化してしまうようなことも生じ得る。換言すれば,多極化によりわが国は従来以上に外交活動の幅を拡げ,かつ多様の選択をもちうるのである。他面わが国が国際的な期待や与望に応えて一層慎重でかつ責任ある行動をとることが要請されていることも明らかである。

 

3. (国際協調を通じての国益の確保)

 

同時にまた,世界における日本の独特の地位とその能力の限界を見失うことなく,冷静に国益の所在を見きわめ,節度ある行動をとることも肝要である。

言うまでもなくわが国の国益は,世界の平和と繁栄に大きくかかつている。国土狭小,人口稠密で資源に乏しいわが国が,今日の国力をたくわえ得たのは,世界に大規模な戦争がなく,おおむね平和のうちに過すことができたこと,またその平和のもとにあつて諸外国との自由なる経済交流を通じて各国とともに繁栄を分ち合えたことによる。わが国が指向する平和で豊かな社会の建設を達成するためには,まず何よりも平和に繁栄する国際社会がなければならない。このことは,とりもなおさず,わが国にとつて国際協調が死活の重要性をもつていることを意味する。わが国は他のいかなる国にもまして,他国の国益を生かすことによつてわが国益を全うする方途を選んでゆかなければならない。わが国が従来よりイデオロギーや社会体制の差は差として認識しつつも,これをのりこえて,すべての国との間に友好と信頼の関係をきずき,国際協力を通じて世界の緊張緩和と経済的・社会的発展に寄与することをもつて外交の基調としてきたのは正にこの点に由来するものである。

 

4. (歴史への挑戦)

 

わが国は,経済上その能力を持ちながらも,軍事大国への途を進まないことを決意している。これはいわば歴史上類例をみない実験への挑戦である。このような特異な生き方を選んだわが国の行く手には,なお多くの困難が予想されるが,これを乗り越えて前進するためには,強固な意志を持ち続けるとともに国民全ての英知と努力を結集して行かなければならない。

 

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