軍縮問題
核兵器不拡散条約案の審議は,かねてより18ヵ国軍縮委員会で行なわれて来たが,1968年3月11日米ソ両国は条約の再改訂案を同委員会に提出した。また3月8日,米,ソ,英3国は,非核兵器国の安全保障のための国連安保理事会決議案を同委員会に提出した。18ヵ国軍縮委員会は,その後条約案および安保理事会決議案を付属とする報告書を国連総会に送付した。
本条約案を審議するため,国連再開総会は1968年4月24日から6月12日まで開催された。
審議のはじめに,米ソ両代表は条約の早期締結の必要を強調し,総会がこの条約案を支持するよう呼びかけた。また,米ソ両国を含め条約締結を推進して来た諸国は,国連総会が「条約を支持するとともに,寄託国政府に対し,条約を出来るだけすみやかに署名のために開放し,できるだけ多くの国が条約に参加するよう希望する」との趣旨の決議案を準備し,5月1日,20ヵ国が共同でこの決議案を提出した。
これに対し,アルバニアとキューバは条約の締結自体に反対するとの態度をとり,また,インドとブラジルは,核兵器国と非核兵器国との間の義務の均衡が確保されていないと批判し,更に,ケニア,タンザニア等の一部アフリカ諸国は,同年秋に開催されることになっていた非核兵器国会議の後まで総会が決定を延期するよう主張した。このほか,条約の締結には原則的に賛成とみられる諸国からも,核軍縮,原子力平和利用,非核兵器国の安全保障および手続的規定(有効期限,条約の再審議等)につき種々の見解や主張が述べられた。わが国の鶴岡代表は,5月10日に発言し,条約案に対するわが国の態度を明らかにした。(第1部II第2章わが外交の展開4.参照)
このため条約支持決議案の共同提案諸国は,決議案の中の条約案を「支持する」との文言を「推奨する」に改める等,決議案を再度改訂したものを5月28日に提出した。
決議案の改訂と併行して米ソ両国は,わが国,イタリア,メキシコなどの見解ないしは試案を勘案して,条約案改訂のため協議を続けていたが,5月31日,新改訂条約案を提出した。この中では,わが国の主張をいれたメキシコの案文を採用して,新たに前文第12項として武力の行使またはその威嚇を慎まなければならないとの国連憲章の原則が挿入された。
条約推奨決議案は,最終的に48ヵ国の共同提案となり,6月10日,第1委員会で採択され,更に12日,本会議で賛成95(わが国を含む),反対4,棄権21で採択された。(第3部資料5.(1)付(イ)参照)
次いで非核兵器国の安全保障のための安保理事会決議案を審議するため,6月12日から17日まで安保理事会が開催された。決議案の要旨は次のとおりであった。
(イ) 核兵器による侵略またはその威嚇により,安全保障理事会が直ちに行動しなければならない事態が生ずることとなることを認める。
(ロ) 核兵器による侵略行為の犠牲または威嚇の対象となった核不拡散条約当事国である非核兵器国に対して,直ちに援助を提供しまたは支援する旨を表明した諸国の意図を歓迎する。
安保理事会では,米,ソ,英3国が安保理事会決議案に対応する核兵器国の宣言を行ない,決議案の意義を強調した。これに対し,フランスは決議案に棄権すると述べ,拒否権を行使する意図のないことを明らかにし,また,アルジェリア,ブラジル,インドおよびパキスタンは,それぞれ決議案が不十分であるとしてこれを批判した。
6月19日,安保理事会は決議案を投票に付し,賛成10(米国,ソ連,英国,カナダ,中国,デンマーク,エティオピア,ハンガリー,パラグァイ,セネガル),棄権5(アルジェリア,ブラジル,フランス,インド,パキスタン)でこれを採択した。(安保理決議255。第3部資料5.(1)付(ロ)参照)(条約文は,第3部資料5.に収録)
1968年7月1日,条約は米,ソ,英3国の首都で署名のため開放された。
同年8月末にチェッコ事件が発生したため,条約の署名国の数は一時伸び悩みの状態となったが,1969年4月末日現在,89ヵ国が条約に署名し,11ヵ国(カメルーン,カナダ,デンマーク,フィンランド,アイルランド,メキシコ,ナイジェリア,ノールウェー,英国,エクアドル,モーリシァス)が批准書を寄託している。
非核兵器国会議は,核不拡散条約に非核兵器国の見解を反映させるべきであるとのパキスタン等の主張により,1968年8月29日から9月28日まで開催された。しかし同7月1日,条約が署名のために開放されたため,参加国は条約成立を既定の事実として本件会議にのぞむこととなった。
会議には,わが国を含む92の非核兵器国が正式に参加し,また,米国,ソ連,英国およびフランスの4核兵器国が投票権なしで参加した。わが国の代表は次の3名であった。
鶴岡 千仭 国連常駐代表
中山 賀博 ジュネーヴ国際機関常駐代表
小木曾本雄 国連参事官
会議では,2つの主要委員会を設置し,主として第1委員会で軍縮,非核兵器国の安全保障,原子力平和利用に対する保障措置の諸問題を,第2委員会で原子力平和利用問題を討議した。
1ヵ月にわたる活発な討議の後,会議は14の決議と会議の宣言を採択して閉幕した。このうち決議「N」は,9月末より開催された国連第23回総会が会議の諸決定を実施するための方法および手段を検討するよう要請するものであった。(非核兵器国会議における原子力の平和利用をめぐる諸問題についての討議の内容については,本章の「科学技術における国際協力」の項の1.(4)を参照願いたい)。
わが国は,副議長国として,また一般委員会,起草委員会および信任状委員会の各メンバーとして,さらにアジア・アフリカ・グループ作業部会の一員として会議のとりまとめに積極的に活動した。
第23回総会では,非核兵器国会議の諸決定をいかにして実施するかが軍縮問題審議の焦点となった。ブラジル,イタリア,パキスタン,ユーゴ等は,会議の諸決定の実施のための特別委員会の設置を含む決議試案を準備し,協議を続けたが,これに対し,米,ソ,英および若干の非核兵器国は,特別委員会設置に反対の態度を示した。
わが国は,会議の諸決定の実施のためには核兵器国側の十分な協力を得ることが必要であるとの立場から,カナダ,フィンランド,オランダ等の諸国とともに上記両者の見解調整のため努力を傾けた。当初両者の態度は固く審議の前途が危ぶまれたが,わが国等は,なおも積極的に両者と協議を続け,この結果,総会閉幕に近く,決議案の骨子を「1970年初めに国連軍縮委員会を開催することを含め,非核兵器国会議の結果の実施の問題を国連第24回総会の仮議題とするよう要請する」趣旨とすることに関係国間の合意をみた。
12月13日,わが国は,オーストラリア,オーストリア,カナダ,フィンランド,オランダ,アルゼンティン,ブラジル,チリ,イタリア,パキスタン,メキシコの11ヵ国とともに上記決議案を提出し,同決議案は12月20日,本会議で賛成103(わが国を含む),反対7(ソ連その他共産圏諸国),棄権5により採択された。
化学・細菌兵器禁止の問題について,第21回総会では,「すべての国に対し,毒ガス等の禁止に関する1925年のジュネーヴ議定書の諸原則および目的を遵守するよう要請し,同議定書に加入するよう勧誘する」との決議が採択されていた。第23回総会でも,化学・細菌兵器をめぐり活発な論議が行なわれたが12月20日,本会議でカナダ,インド,ハンガリー,ポーランド,英国等10ヵ国提出の「事務総長に対し,資格ある専門家を任命し,その助力を得て,化学・細菌兵器使用の影響に関する報告書を次回総会の審議に間に合うよう作成することを要請する」との趣旨の決議案が採択された。この決議にもとづき事務総長は,1969年1月,14名の専門家を任命した。専門家グループは,報告書作成のため作業を行なっているが,わが国からは川喜田千葉大学長がこれに参画している。