II わが外交の歩み
第1章 わが外交の基本方針
いずれの国の外交も,その目的は,国際社会における国益の確保,すなわちその国の利益・権利の擁護と伸長をはかることと,国際社会の一員として世界の平和と繁栄に貢献することにある。
わが国の国際社会の一員としての権利,義務や国際社会についての日本の理想は,日本国憲法ならびに国際連合憲章その他の重要条約に明らかにされている。
周知のとおり日本国憲法は,恒久平和への日本国民の念願を明らかにしており,また,国際連合憲章は,国際の平和および安全の維持,諸国間の友好関係の促進,経済的,社会的,文化的または人道的性質をもつ国際問題の解決や人権および基本的自由の尊重のための国際協力などを目的としてかかげている。
すなわちわが国は,国家としての独立,平和および安全を確保する権利と義務をもつとともに,進んで社会,経済,文化等の各分野において進歩と繁栄をはかることを希望しており,また,日本国憲法や国連憲章の定めた国際的目標達成のため,日本の地位と国力にふさわしい貢献を行なう必要があるわけである。
ことにわが国は日本国憲法に基づき平和国家としての撰択を行なったので,ここに日本の外交努力の特別の重点がおかれている。日本国憲法が理想として高く掲げている平和国家とは,自らの自由と安全と繁栄を保つのみに甘んじることなく,進んで戦争のない世界の創造を目指し,「平和への戦い」のために積極的な貢献を行なう国家である。わが外交の窮極の目標は,正にこのような意味における平和国家の理想の実現にある。
かかる目標の実現をはかるに当って,わが国の国際的地位を考えれば,二つの点が特に重要と考えられる。一つは,わが国がアジアに位置しているということである。全世界的な平和と繁栄の実現の具体的方途としては,歴史的,文化的,人種的等種々の紐帯を有し,また地理的至近性からも,わが国との関係の密接なアジアに対し重点的な努力を払うことが妥当である。第二はわが国が世界有数の先進工業国としての地位を占めているということである。1968年度において国民総生産世界第三位を占めるに至ったわが国としては,当然この国力にふさわしい貢献を果さなければならない。
また,日本国憲法および国連憲章の理想の実現は諸国民の断えざる努力による世界の漸進的進歩,改革によって始めて実現する。したがって,わが国外交が成果をあげようとすれば,客観的な国際情勢にてらし,現実性・実行可能性ある方針をたてなければならない。
以上のような観点をふまえつつ,政府は過去一年においても日本外交の重要課題として,わが国の安全保障,アジアの繁栄および世界平和への寄与に努力してきた。
かかる政府の考え方は,総理大臣,外務大臣の国会演説,外務大臣の国連演説その他重要な共同コミュニケ等に随時表明されているが,ここにとりまとめれば,目下のわが外交の基本方針は次のとおりであるということができよう。
1. わが国の安全保障
(1) 緊張緩和への努力
核時代における安全保障の中心は,武力紛争が起った場合いかにこれに対処するかということから一歩進んで,武力紛争の発生自体をいかにして未然に防止するかということに移ってきた。わが国の施策も武力紛争の未然の防止に重点を置いている。すなわち国際緊張緩和のため,国際連合の強化,世界各国との友好関係の維持発展,南北問題解決のための努力など,「平和への戦い」に進んで参加することはわが外交の基本方針である。
(2) 日米安保体制
しかしながら,国際連合による安全保障体制が未だ確立されていない今日,上述のごとき諸手段のみで国の安全を確保しうるとはいいがたい。
国の安全を守る責任は,いずれの国も自ら負わねばならないが,現在の世界においては,独力で自国の安全を全うし得る国はほとんどない。わが国の場合も然りである。
したがって,わが国は核を含めてわが国の足らない国防力を補い,もって紛争を抑止するため,わが国およびわが国の周辺地域の平和の維持に強く関心を有する国と協力して安全保障を確保することとし,米国との間に安全保障条約を結んでいる。
(3) 日米の友好関係と沖縄返還交渉
わが国と米国との友好協力関係は,わが国の安全と繁栄のみならず,アジアの平和と繁栄にとって欠くことのできないかなめの一つである。わが国外交の基本方針の一つは,このような認識に立って,米国政府との間に率直かつ充分な対話を行ない,友好関係のいっそうの発展をはかりつつ,個々の問題の公正妥当な解決をはかることである。
当面,日米両国間において最も重要な問題は沖縄返還である。政府は沖縄の早期返還実現のため全力を結集することをすでに明らかにしているが,わが国としては先般の小笠原返還の例にもみるように,日米両国の友好と信頼の基礎の上に立った話し合いを通じてこの目的の達成をはかる方針である。
2. アジアの平和と繁栄
(1) アジアの平和と繁栄への寄与
アジアの繁栄は,アジアに国をなすわが国のもっとも希求してやまないところである。さいわいアジア諸国の間には,相携えて共通の課題に取り組もうとする地域協力の気運がたかまっている。
わが国は,アジア,とくに東南アジアに対する経済,技術協力のいっそうの充実と地域協力の促進をはかるべく努力するであろう。このためわが国が担うべき負担や犠牲はもとより少なくはない。しかしわが国は,アジアの諸国と手をたずさえて明るい未来を切り拓くといった国民的気魄をもってこの問題にとり組むことなくしては,戦争のない世界の創造に真に寄与することはできないとの考えから,アジアの平和と繁栄への寄与をわが外交の基本方針の一つとしている。
(2) アジアにおける地域協力の推進
わが国が1966年12月東南アジア開発閣僚会議を主催し,東南アジアの経済開発という共通の目標の達成のために具体的な努力を行なってきたのも,このような考えの現われである。また69年6月にはわが国においてアスパック,すなわちアジア太平洋協議会の閣僚会議が開かれる。アスパックはいかなる国,いかなる国家群との対立をも意図するものではなく,参加国の共通の国際的諸問題についての自由な協議と協同事業のための協力を通じて,アジア・太平洋諸国間の協調を緊密化し,もってこの地域全体の安定に貢献することを目的とする機構である。わが国としては,東南アジア開発閣僚会議とアスパックが,アジア開発銀行,エカフェ等の他の地域協力活動とともに,今後ともそれぞれの分野で,アジア・太平洋地域諸国の連帯と協力の機構として健全な発展を遂げるよう,この上ともいっそうの努力を惜しまないであろう。
(3) ヴィエトナム
ヴィエトナム問題は,政治的解決の方向に動きつつある。和平交渉の前途には幾多の曲折が予想されるが,わが国としては,この動きが恒久的な平和につながることを切に希望している。わが国は,今後の和平交渉の進展に応じて,民生安定と復興建設のための協力を行ない,あるいは,求められれば戦後の平和維持機構に参加するなど,この地域に永続的平和を確保するため,可能なかぎりの協力を行なう考えをすでに明らかにしている。
(4) 韓 国
わが国の最も近い隣国である韓国は政治的安定と経済建設の途を着実に歩んでいる。しかし,朝鮮半島の情勢は依然緊張をはらんでいる。わが国としては,わが国の安全保障の見地からも,アジアのこの地域の安全に特に重大な関心を有するわけであり,韓国の経済建設に対する支援を行ないつつ,この地域の情勢に不断の注視を払っている。
(5) 中国問題
中国問題もまたわが外交の極めて重要な課題である。まず中華民国とわが国の友好関係はますます緊密化しつつある。他方,中国本土とわが国とは,古くから政治,経済,文化の各方面にわたって緊密かつ有益な交流を行なってきた。将来中共が広く国際社会の一員として迎えられるような事態は,わが国としてもこれを歓迎するものである。現在の中共は,未だ世界すべての国々と理解と協調を基礎とする関係を打ちたてる姿勢を示すにはいたつていないが,わが国としては,当面事態の発展を注視し,中共が進んで国際協調の態度をとることを期待しつつ,各種の接触の門戸を開放している。
3. 平和への戦い
(1) 世界各国との友好促進
わが国は,いかなる武力紛争にも一切関与しないとの立場を堅持してきた。しかし他方真の平和国家を目指すわが国としては,「平和への戦い」には進んで参加し,積極的役割を果すべく努力してきた。
平和への戦いの第一歩は,世界の諸国との相互理解にもとづく友好関係の維持増進である。政府としては,わが国と密接な関係を有するアジア・太平洋地域の諸国をはじめ,西欧,中南米,中近東,アフリカの諸国との関係のいっそうの緊密化に努めると同時に,ソ連および東欧諸国との間においても,相互理解と友好関係の増進をはかり,もって東西融和の促進に寄与したい考えである。
(2) 日ソ友好善隣関係の維持
日ソ関係は,人的交流および経済交流の活発化を中心として着実な発展を遂げている。隣国ソ連との間に友好善隣関係を維持していくことは,単に相互の利益であるのみならず,極東における平和と繁栄にも資するところが大きい。しかしながら北方領土問題が未解決であることは日ソ関係のいっそうの発展を阻害しており,わが国としてはこの問題の解決のため,今後ともソ側との間に話し合いを行なって行く方針である。
(3) 南北問題解決への貢献
平和への戦いの重要目標の第一は,今後人類が取組むべき最大の課題のひとつである「南北問題」の解決である。たまたま国際連合も,1970年代を「第二次国連開発の10年」とする宣言を行なうこととしている。これはまことに時宜を得たことと考えられる。わが国は,南北問題,とくにアジアの南北問題の解決のため,可能なかぎりの寄与を行なうことを外交の基本方針の一つとしている。
(4) 国際連合の強化
平和への戦いの第二の重要目標は,国際連合の強化である。
戦争のない世界の創造のためには,国際平和維持機構としての国際連合の強化が必要である。同時に,わが国が平和国家として積極的役割を果していくためには,国際連合におけるわが国の地位のいっそうの向上のため努力する必要がある。
ただし,チェッコスロヴァキア事件あるいは中東における情勢をみれば,国際紛争の平和的解決のための努力の重要性は,ますますたかまりつつある。
この関連でとくに強調すべきは,世界の諸国が軍縮の実現のためさらに真剣な努力を払うべきことである。政府が核拡散防止のための条約案の精神を基本的に支持する態度をあきらかにしてきたのもこのような立場からにほかならない。
4. わが国の繁栄と国民の福祉向上
(1) 世界経済の発展とわが国
四囲を海にかこまれて,資源の多くを輸入にたよらなければならないわが国が繁栄し,発展するためには,適切な安全保障政策による平和の維持とともに,世界貿易の拡大が不可欠の要素であり,これは,平和への戦いへのわが国の寄与にもつながるものである。
世界における自由貿易の発展のためには,ガットおよび二国間交渉等の場において各国の貿易に対する制限の緩和をはかり,また制限の導入を防ぐ努力とともに,わが国としても輸入自由化の課題に真剣に取組まねばならないものである。また,資本取引の自由化についても,世界各国の指向する自由経済の原則に沿っていっそうの努力を払う必要がある。また,わが国は,世界貿易拡大の基礎をなす国際通貨体制の安定のために,国際協調をはかって行く方針をとっている。
さらに科学技術の発展がわが国の将来の発展にとって占める重要性にかんがみ,政府はこの分野における国際協力をさらに推進することとしている。
(2) 在外利益の保全と向上
近年,種々の形の国際的交流が深まるに従い,海外で活動する企業の数や短期ないし長期にわたり海外に滞在する邦人の数が増加している。政府はこれらの邦人が本邦企業等の安全を確保し,その活動を容易にし,福祉を向上するための施策を強化している。また,広く日本および日本人に対する各国の理解を深めるため,文化交流や地道な海外広報活動を続けることとしている。