英連邦関係 |
今年六月二十六日から七月五日まで行われた英連邦首相会議において、日本問題が検討された。
これは同会議において二回目のことである。すなわち、昨年ほぼ同時期に行われた英連邦首相会議において初めて日本問題が検討されたが、従来日本問題が全然検討された例がなかつたので、この事実は連邦諸国がいかにわが国を重要視しているかを示している。
昨年の英連邦首相会議で行われた日本問題の討議について、同会議のコミュニケはホランド・ニュージーランド首相からの日本訪問の報告を各首相が興味をもつて聴取した旨述べているが、同首相は日本の経済的困難打開のため英連邦各国が日本との協力を一そう強化する必要を力説し、各国の支持をえ、また、日本の国連加盟が必要であることが認められ、これを強く支持すべきことに意見が一致したようであつた。本年の会議は、公式にコミュニケは対日問題には何も触れていないが、極東問題討議の際、日本が貿易の拡大を求めている事情が討議され、とくに最近成立した日豪貿易協定の事情が了解され、各国首相により、日本との貿易増進が望ましいことが認められた旨報道されている。
このように日本問題が討議されるようになつた理由はもちろんわが国との経済的関係の緊密化促進によるところであろうが、経済的関係自体は戦後大きな変化はなく、その理由を他に見出さねばならない。
つまり、日本の対ソ国交回復および国連加盟によつて日本の国際的地位が向上した結果、日本を重要な自由諸国の一員として支援することの必要性が強く認識されるにいたつたものと思われる。
対英連邦外交は、もちろん英本国を中心として処理される。英本国の影響力が連邦内で決定的な力となることは、今でも変りない。連邦内での経済関係の処理は、各国が自主的に当り始めてはいるが、国防上、政治上の問題は英本国が中心となつている。第二次大戦後、わが国と英本国との関係は主として経済関係に重点がおかれてきたが、わが国の国連加盟に伴い、政治的にも交渉が多くなつてきている。すなわち、わが国の国連安全保障理事会非常任理事国立候補においても英本国の動向が連邦内各国に影響するところが大きいので、英国に対する関係が重視されるゆえんである。
英国も日本に対し種々関心を示し、昨年九月イーデン内閣は、ランカスター公領尚書セルカーク伯を親善使節としてわが国に送り、同使節は、英国関係戦犯釈放を促進したことは未だ耳新しいところである。
日英直接の外交関係緊密化はもとよりであるが、両国の関係は、むしろ世界政治の部面において接触することが多い。例えば、軍縮問題、原水爆実験禁止問題、スエズ問題、サイプラス問題、チンコムの制限緩和問題等がそれである。
英連邦諸国のうちで、わが国が重要視してその連繋をはからなければならない国には、太平洋に臨む豪州、ニュージーランドの両国がある。すなわち、インドその他の東南アジアに位置する連邦内諸国については、わが国は対東南アジア外交という大枠のうちにおいて、それらの国々との外交を処理するのに対し、豪州、ニュージーランドについては、その地理的、人種的、経済的、政治的諸条件からみて、英本国に対すると同様の観点から見ることができるのであり、わが国の対英連邦外交は、わが国との距離からいつても、これら二国に対する関係を中軸として見て行かなければならない。
豪州については、戦争直後の反日的感情は年々次第に好転する傾向にあつたが、とくに本年四月のメンジス首相の来訪は、日豪両国の友好親善関係に一時期を画するものということができ、岸総理との話合いにおいても、両国国交回復以来着々と積み上げられて来た友好関係の上に立つて、さらにこれを増進しようとの両国当局者の真剣な意図が現わされ、日豪通商協定の締結(別掲)、戦犯者の釈放、両国国会議員の交換、産業視察団の派遣等、多くの具体的問題が話合われ、それぞれ成果をあげた。今後この話合の結果にもとづき両国間の諸懸案の解決が一段とすすめられるものと期待されるが、中でも、七月早々最後の豪州関係戦犯者が釈放され、この件に関する日豪間の問題がついに完全に終結したことは、この上もない喜びであつた。
なお、日豪間の懸案として後述の真珠貝漁業問題および日豪間直通無線電信回線の開設の問題がある。
ニュージーランドについては、豪州のような反日感情もなかつたし、先年同国ホランド首相の訪日を見、今後ともますます良好な関係が政治的、経済的に継続増進されることが期待される。
オーストラリアの北部にあるアラフラ海およびこれに隣接する水域で真珠貝をとることは、古くから日本人潜水夫の特有の技能によるところが大きかつたが、戦後再びこの産業が活発になるとともに、この真珠貝資源をなるべく長く維持しつつ年々安定した量を採取するという目的でこの産業に共通の利害をもつ日本と豪州とが平等の立場でこれを規制するために協定を締結しようということになり、その交渉が昭和二十八年四月からキャンベラで開始されたが、両国の主張に喰い違いがあり、同年八月には交渉は決裂し、豪州政府では直ちに従来の真珠貝漁業法を改正し、この法律を外国人および外国船にも適用することとした。この結果この海面で真珠貝を採る日本船も豪州政府の許可がなくては操業を行い得ないこととなつた。
これに対して日本政府はこの豪州政府の措置を認められないと抗議したが、問題の中心は国際法の基本原則の解釈に関するものであるので、これを国際司法裁判所に付託することを提案したところ、昭和二十八年十月にいたつて国際司法裁判所の判決があるまでの暫定的措置に関する取極をつくることを条件に、国際司法裁判所に付託することに豪州側の同意を得た。
その後国際司法裁判所へこの問題を付託するために必要な特別合意書については、豪州側としばしば交渉を行つているが、現在まで未だ合意に達していない。
他方前記の暫定的措置に関する取極は、昭和二十九年五月にキャンベラで調印され、それ以来現在まで、この取極に従つて日本船はこの海面で真珠貝漁業を行つて来ている。この取極は、国際司法裁判所の判決あるまでの短期間適用されるもので、これによれば日本船の操業規模は年々調整されることになつている。
本年も一月下旬以来日本船の操業計画について豪州政府との話合が行われたが、昨年と大体同様の規模で操業を行い得ることになつたので、母船一隻および採取船二十三隻からなる日本真珠貝採取船団は農林省監視船一隻とともに四月二十四日和歌山県串本を出港した。
操業は五月十九日西豪州ブルーム沖で開始されたが、十月上旬まで主漁場たる豪州北方水域および木曜島付近の一部において操業を続ける予定である。
日本と豪州とは、太平洋をはさんで南北にむかい合つている。地球上の電波による交信は、陸地を通るより、海上を通る場合の方が感度がよく、また、日本と豪州との間には時差がわずか一時間であるから電信の利用度も高い。しかるに従来日本と豪州との間の無線通信は直通によらず、香港またはシンガポールで中継されて英連邦内の海底電線を利用する建前になつている。最近における両国間の通信の状況についてみれば、豪州は日本の対外通信国中第八位にあり、月間平均一三、三八二通に達し、これは経済的に見て優に直通回線を設定するに足るほどの頻度であるにもかかわらず、右のような中継によつていることは、両国にとつて通信の時間がかかり、電報料が高くなる等不利な状態であり、日本にとつてはとくに中継料を外貨で支払うという不利があるので、直通無線回線を設定しようという試みは、過去において度々行われた。しかしながら、豪州側では、毎回日本側の申入れを、施設の点その他の理由で拒否して来ているので、さる四月メンジス首相の来訪の機会に、直接同首相に対し、政府および民間業者から、この問題を訴えた。メンジス首相は、この問題に対する日本側の熱意にかなり動かされたようで、帰国後もこれについて検討することを明らかにしている。日本側としては、豪州側当局者のこの問題に対する認識を深め、実現をはかるため、キャンベラにおいてさらに詳細な資料を提出して豪側を説得中である。
上記のほかに対英連邦外交のうちできわめて地味ではあるが、今後の友好関係増進の基盤をなすものに、平和条約で定められた日本の義務の履行の問題がある。
これらの義務のうち、現在問題となつているものは第十五条(連合国財産)および第十八条(戦前債務)の二点である。
在日連合国財産の返還および補償
旧連合国人は、平和条約第十五条(a)の規定に基いて、戦時中わが国内において所有していた財産の返還を求め、また、その財産が戦争の結果爆撃等の損害を被つた場合には、日本政府の補償を求めることができる。
連合国財産の返還については、小数の案件を除けば、ほとんど処理ずみであり、現在は、返還財産のうち、進駐軍接収中に行われた増築等の理由で、連合国人の不当利得となつている部分について、その利得に相当する金額の返納を請求している。
連合国人からの補償請求については、連合国財産補償法の規定により、大蔵省で審査を行い、査定額を原則として円貨で支払つている。平和条約発効以来、英、豪、ニュージーランドおよび南アの四カ国から提出された請求件数は四一二件、請求額七五億余円で、そのうち本年六月末までに支払をすませた件数は二九三件、支払額四〇億余円である。これに、請求権なしとして日本政府から却下され、または、請求者の要請によつて返却されたもの三五件を加えれば、処理ずみの件数は請求件数の八割弱に及んでいる。これら補償請求の多くは英国人から提出されたもので、六月末までの処理状況を国別に示せば、次表のとおりである。
財産委員会
返還請求および補償請求の処理について、請求者と日本政府との間に紛争を生じたときは、「日本国との平和条約第十五条(a)に基いて生ずる紛争の解決に関する協定」によつて、日本政府と当該国政府との間に設置される財産委員会にこれを付託し、最終的に決定することとなつている。現在日英間に財産委員会が設置され、英側から若干の付託案件があげられているが、委員会は未だ活動を開始していない。
戦前債務
平和条約第十八条は、太平洋戦争前に生じた債務の支払の義務を日本に与えている。これに関連して英国は、日華事変中におこつたクレームを昭和二十七年七月以降提起または再提起して来ており、その数は四三九件に達している。これらのクレームは、その発生以来相当の時日も経過しており、証拠とすべきものも滅失しているもの少からず、個々のケースについて算定することは、きわめて困難であるが、外務省としては全国にわたり当時の関係者より事情を聴取し、適確な情況判断を下すよう努めて来た。目下英側と種々折衝しつつ、関係当局間で鋭意検討中である。
国際捕鯨取締条約
わが国は、世界有数の水産国として各業種にわたつて業績をあげているが、同時に、水産資源の保護の重要性を認識し、各種の国際協定に参加している。捕鯨についても、資源保存のための模範的条約といわれる国際捕鯨取締条約に加入し、鯨類資源の保存に協力する一方、鯨油の採取とともに、わが国独自の分野である鯨肉の食用化によつて、捕獲鯨の完全利用に努めている。
国際捕鯨取締条約は、日、米、英、仏、ソ連、ノールウェー、オランダ等十七カ国を加盟国としており、各国一名の委員からなる国際捕鯨委員会を設け、その事務局をロンドンに置いている。同委員会は、毎年一回会合して、鯨および捕鯨の科学および技術事項を討議する外、資源の乏しい鯨種の捕獲禁止、捕獲鯨の体長、操業の区域および期間、母船使用の可否、一漁期における最大捕獲量等、鯨の資源維持に必要な種々の事項を決定する。
各加盟国は、条約にもとづいて、自国の捕鯨母船や陸上にある鯨の処理場に政府の監督官を配置して取締りを行つており、また目下南氷洋捕鯨母船に母船と国籍を異にする監視員を乗船させる提案もなされている。
本年度国際捕鯨会議(第九回)は、六月二十四日から五日間にわたり、ロンドンで開催されたが、同会議において、北太平洋の白ながす鯨の保護、冷凍船の取扱いその他の問題に関する日本の見解や主張はおおむね採択された。
南氷洋捕鯨船団
過去数十年来、世界最大の漁場は南氷洋海域で、母船式捕鯨を主とするものである。これを鯨油生産高についてみれば、昨年度の世界総生産高四十五万トンのうち、南氷洋三十五万トン、その他の水域十万トンとなつており、したがつて、国際捕鯨会議において毎年討議される事項も、南氷洋に関する問題が多い。ちなみに、今年の南氷洋ひげ鯨捕獲の枠は、白ながす鯨に換算して一四、五〇〇頭と決定され、十目三日までに加盟国のいずれかから異議の申立がない限り実施される。
他方、捕鯨条約加盟十七カ国中、本年南氷洋に出漁する国は五カ国二十船団で、その内訳は、ノールウェー九、日本六、英国三、オランダ一、ソ連一となつている。戦後わが国は、昭和二十年を除き、毎年船団を派遣しているが、昭和三十年に三船団であつたものが、三十一年には五船団、三十二年にはさらに六船団と漸増の傾向をたどり、今やノールウェーに次ぐ世界第二の捕鯨国となつた。捕鯨条約は、企業自由の立場から、母船数に制限を加えないこととしているが、昨年中ノールウェー政府から、わが国船団の増強に対し、企業経営を脅かすものとして抗議が提起された。これに対し、わが方は、ある程度の操業上の秩序ある競争は許されるべきこと、また、最近増加の三船団中二船団は、毎年南氷洋へ出漁していた既存の外国船団を譲り受けたものであるから、各国企業の経営に影響しないこと等を先方に指摘しておいた。
西アフリカ地方は英連邦内のみならず最近において世界の各国が重要視して来ており、わが国も同方面との今後の連繋を機に経済協力を相当重要視する必要がある。現在わが国の対西アフリカ貿易は一方的なわが国の出超により著しい片貿易であるが、ことに最近独立をみたガーナおよびここ二、三年の内に独立せんとするナイジェリアのわが国との貿易上のアンバランスは至急に何らかの対策を必要とする。ガーナもナイジェリアも、ともにココア以外にはなんら目ぼしい産物がなく、わが国の輸入の対象となるようなものも余りないが、両国ともわが国にとつては重要な輸出市場であり、貿易上のアンバランスは貿易外の方法で例えば両国との合弁事業、技術提携等の経済協力により是正し、この有力なわが国輸出市場の維持発展が望まれている。
一昨年十一月ナイジェリア東部州ウルルカ工業大臣、また昨年四月ナイジェリア西部州アクラン開発大臣がそれぞれわが国産業施設を視察に訪日した際、わが国産業水準の高度なことを目撃し、わが国産業界のナイジェリアヘの進出を切望する旨表明していつた経緯があるが、その後、わが国業界では同方面進出の可能性につき検討してみたものの、進出には種々実際上の困難が伴い、目下のところ業界自体から積極的な動きは見られないが、この際何とかしてこれら諸国との経済協力を促進させる必要がみとめられ、ナイジェリア側からも度々わが国の投資または経済調査団の派遣の具体的事項について日本側の反応を督促して来ている。