外務省員の声

ジブチ便り
(第10話)「メイド・イン・ジブチの大使館」(最終回)

  • (写真1)
    ヤシンさん(左)とモハメドさん(右),
    ジブチでの私の恩人です!
  • (写真2)
    新装なった大使館での新年会,在留邦人の
    皆さんと。今年もいい年でありますように!

在ジブチ日本国大使館 杉尾 透
(現 国際連合日本政府代表部 所属)


 大使館と言えば,海外でトラブルにあった日本人の最後の砦,駆け込み寺ですが,その大使館を作っているのも私たち外務省員,ってご存じでしたか?

 「ジブチで大使館を立ち上げよ。」それが,自衛隊の活動支援と並び,一昨年の夏,ジブチ勤務の辞令を受けた私に課された,大きな任務でした。『大使館新設』と言えば仕事の間口が広い外務省でも知る人ぞ知る業務,「そんなこと自分にできるのだろうか」と,不安にかられながら,私は気温50℃のジブチに飛び込んだのでした。

 大使館の新設業務は想像以上に大変でした。大使館としてふさわしい物件を探し,家主と借料を交渉し(注:驚かれる方も多いかと思いますが,建物を賃借している大使館も実は多いのですよ!),執務しやすいように間仕切りを変更する,事務所を囲む外壁は3m以上の高さにする,室内にLANを配線する,などなど,日本なら簡単に済むことでも容易にはいきません。何度も困難に直面し,くじけそうになりましたが,その度にジブチの友人に助けられ,何とか乗り越えることができました。

 中でも幸運だったのは事務所の家主が建築家だったことです。私が見つけた物件は若干手狭だったため,一部増築することに。私自身が間取りをスケッチし,彼が図面に落としてくれた増築工事は,夏の盛りに開始され,ラマダンや,資材不足などで何度も中断しつつも,この1月,漸く完成に至りました。家主のヤシンさんは途中,過労で倒れても,点滴を打ちながら陣頭指揮を執ってくれました。酷暑の時期は夜間工事も敢行!建築開始から半年での完成はジブチでは記録的な早さとのこと,これも彼のおかげです。

 ジブチで商社を営むモハメドさんも大きな力となってくれました。彼の協力を得て家具はドバイから輸入しました。エアコン(ジブチでは必須です!),電話交換機,大型発電機も彼の紹介でジブチの業者から調達しました。驚くべきことに館内のLAN配線の施工もジブチの企業です。時間はかかりましたが,皆,「これも日本のためだよ。日本にはいつも助けてもらっているからね。」と言いつつ,よくやってくれました。

 さらに大変なのはソフト面での整備です。まず,現地職員の雇用一つとっても,現地の労働法制,労働慣習,賃金体系を調べ,契約書案を作成するところから始まります。雇用した現地職員に日本流の仕事の仕方を教え込む必要もあります。こうした苦労の末に採用した秘書や運転手は,今,大活躍してくれています。私たち日本人スタッフは2,3年おきに入れ替わってしまいますが,彼女たちはこれからきっと,大使館の中心的な存在となってくれることでしょう。

 こうして完成した大使館の中庭で,ジブチ在住の日本人を招いて新年会を開催しました。参加者が口々に「大使館ができて,安心しました!」,「心強いです!」と言うのを聞いて,これまでの苦労が報われ,肩の荷が下りた気がしました。

 このように在ジブチ大使館は私たちがジブチの人と一緒に悩み,作った,100%メイド・イン・ジブチの建物です。決して豪華な造りではありませんが,皆の思いが詰まっています。共に働いてくれたヤシンさん,モハメドさんを含め,助けてくれたジブチの人々への感謝で一杯です。

 大使館の完成と同じタイミングで私自身も「立ち上げ要員」としての任務を終え,ジブチを離れることになりました。今は,達成感と寂しさが混在しています。もう少しここにいたい気持ちもありますが,大使館を拠点としての日・ジブチ外交の第二幕の演出は,新しく来た後任,同僚らに託したいと思います。彼らもまた,ジブチの人々と共に歩んでいってくれることでしょう。

 これまでのご愛読,ありがとうございました!

わかる!国際情勢メールマガジン第31号<2011年1月>より転載)



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