資金を中心とする経済協力の現状
(1) 対アジア経済協力の特徴と問題点
国連は一九六〇年代を「開発の十年」と決議し、低開発国の経済開発は時代の最大課題の一つとなった。一九六二年の日本を除くエカフェ(国連アジア極東経済委員会)諸国二二カ国の実質個人所得は、平均二パ一セント減少し、アジアにとって「開発の十年」の推進がいかに困難であるかを示している。人口の急激な増加、農業生産の停滞、一次産品輸出の不安定性などは、アジア諸国の上に重くのしかかり、そのしんしな開発努力にもかかわらず、生活水準の向上を困難なものとしている。このような現状をも認識して、西欧先進工業諸国は、世銀、DAC(開発援助委員会)を中心とする共同援助努力を通じて、アジアの経済開発に積極的な関心を示しているが、アジアの一員であり、またこの地域の工業生産力の三分の二を保有しているわが国としても、アジア諸国との経済協力には特別に重点を置いてその強化に努力している。
このような重点的施策を反映して、一九六二年十二月末現在、わが国の対アジア経済協力の実績は、民間直接投資八、九九〇万ドル(実行済高八、〇三〇万ドル、約束済未実行高九六〇万ドル)、借款ならびに延払輸出債権五億七、八二〇万ドル(実行済高二億五、八四〇万ドル、約束済未実行高三億一、九八○万ドル)、計六億六、八一〇万ドルに達し、わが国海外投融資総額二四億一、六一〇万ドル(国際機関への出資を含む。)の二八パーセントを占め、ラテン・アメリカの一九パーセント、中近東の一五パーセントをはるかに抑えて、地域別では第一位にある。とくに生産事業への民間投資は、前年にひき続き着実に延びており、前年末の一、七五〇万ドルから二、三三〇万ドルへすなわち三三パーセント増大したことは、従来必ずしも良好でなかったアジア諸国の投資環境が次第に改善されてきたこと、また、わが国民間業界がこれら諸国の工業化への努力およびこれにともなう輸入制限の動きに対処して、近年、企業進出の気運が高まってきたこと、を反映したものといえよう。
国別にみれば、前述の援助国会議での約束に基づいてわが国がインドおよびパキスタンに供与している円借款は、わが国が行なっている経済協力の中でも最も大規模かつ組織的計画的なものである。このほかにも、わが国は、プロダクション・シェアリング(生産物によって借款を返済する方式)によるインドネシアとの経済協力、賠償引当借款によるインドネシア、フィリピンなどへの延払い輸出、ラオス、ヴィエトナムの建設工事の引受け、民間企業によるタイ、マラヤ連邦、シンガポールなどへの進出などそれぞれの相手国の国情に応じた経済協力を推進している。
このように、アジア地域に対する経済協力は着実な発展をみせているが、同時につぎの点が注目される。
(イ) 従来に引続き、他地域の場合に比較して民間直接投資残高が借款ならびに延払輸出債権残高にくらべて少ないことである。過去一年を通じ生産事業投資が増加していることは、既に触れたとおりであるが、それにもかかわらず民間投資の比率は依然として低位にある。民間投資は、低開発国に対し単に資本を供与するばかりではなく、企業家精神を刺激し、経営能力をも含めた広い意味での技術の普及に貢献するので、経済外的な諸要因が、経済開発の大きな制約となっているアジア諸国にとっては、特に効果的な援助の形態といえる。
(ロ) わが国工業技術水準の高さが認織され、重化学工業プラントの建設をわが国に期待、あるいは発注してくる事例が増加したことである。例えば、インドのウタール・プラデシュ州の肥料工場、およびドルガプールの特殊鋼工場、ならびにパキスタンのチッタゴン製鉄所がある。これらはいずれも、円借款の対象事業として受注したもので、わが国製造業者が欧米の一流製造業者との激しい競争に打勝って受注に成功したことは、わが国工業技術の勝利といってよいであろう。最近シンガポールで現地政府とわが国業界との合弁により造船所の建設が決定されたことも、同様の意味で注目される。従来、アジア諸国はわが国に対しては主として中小企業や農業技術の面で協力を期待し、重化学工業の分野については欧米工業諸国に面を向ける傾向があったが、このような対日認識は、今や急速にあらためられつつあるといえよう。
(ハ) わが国のアジアに対する経済協力の実績は、前述のとおり、借款ならびに延払輸出の債権残高の比率が大きいが、その相当な部分は、長期低利の直接借款という形で供事されている。ところが最近、借款条件の緩和および借款対象の拡大をするよう、被援助国自体からはもとより、世銀、DACなどでも特に強く要請され始めている。この地域の工業化計画は大量の資本財輸入を必要としているが、これらアジア諸国は、国際市場価格の変動の影響を受けやすい第一次産品以外には見るべき輸出品をもたないので、そのような輸入は、保有外貨を著しく圧迫する結果となっている。このため、今後の援助については、特に条件緩和の必要性が強調されており、また、援助の内容についても、従来、援助諸国が好んで行なってきた特定の大型プラント類中心の援助ではなく、特定の計画(プロジェ・クト)に結びつけられておらず、被援助国が自由に内容を選択して利用できる形の援助、すなわちいわゆるノン・プロジェクト援助の要請が強く行なわれてきた。被援助国側にしてみれば、この種の援助を利用して、既存工業の維持操業に必要な原材料、部品などを購入して生産能力を無駄なく活用することを希望しているが、援助国側からみれば、自国の援助が、できる限りまとまった形で残ることを望むところに問題の一つの困難性がある。さらに、対象品目からみれば、ノン・プロジェクト援助は、いわゆる「商品援助」(大型プラント類ではなく、耐久消費財や原材料などを対象とする援助)とも考えることができ、この角度からみれば、通常貿易との関連からも様々の問題が生じてくる。
(2) 民間企業による経済協力
わが国の民間企業がアジア諸国で実施している経済協力の内訳および件数は、一九六二年十二月末現在、つぎのとおりである。
証券取得による合併事業(計一一六件)
インド 製鉄業一、水産二、繊維工業一、機械工業三、その他一四
パキスタン 機械工業二、その他三
セイロン 水産一、繊維工業四、その他四
ビルマ 水産一、その他二
マラヤ 鉱業七、水産一、繊維工業一、その他五
タイ 鉱業二、繊維工業一、機械工業一、その他一二
英領ボルネオ 鉱業一、水産二
香港 水産一、繊維工業四、その他九
中国 水産一、繊維工業三、機械工業二、その他一六
カンボディア 林業パルプ一
ヴィエトナム 工業二
フィリピン 鉱業二
シンガポール 工業五
ラテン・アメリカ諸国は、概して未開発資源に富み、他の後進地域に比較して民度も高いが、経済の後進性から必らずしも脱却しておらず、産業の高度化、多角化のためには今後も先進諸国の資金および技術による経済援助を必要としている。そのため、これら諸国は、積極的に外国の資本と技術を導入するよう努力しており、これに応じて欧米諸国は、活発な協力を行なってきた。
なかんずく、ラテン・アメリカ諸国と政治的、経済的に最も密接な関係を持っている米国からの資本の進出は、もっとも顕著である。また、ケネディ大統領は、一九六一年夏「進歩のための同盟」計画を提唱、米国は、同計画により同年から十カ年間に必要とする二〇〇億ドルの外国援助の大部分をみずから負担するよう、同計画の目標に向って努力することを約束し、既に一九六一-六二会計年度には六億ドル、一九六二-六三年度から向ら四カ年間には二四億ドル(初年度六億ドル))援助資金をラテン・アメリカ諸国に与えることになっている。
しかしながら、ラテン・アメリカ諸国は、程度の差はあるが、いずれもインフレの昂進、国際収支の悪化に悩んでおり、ことに国際収支の悪化は、これら諸国の主要輸出産品の国際市況が引続いて軟調を示していることが主な原因となって、長期化の傾向を現わしている。特にアルゼンティン、ブラジルその他の南米主要国では、キューバ問題をめぐる情勢を反映し、政情が不安となり、これとインフレや国際収支の悪化などによる経済不安とがたがいに影響し合って深刻化する傾向を示しており、先進諸国の援助やこれら諸国のみずからの努力にもかかわらず改善の糸口も容易に見出せない状況にある。このような困難な情勢の下においても、ラテン・アメリカの一部諸国では「進歩のための同盟」計画に基づく経済・社会開発は、種々の困難はあるが一応進捗しており、これに対応して国際金融機関、先進諸国などが協調して行なっているこの地域向けの援助の効果が徐々に結実している。一九六三年一月にワシントンにおいて開かれた世銀主催によるコロンビアの経済開発十カ年計画を対象とする援助協議グループ会議は、その最初の試みであり、今後は、この地域の他の諸国に対してもこのような組織的な援助の拡大が予想される。他方、ラテン・アメリカ諸国の主要産品の域外輸出は、近年恒常的に低調を続けているのと対照的に、一九六一年六月発足したLAFTA(ラテン・アメリカ自由貿易連合)の発展を通じ、域内貿易は順調な発展を示しており、特に一九六二年のこれら諸国の域内貿易の伸びは、その将来の発展を期待させるのに十分な実績を示した。
わが国は、欧米諸国と比較して、ラテン・アメリカとは地理的、距離的に不利な条件にあり、また、政治的、文化的結び付きも欧米諸国ほど深くない。しかし、前述のようなラテン・アメリカ諸国の経済情勢の推移、先進諸国の援助、域内貿易の伸長などを注視しながら、貿易市場の拡大、重要原料の確保、投資の安定を図るため、このような分野でのわが国民間資本の自主的進出、それと同時に前述のような諸情勢に即応した方向へ民間資本が努力を向けることが望まれている。
しかしながら、一方では、わが国とラテン・アメリカ諸国との関係は、人的、物的交流の促進によって、近年着実に緊密の度を加えており、これら諸国に対する経済協力の実績も上っている。最近におけるわが国のこの地域に対する企業進出は、地域的にも広範となり、業種も多角化する傾向が見られるほか、すでに進出している企業の強化、充実の努力も顕著である。しかし、インフレが急進している一部諸国では、既存の進出企業の運転資金難が共通の問題となっており、これに対する何らかの施策が要望されている。
わが国民間企業のラテン・アメリカ諸国に対する進出状況を見ると、生産事業に対する直接投資は、一九六二年末現在で五六件、投資額合計九、一二五万ドルに達し、前年末現在の五一件、六、五五四万ドルにくらべると、金額では二、五七一万ドルで三九パーセント、件数では五件の増加となっている。また、これらの企業に対する融資残額は、二、三二七万ドルに上っている。
なお、国別進出企業は、つぎのとおりである。
アルゼンティン 水産業二、繊維工業一、その他二
ブラジル 製鉄業一、水産業三、繊維工業五、機械工業八、その他一五
コロンビア 機械工業一、その他三
チリ 鉱業二
エル・サルヴァドル 繊維工業一
メキシコ 鉱業一、水産一、機械工業三、その他三
エクアドル 農業一
グアテマラ 水産業二
ヴェネズエラ 水産業一
中近東諸国も、他の低開発地域と同様に産業の高度化をめざして、開発計画の実施に努力している。
しかしながら、中近東諸国は、一般に投資環境の整備も十分でなく、また伝統的に西欧諸国との経済貿易上のつながりが強く、わが国との関係は必ずしも密接とはいえない。そのため、わが国はこれまでこれら諸国との資金による経済協力に当ってはもっぱらその基礎固めに努力を向け、技術協力と並行して、例えばスエズ運河拡充計画、ヘジャーズ鉄道(シリアのダマスカスからジョルダンを経由して、サウデイ・アラビアのメジナを結ぶ主として巡礼客用の鉄道)復旧計画などのように、わが国の産業技術水準を直接間接に認識させることができる宣伝効果の高い計画(プロジェクト)に着目し、その具体化を計るいわゆるプロジェクト・ベースの協力(個々の計画基礎とした協力)に重点を置いてきた。このうち、アラブ連合のスエズ運河拡充計画については、その主要部門である浚渫工事が現在わが国の民間企業の資本・技術両面の協力により進行しており、その他の部門にも、今後わが国企業の進出が有望視されている。また、ヘジャーズ鉄道復旧計画については、わが国の民間企業と現地業者との提携による工事請負契約が行なわれたが、その後現地の複雑な事情が障害となって行詰り、現在未だ工事着手を見るに至っていない。
一方、このようなわが国経済協力が具体化するに従って、中近東諸国のわが国産業技術水準に対する関心と認識は次第に深まっており、わが国との経済協力を望む気運は高まってきている。
中近東諸国に対する政府による資本協力および民間による投融資活動の現状は、つぎのとおりである。
(1) 政府が行なっている資本協力としては、まず一九五八年アラブ連合の工業化計画に協力するために設定した総額三、○○○万ドルの資本財の輸出延払枠が挙げられる。この延払枠の消化状況は、同国のわが国産業技術水準に対する認識の不足などにより、これまで必ずしも順調でなかったが、一九六三年三月末までにその八割が使用された。
このほか一九六〇年イランの民間企業に対する民間投資および資本財輸出延払いのために設定した同じく総額三万ドルの枠があるが、これは、イラン側に日本から資本財を受入れようとする気運や態勢が十分ととのっていないため、いまだ全然使用されていない。
(2) 民間が行なっている投融資活動として見るべきものは、アラビア石油会社によるサウディ・アラビア=クウエイトの中立地帯の石油資源の開発のみである。一九五九年の試掘開始以来一九六三年三月末までに、総計四〇本の油井の試掘が行われ、いずれも日産一、○○○キロリットル以上のきわめて豊富な油井であることが実証されている。
また、一九六一年四月から産油の日本向け搬出が開始され、一九六三年三月末までに約四〇〇万キロリットルが積出されている。
なお、わが国の民間企業が中近東で実施している経済協力の内訳は、一九六二年末現在大要つぎのとおりである。
(イ) 海外直接事業(一件)
サウディ・アラビアおよびクウエイト石油事業 一
(ロ) 証券取得による合弁事業(二件)
スーダン繊維工業 一、イスラエル 水産業 一
西欧の植民地であった時代のアフリカは、わが国にとっては単に繊維製品を中心とした消費財の輸出市場であるに過ぎなかった。
これら植民地があいついで独立するに従って、わが国のアフリカに対する輸出は、輸出品の種類も輸出額も急速に増加しており、これら諸国の対日差別待遇が撤廃されればさらに拡大するものと考えられる。また、アフリカの資源開発が進めば、この地域は、将来はわが国の必要とする原材料の輸入源としても、相当重要性をもつものと考えられる。反面、わが国のアフリカとの貿易は総じてわが国の一方的出超のうちに推移しており、またこれら諸国の経済開発の推進と外貨不足の解決とは焦盾の問題となっている。
従って、わが国は新興独立国の経済発展に寄与しつつ、市場を開拓するという観点で、わが国の対アフリカ経済協力政策は、一九六二年も引き続き進められ、三年来の懸念であったガーナとの経済・技術協力協定も同年九月に締結され、同協定に基づく繊維技術訓練センターの設立準備が目下順調に進行している。また、同年十二月から六三年一月にかけて、政府により経済使節団が旧仏領系のアフリカ諸国に派遣されたほか、前年を上廻わる数の民間各種業界の調査団が派遣されており、アフリカに対するわが国一般の関心は次第に高まっている。また、アフリカ諸国のわが国に対する経済協力の要請も次第に増加しており、これにともなってアフリカ諸国からの要人または使節団の訪日もひんぱんになっている。
わが国のアフリカ諸国に対する民間投融資活動状況みると、鉱物資源の開講入、繊維関係製造業の進出、ならびに漁業活動が中心となっている。その内訳は一九六二年十二月現在でつぎのとおりであるが、これ以外に相当数の計画が具体化しようとしている。
証券取得による合弁事業(計七件)
タンガニイカ 繊維工業一、南西アフリカ 鉱業一、南ローデシア 鉱業一、ナイジェリア 繊維工業一、象牙海岸 水産業一、マダガスカル 水産業一、ケニヤ 繊維工業一
債権取得(一件)
リベリア 設備増設資金一