六 海外移住の現状と邦人の海外渡航
戦後の海外移住行政は、今日まで基本的な法律の裏付けがない状態で行なわれてきた。政府は、過去一〇年間の経験からも、海外移住に関する基本的な法律制定の必要を痛感し、まず一九六二年四月十八日、総理府付属機関である海外移住審議会(東畑精一会長)に対し、「海外移住に関する基本的な法律制定の基礎となるような海外移住および海外移住行政に対する基本的考え方について」諮問を行なった。
同審議会は、同年十二月五日政府に対し答申を提出した。その答申は、移住および移住政策の理念、移住政策のあり方、実施体制、主要懸案事項に関してとられるべき措置など広汎な分野にわたっているが、その主な論点を挙げればつぎのとおりである。
(1) 移住を単なる労働力の移動としてみるのではなく、国民に海外での創造的な活動の場を与え、その結果として相手国への開発協力と世界の福祉とに対する貢献となることが、移住政策の理念である。
(2) 移住政策の目標は、移住者の送出にあるのではなく、移住先での円滑な定着に置かれるべきである。
(3) 国の移住者援護施策は、移住者の主体性を尊重しながら、援助および指導を通じて移住者の努力をうながし、自立の意欲を振起するものでなければならない。
(4) 移住行政機構は、その効率化と責任の明確化のため一元化する必要があり、主務官庁は、多数意見にしたがえば、外務省が妥当と認められる。
(5) 移住実務機関については、海外協会連合会および移住振興会社の業務など、国の補助金もしくは出資金によるものを統合し、あらたに単一の公的実務機関となる海外移住事業団を設けて移住実務の合理化を断行すべきである。
(6) 地方機構については、都道府県知事が明確な法的権限と責任をもって地方移住行政の中心となる体制を確立することが必要であり、事業団は、移住相談および移住あっせんの機能を強化するために、都道府県に支部または駐在員事務所を設けて移住希望者の便宜をはかるべきである。
政府は、この海外移住審議会の答申に基づいて海外移住に関する基本的な法律を制定する準備を開始した。
外務省の当初の構想では、移住関係立法は基本法、援護法および事業団法の三本建であったが、その後、事業団法案が予算関係法案であることから、他法案に先立ち、一九六三年二月国会に提出された。同法案は、同年七月五日国会を通過し、同七月八日公布されたので、海外移住事業団は、七月十五日から発足した。
「海外移住事業団法」の骨子は、つぎのとおりである。
(1) 海外移住事業団は、移住者の援助および指導その他海外移住の振興に必要な業務を国の内外を通じ一貫して効率的に行なうことを目的とする。
(2) 事業団の業務は、(イ)移住に関する調査および知識の普及、(ロ)移住相談およびあっせん、(ハ)訓練、講習、渡航費の貸付、支度金などの支給、(ニ)渡航援助、(ホ)海外での事業相談、職業相談、生活相談、(ヘ)移住地事業、(ト)移住者に対する融資および保証業務、(チ)移住振興に寄与する現地事業に対する融資、および(リ)これらの付帯業務、ならびに(ヌ)事業団の目的を達成するために必要なその他業務とする。
(3) 外務大臣は、毎事業年度開始前に、関係各大臣と協議の上、事業団の業務運営に関する基本方針を定め、これを事業団に指示する。
(4) 事業団は、外務大臣が監督する。
(5) 業務の運営について、事業団は、地方公共団体と密接に連絡し、地方公共団体は事業団に対し協力するようつとめる。
(6) 海外協会連合会および海外移住振興株式会社の一切の権利および義務は、事業団の成立の時において事業団に承継され、連合会および会社は、その時において解散する。
なお、海外移住事業団法以外の基本的な法律案に関しては、一九六三年三月末現在、外務省と関係各省の間において意見調整中である。
最近、「進歩のための同盟」を推進している米国は、ラテン・アメリカ開発協力に西欧諸国と日本が参加することを要望している。他方、ラテン・アメリカ諸国も、日本人の技術と能力を高く評価して、農業に限らず、工・鉱業などの経済分野で、日本人移住者の導入の増大を希望している(別項一四五ページ参照)。
そこで、政府は、日本が移住を通じてラテン・アメリカの開発に協力するために、優秀な人的要素を提供するとともに、それを米国または国際的開発協力機関の諸計画に結びつける構想の実現の可能性について、米国および中南米諸国の意向を非公式に打診した。その結果、米国の国務省およびAID(国際開発庁)、世界銀行、IDB(米州開発銀行)ならびにブラジル、パラグァイ、アルゼンティン、ボリヴィアなど日本人の移住先国政府および現地にある関係出先機関も、この構想に賛意を有していることが明らかとなった。
さらに世界銀行およびIFC(国際金融公社)は、ボリヴィアまたはパラグアイで試験的例となるような計画を、世銀を中心に相手国側と日本側と共同で調査立案することに関心を持っている模様であるので、外務省としては一九六三年七月十五日に発足した海外移住事業団の活動を考慮にいれつつ、できるだけ早くこの構想を具体的段階にまで高めたいと考え、鋭意研究中である。
(1) 昭和三十七年度には、政府は、移住振興費として約一三億八、六〇〇万円(支度費および渡航費貸付金の繰越分を含んでいない。)を計上したほか、日本海外移住振興株式会社の増資分五億円を引受けた。
移住振興費のうち五億二、〇○○万円は、日本海外協会連合会の本部および在外支部補助金であるが、これは前年度に比し約一二パーセント増加している。
(2) 昭和三十八年度予算の移住振興費は約一〇億五、七〇〇万円(支度費および渡航費貸付金の繰越分を含んでいない。)が計上されている。
移住振興費のうち、八、九〇〇万円は、日本海外協会連合会の本部および在外支部補助金で、一九六三年七月に発足を予定されていた海外移住事業団に承継されるまでの三カ月分(一九六三年四月-六月)の経費である。七億七、六〇〇万円は、海外移住事業団に対する交付金である。事業団に対しては、このほか、産業投資特別会計から八億円の出資がある。
なお、昭和三十八年度ではつぎの経費があらたに計上された。
(イ) 移住者支度費補助金は、前年度に引続き同額が支給されるほか、移住者が渡航のため郷里から乗船港である集結地(神戸または横浜)までの旅費(鉄道賃、船賃、バス賃)の実費の二分の一以内が支給される。
(ロ) 移住促進費補助金は、前年度にひき続き地方海外協会に対する人件費および庁費が計上されているほか、都道府県に対する技術移住などの啓発募集などの経費として職員設置費(四六名)および事務費が計上された。