南北問題と第3回国連貿易開発会議(UNCTAD)
南北問題とは開発途上国の経済社会開発に関連する諸問題,とくに貿易と援助問題を指す総称である。
1972年は第2回UNCTADがニューデリーで開催されてから4年目にあたり,1971年3月のチリ政府の招請を受けて,第3回UNCTADはチリの首都サンチャゴにおいて72年4月13日から約5週間開催される予定にある。会議の仮議題は一次産品,製品・半製品,開発融資,海運など従来より南北問題の主要項目として討議されてきた問題に加えて,今回は国際金融問題,後発開発途上国問題,輸出振興,開発途上国間経済協力,技術移転,環境問題と開発など新たな諸問題にも重点をおいて討議されることになつている。
UNCTADは1964年の第1回会議以来南北問題の中心的な場として,資金の流れの総量のGNP1%目標,一般特恵制度および砂糖に関する国際商品協定を主たる成果として貿易と開発に関する問題を検討してきている。第3回UNCTADの仮議題がこのように広汎化されつつある傾向は,UNCTADの問題の焦点が拡散し具体的な成果が得られにくくなつてきたという一面もあるが,反面南北問題全体に関する討議が第1回,第2回UNCTADと進んできた結果,従来よりも実態に則した具体的な議論が展開されるようになり,南北間の対立を生みがちな抽象的議論をさけようとの雰囲気がある程度醸成されてきた結果であるとも評価し得る。このような意味で,チリの会議では開発途上国の開発のために全世界にまたがる141のメンバー国がそれぞれの問題意識と具体的解決策を持ち寄ってビジネスライクな議論が行なわれることが期待される。
UNCTAD加盟の開発途上国の大宗を占める77ヵ国グループは第3回UN-CTADに臨む開発途上国の立場を調整し,団結を再確認する目的で,昨年10月28日から11月8日に至るまでペルーのリマで閣僚会議を開催した。同会議で採択された「リマ憲章」は冒頭により公正な国際分業体制および先進国の産業調整を求める点など10項目の「基本原則」を掲げており,中心部分は第2部として第3回UNCTADの仮議題に準拠して今後の基本方針を規定した「行動計画」となつている。そして同憲章全体を通じて,第3回UN-CTADに対する開発途上国側の強い期待が随所に表われ,その背景には,とくに最近の国際通貨危機に対する不安感も加わり,南北間の経済格差がますます拡大しつつあることに対する南側の危機意識が強くにじみでている。例えば同憲章は冒頭部分で最近の国際経済状況を分析し(イ)1960年代を通じて先進国の一人当たり国民所得は650ドル以上増加したのに反し,開発途上国のそれは40ドルしか増加しなかつた。(ロ)世界の総輸出量に占める開発途上国の割合は1960年には21.3%だつたものが70年には17.6%に低下している。(ハ)開発途上国の対外債務累積は大幅に増大しており,69年末には約600億ドルにも達した,(ニ)先進国と開発途上国の間の技術ギャップが次第に広がつている,(ホ)現在の国際通貨危機と先進国側における保護主義の台頭により南側諸国の貿易,開発面における悪影響が強く懸念される,(ヘ)先進国から開発途上国への資金の流れの中,真の援助ともいうべき政府開発援助の対GNP比率は低下しつつある。すなわち,リマ憲章の基調は南北間の基本的経済格差が拡大しつつある際,一方においては国際開発協力への熱意減退が見られ,他方において国際経済体制の変更が南側諸国の手のとどかないところで行なわれていることに対する不満である。
一方開発途上国の要請を受けて立つ西側先進国は,OECDの場を中心として第3回UNCTADに対する立場の調整を行なつてきた。いずれの国も,第3回UNCTADが失敗に終わり開発途上国の不満が現在以上に高まつて南北間の対立が激化し,国際的な不安定要因を作り出すことのないよう,できるだけ建設的な取組み方をすべきであるとの共通した認識はもつているものの,第1回UNCTADにおける援助量の対国民所得比1%目標,あるいは第2回における一般特恵に関する合意の如く,第3回において特に焦点となるべき項目を設定するのに苦慮している現状にある。これに加えて昨年夏以来国際通貨危機に始まつた国際経済の動揺はいまだおさまつておらず,先進各国ともややもすれば自国経済の建て直しあるいは先進国間の調整の問題に眼を奪われ,米国の対外援助10%削減に見られる如く開発のための国際協力への熱意はとかく鈍り勝ちな現状にある。中でも世界の経済をリードしていた米国自身がニクソン大統領の新経済政策のもとで,まず国内経済を再建することに最優先順位を置いており,他方英国の加盟を控えたEECも域内体制の整備に余念がないといつた現状にある。さらには一昨年の秋第25回国連総会において採択された「第二次国連開発の10年のための国際開発戦略」において既に貿易と開発の広い分野にわたる合意をみていることも先進各国をして新たな重荷を背負うのを消極的にさせている理由の一つでもある。現在のところ,開発途上国の主要輸出産品の一つであるココアに関する国際商品協定作成に関して何んらかの成果が見られることが予想される他,一例としては後発開発途上国のための特別措置につき具体的成果が上がることが期待される。
第3回UNCTADの結果南北問題がますます対決色を深めてゆく場合,わが国の開発途上国に対する貿易依存度,さらに世界最大の資源輸入国としての立場や,中華人民共和国とともにアジアの一国であるとのわが国の立場(中華人民共和国は今回UNCTADに初めて参加する),さらには今後の対開発途上国への民間投資の必要性などいずれからみても,わが国の失うところは米国,EECより大きいと判断される。従つてわが国としては第3回UNCTADが開発途上国の貿易拡大と経済開発をはかり,ひいては世界の平和と繁栄を確保するものであるとの認識に立って行動しようとしている。またわが国の経済が開発途上国の健全な発展に依存し,近年著しく増大しつつあるわが国の世界経済に対する影響力および責任を背景として,かつわが国の国際的イメージを改善するため,開発途上諸国と先進国との間の幅広い対話による南北問題解決の国際開発協力に積極的に参加し,わが国の長期的利益に合致する開発援助,貿易等の面で協力するとの態度で臨むこととしている。具体的には政府開発援助目標,援助のアンタイイング,一般特恵制度改善,産業調整援助および後発開発途上国のための特別措置等の面で国際協力に対する貢献を率先強化してゆくとの態度で臨んでいる。