外務省員の声

文化外交最前線
―第22号―

2005年8月1日
近藤誠一

はじめに

わが衣 色どり染めむ 味酒(うまさけ) 三室の山は 黄葉(もみぢ)しにけり

(『万葉集』1094 新潮日本古典集成)

色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける

(小野小町『古今集』 新潮日本古典集成)

今月のテーマ:日本の色

<カラスの青>

 日本を含め、文明の初めは、明暗や、生命、自然を現す色が認識され、次第に広がりを見せ始めるようです。日本で色彩に関する文化が大きく発展したのが平安時代であることは、容易に推測がつきます。醍醐天皇の勅令によって975年に施行された延喜式には、衣裳のための色名、それを染め出すための植物染料,生地、媒染剤 顕色剤などが詳細に規定されており、色を国家的に重視したことが伺えます。このように上代には30種程度だった色の種類は、この時代には120種、近世には300種を超えるそうです(伊原昭『文学にみる日本の色』)

 色の発展が、原色から中間色へ向くことは前号で書いた通りですが、これは特に日本において顕著なようです。もちろん赤や黒といった原始からの色が、引き続き使われてきたことは当然です。精神分裂症のひとは、赤と黒に特異な反応を示す由で、これらが生命やそれに対する恐怖を表わすことは古今東西を通じて変わりません。伴大納言絵巻の迫力は、その筆致、異時同図を駆使した、観る者の視線を見事に誘導する技法などにあるだけでなく、朱雀門や燃え盛る火、さらに馬の飾り紐の赤と、煙、人の頭の帽子、馬の鞍の黒が、効果的に使われているからです。

 また前号で述べたように、日本では、青は漠を意味し、白から黒まで含んでいるようです。「白馬の節会」を「あおうまのせちえ」と読むのはその一例です。愛・地球博の帰りに名古屋で見た蕪村の「鳶鴉図」(北村美術館)では、カラスの黒い羽の中に、実に効果的に青が隠れているのが分かります。

<安らぎの緑と日本人>

 日本の色の特徴と言えるものは、緑と茶ではないかと思います。これは自然特に植物を愛し、木の家に住み、土で作った茶碗で飲食をする民族にとって不思議なことではありません。とくに平和が続いた平安時代と江戸時代には、王朝文学の傑作である源氏物語絵巻の緑や、町人文化に流行った茶など、穏やかで深みのある色が好まれたようです。

 能舞台の背景として、木に書かれた老松は若苗色、歌舞伎の定式幕は黄緑、黒、そして茶に近い柿色です。自然への回帰や安心に通じる緑は、東洋人の愛するところでもあったようです。中国、朝鮮、日本で青磁が愛されたのも、そうした理由でしょう。また江戸の元禄時代は、役者の名前が、色の名前になったそうですが、路考茶、岩井茶など、当時茶が流行していたことを示しています。手許の3つの色辞典での色の種類の配分は以下の通りです。予想以上に緑と茶の種類が多いのです。

吉岡幸雄『日本の色辞典』(2004年)
 赤系:90、茶系:83、緑系:50、白黒系:42、青系:41、紫系:40、黄系:36

日本色彩研究所『色名小事典』(2001年)
 緑系:50、赤系:40、青系:40、紫系:30、茶系:25、白黒系:20、黄:15

日本流行色協会『日本伝統色色名事典』(2003年)
 赤系:33、茶系:24、緑系:22、青系:19、紫系:17、白黒系:16、黄系:12

<源氏物語絵巻>

 絵巻物のうち、時間の経過を含まない情景描写をした「段落式」では、「つくり絵」という技法で、墨の線で下描きをし、その上で画面全体に絵の具を塗り重ねて彩色し、細い墨線で目鼻などの細部を描き起こします。微妙なニュアンスや表情を見せることを主眼とするこの方式を「女絵」というそうです。動きを中心とする伴大納言絵巻のような連続式絵巻は逆に「男絵」と呼ばれます。源氏物語は、女絵の最高傑作ですが、造形表現における男女の性差の研究家として知られる皆本二三江教授によれば、この絵巻では、その基調色として緑、特にパステル調の白緑という色が最も多いそうです。

 また洋の東西を問わず、女子は男子より、色に対して早くから関心を示し、使う色の数も多く、ピンク、黄、肌色など明度の高い色や水色などの中間色が好きで、かつコントラストの中和された色合いを好むそうです。男子は色よりも形にとらわれ、線描でも満足し、黒、赤、青など明度が低く、相互にコントラストが強い色が好きだそうです。似た色である青と緑を比較すると、男子は青、女子は緑が圧倒的に好きな由です。源氏物語絵巻は複数の女性の専門絵師たちの共同作品であるという、同教授の推定の論拠のひとつです(『だれが源氏物語絵巻を描いたのか』)。

<植物染料>

 自然との調和、緑や茶を愛した日本人が、植物を染色の原料としたのは当然です。日本語の色を表わす語は、「しろ」「くろ」「あか」「あお」が基本で、それらはすべて「しろい」「しろさ」のように派生形が整っています。他の色は、染色原料たる植物の名前をそのまま使ったようです。藍や茶などです。これらは「あいい」とか「ちゃさ」などの派生形をもちません。伊原教授によれば、日本の伝統色225種のうち、66%に当たる約150種が植物の名をもちますが、現代の英仏の色名では、植物からとったと思われるものは、3割程度だそうです。冒頭の万葉集の歌にあるように、日本人は古代から、自然の美しい色を衣服に染めたいと考えてきたのです。

<襲(かさね)>

 日本の色のもうひとつの特徴は「襲」(かさね)です。これは主に一着の袷(あわせ)の、裏と表の布の色が重なった色合いを指しますが、上着と下着を重ねた場合や、多くの着衣を着たときの全体の色合いも含みます。季節に合わせることが基本で、『山科家説色目』には200種以上が、源氏物語などの王朝文学に限っても130種余りあるそうです。春の桜のときは「桜襲」、5月は「菖蒲襲」などです(伊原前掲書)。単色よりも、さまざまな色の対比や融合による色の和を好んだのです。

 平安時代はこの襲のセンスが重要で、宮廷の女房社会では、「この素養のないものは仲間入りができないほど重要」だったようです(長崎盛輝『かさねの色目』)。清少納言も、「すさまじきもの。昼吠ゆる犬、春の網代、三四月の紅梅の絹」として、早春に着るべきものを晩春に着ることの興ざめさを書いています(『枕草子』)。また、源氏物語でも、「撫子(なでしこ)の細長に、このごろの花の色なる御小うちぎ、あはひけ近ういまめきて、」(『源氏物語』胡蝶)として、撫子襲(表紅梅、裏青)の表着と、卯(う)の花襲(表白、裏萌黄)の小うちぎの組み合わせが、色合いが親しみ深く当世風である、と褒めている下りがありますが、ここでは「このごろの花の色」というだけで、誰もが卯の花であると分かることを前提としているように、季節と花、襲の関係を知っていることが当時は当然の教養であったのです。
 ドナルド・キーン先生も、「11世紀の日本の貴族は、自分が愛情を捧げる相手の女性の、美的趣味の高雅さに関しては、断固として譲るところがなかった。・・・あるいは女の着物の袖をちらっと見ただけで、彼女が色彩配合の感覚に少しでも欠けるところがあることが分かれば、もうそれだけで彼の恋情は、一度にさめてしまったかもしれない」と述べています(『日本人の美意識』)。音楽では和音が得意でなかった日本人も、色の和音では、既に世界に冠たるものをもっていたのです。

<究極は白と黒(伊原)源氏>

 しかし伊原昭教授によると、日本人の心を最も強く捉え、ひきつけてきたのは、白なのだそうです。上代のひとたちが、白に神性、呪力をみてきたことは、祭事の衣裳や供物を見れば分かりますが、万葉集で色が読み込まれている歌717首のうち、白を歌っているのはその41%なのだそうです。平安時代の古今集など八つの勅撰集では45%、中世の十三勅撰集では51%以上が白を歌っているそうです。

<人間にとって色とは>

 特定の色、例えば青には、それ自体に何らかの普遍的メッセージがあるのでしょうか?それともあるひとが感じる青への感情は、そのひとの過去の個人的体験、無意識下で他人と共通にもつ意味合い、属する文化の特性、社会的慣習、気候などにどの程度影響されるのでしょうか。性差があるとしたら、それは如何なるメカニズムによるのでしょうか。色の世界については、音楽や絵画の世界におけるような、普遍的な西欧の体系ができないのは、これらとどのような関係があるのでしょうか。

<脳科学における色>

 セミール・ゼキによれば、ひとが色を認識するときは、単に対象が反射する波長の絶対量のみではなく、その対象の周辺からの反射と比較することによって、色の判断をするそうです。例えば緑の対象物に沢山の赤い光線が当たって反射しても、周辺で反射される波長と比較して、それが依然として緑であると判断する、つまり脳は光の変化に惑わされずに、色として恒常的なものを求める作業を行うのです。

 また色ごとに、それを見た脳細胞が興奮するまでの反応時間を測定したところによると、赤や黄色は反応時間が早く、緑や灰色は反応時間が遅いことが判明したそうです。ロールシャッハ・テストという実験によれば、情緒と知性のバランスを欠き、情緒が優勢か、または情緒のコントロールが効かぬ人は、形より色にオーバーに反応するそうです(岩井寛『色と形の深層心理』)。ひとが受け取る情報の80%は視覚情報だそうです。従って色という情報は、他の感覚器官が受けるものよりはるかに大きなインパクトを脳に与えると考えられます。
 このように、色に対する脳の生理的反応のメカニズムは少し分かってきたようですが、美意識という心理作用、つまりあるひとやグループが、何故ある特定の色を好むのかについての解答は、まだ与えてくれないようです。ただ確かなことは、色は、文字や形に比べて極めて感情的、感性的なメッセージ源だということです。

<日本人にとっての色>

 この点から見れば、世の中の不条理、移ろい易さ、変容を受け入れつつ、ものごとの全体を見ながら、鋭い感性によって繊細な美意識を発達させてきた日本文化が、「色」の領域で洗練された認識を発達させてきたのは、当然かも知れません。また論理、永続性、部分への分析と再統合、体系化を旨としてきた西欧文化が、ゴチック建築に見られるような「形」を重んじてきたことも頷けます。

 そうであるなら、形を重んじる西欧人にとって、色を明度,彩度、色相に分けて分類し、波長という数学的、科学的手段で整理してはみたものの、色というもののあまりの移ろい易さ、情緒的要素の強さ、多様さゆえに、遂に12平均律などのような理論や体系化に至らなかったのかも知れません。

<印象派とフォービズムの挑戦>

 しかし色の体系化を模索する一方で、西欧美術はいろいろな実験をしてきました。固有色や輪郭線を放棄し、無数の小さな色域を集めて全体を構成するという印象派の試みや、色を形から解放しようとするフォービズムなどです。それらは、脳が恒常性を求めて、対象の色と周辺の色からの波長を比較する以上、その境が必要であり、それは即ち「形」であるということへの挑戦です。
 また興味深いのが、モネの「ルーアン大聖堂」の連作です。同じ大聖堂の正面の絵が、さまざまな色で描かれています。あたかも対象から反射される波長の絶対量に基づいて書いている、つまり恒常性を目指す脳の調整機能に挑戦して、視覚だけで描いているとさえ思われるからです。彼がこれらの絵を、アトリエで、記憶を使って完成させたということは、暗示的です(ゼキ『脳は美をいかに感じるか』)。

<美しいかどうか、それが問題だ>

色がひとの感性に与える影響の科学的解明はまだ先のようですが、西欧がさまざまな実験を繰り返す中、我々は、季節、天候、場、好み、身分などの限りない多様性を斟酌しなければならなかった平安時代の襲の奥にある審美眼を、美しい日本語と同様、心の感性や情緒の繊細さを磨き、維持するための手段として大切にしたいものです。西欧人にとっては、「正しいかどうか」が重要だが、日本人にとっては、「美しいかどうか」が重要なのだ、という言葉を思い出します。

今月の資料(PDF)PDF

 OECDの調査で、15歳児の総合読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの各国比較がありますが、そこでの性差(男女差)のデータを同封します。総合読解力は圧倒的に女子が優れ、数学は男性がやや有利、科学はほとんど同列です。

今月の引用

 「ものの色、したまへるさまなどいときよらかなり。何ごともらうらうじうものし給ふを、思ふさまにて・・」『源氏物語』須磨 岩波新日本古典文学大系)

 紫の上が、須磨にいる源氏の許に届けた寝具や夜着の染物や仕立てが、大変洗練されていたことを、源氏はうれしく思ったようです。染物の腕が良いことは上流階級の夫人のたしなみのひとつだったようです。

今月の数字

 伊原昭教授の調べでは、英語やフランス語における色の種類は、それぞれ113種、310種だそうです(『文学にみる日本の色』)

今月のクイズ

 前号と同じように、アジア47カ国の国旗で最も多く使われているのは、何色でしょうか?
(正解は次号)

 前号のクイズ(ヨーロッパ43カ国の国旗において、最も多く使われている色)の答は、赤です。詳しくは、赤:33カ国、白:29カ国、青:23カ国、黄(含む黄土色):15カ国、緑:7カ国、黒:3カ国、茶:2カ国です。


後記

 このニュース・レターは、近藤・前広報文化交流部長が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省広報文化交流部総合計画課
Fax:03-5501-8126
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp

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