海外移住をめぐる内外の情勢

1. 概   況

1968年におけるわが国からの海外移住者数は,外務省旅券発給統計(暦年)でみると,前年の4,858名より716名減の4,142名である。海外移住事業団から渡航費の支給を受けて中南米諸国に移住した移住者数は623名(1968会計年度)であり,これを前年の884名と対比すれば,261名減となる。

北米については,カナダに前年実績より214名減の523名,米国も前年より24名減の2,821名であった。(以上いずれも外務省旅券発給統計による。)

1968年の移住者数は,前年に比しいずれの地域に対してもやや減少したが,これは従来からもいわれているようにわが国の経済の高度成長,これに伴う労働力需給関係の変化,国民生活水準の向上および移住者受入国の選択的な受入れ方針の強化など,内外の諸情勢の変化に基づく現象といい得よう。

他方わが国民の海外移住に関する関心を1966年に行なわれた世論調査の結果によってみると成年者の6.2%と高い水準の移住希望が示されており,その内容を見ると,青年層,学歴の高い者に特に希望者が多く,希望職種も農業から技術系や,商業に移りつつある(「わが外交の近況」第12号344頁参照)が,この傾向は次第に現実の移住の流れについても現われて来たと認められる。

従来,移住の大宗を占めていた家族単位の自営開拓農業移住に代り,単身の技術移住や雇用農移住が主体を占めるようになり,年令構成では20才台の比重が大となっている。このことから,現在海外移住は,一つの転期にあるというべく,また,わが国移住者の伝統的受入国である南米諸国のほかにカナダ,米国が,わが国移住者の受入れに積極的姿勢をとりつつあることから,今後の海外移住は次第にその内容を変えながら,漸次上向くものと予想される。

目次へ

2. 対中南米移住

対中南米新規移住者数は近年停滞を示しており,1968会計年度における渡航費支給移住者は623名にすぎないことは前述のとおりである。このように中南米移住の数的減少が強く現われてきたうえに,質的にも,戦前移住の主体となっていた家族単位の自営開拓農業移住は一段落した観がある。これに代って,単身青年,特に技術,技能を身につけた青年の移住が比重を増したほか,移住希望者の好みも変りつつあるところがら,政府はこの新らしい時代の動向にそうべく,要旨下記のごとき「中南米移住の新らしいアプローチ」を海外移住審議会に諮り了承を得たが,同審議会ではこれをいかに充実し,かつ,具体化すべきかにつき小委員会方式で検討を進めている。

(1) 農業移住

今後の農業移住は,すぐれた農業技術を有し,かつ,経営力を備えた移住希望者が入植後短期間に自立安定しうるような営農形態および規模のものならびに資本装備の大きい移住希望者に適応する移住形態をも推進するものとする。

(2) 技術移住

わが国の技術移住者がその優秀な技術をより効果的に活用しうるよう指導し,また,その独立に際しては融資などの施策を強化拡充するものとする。

(3) 企業移住

国民経済の体質改善の一環として,国および地方公共団体の施策にのって海外に本拠を移す中小企業が増加するものと予想されるので,内部的には関係官庁の施策を有機的に総合していくように配慮し,対外的には,受入国において受入れを容易にし,企業として速かに安定しうるよう集中的,体系的に考慮していくものとする。

(4) 移住事業運営の重点移行

(イ) 融資援護体制の充実

移住者の定着安定のため今後とも融資事業の充実強化をはかり,また,前記の新らしく重点を置く移住に即応するよう融資を改善するものとする。

(ロ) 遊休地の活用

大規模遊休地であって,その立地条件などから入植をみず,さりとて直ちに魅力ある入植地に転化しえないものについては,たとえばモデル・ファームの設置,貸付けないし現地企業との提携による関発利用など各種の利用法を考究するものとする。

(ハ) 新事業開発

移住者の生活を安定向上させ,また新規に移住者の導入を促すがごとき新規の事業であって,移住者受入国に対する経済協力となるものについては,積極的に取り組むこととする。その際,相手国の国土開発,産業振興計画と調整をとり,必要ないし便宜に応じて民間のイニシアティヴの助長ないしこれとの提携を行なうほか,わが国の経済協力施策との効果的関連をも考究するものとする。

1968年度において外務省および海外移住事業団がとった主な施策はつぎのとおりである。

(1) 日本とボリヴィアとの間の移住協定の延長

政府は,ボリヴィアとの移住協定に定める移住者送出期間の延長(第4回目)についてボリヴィア政府と交渉した結果,これを5年間延長することに合意をみたので,1968年9月9日,ラ・パスにおいて在ボリヴィア片岡大使とメネセス(S.A.Meneses)ボリヴィア外務宗教大臣との間で,この旨の書簡交換を行なった。これにより今後さらに5年間,ボリヴィアに入国する日本人移住者は協定上の利益を受けられることとなった。なお,今回の期間延長に際し,ボリヴィア政府は,日本人移住者のために留保してある土地35,000ヘクタールのうち,入植見込のたたない8,156ヘクタールについて留保を取り消したいと申し入れて来たので,わが方も種々検討した結果,その申し入れに応ずることとした。

(2) 調査国の派遣

次の各種調査団を派遣し,資料の収集等を行なった。

イ)わが国の中小企業の南米諸国(特にブラジル,アルゼンティン)への移住を新たな形態として推進するために必要な基礎的資料を収集するため企業調査団(外務省,通商産業省,海外移住事業団職員各1名よりなる)

ロ)邦人集団移住地の自治組織,活動の育成ならびに移住地を包摂する地方自治体の発展または移住地を中核とする新地方自治体の創設による行政サーヴィス向上の可能性を探求するための調査団(外務省,自治省,海外移住事業団職員各1名よりなる)

ハ)1962会計年度より引き続き実施されてきた邦人移住者の保健衛生調査団(第6回目。皮膚科および泌尿科を中心とした。外務省職員1名および慶応義塾大学医学部医師2名よりなる)

(3) 移住地の電化

海外移住事業団は,入植者の生活環境条件の向上と生産力の増大を計るため,集団移住地の電化促進をはかる方針にもとづき,1967年度のアルゼンティン国アンデス移住地の電化工事(高圧幹線2.2キロメートル,低圧幹支線10.8キロメートル,同地電化委員会の決定による入植者負担額の半額を事業団が負担)に引き続き1968年度はブラジル国フンシヤール移住地の電化工事(幹支線23.3キロメートル,入植者負担額の半額を事業団が負担)を実施することとなった。

(4) 移住者に対する融資

融資は海外移住事業団が,移住者の定着安定を促進するためとりつつある重要施策の一つであるが,移住者およびその団体などに融資した1968年度の融資実績(見込)は総額4億8,700万円で,その国別内訳はつぎのとおりである。

パラグアイ      1億6,048万円

アルゼンティン     5,000万円

ボリヴィア       3,852万円

ドミニカ        1,800万円

ブラジル       2億2,000万円

渡航費貸付及び支給移住者送出実績表(1969年3月末日現在)

(5) パラグアイにおける養蚕事業と桐油工場

わが国関係商社による現地調査(1967年)ならびに1968年の3名の専門家による現地試験養蚕の結果,パラグアイにおける養蚕事業の有望性が確認されたので,関係商社の共同出資により,アスンシオン市にパラグアイ絹糸工業株式会社を設立し,乾繭工場の建設のほか将来は,製糸工場も建設する計画を進めている。(この計画については1968年7月6日,パラグアイ国外資導入法の適用を認められた。)海外移住事業団においても,移住者の定着安定を促進させるためイタプア県下の邦人移住者に養蚕を導入することの意義に着目し将来は養蚕融資を考慮中である。また,移住者が栽培する油桐等の搾油工場建設については,1967年8月,東足に設立された日本・イタプア製油投資株式会社は現地会社の設立手続を急ぎ,1968年12月,エンカルナシオン市にイタプア製油商工株式会社の設立を見た。現在,製油工場予定地の整地および基礎工事が進捗中である。

目次へ

3. 対米国移住

1965年12月に修正された米国移民国籍法は1968年7月1日より完全施行にうつされ,日本人の対米移住は,新たに優先順位に基づき,西半球を除く地域からは年間17万名の移住を認め,1国をとってみると年間2万名まで移住できることとなったが(「わが外交の近況」第12号345頁参照),1968米国会計年度におけるわが国からの移住者数は4,126名で予期されたほど増加していない。上述の米国修正移民国籍法によると,米国側としては,既に米国市民となっている者または永住権者の近親家族は優先し(第1,第2,第4,第5優先)また米国の発展に著しく貢献する優秀な人材の米国移住は送出国の頭脳流出につながることに一応留意しながらも,優先的に受入れるが(第3優先),熟練,未熟練を問わず,米国内に不足する職業に従事する一般労働者の移住は優先順位が下位である。しかし,これは当該業種の米国人労働者との競合について考慮された上,はじめて認められることになったものである。このことからして,イギリス,フランス,ドイツ,イタリアなどの西欧諸国に比べ,もともと第1,第2,第4および第5優先の呼寄基盤の小さいわが国の対米移住は,修正移民国籍法の下でも飛躍的に伸びることは期待できないであろう。また,第3,第6優先順位該当移住者についても,これまでの実績-1966米国会計年度677名,1967年度1,355名,1968年度715名-から見て,今後も年間1千名ぐらいが移住するものと思われる。

今後対米移住に政府として関与しうる分野は,近親呼寄せ以外の第3優先(一部の科学者,高級技術者を除く),第6優先順位該当者となろうが,いずれもスポンサード方式であることからして,その進展はこれに対する施策の如何にかかっていると考えられる。現在サン・フランシスコに在る海外移住事業団駐在員事務所(もともと,第2次世界大戦後米国難民救済法によって渡米した日本人移住者に対し,わが国政府が貸与した渡航費の返済に関する業務を取扱うために開設したものであるが,現在その業務は実質的に終りつつあると認められる。)を活用して,対米移住に関する情報の収集,雇用主の事業調査を含めどのような業務を行ないうるか検討中である。

目次へ

4. 対カナダ移住

近年,急速な進展をみせている対カナダ移住に対する施策を検討するため,1968年4月,外務大臣より海外移住審議会に対し,「カナダ移住のあり方について」を諮問した。同審議会は,外務省提案の当面の対加移住政策の春本となる「優秀なるわが国民の海外発展とこれを通じての国際的協力への貢献という見地から,国内では今日労働力需給関係がひっ迫している際ではあるが,健全な形で対加移住を奨励すべきである」という考え方に異存なく,さらにまた具体的施策たる(イ)カナダヘの移住者ができるだけ早期に定着安定しうるよう広範な現地事情の調査,(ロ)各都道府県における海外移住事業団地方事務所を通じてのカナダ移住についての啓発の積極化,(ハ)カナダ移住者に対する渡航前講習,(ニ)渡航後における生活指導を含めた各種相談などについても概ね妥当であると認めた。

これにより,外務省としては1968年度はカナダ移住を積極的に進めることとし,外務大臣より海外移住事業団理事長に対し指示した「昭和43年度基本方針」のなかで,「カナダ移住に関する啓発,相談,訓練および講習などには引き続き遺憾なきを期すること,また,関係情報,統計の収集,分析に力を注ぐほか,移住希望者に対する情報の提供,相談に十分応ずるよう留意すること」を指示している。この指示に従って,海外移住事業団は,横浜移住センターにおいて,カナダ移住予定者に対し,密度の高い,語学を中心とする30日間の渡航前講習を実施するほか,在京カナダ大使館と緊密に連絡しつつ移住者送出あっせんを行なっている。また,カナダにおいては,カナダの主たる州-オンタリオ,ブリティシュ・コロンビア,マニトバ,アルバータ,ケベック-に移住者の実態把握および移住者の定着援助を行なうために,計6名の移住協力員(カナダ在住の有力邦人)を委嘱した。1968年(暦年)におけるわが国からの移住者は557名で,前年実績の858名に比べ301名の減となったが,これは,カナダ経済事情が多少上向きになる1969年の終り頃までは,カナダヘの外国人移住も多くを期待し得ないであろうとカナダ政府筋が語っているように,わが国の事情によるものというより,カナダ経済の停滞により求人が減少したためである。なお,わが国からのカナダ移住は,カナダ側の移住政策から見て,カナダ経済の回復に従い移住者の数が当然増加するものと思われる。在京カナダ大使館側でも移住者の減少は短期的な一時的現象であるとみている。

目次へ