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外務省員の声

北米総領事便り



在シカゴ日本国総領事 藪中三十二

1999年6月

総理のシカゴ訪問

藪中総領事  小渕総理がシカゴにやって来られました。日本の総理がシカゴに来るのは11年ぶり、しかも、今回は総理の米国公式訪問の一環として来られたわけです。日程的にも、ロス1泊の後、シカゴに2泊、そしてワシントン2泊。そして、シカゴは金曜日に着いて、土曜日丸一日をどう過ごすか、ということでいろんなアイデアも飛びだし、大変で、かつ楽しい仕事でした。
 総理が滞在された3日間、澄みきった晴天に恵まれ、なによりでした。なにしろプログラムのいくつかは天気に左右されるものだっただけにラッキーでした。日程は、

 4月30日 午後にオヘア空港に到着、金融先物のシカゴ商業取引所に直行、夕刻、シカゴ市長、イリノイ州知事、ウィスコンシン州知事の表敬、シカゴ市長主催レセプション、日系人団体他主催レセプションがあり、夜は、シカゴ日米協会、米国日米協会連合、シカゴ外交評議会他共催のデイナー
 5月1日 午前はシカゴっ子が誇りのシカゴ美術館見学、シカゴ大学学生との対話集会、昼過ぎにリグレー球場に行き、シカゴ・カブスの試合、サミー・ソーサ相手の始球式、試合観戦。夕刻にはミシガン湖クルーズ、

 といった内容でした。そんななかで、いくつかのエピソードをひろってみますと、

ラングストン・ヒュー小学校のこと

 オヘア空港でシカゴ日本人学校の児童とともに総理一行を出迎えてくれたのが、この小学校の生徒たちでした。ちょうど一ヶ月ほど前に総領事館で日本語スピーチ・コンテストがあり、それに小学生の部で参加した学校のひとつがこの小学校でした。シカゴの公立学校で、アフリカン・アメリカンがほとんどの学校です。このコンテストで入賞したシャリーサ・ユーバンクスという7歳の可愛い女の子が総理に花束をわたしてくれました。
 驚いたことに、この小学校では1年から5年までは日本語が必修科目になっていて、毎日30分,全生徒が日本語を勉強しているのだそうです。校長先生の考えで、四年前から始まったそうで、日本人の先生が二人、躾けも含めて教えています、とのことでした。校長先生の考えでこうしたことができることに驚き、生徒も一生懸命やっていると聞いてうれしくなりました。ちなみに6年から8年まではスペイン語をやるのだそうです。

歓迎晩餐会

シカゴでの夕食会  4月30日というのは金曜日、金曜の夜に晩餐会というのは大変だよ、とシカゴの友人が心配してくれました。シカゴ日米協会と米国日米協会連合、日米中西部会それにシカゴ外交評議会の共催という形で晩餐会が開かれることになり、ここで総理が21世紀の日米関係についてスピーチをする事になったわけです。米国日米協会連合というのは全米各地にある日米協会の横の連絡を取るための組織で、設立20周年を迎え、この晩餐会はその記念会合でもありました。全米には日米協会が37あり、その代表が一同に会する、そこで総理が日米関係についてスピーチをするというのはまさに時宜を得たものだと思いました。
 さてさて、この晩餐会、当初は800人は何とか集めたい、というのが主催者側の目標でしたが、日を追うにつれ参加申し込みが増え、最終的には1200人を超え、収容可能人員をオーバー、1テーブル10人を12人に増やし、消防法ぎりぎりの大盛況でした。
 この4月にシカゴを3人の首脳が訪れました。4月10日、中国の朱首相、4月20日、英国のブレア首相、そして4月30日が小渕首相だったのですが、シカゴの人たちは、小渕首相の訪問が一番盛り上がったと言っていました。朱首相も大いに注目を集めましたが、今年に入って、米中関係の雲行きが少し怪しくなり、人権問題、そして核弾頭のスパイ疑惑と続き、朱首相の訪米のタイミングはかなりしんどいものでした。そんななかで朱首相はそのパフォーマンスで善戦したと思います。ただびっくりしたのは、朱首相のシカゴ日程をアレンジしたのはアメリカの企業関係者で、晩餐会なども”sponsored by *****"などと堂々と書かれており、ビジネスマン一色でした。これと比較して、というのも変ですが、小渕総理の晩餐会には、ダービン上院議員、デイリー市長といった政治家、大企業の会長クラスを含むビジネスマンに加え、大学関係者(シカゴ大学、ノースウェスタン大学、南イリノイ大学、デユポー大学の各学長、ノーベル賞受賞者数名他)、シカゴ美術館やシカゴ・シンフォニーなど文化関係の代表など幅広い人々が集まってくれ、日米関係の幅の広さが感じられました。総理のスピーチはユーモアに富んだもので、ずいぶんとたくさんの参加者の笑いを誘っていました。晩餐会の翌週、シカゴ日米協会には「とても良い晩餐会だった」と言う電話がたくさんあったそうです。

ベースボールのこと

ソーサ選手を相手に始球式  日本の総理がアメリカの市民と親しく交流する、そんなプログラムとしてアメリカの友人の多くが一番に挙げたのが野球観戦でした。シカゴには二つの球団があります。デイリー市長は、”野球は良いけど、どっちの球団に行くかは難問だよ”と冗談混じりにアドヴァイスしてくれました。すぐに調べると5月1日にシカゴで試合があるのはシカゴ・カブスだけ、これでひとつ難問(?)は解決。カブスといえばサミー・ソーサ、ここはひとつソーサ相手の始球式しかないかなと思い球団と相談すると二つ返事でOK。さて、ここからが大変。ボールがサミーのグラブに届くかどうか。僕などは、アメリカ人の大好きなボールゲームに日本の総理が行って始球式をやる、それだけで十分なメッセージだと気軽に考えていましたが、投げられるご本人にとっては、そう簡単な話ではなかったようです。入念な投球練習をされましたが、練習ではボールがミットに届く確率が半々の様子。さていざ本番となると、見事にサミーのミットにボールが吸い込まれ、無事、めでたし、めでたしで終わりました。日本で出発前に投球練習をする写真がアメリカの各紙に取り上げられ、とても好意的な報道が事前になされていましたが、こうしたことが小渕総理の訪米を盛り上げるのに一役買っていたと思います。そして始球式にもまして素晴らしかったのが総理の即興スピーチでした。グラウンドから観客席に向かって英語で"I came here today to support Cubs, because Chicago is my kind of town."と言われ、これが大ヒット、翌日のシカゴ・トリビューンも総理シカゴ訪問レポートの締めくくりとしてその総理の言葉を紹介していました。

大学スピーチ・シリーズ

シカゴ大学学生と懇談  総理訪米の話はこれくらいにして、このところ始めた大学訪問、スピーチ・シリーズについて少しご紹介しましょう。勝手に名づけただけのものですが、大学に行って話をしてみようと思いたち、やってみるとその反応がとてもよかったので、シリーズ化(?)したものです。
 まず、行ったのが南イリノイ大学。ここは外務省入省後の研修で一夏を過ごしたところです。あれから30年近くも経ったのかという感慨に耽りながら、シカゴからセントルイス経由、最後は15人乗りのプロペラ機で着いたのがカーボンデイルです。空港には小さなお嬢ちゃんが花束を持って出迎えてくれていて、驚いたり感激したりでした。大学では、政治学のクラスでの講義をやらせてもらい、続いて学長主催のデイナー、そして講演会。”アジア、日本、アメリカ”と題してアジア経済危機、日本の現状、これからの課題といったことについていろいろと話しました。この南イリノイ大学は、新潟県中条に中条キャンパスを持っており、一年、二年を中条で、三年、四年をカーボンデイルで、というのが基本的なシステムだそうで、スタートして10年、今もカーボンデイルに300人以上の日本人学生がいました。その日本人学生会が講演会の後、レセプシヨンを開いてくれ、学長も参加しての楽しい会になりました。
 これに味をしめて、今度はインデイアナ州のデユポー大学に行きました。インデイアナアポリスから車で小一時間、小さなカレッジでした。学長室に行くと、玄関に壺の置物があり、よく見ると”父、佐藤愛麿が1880年に学んだここデユポー大学”云々とあり佐藤尚武元外務大臣寄贈と書かれていました。学長の話では、佐藤愛麿、珍田両元駐米大使が同時期にこの大学で研修したそうです。19世紀に外務省がインデイアナの小さな名門カレッジに研修生を送っていたのは意外な感もあり、また偉いもんだなあと感心もしました。ここでも、政治・経済のクラスでの講義とその後の講演をしました。熱心に日本のこと、アジアのことについて質問がありました。

一日校長の体験

 最後に一日校長の体験談を。これはシカゴのデイリー市長が始めたもので、公立学校550校に一人づつ一日校長として参加してもらい、公立学校のかかえる問題を理解してもらおうという趣旨のプログラムだそうです。これに私の前任者が参加し、これは大変いいので、是非続けるようにとの申し送りがあって、行って来ました。ララ・アカデミーという名の学校で、なんとスペイン語が第一国語のような学校でした。メキシコからの移民の子供がほとんどでした。まるまる一日、あさの8時から午後2時半まで、すべての教室を回り、生徒からいろんな質問を受け、お昼は生徒と一緒にピザを食べ、という一日でした。
 550人の一日校長のなかにはマイケル・ジョーダンもいたそうですが、とても良い経験になりました。公立学校の現状、もっとも、この学校は比較的新しく、熱心な校長先生のもと、とても恵まれた環境にあるとのことでした。英語とスペイン語のバイリンガル・クラス、個性的な科学実験のクラス、コンピューターも駆使されていて、小学低学年の生徒も楽しそうにキーボードをたたいていました。日本でもこうした実験をしてみてはどうかな、と思いつつ学校を後にしました。



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