重要な国際問題に関し池田総理大臣から送られた書簡
米国の核兵器実験に関するケネディ米国大統領あて返簡
(昭和三十七年三月二日付)
私に送られた書簡において閣下が説明されている核兵器実験再開を決定せざるをえなかったことは、昨年秋ソヴィエト連邦が全人類の期待を裏切って核兵器実験停止を一方的に破り、しかも数十回にわたる実験を強行したことによることと思われます。
しかしながら、昨年六月閣下との会談においても述べましたように、わが国としては、核兵器実験は、理由のいかんを問わず、あくまでこれをさけられるよう常に切望して参りました。特に、核爆発の惨禍を身をもって経験した日本国民としては、大気圏内核兵器実験が実施されることは、まことに遺憾にたえないのであります。
核兵器の異常に発達した現代において人類全体の福祉と安全並びに世界平和確保の緊急性を考えてみるとき、東西両陣営の間においてこのような核兵器競争がいつまでも続けらるべきでないことは明らかであります。つきましては、私は、閣下が核兵器実験再開についての今回の決定をとりやめられることを強く要請せざるをえません。
かかる見地からいたしましても、私は、閣下も書簡の中で述べられているように、貴国が大気圏内核兵器実験を実際に再開する前に、関係諸国の努力により、有効なる国際管理及び査察を伴う核兵器実験停止協定が成立するよう、閣下におかれて絶大の御努力を尽されんことを期待してやみません。
(昭和三十七年四月十日付)
私は四月六日フェドレンロ大使を通じ、閣下の書簡を受領しました。
私は三月十日付書簡をもって、核兵器実験停止協定の成否は閣下の決断にかかっていることを指摘し、同協定をすみやかに締結するために最善の努力を払われることを要請しました。私はその後も重大な関心をもってジュネーヴの軍縮委員会の成行きを注視してまいりましたが、核兵器実験停止協定締結のための交渉は国際管理の問題で全く行き詰っているように見受けられます。
閣下は、今回の書簡において、同協定の締結を阻んでいるのはソ連邦ではなく、国際管理制度を主張している米英側であると述べ、かつ、この国際管理制度にソ連邦が反対する理由として、各国の探知技術の発達がこれを不要ならしめたということと、国際管理とは国際スパイを意味するものに他ならないということを挙げておられます。
私は、遺憾ながら、各国の探知技術の発達が、国際管理制度を不要ならしめるにいたったとの閣下の所論には同意しかねます。あらゆる種類の地下震動を洩れなく探知できる技術が完成されたとしても、地下核爆発によるものか、あるいは、地震によるものかを識別し、更にこれを検証することができなければ決して十分ではありません。仮に、ある国の領域内で地下震動があり、周辺の諸国がこれを地下核爆発によるものと主張し、それに対し、当該国が地震であって核爆発でないと主張した場合を想像して下さい。かくては各国民の間の不信感、不安感は一層増すばかりでありましよう。
現在行なわれている軍縮委員会において、単に米英両国だけでなく、東西両陸営のいずれにも属さない諸国も、なんらかの形の国際管理の必要性を認めているのは理由のないことではありません。すなわち、国際管理制度は、いわば、平和を希求する世界の与論となっているといっても過言ではなく、私がさきの書簡において、閣下のこの問題に対する決断を要望したのは、かかる世界の与論を考慮に入れたものでありました。
また閣下は、国際管理とは国際スパイを意味すると主張されておりますが、私といたしましては、この主張には到底納得できないのみならず、国際管理は元来各国平等に実施されるものでありますから、特に貴国が一方的に不利を蒙るというがごときことも考えられません。平和共存を唱え、国際緊張緩和の必要を説かれる閣下としては、あらゆる形の国際管理を直ちに国際スパイとして拒否されることなく、むしろ進んで国際管理の原則を認めて、諸国民間の不信感、不安感の一掃に努められるべきではないかと思います。
私は、ソ連邦政府が、国際管理制度を原則的に承認するとの従前の立場にかえり、有効にして公正な国際管理制度を発見するための具体的検討に進むことに同意せられることを要望してやみません。
全面完全軍縮が世界平和のために望ましいことは今更申すまでもありませんが、しかしその実現になお若干の時日を要するとすればともかくもこの際国際管理を伴う核兵器実験停止協定が一日もすみやかに締結されることこそ、核爆発の唯一の被災者たるわが国民が切に願ってやまないところであり、ここに重ねて閣下のえい知と決断とを期待する次第であります。
(昭和三十七年三月十日付)
三月二日米国政府は大気圏内核兵器実験を再開する旨の声明を発表しました。
日本国民は、核兵器の恐るべき惨禍を身をもって体験した唯一の国民として、およそ軍事目的のために核エネルギーの利用が行なわれることは絶対に容認することが出来ないので、米国政府の前記声明に対し日本国政府は直ちに抗議を行なうとともに実験を実施せざるよう要請しました。
核兵器の実験が全面的かつ恒久的に禁止されることはつとに日本国民のすべてが強く念願しているところであり、閣下もこうした日本国民の悲願はすでに十分に御承知のところであります。
日本国民は、一九五八年十月核兵器実験停止会議開催以来およそ三年間にわたって米、英、ソ三国間に核兵器実験停止の状態が保たれていたことを喜び、核兵器実験の恒久的禁止への希望と期待をかけていました。
しかるに昨年九月ソ連邦政府が突然大規模な核兵器実験を再開することにより上記の核兵器実験停止の状態が破られました。当時日本政府は、ソ連邦政府のこうした決定が他国の実験再開を誘発し悪循環となることを恐れ、この旨文書をもってソ連邦政府に申し入れたのであります。はたして今回米国政府も大気圏内核兵器実験の再開を決定し、世界は再び核兵器競争の脅威にさらされるに至ったのであります。
われわれは現在核兵器の開発を行なっているすべての国が一刻もすみやかに核兵器実験の停止に合意することを心から念願するものであり、近く開催される予定の十八カ国軍縮会議において何にもましてまず実効的な査察及び管理の措置を伴う一切の核兵器実験停止に関する国際協定がすみやかに締結されることが、最も緊急な問題であると信ずるものであります。
核兵器によって日本国民が被ったごとき悲劇をこの地上の人間が二度と再び繰返すことのないよう絶えず訴えることこそ日本国民が歴史と人類に対して負う最も重大な責務であり、かかる警告は人種も政治理念も超越して、およそ核兵器を保有するすべての国、核兵器の実験を行ならすべての国に対して等しく向けられなければならないと私は深く信ずるものであります。従って私はケネディ米国大統領に対しても同じ趣旨の訴えをすでに行なったのでありますが、他面米国政府は効果的な核案験禁止条約がすみやかに締結されれば実験は行なわない旨声明しており、しかも核兵器案験禁止協定の成否は今や閣下の御決断にかかっている次第にかんがみ、閣下もまた全人類の悲願に応えて同協定のすみやかなる締結のために最善の努力を払われることを強く要請するものであります。
(昭和三十七年十月二十五日付)
キューバに供与されている武器は防禦的なものだけであるとの累次の声明にもかかわらず、南北アメリカの大部分に核弾頭を運搬できる攻撃的なミサイル発射基地をソ連政府が秘密裡にキューバに設置していることは、米州諸国の安全に対する重大な脅威であるばかりでなく、戦後今日まで世界の平和を支えてきた国際的均衡を著しくくずすものであります。私は、このような情勢の下で貴国と米州諸国が一大決意をもって、今回のような措置をとらざるをえなかった立場を十分理解いたします。
私は、国際連合がこの問題を世界平和に重大な関係のある事項としてとりあげ解決に努力すべきであると信じます。すでにこの問題は貴国政府の発意によって国際連合でとり上げられておりますので、私は、国際連合の場で一日も早く平和的な解決が図られることを期待しております。したがって、日本政府としては、その方向にそって努力しておられる貴国政府の立場を強く支持するものであり、今後とも貴国政府と積極的に協力して、平和的解決を促進するため努力する考えであります。
私は、すでにニュー・ヨークの国連代表に対して、この日本政府の方針にそって貴国の国連代表と緊密な連絡を保ちながら、平和的解決の達成のためあらゆる努力をつくすよう訓令しました。
(昭和三十七年十一月三日付)
過去において繰返し声明されてきた如く、領土紛争を含み国際紛争はすべて平和的手段によって解決されるべきであるとするのが日本政府の確信するところであり、国際紛争処理に当って日本政府は常にこの確信にしたがって行動してきたのであります。
従って、今般中共が貴国との国廃紛争を解決するための手段として大規模な軍事行動に訴えていることは、極めて遺憾なことであります。私は、アジアひいては全世界の平和に対する脅威となるかかる軍事行動につき、閣下の重大なる関心と憂慮の念をともにするものであります。私はインドがこのようにして直面させられた諸困難に対し、日本政府及び日本国民の深甚なる同情を表明いたしたいと思います。
日本国民は、この紛争が平和的手段によりなるべく速やかに国際正義にもとづき解決されるよう心より希望するものであり、私は、この目的のためにインド政府が払われるいかなる努力に対しても日本政府及び日本国民は支持を惜しまないことを貴閣下に対し確言したいと存じます。