対米貿易および東西貿易の諸問題 |
通商航海条約あるいは貿易支払取極の締結、もしくは貿易計画の作成を目的とする貿易交渉のほかに対インドネシア米綿委託加工貿易交渉、中央アフリカ連邦代表との貿易拡大に関する会談、セイロン、エジプトおよび日本間の三角貿易に関する日セ間会談、対エジプト・スウィッチ取引に関するエジプト政府との話合等特定の経済案件についても種々交渉を行つて来たが、その代表的なものとして対米貿易の諸問題および対中共輸出統制緩和問題を含む東西貿易につき詳述すれば左の通りである。
昨年の対米貿易はわが国総輸入額の約三割、総輸出額の二割余を占め、米国はわが国重要原材料および食糧の供給源として、また繊維、農水産物、雑貨等軽工業、中小企業産品の輸出市場として、不可欠のものとなつており、対米貿易は、わが国経済に実に死活的重要性をもつているが、一方、市場としての米国は輸出入両面において深刻な問題が多い。
すなわち輸出面においては、米国景気の好調もさることながら、わが方官民の各種の輸出促進の努力、ガット交渉による米国関税の引下等により、近年目覚ましい伸長をとげ、わが対米貿易収支はかなりの改善を見るにいたつたが、このような対米輸出の急増の結果、特定の輸出品目に過度の集中が行われるケースも生じ、後記のように米国内における各種の輸入制限運動を激化させるにいたつた。
他方輸入面においては、対米依存度が輸出にくらべてさらに大きく、しかも石油、屑鉄、鉄鉱石、機械、綿花、小麦、大麦等の原材料、食糧が大半を占めているため、その買付方法、時期、価格の動向如何は我国経済に対してきわめて大きな影響を与えるものである。
したがつて、現在わが対米通商政策においては、いかにすれば問題を引起すことなく対米輸出を円滑に増大しうるか、他方、いかにすればドルの消費を節約しつつ適切な対米輸入を行いうるかが最大の課題となつている。
米国における日本品輸入制限運動はすでに数年前より一部商品について行われていたものであり、とくに昨今始まつたものではないが、一昨年末からブラウスに端を発した輸入制限運動は、逐次、別珍、ギンガム等の他広く繊維二次製品をも含む日本綿製品に対する全般的輸入制限運動にまで発展し、これを放置すればきわめてドラスティックな関税引上ないし輸入数量制限の実施による致命的な打撃が避けがたい状勢となつたので、昨年夏以来米国政府の意向をも十分聴取した上、これを参考として本年一月以降五カ年にわたる綿製品全般に関する業界自主的輸出調整措置を実施することとなつた。
したがつて、綿製品に関しては、わが方がこの自主的調整措置を誠実に実施している限り、差当り米国業界は静観の態度をとつているが、最近における合板を始め毛織物、金属洋食器、洋傘骨、体温計、木ねじ等各種日本製品に対する執拗な輸入制限運動を見ると、この種運動の前途は全く余断を許さない。これらの動きに対し政府は関係業界とともに、米国業界動向の把握、米国議会、国民および業界に対する啓蒙宣伝、政府間の交渉等適時適切な対策を講じており、幸にして今日までいずれも大事にいたつたものはない。しかしながら、明年は米国互恵通商協定法の再延長の時期に当り、米国内保護貿易論者の動きは今後ますます輸入制限運動を激化するものと予想される。わが方としては、秩序ある輸出を行うための国内体制の整備等有効な対策を講ずる努力を強化しなければならないことはもとよりであるが、いわれなき輸入制限運動については常時米政府に対し善処方を要請するとともに、米国議会、関係業界等に対しても日本経済に対する理解と同情を深めるよう努力を続けることが必要である。
近年わが国鉄鋼生産の急速な拡大とともに米国屑鉄の輸入は著しく増大するにいたつたが、他方米国鉄鋼業界は諸外国の需要増大に伴い、屑鉄買付が困難となつたため、その輸出制限を強く主張し、米国議会もこれを問題とするにいたつたので、米国政府は本年二月以降上級屑鉄の買付につき主要輸入国と話し合うこととなつた。わが国としても米国屑鉄の輸出制限はひとり鉄鋼業界のみならず、わが国経済全般にとつて由々しい問題であるので、業界代表が渡米し、引続き在米大使館を通じ極力交渉を続けた結果、概ね必要量を確保することができた。
その他綿花、小麦、大麦等のわが国輸入品の大宗たる米国農産物についてはこれまで二回にわたり総額約一億五千万ドルに相当する米国余剰農産物の円貨買付協定を締結実施した。この買付はこれによつて生じた円貨を国内開発の目的に使用し得る点で有利な面もあるが、本件買付に伴ういわゆる通常輸入量の上積条件、米船五〇パーセント使用条件等わが国と第三国との貿易に与え得る影響、通常の輸入に比しての手続の繁雑性、買付条件をも慎重比較考量する必要がある。
自由諸国との協調はわが国の基本政策であるが、同時に、東西貿易については、政治的関係を離れて経済的見地からできるだけこれが促進に努めている。
しかしながら、共産圏諸国とは国交関係が未回復であるか、あるいは回復してもなお日が浅いこと、中共を除き、過去の貿易実績も少く、また相手国の貿易事情で判明しない点が多いこと、ことに共産圏諸国は国営貿易である関係上、決済方法、貿易方式についても特殊の考慮が必要であること、またこれら諸国に対しては戦略物資に対して輸出統制措置がとられているが、その統制が従来必ずしも合理的でなかつた面もあつたこと等共産圏諸国との貿易には諸種の制約があつたが、政府は一歩一歩これらの隘路を打開しつつ、その拡大に努力している。
戦前におけるわが国の中国大陸との貿易額は一九三〇年より一九三九年までの十年間を平均して輸出約二億ドル(当時価格、わが国総輸出に対する比率二一・六%)輸入約一億二千万ドル(総輸入に対する比率一二・四%)で、中国大陸はわが国の重要な輸出入市場であつたが、中共政権樹立後、先方の貿易構造の変化に加え、わが方の対中共禁輸統制政策もあつて対中共貿易は不振を続けた。その後わが国がココムに加入した結果、一九五四年には右禁輸統制が他の西欧諸国並となつた効果も現れて、輸出一九、〇九七千ドル、輸入四〇、七七一千ドルと恢復し、一九五五年には輸出二八、五四七千ドル(総輸出中一・四%)輸入八〇、七七七千ドル(総輸入中三・三%)ととくに輸入の顕著な増大を示したが、これは中共の大豆、米、塩等の輸入が増加したためである。一九五六年にいたるとこの増大傾向は輸出六七、三三九千ドル(総輸出中二・七%)輸入八三、六四七千ドル(総輸入中二・六%)となつて現われ、輸出は前年に比し一倍半近くの増加を示し、輸出入の不均衡も可なり是正されるにいたつた。この輸出の著増は、セメントが初輸出品として登場したほか主要輸出品目である天然および化学繊維、運搬、農業用等の諸機械、農薬、化学肥料、鋼材等の著しい輸出増にもとづくものである。
今後の見透しとしては、わが国が中国大陸と地理的に接近しており、その石炭、塩、鉄鉱石等の豊富かつ安価な重要資源はわが国経済自立に役立たしめることができるので、政府としても純経済的な面から日中貿易の伸長を計つており、今後とも輸入はある程度増大するものと予想される。他方、輸出についても、中共経済建設の進捗、中共国民消費水準の上昇等中共側の要因もあり、同様の増大が期待され、とくに次項記載の対中共禁輸統制について大幅の緩和措置が実現したことは、今後の中共貿易の増進に資するものと思われる。
なお、一昨年五月締結されて以来、日中間貿易の運営の基礎となつている第三次日中民間貿易協定はすでに期限が切れているので、右に替るものとしての第四次協定の交渉が、近く関係団体によつて中共側との間に開始される予定であるが、現在日中貿易が、同類物資交換原則(前記第三次協定で輸出入品目をそれぞれ甲、乙、丙に分類し、同類間でのみバーターで交換すべきことを定めている。)により規制されるため全体としての貿易額は均衡の傾向にあるにかかわらず、類別のアンバランスが目立ち、これが昨年以来特に取引の円滑な発展を阻害する大きな要因となつているので、この点、できる限りの修正が望ましい。
政府は、七月十六日中共向戦略物資の輸出統制を緩和して、東欧・ソ連圏向に輸出を認められる品目については中共向にも輸出を認めることとした。
共産圏向戦略物資の輸出に関しては、パリにあるココムCocom(Coordinating Committeeの略)およびチンコムChincom(China Committeeの略)という非公式機関において、主要自由諸国間(アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、西独、ベルギー、オランダ、ノールウェー、ルクセンブルグ、デンマーク、カナダ、トルコ、ギリシャ、ポルトガル、および日本の十五カ国)の話合いにより、各国共同して、それぞれ東欧・ソ連圏および中共に対する統制を行つている。
朝鮮戦争に中共が介入した際、中共向には東欧・ソ連圏に対する統制よりも厳しい統制が課せられ、平時においては民生物資として用いられても、戦争中においては軍事用としても用いられ得るような品目も統制に加えられた。その後一九五三年七月には朝鮮において休戦が成立し、また一九五四年八月には東欧・ソ連圏向輸出に関して統制品目リストの大幅な改正が行われ、戦略性が皆無または僅少と認められた品目は統制リストから削除されたが、関係国間の合意により、中共に対しては依然従来通りの統制リストが適用されることとなつた。
これら両地域向統制の較差は、チャイナ・デフェレンシャルと呼ばれる。日本政府は、中共貿易に対する特殊な関心から、禁輸の緩和とくにこの較差の廃止を主張して来た。ことに実際的、理論的見地からしても、朝鮮における戦闘行為はすでに停止し、したがつて中共のみを他の共産国と差別して待遇する必要のないこと、および東欧ソ連圏に輸入された品目は中共に横流れする可能性があり、したがつて中共のみに強い統制を実施しても無意義である等の立場をとつて来た。しかしながら同時に、わが国の基本政策は自由諸国との協調にあるので、右較差の廃止も関係国が足並みを揃えて実施すべきであるとの考えの下に、わが国が単独行動をとることなく、関係国の説得に努めつつ、ココムおよびチンコム規定はこれを忠実に実施して来た。
しかるに朝鮮休戦成立以来すでに長い年月が経過したにもかかわらず、中共向統制が依然として昔の強い水準のまま維持されていることに対する不満は、関係国間にも次第に強くなり、昨年春頃からチンコムの例外輸出手続を利用した対中共輸出が大幅に行われる事態となつた。
かかる事態において本年五月チンコムにおいて対中共禁輸緩和問題が審議されることとなつたが、右審議においては、チャイナ・デフェレンシャル全廃を主張する国々と、ある程度の緩和には応ずるが、デフェレンシャル全廃には反対する国々との間において、意見の対立を見、関係国間において満場一致の合意に達するようあらゆる努力が続けられたにもかかわらず、ついに意見の一致が見られなかつた。
五月三十日、英外相は議会において、本件に関するチンコムの合意が成立しなかつたので、英国は独自の立場において対中共統制を対東欧ソ連圏統制の水準まで緩和する旨を一方的に声明した。
右審議において、日本は従来からの主張であるチャイナ・デフェレンシャルの全廃を実現すべく努力したが、他面対中共貿易輸出統制については、自由諸国と協同歩調をとるとの基本的考えからして、上述の英外相声明後も、直ちに英国の措置にならうことなく、しばらく事態を静観していたが、その間関係各国の大多数は英国の措置にならい、対中共統制の緩和を実施した。
かかる事態にかんがみ、またとくに中共貿易の日本経済に対する重要性をも考慮し、七月十六日、日本も、対中共統制を対東欧ソ連圏統制の水準まで緩和し、戦略性皆無または僅少と認められるチャイナ・デフェレンシャル品目の対中共輸出を認めることとした。
対ソ連貿易
戦後の日ソ貿易は、一九五〇年まで連合国総司令部の管理下に行われた政府間貿易の時代に、やや活況を呈したほかは、全体としてきわめて低調のまま今日に及んできた。
最近の両国間の貿易額は一九五五、五六両年それぞれ往復五百万ドル程度であり、わが国の主要輸出品は漁船、曳船、銅線、鋼線、人絹糸、主要輸入品は、木材、石炭、マンガン鉱、クローム鉱、プラチナである。
右のように両国貿易額が僅少なのは、昨年まで両国間の国交未回復のため、正常な貿易関係がなかつたこと、およびこれまでのところソ連側の供給が恒常的に行われるかどうか明らかでないこと、ならびに季節的制限と船舶不足等、輸送上の問題、取引方法の問題(バーター方式から生ずる困難)等に起因するものである。政府は昨年十月、国交回復に関する共同宣言により、早急に通商に関する条約または協定を締結することをソ連邦と約束しているので、昨年末以来貿易交渉の準備を進めてきたが、去る五月、在ソ門脇大使を通じて貿易交渉に関するわが方の態度を先方に明らかにして本件交渉の口火を切り、ついで六月下旬、今後の本格交渉に備え、在ソ日本大使館と交渉事務を打合せ、かつソ連側関係機関と接触して先方意図の打診を行うため、広瀬公使を団長とする打合団をモスクワに派遣した。
わが方としては、差し当りまず両国貿易を軌道に乗せ、貿易を拡大することのできるような実際的な協定を締結したいと望んでいるが、右のような協定が締結されれば、従来のような取引上の困難もかなり緩和され、今後の日ソ貿易は、相当の伸長をみるものと期待される。
対東欧諸国貿易
ソ連を除く東欧共産圏との貿易は、現在のところ、東独を除いては、みるべきものはない。
東独との貿易は、加里輸入を中心とするバーター取引であるが、現在同国より年間七百万ドル程度の加里を輸入し、その見返りとしてわが方より鉄鋼製品、繊維品等の輸出を行つている。東独を除く東欧諸国との貿易は、ポーランドとチェッコスロヴァキアに対し、それぞれ一九五四年に一一五万ドルおよび一三二万ドル、五五年に一一二万ドルおよび四五二万ドルの銅線と鋼線を輸出した実績がある程度である。
右のように東独以外の諸国との貿易の不振は輸出品目においてわが国との競合品目が多いこと、わが方の希望する必需物資が少いこと、遠距離であるため価格が割高となること等によるものである。
もつとも本年二月ポーランドおよびチェッコスロヴァキアとは国交も回復し、それぞれ両国との国交回復に関する協定または議定書において右両国と通商に関する条約または協定を締結するための交渉を開始することについて合意しているので、わが国としても差当り両国との貿易を軌道に乗せ、今後の拡大を図る趣旨で、現在右両国との貿易交渉を行う準備を進めている。