外務省員の声

文化外交最前線
―第21号―

2005年8月1日
近藤誠一

はじめに

白鳥は かなしからずや 空の青 海の青にも 染まずただよふ

(若山牧水)

今月のテーマ:サマルカンド・ブルー

<グリ・エミル廟>

 詩人が「もし空が真似をしなかったら、他に比べるものはない」と歌った紺碧のモスクは、サマルカンドの象徴です。昨年秋、中央アジア文化ミッションを率いて、この「青の都」を訪れることで、少年時代の夢が叶いました。

 そのひとつグリ・エミルは、チムール自身が眠る廟で、1941年ソ連の人類学者ゲラシモフによって墓が開けられ、チムールの体の特徴が確認されました。その直後に起こったナチによるソ連侵攻は、「私がこの墓から出たとき、世界は崩壊するだろう」という墓に刻まれた予言の正しさを示すものというエピソードは有名です。

 素朴で親日的な人々、バザールの賑わい、山積みされたリンゴや野菜、干し葡萄、ナッツ類などとともに、モスクの魅惑的なブルーに、初めて訪れる私は何とも言えぬ「なつかしさ」を覚えました。しかし、このいわゆる「サマルカンド・ブルー」の釉薬の調整に必要な伝統技術は、日々失われつつあるようです。日本が、ユネスコにある「無形文化財保存・振興日本信託基金」を使って、この貴重な技術を保存し、次世代へ継承していくことを支援していることを知って嬉しく思いました。製法や技術を電子文書化し、教育制度や組合の設立のお手伝いをしている由です。

<色と文明>

 このブルーという色は、古代ギリシャ・ローマでは否定的な色であったそうです。同時に西欧ではニュートンがプリズムによって光から7色のスペクトルを発見したことや、ゲーテの『色彩論』等色についての研究が進んでいることも知りました。しかし色に関する限り、音楽における12平均律、絵画における遠近法のような、世界を制覇する「体系」を、西欧はついに作り上げませんでした。マンセルの色相環は音階に似ている面がありますが、平均律や五線譜に当たるものはなさそうです。

<ラスコーの壁画の赤と黒>

 人間の文明の進歩に伴って、色の認識や命名も進歩したようです。最初は明暗を現す白と黒、次に血と火の色、生命の色といえる赤、そして大地や環境の色である黄色や緑、赤との対立において青が定位され、そこからピンクや灰色などの中間色へと進むようです。黒人アフリカでは白、赤、黒が基本色で、特別な感情的、宗教的価値が認められている由です。盲目のひとが開眼したときに認識する色の順もこれと同じだそうです。確かにフランスのラスコーで見た牛などの壁画は、いずれも赤と黒と褐色でした。ギリシャの壷も赤と黒です。ニーチェはギリシャ人は青と緑について色盲だったと書いたそうです(以上小林康夫『青の美術史』)。

 日本でも古代の神話では、黒(玄)、白、赤《土、丹》が圧倒的に多いそうです(伊原昭『文学にみる日本の色』)。あるいは古代日本人の色彩感覚のもとは、赤、黒、白、青で、それぞれ明、暗、顕、漠を意味したそうです(大岡信編『日本の色』)。中国の陰陽五行説では、新緑をさす青、火の赤、大地の黄、陰である白、煤の黒を正色とし、日本もそれを受け入れましたが、いつの間にか黄が脱落したようです。

<東西の違い>

 時代が進むにつれ、東西共に様々な色が認識され、命名されましたが、その過程で差異が出てきたようです。その典型が紫のもつ意味合いです。日本では、推古天皇の時代に定められた冠位の六色十二階では、紫が最高の色とされ、高貴なひとの象徴でした。江戸時代には高僧の衣の色として適切か否かで論争がありました。また源氏物語のヒロインは紫の上であり、作者は紫式部です。当時の「みやび」の象徴的な色だったと言えましょう。

 これに対し、古代ギリシャでは、ホメロスが悲しみや死を表わす色としたように、 下品、不吉、死の象徴だったようです。その背後には、この色がそもそも物理学的にみて不可思議な色であることがあるのかも知れません。赤と菫はスペクトル上もっとも離れていますが、それらを混ぜると紫となり、赤でも菫でもない全く独自の感情を導く 色相環ができるのです。従ってこの色が心理的に矛盾をはらむ色と受け取られるのは当然かも知れません。

 日本人の分裂症患者も、紫に「死」を感じるとの研究結果もあるそうです。それは、ひとが窒息状態になると、唇や顔が紫色になることからくるのではいか、つまり、紫は生から死への転換の色であると認識されているのではないかということです(以上岩井寛『色と形の深層心理』より)。変化は一方で多様性を孕みつつ、心理的には不安につながるということのようです。

<青はオリエントの色>

 さて今回のテーマである青についても、深い歴史があるようです。西欧にとっては、青はまずエジプトやシュメールなど「オリエントの色」でした。それはこれらの地特有のラピス・ラズリという石がもたらしたものです。マルコポーロも今のアフガニスタンに当たる地域で、この美しい「碧玉」に魅惑されたようです。

<そして天空の色>

 青は実は晴れた空の色であり、海の色、水の色です。地球のどこへ行っても見られる親しみ深い色のはずです。宇宙から見る地球が青いことは今や知らない者はいないでしょう。上述のラピス・ラズリという石の名前は、ラテン語のlapis(石)とペルシア語のlazuli(空)の合成語で、まさに「天空の色」です。しかし、青い生き物は少なく、また自然界に染料となるものもあまりありません。ラピス・ラズリと、貝や熱帯魚の一種と、植物の藍だけです。あるファスト・フードの売り子さんが青い手袋をはめているのは、それが人口の色なので、食べ物に混ざると目立ち易いからだそうです。こうした特殊な自然の環境が、人間の青に対する原初的な認識をもたらしたのかも知れません。

 西欧ではその後キリスト教とともに青はいろいろな画家によって、いろいろな意見合いで使われるようになりました。『青の美術史』(小林康夫)は青について極めて多くのことを教えてくれますが、フラ・アンジェリコを初め、「受胎告知」に見られるマリアが着るマントの青は、まさしく天上の色として使われていると見るべきだそうです。

<空間の青>

 抜けるような青空、底知れぬ深い海など、そこには無限に通じる空間が感じられます。空間性については、ダヴィンチが『空気遠近法』で、遠方にある対象には青を加えると遠近の実感が出ると述べているそうですが、ゲーテの次の言葉ほど青の空間性と魅力の秘訣をうまく表現したものはないでしょう。

 「高い空、遠くの山々が青く見えるように、青い面もわれわれから遠のいていくように見える」「われわれから逃れていく快い対象を追いかけたくなるように、われわれは青いものを好んで見つめるが、それは青いものがわれわれに向かって迫ってくるからではなく、むしろそれがわれわれを引きつけるからである。」(『色彩論』ちくま学芸文庫)

<蒼き狼>

 青は沈潜、収斂を表わすとともに、深い海や夕闇に通ずる青は、闇との境をも表わし、何か根源的ともいえる不安、憂鬱を表わします。ピカソの「青の時代」にあるのは、孤独と苦悩と悲哀そのものです。精神病理学者岩井寛氏によれば、青は集合無意識の世界を表わす色であり、意識と無意識の境界の色なのです(前掲書)。

 青は空にも海にもありますが、地上に青いモノは殆ど存在しません。水も空気も手にとれば透明です。この辺りから、ひとは青に神秘性、非現実性をも感じたのでしょう。「青い鳥」は架空の鳥、夢の鳥です。76年に芥川賞を受賞した村上龍の『限りなく透明に近いブルー』は、無軌道な青春の行為が、奇妙な非現実性をもって描かれています。井上靖の『蒼き狼』というタイトルには、「上天より命ありて生まれたる蒼き狼ありき」というモンゴル族の源流に関する伝承と共に、この歴史小説を貫くチンギスカンの生成の秘密が宿っています。私のサマルカンド・ブルーへの憧れも、このあたりから来ているのかも知れません。

今月の資料(PDF)PDF

 OECD諸国の高等教育機関において、外国人学生が何の分野を専攻しているかのデータを別添します。科学、工学・製造・建築合計の多い順です。

今月の引用

 「この国では碧玉もまた別の山に産出し、紅玉と同じ手段で採取される。またその質の佳良なること世界無比を誇る群青の原石を出す山もある。この群青の原石は、一般の岩石層と並んで山中に鉱脈をなしている」(マルコ・ポーロ『東方見聞録』1東洋文庫 P. 100 <バラシャンという広大な国>より)。

今月の数字

 色の種類につき、財団法人日本色彩研究所は、その「色名事典」に、和名231、英仏名462の色名を収録しています。また吉岡幸雄『日本の色辞典』は466色を収録しています。

今月のクイズ

 手許に「世界の国一覧表」(世界の動き社 外務省編集協力)があります。ここに「ヨーロッパ」43ケ国の国旗があります(バチカンやロシアを含みます)が、これらの国旗の中で最もよく使われている色は何色でしょうか(色のトーンにはとらわれず、すべて基本的な色に分類します)。
(正解は次号)

 前号のクイズ(国際交流基金のトリエンナーレ開催場所)の答は、「横浜」です。


後記

 このニュース・レターは、近藤・前広報文化交流部長が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省広報文化交流部総合計画課
Fax:03-5501-8126
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp

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