五 貿易経済に関する諸外国との関係および国際協力の進展
諸外国との貿易経済関係の概観
経済、通商面でのわが国外交の基本方針は、諸外国との経済、通商関係を緊密化し、国際協調をはかりつつ、わが国の経済的利益の増進をはかることである。
このような基本方針にしたがって、政府は、一九六二年から一九六三年初頭にかけても引続き諸外国との通商航海に関する条約、協定などの締結および人的交流の促進などに鋭意努力を重ねてきたが、その結果、永年の懸案となっていた日英通商居住航海条約が一九六二年十一月署名され、また、同年十月にはインドネシアとの友好通商条約も発効した。さらに、ニュー・ジーランドとの新通商協定が一九六二年三月に署名され、フランスとの通商協定が一九六三年五月に署名されている外、メキシコ、エル・サルヴァドルおよびボリヴィアとの通商協定締結交渉および豪州との新通商協定の交渉も引続き行なわれている。
つぎに、一九六二年中には、フランス、スペイン、カメルーン、ニジェール、ノールウェー、英国およびダホメ、また、一九六三年に入ってからはソ連およびガーナの各国との間に貿易取極を締結し、ローデシヤ・ニアサランド連邦、ギリシャ、スウェーデン、ベネルックス、オーストリア、カンボディアおよびビルマなどの諸国との間に貿易取極の延長、または貿易に関する書簡交換が行なわれた。
さらに、諸外国との人的交流を促進するため、わが国政府は、中米・カリブ海諸国、韓国、米国およびカナダ、EEC(欧州経済共同体)諸国ならびにアフリカ諸国などへ経済使節団を派遣する一方、英国、アフガニスタン、ベルギー、スーダン、オーストリア、ルーマニア、イタリア、アルジェリアおよびエル・サルヴァドルなどの諸国からの経済使節団の訪問を受けた。
これらの使節団の往来のほかに、欧州、北米、アフリカ、アジアの諸国から経済関係の官民要人が来日したが、また、わが国からは、一九六二年九月に大平外務大臣が欧米諸国を歴訪し、さらに同年十一月には池田総理大臣が、英国、フランス、西独、ベルギー、オランダおよびイタリアの諸国を訪問し、これら諸国との関係の緊密化に大きく貢献した。
このような交流によって各国との間の理解が深められ、かつ日本の高度の経済成長と輸入自由化の進展にともない、日本市場に対する認識が深まった結果一九六二年には、ガーナおよびニュー・ジーランドが、また、一九六三年四月には英国がそれぞれガット第三十五条の対日援用を撤回したが、さらに、ベネルックス経済同盟(オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの三国)およびフランスとの間でもその援用撤回について合意をみた。このような動きと併行して、西欧諸国の対日差別品目数も大幅に減少されつつあり、全体として諸外国の対日差別待遇はいちじるしく改善されている(ガット第三十五条の援用については、別項二四〇ページ参照)。
このように対日差別待遇の改善にともなって、一九六二年におけるわが国の総輸出額は四九億一、六〇〇万ドル(通関統計。以下同じ。)伸び、前年比一六パーセントの増加を記録した。他方、わが国の総輸入額は五六億三、七〇〇万ドルで、前年に比し三パーセントの減少をみたので、一九六一年に一五億七、五〇〇万ドルにのぼった入超額は、一九六二年には七億二、○○○万ドルとなり大幅に改善された。
特に、わが国と西欧諸国との通商関係が緊密化し、貿易額も、一九六二年のわが国の輸出額は六億入、○○○万ドル、輸入額六億ドルと前年に比しそれぞれ二八パーセントおよび九パーセントの増加をみた。他方、わが国の対欧輸出が伸長するにしたがって、一部西欧諸国の国内業界から、フェロ・アロイ、洋傘、金属洋食器、家庭用ミシンなどの安値輸出、輸出急増などによる市場かく乱の問題が提起されており、対欧輸出の安定的拡大のためには、わが国の輸出秩序の確立が急務となっている。なお、EECは、一九六二年七月、共通通商政策の実施計画を採択したが、その一環をなすものとして対日共通通商政策の樹立が問題となっていることは注目される。
北米との通商関係で従来からわが国の関心が大きかった問題は、対米入超の是正であり、一九六二年にもそのための努力が行なわれた。その結果、一九六二年には、輸出は為替統計で一四億九、八○○万ドル(前年比三三パーセント増)、輸入は一六億三、三〇〇万ドル(前年比一七パーセント減)で、入超額は一九六一年の八億五、四〇〇万ドルから一億三、五〇〇万ドルヘと大幅に減少した。このように対米貿易の収支はいちじるしく改善されたが、反面、米国側の輸入制限問題、バイ・アメリカン政策(米国品優先買付政策)、シップ・アメリカン政策(米国船優先使用政策)などの諸問題が依然として日米間の懸案として残されている。さらに一九六三年に入ってからは、わが国の対米綿製品輸出の問題が大きくとりあげられ、日米間で鋭意交渉が続けられている。
カナダについても、ほぼ同様の傾向がみられ、一九六二年における対加輸出は一億二、六〇〇万ドルと前年比七・七パーセントの増加を示し、他方、輸入は二億五、五〇〇万ドルで前年比四・一パーセントの減少を示した。従って入超額は一億二、九〇〇万ドルと、前年に比し二、○○万ドル減少し、貿易収支が改善された。
なお、一九六二年十二月ワシントンで第二回日米貿易経済合同委員会が開かれ、また、一九六三年一月東京で第一回日加閣僚委員会が開かれた。このようにして、太平洋をへだてて密接な関係にある米国とカナダとの間に閣僚レベルの協議体制が確立されたが、今後、この二つの委員会は、わが国の対北米通商関係の基調を形づくって行くものと期待される。他方、低開発国との通商関係をみると、一九六二年でも、条約、協定または取極の締結、二国間貿易会談の開催、経済使節団の交換、要人の招待などを通じ、また、経済協力を行なって、経済通商関係を緊密にするよう鋭意努力を重ねた。しかし、一次産品価格の下落、低開発国の輸出不振、急激な経済開発の推進などによる低開発国の外貨不足のため、わが国の低開発国に対する貿易は一般に低調で、アフリカ諸国、中近東諸国およびラテン・アメリカ諸国に対するわが国の輸出はいずれも減少し、アジア諸国への輸出はわずかな増加にとどまった。
アジア諸国向けの一九六二年の輸出額は一四億九、四〇〇万ドルで、前年比七パーセントの伸びを示したに過ぎず、一九六二年におけるわが国輸出の平均伸び率一六パーセントをかなり下廻った。他方、アジア諸国からの輸入は九億七、六〇〇万ドルで前年に比べ〇・四パーセントの減少を示し、全体としてみれば、従来から顕著だったわが国とこれら諸国との貿易の不均衡がますます拡大された。
アフリカ諸国、中近東諸国およびラテン・アメリカ諸国に対する一九六二年の輸出額は、それぞれ二億九、一〇〇万ドル、二億一、四〇〇万ドルおよび三億二、八○○万ドルであり、前年に比し、それぞれ一三パーセント、五パーセントおよび○・二パーセントの減少を記録した。他方、アフリカ諸国からの輸入額は一億九、二〇〇万ドル、中近東諸国からは六億一、○○○万ドル(石油の輸入額五億四、五〇〇万ドルを含む。)、ラテン・アメリカ諸国からは四億七、一〇〇万ドルであった。
大洋州諸国に対する一九六二年の輸出額は一億八、○○○万ドル、輸入額は四億九、三〇〇万ドルにのぼり、わが国は三億三、○○○万ドルの入超となっているが、一九六一年に比し入超幅は若干の改善をみた。
ひるがえって、わが国と共産圏諸国との通商関係をみると、従来わが国は、自由陣営の一員としての大局的な利害関係を考慮しつつ、政経分離の見地に立って、できるかぎり、貿易を伸ばして行くという方針をとってきた。共産圏諸国との貿易の拡大は、わが国として輸入できる品目が限られているのに対し、相手国側は原則として輸出入等額のバランスを求めるため、おのずから制約があるが、それにもかかわらず、一九六二年には、わが国の共産圏輸出は、船舶、機械、鉄鋼、尿素などを中心として伸長し、二億一、三〇〇万ドルに達し、前年に比し倍増し、また、輸入についても、二億二、七〇〇万ドルとなり、前年比四パーセントの増となった。