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省員近思録

外交の現場から
~省員エッセイ~


「レソト王国総選挙の監視員として過ごした1週間」
(月刊アフリカ 2002年7月号より転載)

(前)在南アフリカ大使館二等書記官 菅原清行


1.はじめに

レソト王国  寒さの中で毛布をまとっての投票、ロウソクをかざした開票作業、そんな悪条件にも係わらず厳格な投票プロセス、そして、豊かな自然と親しみやすい人々・・レソトの総選挙監視のために過ごした山岳地帯での1週間は私にとって忘れられない思い出になっています。

 南アフリカにある大使館でレソト王国情勢も担当している私ですが、恥ずかしながら、レソト王国の具体的な場所を認識したのは2年前に南アフリカへ赴任してからです。最初に地図でレソトを発見したときは南アフリカの中にポツンと存在する小さな山岳国家を見て「よく南アフリカの一部にならずに残ったものだなあ」と感嘆したものです。

 ちなみにレソトが独立を保ってきた理由の一つは、南アフリカのボーア人による内陸移動の脅威に対して自ら英国の保護領となることを選んだからですが、そんなレソト王国も1980年代にはクーデターによる軍政の時代があり、1993年にやっと民主化を果たし、1996年から立憲君主制がスタートしました。当時は、新憲法によって象徴となった国王の下で安定した民主政治が始まると期待されましたが、残念ながら、政党指導者間の人間関係による政党再編成が頻発し、現在まで、安定とは言えない政情が続いてきました。その極めつけだったのは1998年の総選挙で、BNP(バソト国民党)、BCP(バソト会議党)、LCD(レソト民主会議)の三つ巴の戦いと言われながら全80議席中79議席をLCDが獲得する結果となり、この極端な結果に不満を持つ野党による騒擾が発生しました。これを自力で押さえきれなくなったLCD政権はSADC(南部アフリカ開発共同体)軍の介入を要請し、やっとのことで鎮静化した経緯があります。


四駆車
四駆車にはお世話になりました。
 実は、今回、私が監視員として参加した2002年5月25日の総選挙はこの1998年総選挙の「やり直し総選挙」であり、今度こそ、平和な選挙が実現されねばならないと、アフリカ諸国を中心とする国際社会の注目が集まっていました。とはいえ、今次選挙では既に各党が納得する形で選挙法も改正され、選挙前の暴力やメディアの弾圧も見られず、自由公正な選挙が実現するという前評判も高かったことから、大勢の監視団を派遣する国はアフリカ諸国以外にはなく、日本からの選挙監視員も私1人になりました。


 私にとっては、3月のジンバブエ大統領選挙に続いて2回目の選挙監視体験でしたが、5人の監視員チームで首都ハラレを組織的に監視したジンバブエでの体験とは異なり、今度は山岳地帯を現地語(ソト語)を話す運転手に助けられながら四駆車で1人巡回する監視活動となり、また別の意味で貴重な体験となりました。以下では、忘れられない思い出となったレソト王国での選挙監視活動の模様をできるだけリアルにご紹介してみたいと思います。

2.選挙監視活動体験記

 今回の私の選挙監視活動は、UNDPレソト事務所が設置したUNEAS(国連選挙支援事務局)に登録して派遣先を指定されるということで始まりました。今次選挙には計31カ国・組織から計252人に及ぶ監視員が派遣されており、30~50人の大所帯を有するOAU(アフリカ統一機構)やSADC(南部アフリカ開発共同体)には独自の派遣計画がありましたが、多くの国の監視員は1~5人しかいないため、希望に応じてUNEASから監視地区の割り当てが提示されるシステムになっていました。UNEASは派遣先の調整を行うのみならず、今次選挙を組織する独立選挙委員会から各国監視団に対する情報提供も仲介していましたが、そのテキパキとした仕事ぶりは皆から頼りにされていました。しかし、それもそのはずで、聞けばUNEASのリーズ事務局長は、何と選挙監視歴20年の専門家であり、投票日の3ヶ月前にワシントンからやってきて円滑な選挙監視のための準備をしてきたとのことでした。

(1)監視地区の割り当て ~寝袋の支給にビックリ~

レソト山村
レソト山村の一風景
 初日にUNEAS事務局を訪れた私は「四駆車もあるし、ソト語を話すドライバーもいるので、役に立つならどこでも行きます!」と元気良く志願したまではよかったのですが、「だったら、誰も行かない僻地だけど、統計資料のサンプルを取りたい選挙区があるのでお願いする」といわれ、ブタブテ州メチャチャネ地区という山奥の選挙区を提示されました。この時のリーズ事務局長のニヤッという笑顔に引っかかるものはありましたが、今さら引き下がる訳にもいかないので受けたところ、「懐中電灯を購入しておくように」、「防寒具をできるだけ多く持っていくように」等次々とアドバイスを受け、最後は、「万一のため」と言われて、何と寝袋まで支給されました(後で他国の監視員と話をしてわかったのですが、寝袋なんて支給されたのは私だけでした)。その後の情報収集により、ブタブテ州メチャチャネ地区は首都マセルから車で約5時間かかること、最短距離にある宿でも2~3時間くらい離れていること、厳しい山岳地帯なので深夜のドライブは危険であること、従って、投票・開票後はどこかで野宿せねばならない可能性があることがわかり、改めて気を引き締めました。それにしても、メチャチャネ地区の地図を入手するのは困難で、UNEASのアドバイスで首都マセル市内の観光案内所や本屋に行っても入手できず、最後は国家地理調査局に訪ねていって、やっと投票所の小中学校の場所を確認するに至りました。


(2)投票所の下見 ~美しい山村とお腹をすかせた人々、そして自らの食糧確保~

美しい山々
美しい山々に囲まれた集落
 何はともあれ、私としては、引き受けた以上はきちんと任務を全うしたいので、翌日(投票前日)には選挙区の下見に行くことにしました。早朝にマセル市内の宿を引き払ってブタブテ州メチャチャネ地区へと向かったのですが、途中からは、よくもまあ、行けども行けども石コロだらけの山道が続くなあと思うこと5時間、やっとメチャチャネ地区に到着しました。メチャチャネ地区は雄大な山々に囲まれた村落が散在する場所で、溜息が出るほど美しい風景でしたが、よく観察すると、生活面では貧しい山村地区のために電気も水も通っていない様子でした。


 道を見つけるのに手間取って到着が遅れていたので、早速、下見活動を開始しました。私はUNEASのアドバイスに従い、まずは地区の独立選挙委員会委員に挨拶をした後、地理的に近接していた5~6投票所を選んで下見に行きましたが、投票前日の午後2時前後の時点では、どの投票所にも投票箱、投票用紙、二重投票防止インク等の選挙機材は到着しておらず、翌日朝7時から本当に投票を開始できるのか心配でした。さらに、投票所に待機していた7人の投票所係官が口々にお腹が減ったと言うのには気の毒になりました。幸運だったのは、UNEASが「外国の選挙監視団を快く思わない投票所責任者がいるかもしれないので配りなさい」と言って支給してくれたボールペンが予想外に喜ばれたことで、日本人が珍しい存在であることも手伝ってか、挨拶に行った投票所責任者は一様に友好的で内心ほっとしました。

 また、ふと気がついたことは、自分で食糧を用意しておかないと一日中食事にありつけない可能性があることで、その日は2時間ほど離れた宿のある町に帰ってから、水・食パン・チーズ・ヨーグルトを買うとともに、6個の生卵を宿の女将さんに頼んでゆで卵にしてもらい(運転手と私で朝昼晩1個ずつ食べる計算)、投票日当日の三食分を確保しました。そして、やはりお腹を空かした投票所係員が気になったので、飲み物、キャンディ、ビスケット等を配布用に購入しました。


(3)投票日 ~マニュアルどおりの厳格な選挙に感激~

投票所
こんな投票所もあったんです。
それでも熱心で真剣。
 翌日を迎え、いよいよ投票日本番です。朝4時に起床し、祈るような気持ちでメチャチャネ地区へ到着したところ、6時半の時点で選挙機材は見事に揃っており、嬉しいスタートとなりました。初冬を迎えるレソトの朝は寒く、投票所係官も有権者も皆毛布をまとっていましたが、それでも寒さが身に堪えます。息が白く曇る中、各政党代理人の立会いの下で投票箱が空であることや投票用紙の印刷が正しいこと等が確認されました。この順調な開場作業を見届けた後は、1箇所に30分位ずつ滞在しながらメチャチャネ地区の16投票所を巡回していきましたが、実は当初、こんな環境で本当に画一的な選挙が実施できるのかと不安でした。というのも、野原の中に小さなテントを設置しただけの投票所や、四駆車も近づけない急斜面の山中にあって20分くらい登山せねばならない投票所まであり、選挙を準備したり、投票に行くだけでも重労働に思われたからです。ところが、山の頂に設置された投票所ですら、私が汗をぬぐいながら辿り着いてみると、何とマニュアルどおりの厳格な選挙が行われていて(顔写真入りの有権者名簿のチェック、二重投票防止インクの塗布、非識字者への対応等)、これには本当に感激しました。

 ただ、唯一の懸念は進行の遅さで、秘密投票を徹底しようとして、一人の投票を終えるまで次の有権者を入れない方式を取っていた投票所では、約5分に一人しか投票できず、列を作る有権者の不満が高まっているのが伝わってきました。選挙法では夕方17時までに並んだ人は全員投票できることになっており、1つの投票所に登録された有権者数は平均約300人なので、このスピードでは徹夜しても間に合いません。「これぞ監視員の役割」とばかりに意を決してブタブテ州の独立選挙委員会委員に報告したところ、1時間ほどして投票トレイナーが派遣されてやり方が改められました。巡回を終えた私は夕方には開場に立ち会った投票所へ戻ってきましたが、この頃にはほぼ全ての投票所で有権者の列がなくなっており、17時きっかりに投票が終了しました。


(4)開票作業 ~ロウソクの光を囲んで開票~

係官と一緒に
投票所係官と一緒に
 レソト総選挙は即日開票のため、ここから各投票所で開票作業です。最初は順調に票を数えていましたが、18時頃に日が暮れると、投票所の小学校に電気がないため真っ暗になり、独立選挙委員会から支給された2本のロウソクが唯一の明かりになりました。政党代理人も含めて計30人ほどの人々が小学校の教室でロウソクの光を囲んで一生懸命に票を数える様子には感動を覚えましたが、「正直言って、あの暗さでは、投票用紙のどこにチェックがあるかを確認できるのは実際に読み上げる投票所責任者だけ」との不満の声も上がり、私の手持ちの懐中電灯を提供することにしました。さらに、皆、お腹がすいている様子で集中力すら欠きそうだったので、投票所責任者の許可を得、持参していた食糧やキャンディを配って歩きました。なお、暗い中、12時間以上投票所に座って単調な作業を繰り返してきた政党代理人や投票所係官の中には疲れでウトウトしている者も見受けられ、何だか微笑ましくもありました。この頃には投票所関係者のほぼ全員と顔見知りになり、私にとっては苦労を共にする同志のような気分でした。

 なお、投票所によっては開票作業が24時までかかったところもあったようですが、私が統計サンプルを持ち帰るよう求められていた小学校での開票作業は幸いにも20時に終了したため、野宿の必要性がなくなりました。終日の運転ですっかり山道に慣れた運転手とも相談した結果、投票所係官達に別れを告げて宿に帰ることに決め、その日の内に宿に到着できました。UNEASには統計サンプルをできるだけ早く報告することになっていたので、宿の公衆電話から暗号化された政党名とその投票数を読み上げましたが(LCDはアルファ、BNPはズールーという具合で、選挙結果に敏感になっているレソト国民に聞かれても問題ないように配慮してあるところにUNEASの経験が感じられます)、リーズ事務局長からは、電話口に「良くぞ帰って来た、おめでとう」と興奮した声で言われ、私も任務遂行の達成感と解放感にしばし心が躍りました。その晩は、三食を食べ続けた食パンとゆで卵が、翌日の宿の朝食に出ないことを祈って床に就きました。


(5)国際選挙監視団による声明発表 ~自由・公正・合法・透明~

 投票日翌日は午後に首都マセルで各国選挙監視団の報告会があったため、朝から車を走らせてマセルに戻りました。各国選挙監視団からの報告は、「地理的条件の厳しさや貧困・食糧不足による悪条件にもかかわらず、選挙法に則った自由公正な選挙が実現されていた」との評価で一致しました。もっとも、全国2308投票所のうちで約50カ所では選挙機材の到着が遅れて予定どおり投票を開始できず、独立選挙委員会は、これらの投票所に限って26日午前の投票期間の延長を決めたとのことでした。また、選挙期間を通じて2件の逮捕が報告されたと聞いて、一瞬、「まさか」と思ったのですが、これは開票集計委員が待ちくたびれ、泥酔して業務不能に陥って暴れたとのことで、政治的動機に基づくものとは関係なく、却って笑ってしまいました。

 最後に、UNEASの提案で、有志各国(カナダ、日本、ニュージーランド、米国、南ア融和公正研究所、欧州アフリカ友好議員連盟)で「今次選挙は自由・公正・合法・透明であり、従って、全政党が結果を受け入れることを期待する」旨の声明文を発表し、選挙監視員としての仕事は終了しました。

 その後、私は全国の開票結果がコンピューターに集計されて発表される結果センターに詰めながら議席獲得状況を見守っていましたが、全ての開票結果が出揃ったのは29日午後になってからでした。各政党の獲得議席数は、選挙法改正によって小選挙区・比例代表並立制を導入した成果が反映され、小選挙区では与党LCDが77議席で圧倒的に勝利したものの、比例区の配分によってBNP21議席、BCP3議席等が分け与えられ、全部で10政党が議席を得ました。この結果、当初は不満を表明していたBNPも受け入れることとなり、誰もが望んでいた平和な結末を迎えることができました。

3.所感

 「最近のアフリカでこんなに上手くいった選挙はない」というのがレソト総選挙の定評となっています。確かにこの1年、アフリカ諸国では選挙が続きましたが、ザンビア、マダガスカル、そしてジンバブエの大統領選挙はいずれも問題が指摘され評価も割れ、アフリカにおけるグッド・ガバナンスに疑問符をつける結果となっていました。この点、レソト王国のやり直し総選挙では、明らかに平和的で自由公正な選挙が実現し、ガバナンスや政治的安定を重視する「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」計画への支援を国際社会に売り込んでいるムベキ大統領(南アフリカ)やオバンサンジョ大統領(ナイジェリア)にとっても嬉しい実績になったといえるのでしょう。

 それにしても、厳しい地理的条件や天候不順による食糧不足をものとせずに、全国1一律の組織的な選挙運営を実現して見せたレソト国民には拍手を送りたいと思います。ちなみに、私が仲良くなった投票所係官の若者は警察官志望の高校生でしたが、「実を言うと良い小遣い稼ぎとして投票所係官に応募したが、チームになって選挙運営できた達成感が嬉しい、それに、生まれて初めて日本人に会って異文化にも興味がわいた」と言ってくれたのが印象的でした。選挙運営も選挙監視も大変ですが、いろんな教育効果があるものです。

 私にとっても、メチャチャネ選挙区で出会った投票所係官、毛布をまといながら投票所に並んでいた村人、それに、選挙一筋20年のリーズUNEAS事務局長らとの出会いは、普段の大使館勤務では得られない貴重な体験でした。実は、レソトを去る際には山村生活を描いた伝統織物のタペストリーを購入しましたが、今では、疲れたときにはこの風景を眺めながら楽しかった体験を思い出しています。



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