外務省員の声

文化外交最前線
―第24号―

2005年8月2日
近藤誠一

はじめに

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春へと 咲くやこの花

(『古今集』仮名序 新潮日本古典集成)

今月のテーマ:やまとごころ-2

<近代による体系化>

 人類は古代からさまざまな地域で、さまざまな民族が知識を蓄え、伝え、発展してきました。それは一方で芸術や文化の分野の創造性を高め、多くの文化遺産を残してきました。他方で科学や政治・経済思想も発展しました。それら全体を16-17世紀に他に先駆けて結集し、体系化したのが近代西欧です。そこでは、デカルト的二元論と合理主義、要素還元的な科学技術、進化論的哲学、近代国家システム、民主主義や市場経済というメカニズム、音楽における12平均律や五線譜、絵画における遠近法や陰影法という数学的体系、英語と言う普遍的言語などが、相互に影響し合いつつ発展し、包括的・普遍的価値体系として世界に拡がってきました。

 これらは人類に未曾有の貢献をしてきました。しかし普遍性という衣をつけたシステムや体系のあまりの強さゆえに、世界は合理性、効率性などの方向に行き過ぎているように思います。ルネッサンスの芸術文芸にも見られた「当初から自然の克服という思想」(パノフスキー『イデア』)がその問題の根本にあります。バランス回復のために、「やまとごころ」が有益な状況に至っているように思います。

<日本優越論を排す>

 しかし、この「やまとごころ」はあくまで「正しい」意味で理解され、伝えられなければなりません。それは日本の歴史において長きにわたって熟成されてきたものであり、本居宣長によって概念化されたものであって、決してある時期に強調された、国粋的なものであってはなりません。それは、世界のバランスを取り戻すという意味で、日米開戦直後に京都に集まった文化人たちによる「近代の超克」に似ているかも知れませんが、決して日本優越論、戦争の肯定であってはなりません。文化や思想が伝わるのはそれ自体の魅力によるのであって、腕力ではありません。

<ナショナリズムの超克>

 小林秀雄は、宣長は「日本に還ったんじゃない。学問に還ったのだ」と言っています(『江藤淳との対談』)が、過去日本文化を称える主張が、国粋主義者に利用されたのは宣長に限りません。岡倉天心の「アジア主義」の主張も、実は美術の世界に限ったものであり、翻訳の際に国粋的ニュアンスが加えられたに過ぎないそうです(木下長宏『岡倉天心』)。これは今後最も注意すべきことです。欧米は常に「日本人論」復活への懸念を抱いているからです(Ian Buruma, Oxidentalism)。
 「もののあはれ」を訴えることは、ネイピアが言うように、西欧の価値観とは異なる選択肢の提示です。しかしそれは個人として西欧文化とinteractすることであり、国を挙げての反西欧ではありません。それは過去への「回帰」ではなく、時空を超えて、未来に発展していくものです。「ナショナリズム」の「箱」に閉じ込めてはいけません。日本も西欧も、所詮人間や地球の生態系という「全体」を構成する「部分」に過ぎません。そしてひとりひとりが「システム脳」と「共感脳」を異なるバランスでもっています。平均すると西欧人は前者に傾斜し、日本人は後者です。西欧が「体系化」が得意で、日本人はそれを堅苦しく思うのはそのためです。

 しかも日本人は、自分の価値観を言葉で表わすことを伝統的に嫌います。小林秀雄は、宣長は「物のあはれを知る」ことを理想としたが、それを規範として掲げて「人に説くといふ事になれば、嘘になり、空言となる」と考えていたこと、そして紫式部も同様に、「物のあはれ」の本質を押し通そうとすると、賢しらな「我執」が、無心無垢にも通ずる「本質」を台なしにすると考えていたと言います(『本居宣長』)。日本人が物事の「体系化」のマイナス面に敏感であることを語っています。

<普遍的なるものとの葛藤>

 日本人はこうした性格の下、数千年にわたり中国や西欧の文明という、その時々の「普遍的な力」に直面し、それを消化吸収しつつ、特有の価値観の表れとしての日本語、民族音楽、絵巻や日本画、洗練された色彩感覚を維持してきました。「からごころ」も西欧の科学技術も強力かつ説得的で、日本人にとっては取り入れる以外の選択肢はありませんでしたが、その「体系」と「賢しら」ぶりは常に緊張を生み、平安や江戸のような平和が続く時期や、また欧米との対立が表面化する昭和初期に、静かに、ある時は激しく「やまとごころ」への回帰現象をもたらせたのです。
 そしてグローバル化を前にした今、日本人は再び欧米の「賢しら」を感じ、この60年のみならず、150年の歩みをも振り返り始めました。そして次第に「やまとごころ」を表す地域の祭や伝統芸術、美しい日本語に安らぎを感じ、それが学習指導要領にも反映されています。個人として自由を得つつある日本人が、地域で立ち上がり、埋まっているものを掘り起こし、磨き上げ、外に広げようとしています。

 

<再び「夕鶴」>

 世界の「普遍的なるもの」は、日本文化との絶えざるinteractionを通じて、日本という個別の価値を吸収することにより、一層豊かになります。そこでの「翻訳」は常に大量の知的エネルギーと忍耐力を必要とします。とくに言葉で「説く」ことの不得手な日本人が、「調和」や「共生」、「あいまいの美」という概念の価値を世界に理解させるのは至難の業です。しかし諦めてはいけません。「翻訳」の過程は苦しくとも、それは異なる文化を知的に結ぶ唯一の橋です。同時に良いものは必ず文化・芸術という手段により、感性を通じて共感を呼び、相手がそれを「リメイク」してくれることも期待できます。またそうしたinteractionを通して日本の文化・芸術の普遍性も高まるのです。この普遍と個別の綱引きが、文化に命を与えます。「与ひょう」は金と力を持たねば、安全も食べるものも確保できません。しかし「つう」が家に残れるような、純粋でローカルな「心」も保たねばならないのです。

 理性的なものと感性的なものの関係は、普遍性と個別性の関係同様、洋の東西を問わず、人間にとって常に緊張を伴う、永遠の課題です。グールドが読んで心惹かれ、漱石とのリンクを打ち立てる契機となった『草枕』の冒頭の文章「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」の英訳は、次の通りです。

 "Approach everything rationally, and you become harsh. Pole along in the stream of emotion, and you will be swept away by the current. Give free rein to your desires, and you become uncomfortably confined."

<文化外交の基本>

 こうした考えの下、個人がそれぞれのネットワークを使って他とつながり、interactすることで、日本の地に熟成された文化と世界の文化が相互に刺激しあうことが、文化交流の基本であり、またそれを政府が奨励し、そのために必要な環境づくりを行うことが、広義の文化外交であり、パブリック・ディプロマシーなのです。その中心となってお手伝いをするのが外務省です。

<重要性と緊急性>

 政策は、重要度と緊急度に応じて4つのカテゴリーに分けられます。重要で緊急のもの、重要だが緊急でないもの、重要ではないが緊急のもの、緊急でも重要でもないものです。誰でもまず第一番目のものに手をつけます。問題は限られた時間やリソースの下で、第2と第3のどちらを優先するかです。ひとは第3を優先しがちです。目先の、目に見える緊急性に引っ張られるからです。しかしそうして毎日を過ごしていると、いつの間にか重要なことへの対策が手遅れとなってしまいます。
 テロや貿易摩擦など、日々変転する国際情勢の下で、外交には休む暇がありません。その中で文化外交の推進は、社会の活性化、経済効果、国民の自信回復、世界における国民の安全の向上、日本企業の海外での活動へのプラス、外交政策遂行の環境整備など、大きな効果が期待できます。そして世界の文明の成熟に寄与します。主権国家によって構成される国際関係の中で、国民の長期的利益を最大にする任務を負っている外交は、常に冷静さと合理性に徹したものでなければなりません。そうであればこそ、目に見える安全保障と経済的繁栄のみでなく、目に見えぬ中長期的利益を計算し尽くした上で、文化外交の重要性に十分な注意を払うべきでしょう。

<潮時>

 人のなすことにはすべて潮時というものがある。
 うまくあげ潮に乗れば幸運の港に達しようが、
 それに乗りそこなえば人生航路の行き着く先も
 不孝の浅瀬というわけだ、動きがとれぬことになる。
 そういう満ち潮にいまのわれわれは浮かんでいる、
 この有利な潮をとらえなければ、いのちがけの船荷を
 うしなわねばならぬだろう。
           (シュークスピア『ジュリアス・シーザー』小田島雄志訳)

 小泉総理に提出された「文化外交推進懇談会」の提言は、今こそ国民全体が日本文化を見直し、世界のために能動的役割を果たしていく「潮時」にきていることを告げているのです。今後総理官邸主導で行われる、文化外交推進懇談会の提言のフォローアップに期待します。

<新たな御世へ>

 仁徳天皇の新しい治世の始まりにより、日本が寒い冬の雌伏から脱し、大きく発展することを願った、冒頭の古今集の仮名序の歌は、紀貫之によって「父」の歌とされました。今再び日本が文化を尊ぶ新たな時代に入ることを願って止みません。

今月の資料

 人類は永遠に進歩するのでしょうか?何を「進歩」とみるかにもよりますが、文化は計測できませんので、計測できるものとして、100メートル競走と、マラソンの記録を見てみました。各10年代の最高記録を部下にプロットしてもらいました。これをどう読むかは読者の皆様にお任せします。

今月の引用

 「日本は東洋の文化民族として自ら特色ある東洋文化の向上を建設すると共に、それによって世界の文化の進運に貢献しなければならない。また貢献する余地が充分にあるのであります。而してかくのごとく日本文化、東洋文化の理解を世界に進め世界文運の寄与することが、日本国運の上にどういう影響があるかと申しますと、それによって日本人の世界に於ける地位は高まり、日本人は尊敬に値する民族である、ということを世界が承認するようになる。すなわち世界に友達を作ることになります。そうならなければ、日本は将来世界の一員として存立して行けないのであります」 (矢代幸雄『世界に於ける日本美術の位置』 講談社学術文庫)

今月の数字

 主要国の義務教育で、必須科目がどのような構成になっているかを調べてみました(必須科目に割り当てられた時間を100とする。米英加は、統計なし)。
 「読み書き、そろばん」重視、とくに小学校でのそれは明らかです。フランスが国語、数学いずれでも日本以上です。フランス語と論理的思考を叩き込むのでしょう。芸術は社会や家庭に任せているということなのでしょうか。
 中学から理科社会にシフトします。日韓は小学校から理科重視です。小学校で外国語を習わせないのは日本だけです。フランスの体育重視は意外です。イタリア、韓国は小学校で選択が多いです。宗教は背景不明です。
(出典:OECD「図表でみる教育」OECDインデフィケーター2004年版)

<9-11歳児>

<9-11歳児>
  国語 数学 理科 社会 外国語 芸術 体育 宗教 選択
日本 23 17 10 10 - 14 10 - -
28 20 5 10 9 8 15 - -
21 18 6 6 7 16 11 7 3
17 10 8 11 10 13 7 6 16
韓国 19 13 10 10 5 13 10 - 13

<12-14歳児>

<12-14歳児>
  国語 数学 理科 社会 外国語 芸術 体育 宗教 選択
日本 14 12 11 12 13 11 10 - 2
17 15 12 13 12 7 11 - 7
14 13 10 12 16 10 9 5 3
22 10 10 15 10 13 7 3 -
韓国 14 12 11 10 10 7 9 - 15

今月のクイズ

 東アジア共同体論が盛んですが、その基礎となるのは共同体意識の有無です。その鍵は、域内の学生の流動性です。この地域の学生の流動性(全人口に占める、域内への留学生の比率)は、EU域内のそれと比べると、どの程度でしょうか?

 (1)ほぼ1:1(同じ比率) (2)1:3(EUの3分の1) (3)1:5 (4)1:8 (5)1:12
(正解はページ下部)

 前回のクイズ(アフリカ53カ国の国旗に最も多く使われている色)の答は、緑です。詳細は、緑:42カ国、赤:39カ国、白:29カ国、黄:32カ国、青:23カ国、黒:15カ国です。緑がトップというのが特徴でしょうか(ただし源氏物語絵巻の白緑と異なり、濃い緑が主流です。アフリカの大自然の色なのでしょうか)。


後記

 このニュース・レターは、小職が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省
Fax:03-5501-8343
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp


クイズの答:(4)の1:8です。

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