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外務省員の声

北米総領事便り


響け、父と子のバグパイプ
*東京バグパイプ・バンド、ニューヨークの聖パトリック祭パレードで行進 *

在ニューヨーク日本国総領事 大塚清一郎

1999年 5月

大塚総領事  早春のさわやかな風の吹き抜けるニューヨークの5番街をキルト姿のパイプ・バンドがバグパイプを威勢良く吹き鳴らしながら次々と行進して行きます。その中に日本からはじめて参加した総数32人の「東京バグパイプ・バンド」の勇姿がありました。3月17日のセント・パトリック・デーの沿道を埋めた数十万人のニューヨーカー達からひときわ大きい歓声と拍手が沸き起こったものです。そして、実は、私と9歳の息子清輔も、バグパイパーとしてそのパレードに参加したのです。

 「え?日本にバグパイプのバンドがあるんですか?しかも貴方がメンバーの一人?」パレード実行委員長のジョン・ダンリービー氏は、昨年5月初めて会った時、とても驚いた顔で云い、「是非来年のパレードに参加して下さい」と興奮気味に私に云いました。6月6日付で正式の招待状が届き、トントン拍子で話が進み、「東京バグパイプ・バンド」は、アジアから初めてこのパレードに参加するパイプバンドとしてニューヨークを来訪することになったのです。
 東京バグパイプ・バンドは、1975年のエリザベス女王の訪日を契機に日本人有志と英国人、オーストラリア人、米国人の6名で設立されたましたが、香港の国際競技会で、1989年、1990年と連続優勝の実績を持つ有数のパイプバンドに成長しました。今回は、10人の女性奏者、2人のハイランド・ダンサーも日本から参加して華やかな彩りを添えました。

バグパイプの魅力

バグパイプの魅力  私は、スコットランドのエジンバラに日本の初代総領事として1991年赴任した際、バグパイプの魅力にとりつかれ、練習を続けてきました。秋の夕暮れ時、エジンバラ城の城壁に立った一人のバグパイパーの吹く哀感漂う音色を初めて耳にした時、胸にジーンと来るものを感じたのが、3本のドローンを付けたこの不思議な楽器に取り組むきっかけでした。初めの3ヶ月は苦闘の連続でした。チャンターという練習用の縦笛でさえ、まともに音が出ません。ましてや、本物のバグパイプは、何回繰り返して息を吹き込んでも尻尾を踏まれた猫のような「フギャー」という哀れな音が出るだけです。私は、逆にムラムラとやる気を起こし、猛然と練習を始めたのです。
 ゴードン・キャンベルというバグパイプの先生に週1回、家に来て貰ってレッスンを受け、音階がまともに吹けるようになるまで約3ヶ月、そして1年かかってようやく「スコッツ・ワヘ」や「ブラウン・ヘアード・メイデン」という初歩の曲を吹けるようになったのです。小学5年生の長男清輔も、1年半前から私と一緒にジェラルド・ルーニーというスコットランドのグラスゴー出身の先生について習い始め、ぐんぐん上達、今や父を超える腕前になったのには正直言って驚いています。

バグパイプで広がる友人の輪

 前夜祭として、ジャパン・ソサエティで3月16日の夜、「Shall we pipe?」と銘打った日米バグパイプ・コンサートも行われました。アメリカ側からシティ・オブ・ワシントン・パイプバンドが参加して開催されたこの日米のパイプバンドの共演では、バグパイプの由来や発展過程についての話や異なる種類のバグパイプの実演も含めて、約300人が参加する文化交流の夕べとなりました。
 アイルランド出身の往年の人気女優モーリン・オハラさんがグランド・マーシャル(パレードの総裁)として、パレード実行委員長のダンリービー氏と共に挨拶に来ていただきました。このバグパイプを通じた交流で沢山の新しい友人を得ることが出来ました。米側パイプバンドのパイプ・メージャー(リーダー)のマイケル・グリーン氏もその一人。外交問題評議会に所属する安全保障問題の有数の専門家ですが、11歳の時からバグパイプを始めたそうです。流暢な日本語をあやつるグリーン氏は、東京在住の時に東京バグパイプバンドを指導した「育ての親」でもあります。

春の祭典セント・パトリック・デー・パレード

パレード  今年で238回目を迎えるセントパトリック・デーのパレードは、アメリカの独立(1776年)前の1762年に始まり、今や米国最大、最古のパレードです。グランド・マーシャルを先頭に5番街と44丁目の角から86丁目までの42ブロックを行進しますが、バグパイプ・バンドだけでも約60のグループが参加するこの大パレードは、ニューヨーカーにとり、春の訪れを告げる祭典です。
 3月17日。快晴。午前11時。いよいよ、パレード出発。最前列の私のすぐ後ろに清輔。黒地に小さな赤い房をつけたグレンゲリーの帽子が良く似合って、何だか「戦友」という感じさえありましたね。
 出だしは、流石に緊張しましたが、すぐに呼吸が合い調子に乗りました。セント・パトリック・デーにちなんで「ミンストレル・ボーイ」などのアイルランドの代表的行進曲を3曲レパートリーに入れ、日本の曲も「上を向いて歩こう」、「富士山」、「鯉のぼり」をメドレーで吹きました。セント・パトリック大聖堂の前では、オコーナー大司教の前で立ち止まり吹奏した「アメージング・グレース」に観衆から大きな拍手が来ました。行進がセントラルパークに差し掛かった頃には、流石に疲れて頬の筋肉が緩み、唇から息が少し漏れ始めましたが、かろうじて最後まで頑張り通すことが出来ました。「ヤッタネ、お父さん」と息子に云われて拙い一句も出来ました。吹く度に親子の絆バグパイプ。

予想をはるかに越えたメディアの報道ぶり

 東京バグパイプ・バンドのパレード参加は、日本に関する「ヒューマン・ストーリー」としてメディアの大きな関心を呼び起こしました。CBSの全米ネットワークの朝のニュース番組「ディス・モーニング・アメリカ」が放映したのを皮切りに、NBC、ABC、CNN、WORラジオなどが取り上げ、ニューヨーク・ポスト、デイリー・ニュースをはじめ多くの新聞が写真入りで報道、更には、英国(BBCラジオ)、アイルランド、オーストラリア等の外国メディアでも報道され、裾野の広い反響を呼びました。これは「顔の見える日本人のストーリー」として最近の日本についてのイメージアップにも繋がったのではないでしょうか。



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