2. わが国の外交に関する重要演説
(1) 国際連合第23回総会における三木外務大臣一般討論演説
(昭和43年10月5日)
1. 戦後23年,いろいろな迂余曲折を経て,ここに,第23回の国連総会を迎えましたが,今日の国際環境は,果たして23年前,恒久平和を誓って再出発した人類の悲願と合致するでありましょうか。少なくともその方向に向かって進んでいると言いうるでありましょうか。
遺憾ながら必ずしもそういい切れないのではないでしょうか。人類は過去の恩讐を越えて,新しい世界の平和建設に乗出したはずではなかったのでしょうか。
世界平和の建設に逆行する幾つかの事例の中で,われわれは去る八月のチェッコスロヴァキアの事件に思いを至さざるを得ません。今日まで積み重ねられた平和への努力により国際間の緊張の一層の緩和と,諸国間の信頼の強化が期待されていたのであります。この期待は今次の事件により大きな打撃を受け,深い失望を感じた次第であります。この武力介入事件は,幸いに大規模な流血の惨はもたらさなかったとは申せ,明らかに国際連合憲章の規定と精神に反する行為でありました。日本としては,一刻も早く撤兵が実施され,真に平和的,友好的解決が達成されるよう訴えるものであります。
国際社会の諸問題は,力のみによって解決され得るものでありましょうか。わたくしはそうは思わない。ことに核時代の今日,力の乱用は究極的には人類の自滅を招く危険を伴うものであります。この世界の秩序の基礎は,力に求められるべきではなく,変遷する時代の要請に応えつつ,法と正義の支配に求められるべきであると,わたくしは確信するものであります。
法と正義が支配する国際社会を実現して,国際の平和と安全の維持を確保するために,われわれは一体何をなすべきでありましょうか。如何に行動すべきでありましょうか。
われわれの国際連合は,加盟国の主権の平等の原則を基礎としております。また,諸国民の平等の権利と自決の原則の尊重を誓っているのであります。従って,お互いの主権と独立を尊重し,これに対する干渉をつつしまなければならないことは明らかであります。各国は種々の異った社会体制の下に生きておりますが,いずれの国も社会体制の相違を乗り越えて他国の主権と独立を尊重し,互いに内政不干渉の原則にもとずく共存をはかることが,平和のための大前提であります。
国際連合憲章は,明文の規定をもって,国際紛争は平和的手段によって解決されねばならず,また,他国の主権と独立に対する武力威嚇または武力行使をつつしまなければならぬ,という原則を示しております。世界の各国がこのような原則を誠実に守ることによってのみ,法と正義に立脚した国際秩序が確立され,また国際平和の維持と各国の安全確保が可能となるものであると信じます。
国際連合憲章は,「力が正義である」という力の支配する国際秩序に代って,「法と正義が力である」という原則の支配する国際秩序の確立のために,すべての加盟国が一致協力することを義務づけております。ことに人類破滅の危険をはらむ今日の核時代においては,世界各国が,国の大小を問わず,世界平和の維持にその責任を分担すべきことはいうまでもありません。そのなかでも,安全保障理事会の常任理事国であり,拒否権をもつ大国が,国際秩序の確立と世界平和の維持のために果たすべき役割りと責任の極めて重大であることは明らかであります。このことは,どんなに強調しても,強調しきれるものではないと思います。
大国による力の乱用は,世界全般の平和を脅かし,大きな危険を伴うものであります。
大国は,世界平和の維持に対するその重大な責任を十分に自覚し,その力の使用を自制し平和を守るために設けられている国際連合憲章の基本的諸原則を厳格に遵守すべきものであることを,強調しておきたいと思います。
われわれは,もう一度,23年前の初心に立ち返えり,憲章の精神を呼びさまし,厳粛な憲章の条項を読み直してみるべきではないでしょうか。
2. 近時,東西関係に緊張緩和の歓迎すべき発展がみられておりました。しかし,最近の不幸な事件により,国際間に新たな不信と猜疑心が生れてきたことは事実であります。このことにより,緊張緩和の芽が摘まれ,冷戦に逆戻りすることは絶対に避けなければなりません。そのためには,大国の便宜主義によらず,真に永続する世界平和の確立のために各国が今後とも努力を継続することを強く要望するものであります。
今日,国際連合に対し,国際連合は,重大な国際紛争を解決する効果的な機関ではないという批判があります。しかしながら,国際連合が多くの潜在的紛争の根を除去するに役立っており,また,すでに発生した紛争についても事態悪化を抑え,戦火の再発を防止する作用を果していることも,また明らかであります。この事実は,十分に評価されなければなりません。国際連合がさらに強化されるか否かは,一にかかって加盟国の行動と努力によるものであります。
日本としては,自ら戦争放棄の平和憲法をもつのみならず,その存立の基礎を世界の平和と安定に託しております。従って,国際連合の基本的原則を誠実に守り,国際連合の平和維持機能をより効果的にするために出来得る限りの努力と協力を惜しまぬ決意を有していることを,わたくしはここに強調するものであります。
3. 核時代に入った現在,世界の平和に対する最大の脅威は,何といっても核戦争の危険であります。この危険を防止する措置を講ずることが人類焦眉の急務であります。
このような認識の下に,過去数年間にわたり,国際連合及び18ヵ国軍縮委員会の舞台を中心にして,核兵器不拡散条約の成立に向かって,努力が傾けられ,いよいよ本年,条約が署名のため開放されましたことは,意義深いことであります。わが国はこの条約の趣旨に賛成し,現在条約参加に関連するあらゆる問題を慎重に検討しております。
この条約の意義には,いくつかの側面があると思います。その一つの側面は,この条約をして大国間の核軍縮への入口たらしめることに対する期待であります。もう一つの側面は,核兵器国を現在の5ヵ国以上にふやさせず,核戦争の危険を現在以上に拡大せぬことにあると考えます。
更にわたくしが強調したい今一つの側面は,この条約を,原子力の平和利用の研究,開発に関する国際協力促進の新しい出発点としなければならない,と言うことであります。エネルギー源にめぐまれないわが国では,原子力の開発の将来に寄せる国民の期待は,いずれの国にも劣るものではありません。われわれは核兵器を開発しようとする意志はありませんが,原子力の平和利用の面では,一流の国家たらんと願うものであります。この意味から言っても,わたくしはこの条約の原子力平和利用面における将来の役割に期待するとともに,この分野における機会均等の原則の重要性を強調するものであります。
核不拡散条約の成立を契機として,核兵器国はますます核軍縮への熱意を高めなければなりません。日本政府は,米ソ両国が,戦略的核兵器運搬手段の規制及び削減に関する交渉を行なう合意に達していることを歓迎するとともに,この交渉が最近の国際情勢の変動にもかかわらず,一刻も早く開始され,具体的な成果をもたらすことを期待するものであります。
それと同時に,核軍縮への動きが大きく望まれる現在,フランス及び中共が従来の態度を変えて進んで核軍縮に関する国際的話合いに参加することを強く希望するものであります。
また,去る8月28日に閉会した18ヵ国軍縮委員会においては,今後の軍縮問題審議の議題,及びその優先順位が決定されました。わが国としては,核不拡散条約に続いて執られるべき核軍縮措置として,全面的核兵器実験禁止問題を極めて重要視しております。地下実験を含む,すべての核兵器実験を禁止する条約締結の障害は,現地査察,検証等,国際管理の必要をめぐる関係国間の意見の対立であります。わが代表団は,一日も早くこれらの諸問題が解決され,この全面的核兵器実験禁止条約が成立することを希望してやみません。
なお,先般ジュネーヴで開催された非核兵器国会議においては,特に,安全保障問題,核軍縮問題,原子力平和利用問題の論議が焦点でありました。これらの問題は,いずれも核兵器不拡散条約をめぐる重要な課題であります。しかし,これらの問題の解決は決して容易ではありません。しかし,今後,その解決に向かっての努力がなされないならば,核戦争の危険を防止しつつ,原子力を人類の福祉と繁栄のために,最大限に活用して行こうというこの条約の崇高な目的は,見失なわれることになりましょう。
核爆発の惨禍を身をもって経験したわが国民の等しい願いは,人類社会から核兵器を完全になくしてもらいたい,ということであります。われわれは,核軍縮の問題を,現代に生きるものの取組むべき最重要問題の一つと考えており,軍縮問題の審議には,今後とも積極的に貢献していきたいと考えております。
4. 現下の世界において,多くの国がヴィエトナム戦争の動向に多大の関心を寄せていることは,申すまでもありません。現に米・北越間に平和的解決への話し合いが続けられていることは,誠に喜ばしいことであります。しかし,ヴィエトナムにおける戦闘は依然として継続されております。しかし,今や,この段階に至っては,ヴィエトナム戦争を解決に導くものは結局当事者の歩み寄りによる政治的解決しかないと考えます。
昨年も,わたくしは,この議場で,双方当事者の歩み寄りを切望致しましたが,今日,パリ会談において,なお,残る当事者間の距離も絶対に埋め切れないものとは思えません。もう一歩双方が歩み寄れば,すべての交戦当事者の間に,接触の道ができ,実のある話し合いのとびらが開かれるものと考えます。アジアの平和のため,今日ほど関係当事国指導者の高邁なステートマンシップが要請されている時はありません。双方のもう一段の歩み寄りを重ねて切望するものであります。
わたくしは,ヴィエトナム問題の解決には,ジュネーヴ協定を基礎として,さし当り何等かの国際保障の下に平和が実現されるとともに,将来は,他国の影響や干渉なく,全ヴィエトナム人自身がヴィエトナムの将来を自ら決定することが必要であると考えます。
いずれにせよ,ヴィエトナム戦争の解決は,アジアの永続する平和と安全に沿うものでなければ真の解決とは申せません。このような解決の基礎が,民生安定につながるものでなければならないことは申すまでもありません。従って,わが国は,戦後におけるこの地域の復興について,強い関心を寄せております。特に和平実現後は,先ずヴィエトナムのみならず,戦争によって影響を受けたその他の国も含め,インドシナ全体を対象として,民生安定と戦災復旧のために,広範な国際協力が必要となると考えられます。わたくしは,このための国際基金が設立され,各国が全体として協力し得るようになることを望むものであります。わが国としましても,かかる国際協力には国力の許す限りの寄与を行なう用意があります。
5. わが国はまた,アジアの一員として,広くアジア地域全般の経済,社会開発の推進に,出来うるかぎりの協力を行ないたいと考えております。
アジアはご承知のとおり,世界の人口の半数以上を抱えておりますが,国民所得においては,世界の総国民所得の極くわずかな部分を占めるにすぎません。わたくしはアジアの開発は,先ず農業部門の近代化を推進し,工業化への基礎固めを行なうとともに,教育,技術の振興等,総合的開発計画を進めるべきだと考えております。しかし個々の開発途上国の自助努力には自ら限界があり,地域協力とともに先進諸国よりの援助が是非必要であります。幸い近時,アジア諸国の一部にはアジア人の手で共通の目標を達成しようとする努力が行なわれ,アジア太平洋協議会,東南アジア諸国連合,地域協力開発機構などの地域協調の気運が高まりつつあることは,誠に喜ばしいことであります。わが国としても,かかる地域協調の動きを歓迎するとともに,エカフェをはじめ,東南アジア開発閣僚会議,アジア開発銀行等を通じて,アジアの地域開発に積極的な協力を行なっております。
またわが国は,アジアの経済,社会開発が,全世界の平和と安定につながるという観点から,わが国内に幾多の困難な問題をかかえながら,特にアジア諸国に対する貿易の促進及び援助の強化に努めてまいりました。わが国の対アジア援助額は,1964年の2億6千万ドルに対し,1967年には5億7千万ドルと約2.2倍に達しました。また,わが国はアジア地域からの輸入に対しても格段の努力を行なってきており,1964年の22億5千万ドルに対し,1967年には33億ドルと約1.5倍に達し,これはわが国全輸入額の30%に当たるものであります。わが国としては,今後とも貿易の一層の増大をはかるべく,関係国と開発輸入を促進する等諸種の方途を探求してゆく考えであります。
アジアの受けている援助は,他の開発途上地域に比較し,極めて低いのが現状であります。1964年から1966年の3年間の平均では,アジア諸国の1人当りの援助受益額は,アフリカの5.7ドル,ラテン・アメリカの4.3ドルに比較し,3.1ドルのレベルに低迷しております。とくに東南アジア諸国は,従来より援助の谷間におかれる傾向が強く,1人当りの援助受益額は,2ドルに満たない状況にあります。アジアの必要はあまりに大きく,日本がいかに努力しても,その寄与には限界があります。私は世界のアジアに対する援助額,なかんずく東南アジアに対する援助額が,大幅に増大されることを強く念願してやみません。
わたくしはアジアの平和と繁栄は,アジア諸国の相互協力に,太平洋諸国の連帯協力が加わることにより,始めて促進され得るものと確信しております。ヴィエトナム戦後の永続的なアジアの安定と平和を考えれば,このアジア・太平洋という広い地域にわたる協力の基盤が一層強化される必要があります。アジアと太平洋の接点に位置し,この地域と運命を共にしているわが国としては,アジア・太平洋協力という,この重要な長期的課題に対し,出来得る限りの貢献をしてまいりたいと考えております。
6. 昨年の最も大きな国際問題であった中東紛争について,昨年11月,国際連合が安全保障理事会を通じ,問題解決の方途に関し,国際的合意を見出し得たことは,昨年における国際連合の大きな成果の一つとして数えることができます。しかし現在に至るも,安全保障理事会の決議は履行されておらず,現地では緊張状態が継続し,小規模ながら停戦違反の武力衝突が繰り返されておりますことは,誠に遺憾であります。
わが国は,武力による領土の拡張は,紛争の平和的解決,武力の不行使の原則に反するものとして,これを容認することはできません。イスラエル軍の占領地からの撤退を求めるという立場を維持するものであります。しかし,イスラエル軍の撤退は,交戦状態の終結,関係国が平和に生きてゆく権利の相互尊重等の諸問題と切離しては解決し得ない問題であります。わが国は,昨秋の安全保障理事会決議の趣旨にそくした公正,妥当な解決を望むものであり,当事国が,事務総長特別代表グンナ・ヤーリング大使と協力し,1日も早く中東地域に恒久平和の基礎が確立されることを切望するものであります。そしてこの恒久平和の基礎となるべき公正,かつ実効的な解決は,国際連合の場において承認され,国際連合がその遂行に引き続き責任を負うものであることが望ましいと考えております。百数十万人に上るアラブ難民の20年に及ぶ苦難の生活を考え,中東問題解決の緊急性を,改めて各国に指摘したいと考えます。
7. この国際社会には,依然として幾多の困難が残っております。中国問題は他のアジア諸国にも大きな影響を有し,最も重要なものの一つであります。この問題は大陸の中共政権と台湾にある中華民国政府との対立にからんで更に複雑なものとなっております。中国代表権問題は以上のような複雑な中国問題の一側面に過ぎません。従って国際連合における中国代表権問題は,中国問題全体の解決に資するような形で取扱われるべきものであります。この意味において,代表権問題は単なる手続問題ではなく,憲章第18条にいう「重要問題」として,他の多くの案件と同様3分の2の多数をもって議決せられるべきであると考えます。
中共は,現在のところ,その独特なイデオロギーと判断に基づき,硬直した対外姿勢をとっておりますが,日本は,大陸中国とは隣国であり,また歴史的にも深い関係にありますので,大陸中国が国際社会と協調し得る中国となることを,どの国よりも強く熱望しておるものであります。広大な地域に7億を越える人口を擁する大陸中国の動向は,アジア及び世界に重大な影響を与えるものであります。その意味において,中共が国際社会における自らの責任と義務を認識し,世界平和のため進んで建設的役割を果す日の到来することを願うものであります。
8. 国際連合が当面している極めて困難な課題の一つに南部アフリカ問題があります。この問題の根底は,国連憲章の人民の平等の権利の原則に反する人種差別にあります。日本は,アパルトハイトの撤廃および植民地独立を主張するアフリカ諸国に対し,深い共感を有しております。南部アフリカを統治する諸政府に対し,問題の根源である人種差別政策の放棄を重ねて強く訴えるものであります。
この問題については,関係当事者の理解と忍耐による現実的なアプローチがますます必要となると考えますが,日本も今後とも,問題の平和的な解決に出来るだけ貢献いたしたいと考えております。
9. 人権の尊重が自由,正義および平和の基礎をなすことは,世界人権宣言の冒頭にいうとおりであります。武力紛争,人種差別がこの世界に続いていることは,人権尊重の観点からもまことに遺憾であります。国際連合は,人権及び基本的自由の尊重促進のため種々活動を行っておりますが,特に本年を国際人権年と指定し,その主要行事としてテヘランにおいて国際人権会議を開催して,人権と自由及び世界の平和の問題を考える機会としましたのは意義深いことでありました。
人権及び基本的自由の擁護は,わが国の憲法においても基本原則の一つとなっており,わが国は国際人権年行事に積極的に協力するとともに,世界人権宣言の普及と,人権尊重思想の高揚をはかるため,種々の活動を進めております。わたくしは,国際人権年が人権の分野における国際協調と,諸国民の福祉増進に大きく寄与するものと期待するものであります。
これに関連し,最近のアフリカ大陸の一部における戦乱の悲惨な犠牲者の姿はわれわれの深甚なる同情をよびおこします。この事態には,われわれとしても強い関心を持たずにはおられません。既に各方面において,この事態に対し,政治問題と切離して純粋に人道的見地から救済の手を差しのべる努力が行なわれることは当然であります。しかし,他方,戦乱の当事者も人類愛の高い立場から一日も早くこのような悲劇を終止させる努力を一段と強められるよう衷心より希望するものであります。
10. 経済,社会の開発を促進し,貧困の除去,福祉の向上をはかることは,平和の基盤をなすものと信じます。国際連合は,経済開発促進の面で大きな成果を挙げてきております。
第1に,わたくしは本年2月から3月にかけて開催された第2回国連貿易開発会議の意義を高く評価するものであります。この会議の成果は短期的見地から評価されるべきではなく,長期的視野に立って評価さるべきでありますが,わたくしは今次会議が,特恵援助,食糧問題,地域協力等南北問題の解決に向って,地道ではあるが,より現実的な国際協力への一歩を踏み出したことに意義を見出すものであります。この機会に,同会議を現実的方向に導くよう終始努力されたプレビッシュ事務局長に敬意を表するとともに,UNCTADが今後とも全人類共通の課題に有益な貢献を行なうことを期待してやみません。わが国としてもこうした方向に沿って,出来る限りの協力を惜しまぬ所存であります。
第2に,「国連開発の10年」の問題に言及したいと思います。経済社会理事会はじめ関係諸機関は,1960年代の「国連開発の10年」に引続き,すでに第2次「国連開発の10年」の目標設定に取組んでいますが,わが国も有効な開発の方途を探求するために,積極的な協力を惜しまない所存であります。第1次「国連開発の10年」については,その成果につき過少評価する向きもありますが,わたくしは国連貿易開発会議,国連工業開発機関,国連開発計画,世界食糧計画等一連の機関が生まれてきたこと,及び現実に成長目標を達成しうる見通しを有する開発途上国も増えてきた点からして,その意義は十分に認められるべきであると考えております。わたくしは,第2次「国連開発の10年」の策定にあたっては,目標はあくまでも実現可能なものとし,全世界的な目標設定の中に,各地域の経済事情の相違,発展段階の差異等をいかに反映するかが大きな課題であると考えております。さらにこの目標設定にあたっては,経済部門のみならず,社会部門をも含めた,均衡のとれた総合的開発が必要であり,単に工業化のみならず,農業部門の近代化,人口問題,教育,科学技術の振興等,極めて広範な分野の開発政策の拡充が必要となると考えます。
11. 本年は,国際連合が,従来開発の比較的遅れていた領域に,その活動分野を一層拡げた年でありました。すなわち,海底平和利用アド・ホク委員会の諸会合及び宇宙空間平和利用国際会議の開催に示される海底開発,宇宙開発の分野であります。科学技術の進歩により人類の活動分野はますます拡大されてゆきますが,かかる新しい分野について,その平和利用を確保しようとする国際連合の努力は高く評価されねばなりません。
このような新分野の開発に当っては,従来の国家中心の観念に捉われることなく,全人類の繁栄のためという観点に立つべきであり,このため国際協力の一層の強化が望まれます。
このように国際機関の関与する分野が拡大され,多岐にわたり,多数の機関が種々の経済開発,社会開発の活動に従事がしているという現実におきましては,往々にして,各種の活動が重複するという傾向が起ってまいります。国際連合および関係各機関の活動をもっとも能率的ならしめるため,合理的な調整がはかられるよう期待する次第であります。
12. 23年前国際連合は平和を維持し,法と正義に基づく秩序を確立するためにつくられました。そしてわれわれは,「戦争は人の心の中で生まれるものであるから,人の心の中に平和のとりでをきずかなければならない。」と宣言したのであります。一国の国造りが国民ひとりひとりの教育と訓練に始まるごとく,国際連合を強化するものもまた結局人間であります。時代の趨勢に沿って国連精神の具現に挺身し得る人を養成することこそ今日最も望まれるのであります。この意味において国連訓練調査研修所のごとき機関は今後拡充,強化されるべきであり,また各国としても国連諸機関の努力に呼応して前記のような決意と考え方を身につけた国際人の養成に一層の努力を払うべきであると考えます。今日必要なことは,われわれの物の考え方,物の見方を,21世紀につらなる現代にふさわしいものにするということであります。国連精神を具現する人物を養成することは,国際平和に新しい息吹を吹込み,力強い推進力を与えることになることを信じます。
われわれは,ここに再び23年前の初心に立ち返り,戦争の惨禍と過去の恩讐を越えて,国際連合憲章にうたう平和世界の建設に邁進しようではありませんか。そして,われわれは,今日の若き世代に,より良き明日の世界を残そうではありませんか。
ゴートン総理大臣閣下,議長並びに代表各位,ご列席の皆様
1. 本日ここに豪州政府主催の下に,アジア・太平洋協議会第3回閣僚会議の開会を迎え,日本政府代表として参加の機会を得ましたことは,私の最も欣快とするところであります。
2. アジア・太平洋地域の諸国を結び付けるこの機構が,その閣僚会議をオーストラリアの首都において開催し,北半球から多くのアジア諸国の代表が参集したということを,私は,一つの象徴的なでき事と感じております。さほど遠くない過去において,アジアと大洋州とはほとんど隔絶した地域と見られておりました。しかしながら,時代の進展は,今やこれら両地域を密接不可分なものとして結びつけるに至り,この関係は政治・経済・社会等のすべての分野でますますその度合を強めつつあります。
ASPACは,まさにこのような土壌の上に生を受けた新しい時代の産物であり,この地域に生存する諸国民の間の新しい地域意識に基づく協力機構であります。いまASPAC諸国の合計2億5千万の人口が,一つの地縁的な運命の共通性に対する認識を,年とともに強めているのであります。この意味において,わたくしはASPAC閣僚会議の当地開催を特に意義深いものと考え,わたくし自身,特別の感慨をもってこの地に臨んだのであります。
3. ひるがえって,昨年7月わたくしどもがバンコックに会合して以来の一年間におけるアジア・太平洋地域のでき事を回顧いたしますと,多くの場所において重要な局面の展開がありました。アジア情勢が急速に動きつつあるとき,各国の外交政策について責任を有する代表各位と,これらの問題につき自由に意見の交換を行ない,かくして相互の理解を深め得るのは,専らASPACの有する多角的協議機構としての機能に基づくものに他なりません。わたくしは,今回で第3回閣僚会議を迎えるこの機構が,かかる機能を中心として今後いっそうその意義を高めて行くことを強く希望するものであります。
4. 今次閣僚会議を主催する豪州政府は,同時に過去1年間ASPACの事務局としての機能を果し,成育途上のこの機構の発展に大きな貢献をされました。ASPACの発展にとって極めて重要な意味をもつた過去1年間にわたり,豪州政府がこの機構に及ぼした極めて建設的な影響と積極的な指導力はASPACに対する貴重な貢献として永く記憶されるものと信じます。
わたくしは,他の代表各位とともに豪州政府及び関係者の並々ならぬご努力に対し,心から敬意と感謝の意を表明するものであります。
最後に,この会議が実り多き成果をもたらすことを祈念してご挨拶といたします。
議長,代表各位,ならびにご列席の皆様
わたくしは今回外務大臣として,はじめて東南アジア開発閣僚会議に出席し,親しく東南アジアの友邦の経済開発を推進しておられる指導者の方々にお目にかかる機会を得ましたことを,深くよろこびとするものであります。
東南アジア開発閣僚会議も回を重ね,ここに第4回会議を迎えました。本日各位と親しく一堂に会し,これまでにこの会議のあげてきた成果をかえりみます時,わたくしはこの会議が,東南アジアの経済開発というわれわれすべてに共通の課題について,率直な意見の交換を行ない,ともに将来の方策を探求するため,きわめて貴重な場であることを今さらながら痛感する次第であります。
現在の東南アジアにおける事態は,なお,きわめて流動的な要因を含んでおります。また,目を広く東南アジア地域外の情勢に転じましても,昨年来の国際通貨危機をはじめとして,種々の経済的変動や困難が姿を現わしております。
われわれは,このような容易ならざる環境の中で,困難を克服し,将来の東南アジアの方向を探りつつ,経済開発のための共同の努力を積重ねていかなければならないのであります。
わが国は,自衛のためのほかは武力を保持せず,平和国家の理想を高く掲げ,すすんで戦争のない世界の創造を目指し,国際的な協力を通じて「平和への戦い」に積極的な貢献を行なっていく決意をかためております。戦争のない東南アジアの創造のためには,開発と安定のための提携が進められなければなりません。このような考え方のもとに,わが国は,東南アジア諸国の共同の努力の一翼を荷って明るい将来への歩みを進めていきたいと考えております。
現在,アジアにおいては,長い伝統を持ったECAFEを始め,いくつかの地域協力機構が,有意義な活動を行なっております。特に,アジア開発銀行が,発足後日浅くしてすでに本格的な活動に入り,立派な業績をあげておられることを高く評価し,今後の活動を期待しております。
わが国としては,これらの地域協力機構が,それぞれの分野でおさめてきた大きな成果に敬意を表するとともに,今後ともできる限りの支援を惜しまない所存であります。東南アジア開発閣僚会議もまた,これらの機構と協力しつつ,この地域の発展と繁栄に貢献することを強く念願するものであります。
現在国連においては,1970年代を第2開発の10年として経済,社会開発のための国際協力を進めるための準備が行なわれております。また,カナダのピアソン元首相が,世銀総裁の委嘱をうけて,開発と援助の問題について,過去の実績を評価し,長期的展望を打立てる事業を進めております。1960年代も終りに近づき,新たな年代をむかえようとする時,これらの事業は誠に時宜を得たものであります。開発と援助の問題はまさに,長期的視野に立ってしかも現実の可能性を踏まえつつ忍耐強く取組んでいくべきものであります。この閣僚会議においても,東南アジアの経済開発の問題を,長期的観点から共通の問題として話合い,その解決に向ってともに努力していくことこそがわれわれの課題でありましょう。
このような考え方に立ってみますとき,この閣僚会議の運営においては,今後とも域内の各国に共通する基礎的な経済開発の問題に重点をおいていくことが,適当ではないかと考えます。われわれが従来ここでとり上げてきた問題をみましても,農業,漁業,運輸通信など,経済開発のために基礎的な重要性を有する分野のものを主としております。これら農業開発,インフラストラクチュア開発をはじめとし,人的資源開発,国内資源活用などの分野における東南アジア地域における地域協力が,今後ますますその重要性を増すであろうことを考えますと,これこそが,この閣僚会議で長期的観点から検討を行なっていく問題として特にふさわしいものであると考えられるのであります。この意味において,アジア開発銀行が実施している地域運輸調査や,タイ国政府が提案されている東南アジア経済分析は,この閣僚会議としてぜひ積極的に支持していきたいものと考えております。
この関連で,これまで取上げられなかった問題の一つに人口問題があります。もとより,人口問題については,各国の社会的,文化的背景などから,それぞれの関心の所在,当面それに対処するためにとられるべき措置などに大きな差異があるわけでありますが,アジアの多くの国々の間には,急激な人口の増加が,経済,社会開発の促進にとって大きな問題であるとの認識が既にあり,最近政府機関あるいは民間団体がイニシアティヴをとってこれに積極的に取組まんとする気運が起りつつあることは,注目すべきであると考えます。わが国としては,かかる気運にもかんがみ,今後,東南アジアにおいても,各国の要請に応じて,この分野での協力をさらに拡充することを具体的に検討しております。
わが国が,これまで,東南アジアの経済,社会開発のためできる限りの協力を行なってきたことは,今さら申すまでもありません。その詳細につきましては別の機会に申上げることと致しますが,わが国は今後とも,このような努力をいっそう強化する所存であります。
現在の東南アジアにおいて最も流動的な地域はヴィエトナムでありますが,長きにわたったヴィエトナム紛争もようやく平和的解決の方向に大きくうごきつつあります。わが国は,この地域に,繁栄の基礎となる永続的平和が確保されることを心から念願し,そのためできる限りの努力を払う所存であります。
特に,わが国は,ヴィエトナムに平和が確保される暁には,ヴィエトナム,および戦争によって影響を受けた周辺の国々の復興と開発を助けるため,できるだけ広汎な国際的基盤に立つ共通の努力が払われるべきであると考えており,かかる国際協力を実現するための方策を,現在,真剣に検討しております。
さらに長期的には,来たるべき1970年代,平和が訪れた東南アジアにおいて,いかにすれば経済開発が最も効果的に進められるか,そのためには,何を目標に,いかなる活動を,どのような協力関係のもとに行なっていくべきか,という基本的な問題について検討を行ない,今後の東南アジア諸国との協力の基盤を作りたいというのが,わたくしの念願であります。
この10年間は,東南アジア地域についても,また,地域外の諸国についても,大きな可能性をはらんでおります。わが国経済が今後かりに過去数年間と同様に急速な成長を続けうるとするならば,1980年頃には,国民総生産が5,000億ドル台の規模にも達しうるであろうとの試算があります。わが国としては,今後こうした国民経済の進展に応じて海外経済協力を積極的に推進していく方針であり,この場合における経済協力の額は非常に大きなものとなることが予想されるのであります。また,その大きな部分はアジアに向けられることとなりましょうから,その時点においてわが国から,また域外先進国から,東南アジアのために供与されるであろう経済協力の規模は,現在われわれの予想もしえない程のものとなりましょう。一方それを受入れ,効果的に活用するためには,東南アジア諸国の側においても,既に踏み出したけわしい自助の努力の道を更に進む決意をあらたにし,計画的総合的に開発を進められることが強く要請されるのであります。
このような,われわれ相互の努力があいまって,さらには,かかる努力が広く域外先進国や国際機関との協力にも結びつけられていくことによって,東南アジア開発の前途がひらけていくのであります。わたくしは,このようにして,東南アジアの未来を形作る共同事業がともに進められ,来たるべき70年代が,真の意味で東南アジアにおける平和と開発の10年とよぶにふさわしいものとなることを熱望するものであります。