四、核実験禁止問題

1 国連にむける努力

わが国は、一九四五年(昭和二十年)八月六日広島、同年八月九日長崎の原爆罹災に続き、一九五三年(昭和二十九年)三月には、第五福龍丸のビキニ水爆実験による被災と、原水爆の被害を受けた世界で最初のかつ唯一の国であり、原水爆禁止ならびにその実験の中止に対する国民の希望は非常に強固なものがある。

政府は、従来からこの国民の希望具現のため非常な努力を払い、再三再四にわたる国会の衆参両院の決議を関係国および国連へ伝達し、その実現を強く要望してきた。

昨一九五六年(昭和三十一年)十二月十八日国連第十一総会において、わが国の国連加盟が実現し、本年一月十四日より第一委員会で、核兵器問題を含む軍縮問題の審議が開始されたが、一月十六日わが国の沢田廉三代表は、原子兵器およびその実験について特殊の苦い経験を有するわが国としての立場から次の通り発言を行い、とくに原子兵器実験は現に人類の安全のみならず経済生活にも関する問題であるから、国連として速かに実行可能なかつ効果的な具体的措置を採るべき時期であることを強調したのであつた。

▽一月十六日沢田代表の発言(原文英語)

軍縮問題は永続的平和達成への途上に横わる最も重要な問題の一である。この問題を討議することに国連は過去十年にわたり多大の時間と努力を費したが、しかしその成果はこの問題に対して各代表が示す関心と奇妙なコントラストを示している。日本政府は過去において成功しなかつたとて失望すべきではなく、国連はこの重要問題を追求して最善を尽すべきであると確信していることをここに強調し、私は軍縮委員会および同小委員会のメンバーの叡智とたゆまざる努力に対し、賞讃の辞を呈したいと思う。

私はこの問題の二、三の点について若干意見を述べたい。

その一は通常兵器と核兵器との不可分の関係である。

日本政府および国民は原子爆弾の最初のそして唯一の犠牲者であるが故に、核兵器の人類に及ぼす惨害については他のいかなる国民よりも、より身近に知つており、日本国民は世界が直ちに核兵器の製造および使用を禁止することを切望している。

核兵器の使用が許されているかぎり、通常兵器は第二義的な役割を果すことはいうまでもないが、もつと強力な兵器を若干の国が所有することが放任されている限り、全然旧式とはいえない通常兵器を縮小することを各国に期待することは困難であろう。日本政府は通常兵器および核兵器の規制は不可分の全体をなすもので、いかなる軍縮計画もこの二種類の兵器を同時に対象とすべきであると信ずる。

これに関連して、私は科学的探知法および効果的な査察制度がないため核兵器生産の即時禁止は実行不可能であろうという説には遺憾ながら同意せざるを得ない。しかし、人類に迫つている危険が余りにも大きい。人類は科学の主人公であつて、国連はこの分野における科学的研究を奨励するためあらゆる努力をなすべきであると私は述べたい。

もう一つの点は軍縮問題と至大の関係のある政治情勢の重要性の点で、軍縮への建設的努力は政治情勢が改善されるまで待つべきか、あるいは軍縮協定が成立してこそはじめて政治情勢が改善されるのかという点については議論の岐れるところであろう。しかし、われわれとして為すべきことはこの論議に時を費すべきではなく、現在の政治情勢の下で実現され軍縮の目的である国際平和の確保へと導くと考えられるあらゆる軍縮手段を続行することである。さらに現段階において軍縮が進捗するか否かは極く少数の大国間に完全な同意と相互信頼感ができるか否かにかかつている。これら大国間の同意がなくしては、いかに完全な協定であつても、往々紙屑と同様省みられなくなくなり、小国はそれをいかんともなし得ない。従つて私は、大国特に核兵器をもつ大国の指導者に対し、従来より以上に率直かつ建設的な会談を行い、われわれが戦争の恐怖、不幸にさらされることなく生きて行ける世界を実現する努力において指導する立場に立つことができるようになるよう望むものである。日本代表部は、軍縮委員会が本委員会における討議の内容を参考として、すべての関係国によつて受諾さるべき合理的かつ信頼するに足る方式を見出すためその任務を継続することを強く希望している。

次に核爆発実験の問題について述べることとする。

私は、この問題は周知の理由から日本政府および国民の重大な関心の的となつていることを強調せねばならない。

われわれはとくに爆発実験が目下のところ一国の一方的な決定によつて、それも事前の通告があつたりなかつたり、予防措置がとられたり、とられなかつたりする点に特に関心をもつている。

最も控え目にいつても、もし軍事目的のための爆発実験を国際管理下に置く協定ができれば、その心理的効果だけでもすばらしいものがあるであろう。

わが国の医学者、科学者達は現在程度の規模における爆発実験が人体に何らの害を与えないであろうとの主張に全面的には承服していない。人体に対する害という点をはなれても、われわれは、経済的損失というものに目を蔽うことはできない。

私が核兵器の爆発実験をできる限り速かに中止する訴えをここに再び行うことは、私が日本国民に対して有する義務であると感ずる。

われわれは国連がこの問題について何らか実際的な手段をとる時が来たと信ずる。

この問題は現在人類の健康と福祉だけではなく諸国民の経済的、産業的生活に影響ある問題で、軍縮委員会または同小委員会に移すよりはむしろ総会自体がとり上げて一般的な取極めを求めるのに適した問題である。

すでに述べたように、すべての核爆発実験はその大小を問わず直ちに中止すべきだというのは、日本政府および国民の強い希望である。

しかしわれわれは単にわれわれの希望を述べるためにここに来ているのではない。われわれは国連のすべての加盟国が遵守し、われわれが安心して信頼でき、われわれがそこから一歩一歩前進することのできる実際的かつ強固な取極めを求めている。

核兵器の終極的な禁止を希望し、現在の状勢に十分な考慮を払つた上で、私は本委員会が、最少限のものとして、すべての種類の核爆発実験を国連の管理機関に対し事前に通告し、かくすることによつて国際的監視下に人体に対する絶対的安全を図り、他の関係国に何ら経済的損失を与えないようにするという手続を確立することに同意するよう促すものである。

このような手段は実際的かつ完全に遵守される見込みがあると思われるのみではなく、すべてのところ、すべての人によつて支持されている目的である原子戦争の終極的除去のために道を開くであろう。

しかし、第一委員会全体の空気は全般的軍縮計画について各国から種々意見が述べられ、各種の提案が提出されたとしても、結局はこれらは軍縮委員会および小委員会の審議に付託されることを希望する方向にあり、具体的問題としては核兵器実験問題のみが残るものとみられた。

第一委員会での軍縮問題討議に先立ち、総会本会議の一般討論で、ノールウェー代表は、原水爆実験の国連への事前登録制度を示唆していたが、米国代表は、第一委員会において、米国は、実験の事前登録制の実施を検討する用意あることを明らかにした。そこでさらにわが国は英仏等の意向を打診したが、いずれも異存ないことが明らかとなつたので、日本としては、その特殊の立場から是非とも核実験中止実現のため何らかの具体的措置がとられることを望んだ。かくて十八日ノールウェー代表およびカナダ代表とも協議の結果、今すぐに実験中止の実現をはかることは、現状からみて不可能であるし、また現実的でないので、全般的軍縮と核実験中止実現への第一歩として、まず核実験を国連に事前に登録してその影響を最少限にくいとめ、かつ世界の現在および今後の放射能量を常時監視下に置き、放射能の被害の阻止に努力する方向に向うのが適切であるとの結論に達した。

よつて三国は、一月二十一日次のような決議案を共同で提出するとともに、わが国の沢田代表は前回の発言をふえんし、とくに放射能灰の惨害を強調する次の発言を行つた。

▽二月二十五日のカナダ、日本、ノールウェー共同提案(二月十八日に提出したものに字句修正を加えたもの)

総会は、

原子力活動の増大に伴つて、人類およびその環境の放射能による汚染に対する保障措置をとるべきことについてすべての国民の間に強い希望のあることを認め、核兵器の終局的な禁止は漸進的に段階を追つてのみ達成されることを考慮し、

1 関係国とくに軍縮小委員会の委員国が、予備的措置として、核爆発実験を国際連合に事前に登録する制度の確立の問題に特別かつ緊急の注意を払うことを勧告し、

2 国際連合事務総長および総会決議九一三(X)により設置された科学委員会が世界における現在および将来の放射能総量を常時監視の下に置くことを目的とする制度の運用について関係国と協力することを要請する。

▽一月二十一日の沢田代表発言(原文英語)

私は三国共同決議案について簡単に申述べたいと思う。

さきに私は核兵器の生産および使用禁止に対する日本政府と日本国民の熱心な要望と軍縮の実際的、効果的な措置に関する取極をできるだけ速かに行うことの必要性について強調し、核爆発実験がただに人類の健康と福祉に影響を与えつつあるのみならず、諸国家の経済的、産業的生活にも影響を及ぼしつつある故をもつて、たとえ制限された規模にもせよ、これらの実験を国際的に監視する措置に加盟国が着手するよう力説した。

核爆発の危険については部分的にしか知られておらないが、人体および食料から検出される放射能量は近年増加しつつある。現在程度の水準の放射能量では人間の健康と安全に何ら直接の害を与えないと主張されるかも知れないが、かかる放射能が将来の世代に与える終極的影響については何人も確言しうるものはない。われわれの住んでいる政治的環境が何であれ、また現在何ら直接の物理的損害がないとしても、われわれは現状を放置するわけにはいかない。われわれが責任を負う将来の世代の安全と福祉を保護するため、われわれが最善を尽すことはわれわれの天与の使命である。日本政府は国際連合が放射能委員会を組織し、これに対し放射能の状態を調査するよう指示したことを欣快としてきたが、私は右調査はすべての関係国の安全な協力を得て国連によつて稠密に行われるべきであると強調したい。決議案に提案されているところは人類の生存および福祉のための当面の措置として、われわれが同意せねばならぬ。また同意し得る絶対最少限のものである。

われわれの提案は核兵器の禁止についての全面的な取極めができるまでの提案である。その背後にある道徳的意図は自ら明らかである。

本決議案に盛られたものは文明世界において国をなすもののすべてが果すべき義務に過ぎない。

この三国提案は、加盟国の多数から支持されたが、一方ソ連は第一委員会の開会冒頭に原水爆実験の即時禁止の決議案を提出し、三国提案は実験を合法的に是認するものであるとしてこれに反対の立場を表明した。

この間英米等諸国は、こんどの総会で軍縮問題について実質的審議を行う時間的余裕のないことを考慮し、すべての提案を軍縮委員会および小委員会に付託し、慎重審議させる趣旨の決議案を提出するとともに、全会一致での採択を希望し、日本代表団に対し共同提案国となることを勧誘するとともに、ソ連に対しても同様勧誘しソ連の各種の修正を容れたのであつた。日本代表団はカナダ、ノールウェーとも協議の結果、共同提案国となることを同意するとともに、諸般の事情を考慮し、三国提案の表議を強行することは適切でないとの結論に達し、三国提案も軍縮委員会及び小委員会で慎重にかつ優先的に検討されることを同意するに到つたのであつた。

米国提案は、日本、ソ連も含め十二カ国共同提案となり、一月二十五日第一委員会、二月四日総会本会議でそれぞれ全会一致で採択されたのである。

▽軍縮問題に関する決議

総会決議一〇一一(XI)

総会は、

一九五四年十一月四日の決議八〇八(IX)を想起し、

軍縮問題に関する協定の達成が国際平和および安全の強化に貢献することを認め、

第十総会以来軍縮委員会および小委員会によつて軍縮問題のある部門において進展がみられたことを歓迎し、

1. 軍縮委員会に対し速かに小委員会を再開することを要請し、

2. 軍縮委員会および小委員会が国連に提出された左記の提案を含む諸提案を速かに審議することを勧告し、

(イ) 一九五七年一月十八日のカナダ、日本、ノールウェー三国共同提案

(ロ) 一九五四年六月十一日、一九五六年三月十九日、五月三日の英仏の広汎な諸提案

(ハ) 一九五七年一月十四日の米国提案

(ニ) 一九五五年五月十日、一九五六年三月二十七日、七月十二日、十一月十七日、一九五七年一月十四日、一月二十四日のソ連提案

(ホ) 一九五六年七月二十五日のインド提案

(ヘ) 一九五六年七月十日のユーゴースラヴィアの提案

さらにアイゼンハワー米国大統領の軍事青写真の交換、相互空中査察に関する提案、ブルガーニン・ソ連首相の戦略要地における監視設置に関する提案を引続き審議することを勧告し、

3. 軍縮委員会が小委員会に対し、一九五七年八月一日までに経過報告を同委員会に提出する要請をするよう勧告し、

4. 軍縮問題が討議された第一委員会の議事録を軍縮委員会に廻付し軍縮委員会および小委員会が、これらの文書に表明されている見解に周到かつ速やかな考慮を払うことを要請し、

5. 軍縮委員会に対し適当な時期に特別総会または一般軍縮会議開催の当否について審議する勧告をするよう要請する。

軍縮小委員会は、三月十八日からロンドンにおいて米、英、仏、加、ソ連五カ国代表の出席の下に開かれたが、三月二十八日核実験問題を審議した際、現在同小委員会の審議に付託されている提案の提案国で、同小委員会の構成国でない国から当該提案についての見解を徴することを決定した。

日本政府も、この決定に基き、事務総長からカナダ、ノールウェーと共同で提出した三国提案についての見解を提出するよう要求されたので、四月九日在英西大使を通じ、核爆発実験の事前登録制度をさらに一歩進め、最終的にはすべての核爆発実験を全面的禁止することを目的とする一提案を含む政府見解を提出した。(資料の部参照)

日本政府は、今後とも核実験禁止、全般的軍縮計画の実現、引いては世界の緊張緩和のため国連において十二分の努力を行う決意で、軍縮小委員会の審議を見守りつつ各種の措置を検討中である。

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2 英国に対する核実験中止の申入れ

昭和三十一年六月七日イーデン前首相は、昭和三十二年上半期に英国がメガトン級の一連の核実験を行う旨、言明したが、昭和三十二年一月七日英国政府は、公式に日本政府に対し中部太平洋上で核実験を行うので、クリスマス島周辺の水域が三月一日から八月一日までの間危険区域となる旨通告してきた。

一月三十日、日本政府はかねて核実験の禁止を要望している態度に基き、在英西大使を通じ、英国政府に対し、右実験を中止するよう要請した。

右の申入れに対し、二月十二日英国政府は、実験は高空爆発により行われ、大量のフォール・アウトは発生せず、あらゆる安全措置が講ぜられ、実験のため日本が危険にさらされることはないこと、および魚類の汚染をきたさないことを明らかにした上、英政府は核兵器と通常兵器を効果的に管理するような包括的軍縮協定を作るのに努力を払つてきたし、今後もこれを続けるが、自由諸国の努力にもかかわらず、軍縮協定の存在していない現在、核兵器こそ現存する最大の戦争防止力であり、自由世界防衛に最大の役割を演ずるものであるから、核兵器を生産し、その実験を行うことは英政府の義務と考えるとして、実験を中止する意向のないことを明らかにした。

前記英政府の回答により依然実験を行うことが明らかになつたので、二月十四日、わが方は英国政府に対し、日本国民の切実な要望にもかかわらず、実験を行おうとしていることに遺憾の意を表し、右の要望は内外を問わず存する人道的立場に立脚するものであり、また英政府の見解にもかかわらず、実験の結果日本国民に多大の精神的、物質的打撃が与えられることは不可避と考えられ、核兵器の惨禍を世界の他のいかなる国にもまして体験し、人類の安寧と幸福を念じている日本国民にとり実験を行うことはたえがたいところであるとして、重ねて英国政府が実験中止に努力するよう要請した。さらに万一実験が行われた際には、経済的損失、その他不当にこうむるあらゆる損害および損失について英国政府が当然に責任を負い、かつ補償の責に任ずべきことを明らかにした。

三月一日からいわゆる危険期間が到来したので、わが方は三月五日英側に対し、二月十四日の申入に対する回答方を督促するとともに、船舶、航空機の安全をはかるため、英政府が、(a)個々の実験の実施予定日時等を通報すること、(b)実験前に危険区域内に日本船舶等の存在しないことを確認し、存在している場合はそれが安全な海域に退避するまで実験は行わないこと、(c)危険区域付近の船舶の動向を把握し、安全確保のため必要に応じ指示を与えること、(d)その他安全のためあらゆる必要な措置をとることを英政府に要請した。

三月十五日参議院において採択された「原水爆実験禁止に関する決議」を在英大使を通じ、三月十八日英政府に伝達し、英政府の深甚な考慮を求めた。

三月二十三日になつて、英政府はわが方に対し、長文の回答をよせ、英国は自由世界防衛のため核実験を中止または延期する考えのないこと、実験によつて生ずる損害の補償については、十分な検討を加え、個々のケースについて具体的事実に基いて態度を決定するが、故意に危険区域に立入り、滞留したものについてはクレームを主張しえないことおよび安全保障については、実験が気象上の案件を含むため、実験の事前通告はできないが、船舶等の存在の確認、警告についてはあらゆる必要な措置を講ずる事を明らかにした。

前記の英政府の回答およびバーミューダ島における米英首相会談の結論からみて、英国政府がわが方の数次に申入れにもかかわらず、核実験を中止する意向がないことがはつきりしたので、繰返し実験中止の申入れは行わなかつたが、核実験問題に関する日本政府および国民の真摯な熱望を現実感をもつて英国に伝達するため、岸総理大臣の特使として、立教大学総長松下正寿博士を英国に派遣することとした。松下特使は四月二日、英下院においてマクミラン総理と会見し、日本国民は体験から、核兵器の生産、使用および実験の禁止を真に望んでおり、実験禁止要請は人道主義的立場に基くものであり、現状において侵略に対する有効な手段が自由諸国において維持されなければならないことも充分理解しているが、日本国民の熱望は右の見解をこえた人道的なものである故、あえて繰返し要請を続けておるものであり、真に日本国民が望むものは、世界人類に悪影響を与え、ついには破滅に導くべき、核兵器の使用を排除し、核エネルギーを人類の福祉のために平和的に利用する方法を発展させることであることを明らかにした岸総理大臣の書簡をマクミラン総理に手交し、実験について再考慮を求めた。以後、滞英中、同特使は各界の名士と会見、核実験に関する日本の立場を説明し、実験を中止するよう説得に努めた。十一日、再びマクミラン総理と会見し、同総理の岸総理あて書簡を受取つたが、同書簡において、英国が世論を無視して実験を行えばアジア諸国がやむをえず中立的立場をとるようになるという恐れがあるというが、今日の世界の平和は英米両国が侵略に対して強力な阻止兵器をもつていることに依存しており、それは実験して有効な機能をもつことが示されるまでは十分効果的となりえないので、その裏付のため必要な措置を講じているからといつて、日本はじめアジア諸国が中立的立場をとることは不合理であり、アジアの自由諸国は西欧と同じくこの政策のもたらす保護をうける立場にあるとのべ、さらに一般軍縮計画の適当な段階において核実験禁止のため努力するのが今なお英国政府の政策であることを明らかにし、英政府は日本国民が原爆の被害をうけたことを忘れているわけではないが、今次実験のもたらす放射能の影響は極めて微少であり、広範な安全保障のための予防措置がすでに講ぜられており、日本に危険をもたらすということには同意できないとのべている。

日本政府および国民の強い要望と英国はじめ各国において次第に活発になつてきた実験反対の声にもかかわらず、最初の実験が五月十五日行われた。これに対し、わが方はあらためて強く遺憾の意を表し、実験によつてこうむり、またはこうむることあるべき損害については英国政府にその責任があり、日本政府は補償の権利を留保するものであることを明らかにし、この旨、五月十七日英政府に通報した。ついで五月三十一日には第二回が、六月十九日には第三回実験が行われ、第三回をもつて今次の一連の実験は完了した旨の発表が行われ、七月一日から危険区域は解除された。

こんどの実験により、わが方の船舶のこうむつた損害について、英国政府に対し、補償要求を近く提起するよう目下準備を進めている。

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3 米国に対する申入れ

昭和三十一年一月十二日、米国政府はエニウエトック実験場において同年春核実験を行う予定なる旨を公表した。これに対し日本政府は在米大使を通じて一月二十五日、事前通告、危険予防および補償に関する申入れを行つたが、さらに衆議院ならびに参議院はそれぞれ二月九日、十日、原水爆実験中止を要望する決議を行つたので、政府はこれを米、英、ソ連各国と国連に伝達するとともに、関係国が右決議に表明された日本国民の要望実現に真剣な考慮を払うことを希望する旨申入れた。

前記衆参両院の決議ならびに一月二十一日のわが方の申入れに対し、米国政府は三月十九日付公文をもつて、同国政府は日本国会の決議に共感するが、軍縮計画が確立されない限り実験中止は不可能なること、ただし危険と不便を除去するため、あらゆる努力を払うこと、補償は権利の問題としては考えないが、実質的な経済的損失があつた旨の証拠が提出されれば、これに基いて補償問題に対してさらに考慮を加えるべき旨の回答を行つてきた。

三月十九日付米側回答に対し、政府は五月四日在米大使をして国会の核実験中止決議の趣旨に考慮を払い、米国政府がこの上とも核実験が行われざるよう努力するよう重ねて要請し、実験実施による放射能の危険はなく、また実験実施ならびに危険区域設定による実質的、経済的損害は生じないとの米側の見解に同意し難いこと、また核実験のための公海利用は伝統的軍事演習の場合と同様とはみなしえないことを述べ、損害が生じた場合補償を要求する権利を留保する旨を申入れしめた。

結局、米側の実験は五月五日から開始され七月二十四日に終了したが、八月十一日にはビキニ、エニウエトック環礁領水を除く実験場の立入禁止は解除された旨発表された。

本年に入つて、三月十五日参議院は、原子力の利用を専ら平和目的に限定し、今後原水爆の製造、使用及び実験を一切禁止するため、国連ならびに関係各国が速かに有効適切な措置を講ずることを重ねて要望するとともに、米、英、ソ連が予告の有無にかかわらず、現に計画中の原水爆実験を中止せんことを要請する決議を行い、この決議は三月二十日在米大使を通じて米国政府に伝達された。

これに対し、米国政府は四月二十七日付書簡をもつて回答を寄せ、「米国政府は核兵器を含む軍備の安全管理と縮少に対して深甚かつ緊急な関心を有する。この目的のために米国は国連の軍縮小委員会において幾つかの重要な新提案を行つてきており、これらの提案では核分裂物質に関する十分な監察管理が行われるようになれば、終局的には一切の核実験を廃止することを目標としている。しかしこのような目標は、ソ連がこれに必要な安全保障措置を受諾しようとしないために、今日まで実現をみていない。この段階では、米国は自由世界の安全保障のために、侵略と戦争に対する主要な防止手段としての核兵器の発達のために、その所有する核分裂物質の一部を使用せざるをえない。しかし米国は、世界の放射能が『危険な水準以内の極小部分を超えざる程度においてのみ』これを実施するとの公約を更めて確認する。」と述べて、現段階では核実験を継続する意思を明らかにした。

これより先、四月三日米国原子力委員会は、本年五月から夏季にかけてネヴァダ州で米国政府が一連の核爆発実験を行う旨を発表した。これに対し日本政府は、四月二十九日、在米大使館を通じて米国政府に対し「日本国民は、原子力の利用を平和目的に限定すること、および核実験はその性質上実施地の如何にかかわらず、人類を重大なる危険にさらすおそれなしとしないので、人道的考慮からすべて中止されることを強く希望する。この立場は、英国およびソ連の核実験についても同じであり、すでにその旨英、ソ連両国政府に申入れてある。米国政府がこの日本国民の人道にもとづく核実験禁止の要望に対して慎重なる考慮を払うよう要請する。」旨の申入れを行つた。

これに対し、米国政府は五月十三日付書簡をもつて、「核エネルギーの使用を平和目的に限り、すべての核兵器の実験を中止せしめるのは、米国政府が一九四六年以来達成しようと努力してきたことである。この目的のために米国政府は、国連軍縮小委員会において、たびたび軍縮提案を行つているが、ソ連がこれら提案を繰返し拒否することによつて核爆発の脅威の抑制および核兵器実験の中止への進歩を妨げてきた。現在の情勢では、侵略を阻止し、平和を維持するために核実験を実施せざるをえない。実験の中止ないし終焉が達成されるまでは、米国政府は日本、カナダ、ノールウェーが国連総会で共同提案したような核実験登録方式について、他の諸国と協力することにやぶさかではない。加うるに、米国政府としては、同政府が行つた核実験の制限的国際監視の提案について協定に達しえるものとの希望をもつている。」旨を日本政府に回答し、核実験の一方的中止には応じないとの従来の立場を繰返すとともに、しかし、核実験の国際管理、核兵器を含む軍縮については今後も努力を続ける態度を明らかにした。

その後、五月十五日に予定されていたネヴァダ核実験シリーズの第一回爆発実験は天候状態不良のため、再三延期されていたが、結局五月二十八日に実施された。これに対し、日本政府は、五月二十九日再び在米大使館を通じて、米国政府に対し、「日本政府の申入れにもかかわらず、実験が敢行されたことは、日本政府の極めて遺憾とするところであり、今後の核実験の中止について米国政府の深甚な再考慮を要請する。」旨の申入れを行つた。

この申入れに対し、米国政府は六月十日付国務長官書簡をもつて、五月十三日付国務省ノートに述べられた、今回の核実験シリーズを中止する問題についての米国政府の立場および十分な危険防止措置をとる旨の確約を繰返すとともに、適当に管理され、調節された核実験は、人類に対して実質的な危険とはならないというのが米国政府の見解であり、かつ平和維持のための侵略阻止の能力の保持が引続き必要であることにかんがみ、米国政府は今回の実験を中止する正当な根拠はないと信ずる旨を回答してきた。

なお、さきに米国国防省は在ワシントン各国公館の中、四七カ国の駐在武官(NATO参加国についてはシヴィリアン・オブザーヴァー)に対し、今回の連続実験にオブザーヴァーとして順次各実験に参加するよう招請を発し、日本に対しても、わが在米大使館防衛駐在官あて五月九日付の書簡をもつて、九月一日に実施予定の実験にオブザーヴァーとして参加するよう招請状を送つてきた。しかしこれに対し、わが方は六月二十八日、招請を受諾しない旨米国務省に回答した。

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4 ソ連に対する申入れ

核実験の中止について、政府は、昨年二月わが国会の「原水爆の実験禁止に関する決議」を米英政府に伝達した際これをソ連政府にも伝達し、さらに同年五月在国連大使を通じて実験の中止方を申入れたが、ソ連側はその後もたびたび事前通告をしないで実験を行つてきた。そこで政府は、本年三月九日、在ソ新関臨時代理大使を通じ、「いかに周到な注意を払うともこの種実験に伴う災害の排除を保証し得ないことは科学者の一般に認めるところであるのみならず、この種実験に伴い保健上の有害かつ危険なる降下物が実験終了後も長期にわたり存続することも、また学術上実証されていることにかんがみ、ソヴィエト社会主義共和国連邦政府に対し同政府が将来あらゆる核兵器実験を中止せられるよう要請する」旨をソ連政府に申入れた。さらに同月十九日核実験禁止に関する参議院決議をソ連政府に伝達した。

これに対してソ連側は三月二十六日外務省情報部長を通じ発表を行い、もし西欧が国連に提出したソ連案(全面的即時禁止)を受諾できないならば、ソ連は実験の一時中止協定を締結する用意があるとし、さらに、日本等の実験登録制の提案は人体におよぼす悪影響を除去するものではなく、日本政府のソ連政府に対する申入れからみて、実験禁止または少くとも一時的中止に関するソ連側提案が日本政府によつて支持されるものと考えることができると間接的にわが対ソ申入れに対する見解を述べた。これについで、三月二十九日ザハーロフ外務次官は、門脇大使に対し、三月九日のわが方申入れに対するソ連政府の正式の回答として、「第十一回国連総会においてソ連は改めて原水爆兵器実験の即時中止を提案したが、日本代表は右提案に支持を与えなかつた。その際日本代表はカナダおよびノールウェー両代表と共同して原水爆兵器の実験、爆発の国連に対する事前登録制を提案した。しかしかかる提案はこの種兵器の実験停止の問題をいささかも除去するものではないことは全く明白であり、さらに同提案の採択は原水爆兵器の実験継続を正当化するものに過ぎない。ソ連邦国境内において行われるこの種兵器実験の実施にあたつてはすべての必要な予防措置が講じられていることは周知のとおりである。ソ連政府は他の諸国が同様の義務を受諾するならばソ連は原水爆兵器の実験を遅滞なく放棄する用意があることを改めて声明し、日本政府が原水爆兵器の即時禁止に対するソ連提案を支持することを期待する」旨述べた。

外務省は右のソ連側回答発表に際し、情文局長談を公表してソ連側の回答を次のように反駁した。

日本政府は、もとより実験禁止の理想は堅持するものであるが、現実の国際情勢にかんがみ、全面禁止にはなお困難があるならば、米英ソ三国は目下開催中のロンドン国連軍縮小委員会において、現実の国際環境にも合致し、しかも実効ある方法による核実験禁止を実現するよう切望する。・・・・たとえそれが自国の国境内で行われるにせよ、その(ソ連の)実験が人類に無害であるとの保証がないことは明らかである。ことに無警告で核実験の行われた事例に対しては甚だ遺憾といわざるをえない。米英ソ三国が協調して実験禁止協定にいたることを切望するとともに、これが不可能の場合は事前登録が実施され、これによつて実験が周知され、実験禁止の機運が醸成され、ひいては実験が全面的に禁止されることを希望して止まない。

しかるにソ連が、わが国の再度にわたる実験中止の申入れを無視し、事前警告もなく四月上旬だけで四回にわたつて核実験を行つた形跡があつたので、政府は四月十五日在ソ門脇大使を通じて強力に実験中止方を申入れたところ、ザハーロフ外務次官はさきのソ連側回答の趣旨を繰返したのみであつた。

ついで四月二十日門脇大使は新任の挨拶を兼ねてフルシチョフ第一書記を往訪して会談した際、最近五回にわたるソ連の無警告実験によつて日本の空気は放射能に汚染され、日本政府は国民に警告を発した次第を説明して、実験停止方を申入れたところ、フルシチョフ第一書記は、「日本側は原水爆の禁止を主張するにもかかわらず米国の機嫌を損うことをおそれてかソ連の原水爆禁止提案を支持しなかつた。ソ連としては米、英が実験を継続している以上、自国兵器の改良を図るためにも実験を行わざるをえない次第で、米英が実験を停止するよう日本と協力して圧力を加える必要がある。米英が実験停止に同意するならば、ソ連は協定を締結する用意がある」と答えた。これに対して門脇大使は日本がソ連の提案を支持しなかつたのは、対米関係を顧慮したためでは断じてなく、現下の国際情勢の下においては、一挙に原水爆の全面禁止を実現することは困難であるので、可能なものから漸進的に実現しようという趣旨によるものである旨の日本側の主張を繰返した。

また、フルシチョフ第一書記は、四月二十九日日本大使館において開催された天皇誕生日祝賀レセプションの席上、門脇大使に対して、「日ソ共同して米、英に対し実験中止を訴えようではないか、日ソ間に実験禁止のための協定に署名することとしてはどうか」と述べた。これに対し門脇大使は、「問題は協定に署名することでなくて実験中止を実行することである。現下の国際情勢は協定の署名をもつて足りるほど生易しいものではないことはご承知の通りである。実験禁止の誠意があればこれをまず事実を以つて示すことが必要である」と反論した。

その後在本邦テヴォシャン大使は五月九日岸大臣を来訪し、本国政府の訓令によるとして、核兵器の実験中止に関する覚書を持参し、ソ連政府の従来の立場を繰返し説明した後、四月二十日の門脇大使とフルシチョフ党第一書記との会談に言及し、日ソ共同して米英に対し核兵器の即時実験中止、少くとも実験の特定期間における中止方について協定を締結するよう呼かけることを提案し、さらに右実験の実際的中止を目的とする他のいかなる共同措置をも検討する用意があることを述べた。

これに対し翌十日大野事務次官はテヴォシャン大使を招き、前記ソ側覚書に対する回答として、次のようなわが方の回答を手交した。

日本国政府は衷心から核兵器の実験中止を祈念しているが、ソ連邦はわが方累次の申入れにかかわらず、引き続き無警告で核兵器の実験を行つている。このような現状で、日本国としてはこの際ソ連邦とともに直ちに英米に実験禁止を共同提案することは時宜に適せざるものと考える。

日本国としては、日本国政府が先般国連軍縮小委員会に対して提示した見解は現状において最も実際的な方法であると確信するので、ソ連邦政府がこの見解に同調して実験禁止の方向に向つて協力することを要請する。また日本国政府は、この件に関し有効な国際的協定ができるまでの間においても、核兵器を所有する諸国が率先自発的にすみやかな実験中止を決行するよう強く希望するものであつて、この点重ねてソ連邦政府の考慮を要望する。

ついては、ソ連邦政府は核兵器実験中止に関する国際協定の成立に至る前提要件として、核兵器の実験を直ちに自発的に中止せらるる用意ありや否や、また前顕日本国政府の軍縮小委員会に対する見解中に述べられた提案を支持せらるる用意ありや否や回答を得たい。

テヴォシャン大使は五月二十二日大野次官を訪れ、わが政府の五月十日付の覚書に対するソ連側の回答覚書を手交した。この覚書はつまるところソ連側の従来の主張を繰り返すとともに、軍縮小委員会に対する四月九日のわが方の提案に、なんらか禁止の措置がとられているのではないかという誤解を与えるだけだとの趣旨を述べたのに過ぎなかつた。

この回答は五月十日付の覚書で示された二点の質問事項に対して、無条件で明確な回答をしたものとは受けとれないので、大野次官は、ソ連が無警告で実験を続けている事実を強く指摘して、ソ連側の反省を求めるとともに、「ソ連、米、英三国がお互いに責任を相手に転嫁して、一向にラチがあかない現状では登録制を含むわが方の提案こそ、この問題を世界世論に訴えて、禁止の方向に向けさせる最も着実で実際的かつ効果的な措置だと信ずる。この点ソ連の認識は浅薄と言わざるを得ない」という趣旨を述べて反論した。大野次官はさらに問答の末、(一)ソ連は無警告実験を続ける意図だと了解する。(二)ソ連には自発的に実験を中止する意向はないと了解する。(三)ソ連には登録制を含むわが国の具体的提案を支持する意向はないと了解する旨を念を押し、この会談を終つた。

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