二、わが国外交の基調
わが国の国是が自由と正義に基く平和の確立と維持にあり、これがまたわが国外交の根本目標であることは今さら言うをまたない。
この根本目標にしたがい、今や世界の列国に伍するわが国は、その新らたな発言権をもつて、世界平和確保のため積極的な努力を傾けようとするものであるが、このような外交活動の基調をなすものは、「国際連合中心」、「自由主義諸国との協調」および「アジアの一員としての立場の堅持」の三大原則である。
国際連合は、その憲章にも明かな通り、国際の平和および安全を維持し、国際紛争の平和的かつ正義に基く解決を実現し、諸国間の友好関係発展と世界平和強化のための措置を講じ、また経済・社会・文化・人道各般の面における国際問題解決について国際協力を達成するため、これらの目的を同じくする諸国が平等の原則に基いて相集い、この共通の目的に向つて努力を結集するに当つての中心となる国際機構である。国際連合のこの目的が、またわが国の等しく希求するところのものであることはいうまでもない。その故にこそわが国は、つとに国際連合加盟を希望し、加盟実現前においても、あらゆる可能な協力を行つて来たのである。しかし、ついに宿願であつた加盟の実現を見た今日、わが国にとつての国際連合の意義は単にこれのみにはとどまらない。国際連合が全世界の国々の話し合いの場として、国際間の友好親善協力関係の発展と福祉の増進に寄与し、さらに現在の国際関係に内包されている戦争の危険を阻止する有効な手段となつていることは万人の等しく認めるところであつて、今やその正式加盟国となつたわが国は、この国際連合の原則を高揚し、その活動を強化し、もつて国際連合がその使命の達成にさらに前進するよう努力を払つてきた。
しかし、国際連合がその崇高な目標にもかかわらず、その所期の目的を十分に果すに至つていないことは、国際政治の現実として遺憾ながらこれを認めざるを得ない。このような際に、わが国としては、一方において国際連合の理想を追求しつつも、他方において、わが国の安全を確保し、ひいては世界平和の維持に貢献するための現実的な措置として、自由民主諸国との協調を強化してきた。
すでに述べた通り、現下の国際情勢が不安定ながら一応長期的な平和の時期を迎えているのは、自由民主諸国が共産諸国に対してよく結束を保つている結果であつて、この結束が乱れるようなことがあれば、世界戦争の危険もないとはいえない。世界の自由民主諸国はよくこの事態を認識して、着々と団結を固めつつあり、等しく自由民主主義を国是とするわが国としては、その団結の一翼を担う責務を有するものである。
さらにわが国は、その外交活動を進めるに当つて、アジアの一員として、アジアと共に進む立場を取つている。わが国にとり、世界平和の確立に最も重要な条件は、アジア地域における平和を確保することである。それには、アジアの平和をおびやかす要素を除去するとともに内部における社会的不安を一掃することが必要であり、そのためには友好国が協力してアジアに繁栄を実現しなければならない。この目的に進むために、わが国はできる限りの貢献をなす方針であり、まずアジア内においては、アジアの共鳴と信頼を得るに足るアジアの一員としての立場を堅持し、アジア諸国の共同性を高めることに努めるとともに、アジア外に対しては、アジア問題の公正な発言者としての役割を果すことにより、国際社会におけるアジアの地位の向上と発言権の確保に努めてきた。
このような基調に立つわが国外交が現在当面する重要課題として、アジア諸国との善隣友好、経済外交、対米関係調整の三問題が挙げられる。
アジア諸国との関係については、わが国が地理的に同じ地域に属するというだけではなく、人種的、文化的親近感につながる強い心理的紐帯があるのであつて、前述の「アジアの一員」との原則もここに出ずるものでありわが国としてこれら諸国との善隣友好関係を進めることが当面の第一の重要課題である。
次に平和主義を信奉するわが国にとつて、四つの小島に満ちる九千万国民の生活を向上し、経済を発展し、国力を培う唯一の方法は、その経済力の平和的対外進出にあり、したがつて、国民経済の要請に適合した対外経済発展を目的とする経済外交は、わが国外交に課せられた第二の重要課題である。
この二つの関連において見るとき、アジア諸国は経済的にわが国と相互補完的な緊密関係にある。これら諸国の多くは、独立後、日なお浅く、莫大な資源を擁しながら未だ充分な経済建設を進めるに至つていない。この面において、高度の技術と工業力を有するわが国の協力の余地は極めて大きいといわなければならない。さらにはアジア外よりの資本、技術の導入をあつ旋し、政府民間一体となつて経済協力を計画的、重点的かつ機動的に処理し、かかる協力を通じてこれら諸国の経済建設が進めば、これら諸国自身の経済が発展するのみならず、わが国との経済交流も増大するわけであつて、経済外交に努めるわが国にとり、その意義は極めて大なるものがある。まことに、アジアの繁栄と平和と進歩なくしてわが国の発展なしとさえいい得る際このような経済協力はわが経済外交の緊要事とも考えられる。
最後に米国との関係については、同国はわが国が一翼を担う自由民主主義国家群の中心的地位にあり、さらにはわが国の防衛に直接的貢献をなしており、両国間には当然密接な相互協力関係が保たれなければならない。しかしながら、国情を異にする国際間の相互協力は、いうは易くして行うは難い。相互協力はその底に相互信頼があつて始めて可能であり、相互信頼はまた相互理解から生れるものである。岸首相の訪米により日米首脳間の相互理解が遂げられ、信頼と協力との礎が築かれたのであるが、今後さらにこの方向を押し進め、一方これが障害となる懸案を一歩一歩解決しつつ、平等の立場に立つ真の相互協力関係を打樹てて行くことが、わが国外交第三の課題である。
わが国外交の使命と原則と重要課題とは以上述べた通りであるが、その外交を進める実効的な力となるものは、国内政治そのものに外ならない。外交と内政とは表裏一体の関係にあるのであつて、国内政治が世界の大勢の正確な認識の上に立つものでなければならないと同時に、外交は国内政治の現実に支えられたものでなければならない。真に有効な外交は国内からの強力な支持があつて始めて可能となるのである。政府は、この自覚に立つて、外交と内政の一体的運用に格段の努力を払つた。