技術協力の現況
1954年のコロンボ・プランへの参加を契機として開始されたわが国の開発途上国に対する技術協力は,その後,年を追うにしたがって,着実に拡大の一途をたどってきた。すなわち,これを予算の面からみると,技術協力が開始された1954年度のわが国の技術協力のための予算(外務省所管,以下同じ)は,わずか1,300万円にすぎなかった。が,その後,年を追って飛躍的に拡大し14年後の1968年度には,これが約58億9,500万円(補正後)に達し,さらに1969年度には約68億1,400万円(前年度比15.6%の増加)となっている。
また予算規模の拡大とともに協力の対象地域も拡大され,当初,南および南東アジアのいわゆるコロンボ・プラン地域を対象としていたが,現在ではこれがアジア地域を中心として,遠く,アフリカ,中南米等のほとんどすべての開発途上地域に拡大されている。また協力の形態についても,当初の研修員の受入れ,技術専門家の派遣を中心とする協力に加えて,日本青年海外協力隊の派遣,機材の供与,海外技術協力センターの設置・運営,開発調査の実施等多岐にわたる事業が実施されるようになってきており,さらに1966年度から新たに医療協力が,1967年度から農業協力および開発技術協力が,それぞれ独立のプロジェクト協力事業として実施されるようになった。
しかし,このようなわが国の技術協力の拡大にもかかわらず,これと他の先進国と比較した場合,その規模は絶対額においてまだまだ小さく,とくにわが国の場合,その経済協力総額のうち技術協力の占める割合が著しく小さいことが際立った特徴となっており,そのいっそうの拡大が他の先進国側あるいは開発途上国側より強く要望されている。
外務省は,1968年度において開発途上国に対する技術協力をいっそう効果的に推進すべく努力した。そのための予算は,(イ)海外技術協力実施委託費-50億2,000万円(前年度比,約19%の増加),(ロ)技術協力の実施機関である海外技術協力事業団の運営費たる交付金-6億3,000万円(前年度比,約24%の増加),(ハ)同事業団出資金-3億2,500万円である。この予算によって従来に比べ事業の内容面で改善された点は次のとおりである。
開発途上国よりの研修員の本邦滞在費の増額,研修員の書籍購入を補助するための書籍費の新設が実現された。
わが国よりの専門家派遣事業の拡大に伴い,技術のみならず,人格,語学等の面でも優れた数多くの専門家を確保する必要があり,政府としても,専門家の待遇改善に力を入れつつあり,1968年度においてはこの一環として,専門家福利厚生費(携行医薬品購入費)の新設,帰国専門家の身分保障制度および専門家プール制度の新設が行なわれた。さらに近年わが国の専門家が,アジア開発銀行等の国際機関の行なう技術協力に積極的に参加を要請されることが多い事実にかんがみ,かかる要請に応ずるために国際機関専門家制度が新設された。
海外技術協力事業の規模の拡大,内容の多様化に対処すべく,事業団職員,海外駐在員の増員が実現された。さらに研修員受入事業の増大に伴ない,事業団の中央研修センターおよび茨城農業研修センターの増築等も実現した。
なお,これらの諸点については,ひきつづき1969年度においてもいっそうの改善が実現されることとなっている。
上記予算措置の下に実施された1968年度の技術協力の実施状況は次のとおりである。
1968年度には,アジア諸国1,078名,中近東およびアフリカ諸国208名,中南米諸国100名,その他10名,合計1,396名の研修員を受入れた。この結果,1954年度から1968年度までの累計は10,898名となった。
アジア諸国238名,中近東およびアフリカ諸国86名,中南米諸国42名,合計366名の専門家を派遣した。このほか,東南アジア漁業開発センター,アジア開発銀行等の国際機関に対しても23名の専門家を派遣した。これら専門家の累計は1,811名にのぼっている。
1968年度においては,9月エル・サルヴァドルとの間に協力隊派遣に関する取決めを締結し,11名の隊員を派遣したほか,すでに隊員を派遣している8ヵ国に対し新たに合計185名の隊員を派遣し,発足以来の派遣総数は509名となった。
1968年度においては,ビルマ・シリアム精油所に対する分光計,カンボディア農務省に対するコンクリート工事施行機材,ナイジェリア・ヤバ工科大学に対する測量器具等,アジア,中近東・アフリカおよび中南米の15ヵ国に対し20件,総額1億3,300万円相当の機材を供与した。
1968年6月,ウガンダ政府との間に職業訓練センターの設置協定が締結され,その結果これまでわが国の協力により設置されたセンターは29ヵ所にのぼったが,既に協力期間を終えて相手国政府にセンター運営を引継いだものを除き,目下ブラジル繊維工業,ガーナ繊維工業,パキスタン電気通信,ケニア小規模工業,フィリピン家内工業,メキシコ電気通信,シンガポール原型生産,韓国工業技術,ウガンダ職業訓練の9センターに対し協力している。このほか,インドにおいて,わが国の技術協力により開設した模範農場8ヵ所のうち4ヵ所については,協力期間終了後,これを農業普及センターに発展的に改組し,現在,稲作技術の普及のための協力を実施中である。
1968年度においては,投資前基礎調査(外務省),海外開発計画調査(通産省)等約3億円の予算をもって,10数ヵ国において,電力,農林水産資源,工業,港湾等の分野で22件の開発調査を実施した。内訳は,アジア16件,中近東およびアフリカ3件,中南米3件である。
1968年度においては,9億1,000万円の予算が認められ,これにより,次のごとき協力を行なった。
ヴィエトナム-チョウライ病院脳外科診療棟および派遣専門家宿舎の建設(第1期工事1968年6月完了),およびサイゴン,チョウライ両病院に対する機材供与,韓国-成人病・寄生虫対策,フィリピン-ポリオ・コレラ対策,カンボディア-医療センター,ラオス-ルアンプラバン病院およびタゴン診療所,タイ-がんセンター巡回診療団,ケニア-ナクールおよびエンブ両病院,ブラジル-ペルナンブコ大学等に対し,それぞれ機材供与を行なった。またこれらプロジェクトに対し医師等医療専門家を派遣し,また関係医師,看護婦等を研修員として受入れた。
1968年度には,カンボディア農業,畜産両センター,セイロン-農業開発,インド-農業普及センター,インドネシア-西部ジャワ食糧増産,ラオス-タゴン地区の米の増産,マレイシア-プライ河流域排水干拓および農業機械化,フィリピン-稲作およびタイ-養蚕技術訓練の各プロジェクトに対し,調査団,専門家の派遣,機材供与等の協力を行なった。
1968年度においては,1億6,800万円の予算をもって,1967年度に予備調査を行なったインドネシアとうもろこし開発,カンボディアとうもろこし開発,タイとうもろこし,こうりゃん,キャツサバ等6品目の開発およびタンザニアとうもろこし開発の4プロジェクトにつき,専門家派遣および機材供与により協力した。
コロンボ・プラン協議委員会の第19回会議は,1968年10月8日から25日まで韓国のソウルにおいて開催され,わが国からは小川労働大臣を政府代表とする代表団を派遣した。
会議の主要点は次のとおりである。
1968~69年度の域外6ヵ国(日,米,英,加,豪,ニュー・ジーランド)による対コロンボ・プラン諸国援助量は,前2ヵ年とほぼ同規模の28億ドル(グロス)であり,アジアに対する援助のいっそうの増大が要望された。
技術援助額は,1億7,270万ドルと前年を18パーセント上廻り,かつてない水準に達した。この結果,コロンボ・プラン発足以来の累計額では900億ドルに達した。
人口問題解決のための計画と活動が重視され,そのためには農業生産の増大,運輸・通信・港湾等経済基盤の開発および公衆衛生等の社会事業促進の必要性のほか,人口調節および所得の公平分配の必要性が強調された。
会議の「特別議題」である貿易振興問題については,貿易振興が域内諸国の緊急の課題であることに意見の一致を見たほか,開発途上国の輸出品に対する関税の削減,輸出振興のための技術協力の必要性,信用保証および保険制度の拡充,市場調査活動のプール化等が強調された。
今後広報活動をいっそう活潑化するため,第20回会議の一環として,各国上級広報官会議を開催することとなった。
カナダ政府の招請により,1969年10月カナダのヴィクトリアで開催されることとなった。また次回会議の特別議題として「経済援助機構」が採択された。