外務省員の声

文化外交最前線
―第19号―

2005年7月30日
近藤誠一

はじめに

見るということはそれ自体で既に創造的作業であり、努力を要するものである

(アンリ・マティス)

今月のテーマ:形の世界-1

<ミロの巻物>

 この6月、日米知的交流に関する会議で倉敷に行った際、大原美術館を訪れました。価値あるコレクションの中でひとつ目にとまったものがありました。ミロの描いた「マキモノ」という絵です。幅41センチ、長さ990センチという、正真正銘の絵巻物です。1956年の作品です。浮世絵や陶磁器などが西洋美術に与えた影響は有名ですが、絵巻の価値についてはむしろ最近のアニメに引き継がれてやっと西欧の気づくところとなったと理解していたからです。

<西洋絵画の強さ>

 西洋絵画というと、何といってもその写実性と、それを支える線的遠近法や陰影法(明暗法)を思い浮かべます。透視図的空間表現は、ギリシャ・ローマで発見され、イタリア・ルネッサンスで再興され、17、18世紀に数学、幾何学の進歩と共に完成されて、以来近代西欧芸術の最も正統的空間表現とされてきました。消失点に向けた直線によって律せられる遠近法の合理的、科学的、数学的な体系の強さは、いわば音楽における12平均律に通じるものがあると思います。

 しかし平均律同様、広い意味の遠近法もまた西洋の独占物ではありませんでした。三次元の世界における空間と固体およびそれら相互の関係を二次元に表現するために、それぞれの地域には固有の遠近法があるようです。東洋でも遠いものを上に、近くのものを下に置く素朴な遠近表現や、遠いものを近いものでさえぎる浮彫的な扱い、あるいは近いものは濃く、遠いものは薄く書く技法があります。中国では北宋(11世紀)の郭煕が三遠(高遠―山の麓から山頂を見上げる見方、平遠―前の山から後ろの山を眺める見方、深遠―山の手前から山の背後をうかがう見方)を説いたそうです。しかし西洋画のように、合理的な線的遠近法の原理に基づくものとして体系化することはなかったようです。

<日本の遠近法>

 日本では江戸中期以降、オランダから入った銅版画などから、線的遠近法への関心が高まり、まず眼鏡絵や浮絵などに取り入れられました。丸山応挙の『三十三間堂通し矢図』はこの手法を効果的に使って、長さを奥行きに置き換えて表現したわけです。そのころの江戸庶民はその迫力にびっくりしたことでしょう。

 しかしいわゆる日本画は、いまでも線的遠近法は基本的に使っていないようです。それは日本画の概念や技法が劣っているからでしょうか。それとも琵琶などの和音楽が五線譜を使っていないのと同様、何か理由があるのでしょうか。

<絵はどこまで合理的であるべきか>

 13世紀の説話集『古今著聞集』に、後白河法皇の時代にいた絵難房(えなんぼう)という者の話があります。彼はどんな名人の描いた絵にも難癖をつけたそうですが、その基準は、人に抵抗している犬の首縄がぴんと張っていないとか、大木を斧で切っているのにその前にそれにふさわしい木くずがあまり積もっていない等、現実性、合理性であったのです。江戸時代の東西庵南北の『下界頭会』(1811年)に見られるように、絵難房を美術評論家と評価する向きもあるようですが(榊原悟『日本絵画のあそび』)、この説話は、むしろ「絵」というものは、常に表面的合理性からはずれた(囚われない)ものであることを物語っているように思われます。

 そもそもモノを静止した姿で描くことは不可能です。写真でも光の粒子がフィルム上に像をつくるためには時間が必要で、0秒ではありません。つまりその像は必ずわずかにぶれているはずです。もの(ひと)の動きはパラパラ・マンガやアニメのように静止画面をつなぎ合わせたのではありません。そういう錯覚があるから、「飛ぶ鳥の影は動かず」という昔の中国の詭弁が生まれる余地があったのです。

 12平均律が数学的、科学的であったが故に、世界に広がる体系をつくったが、かえって自然さや包容力に欠け、尺八のヒシギなどのような繊細さの表現能力を切り捨てざるを得なかったように、線的遠近法は、説得力をもちつつ、現実にはありえない虚構の姿であること、および人間の固定されたひとつの視点から見たものという人間中心主義の側面から、日本画などの取り入れるところとならなかったのでしょう。パノフスキーが言うように、遠近法は、「客観をいわば主観の内的な表象世界から取り出し、確固たる「外的世界」のなかに位置づけた」こと、「主観と客観との間にある距離を設けた」こと、「この距離が客観をまさに対象化すると同時に、主観を人格化する」という意味で、ルネッサンスの芸術観の特徴そのものだったのです(パノフスキー『イデア』)。

<絵巻>

 日本の絵巻は、8世紀後半に中国から伝わった画巻にもとづいて書き写された「絵因果経」が現存する最古のものですが、その後日本独自の発展を遂げました。絵巻は大きく分けて、限定された画面空間の中で時間の経過を含まない物語の一情景を描く「段落式」と、いくつもの情景を連続させて、時間的に展開していく「連続式」とがあります。「源氏物語絵巻」は前者の代表で、この方式は細密画的手法を使うことで、主人公の微妙な心理の表現まで可能にします。「信貴山縁起絵巻」は後者の代表で、ストーリーの長い時間的展開の表現を可能にします。

 伴大納言絵巻に見られる躍動感は、動きのある描線と、ひとつの画面に複数の視点があり、絵巻を右から左へとずらしながら見ることで、時間の展開を表していることから生まれるように思われます。そして、火事場へ急ぐひとはみな左向きですが、突然ある場面に現れるものは、左から右を向いています。「現れる」「来る」という概念を表すために、こうした技法をとったのです(「来るものは左から」というのは、実は阿弥陀来迎図や、能舞台の橋掛りにも見られるものです)。同じ画面に複数の視点が存在したり、逆遠近法(遠くのものが大きく見える)という柔軟な技法は、写実主義から見れば一見不合理な性格をもちますが、一枚の画上に自在なカメラ・アングルやズーム・アップ効果をもつという意味では、実は静止画を前提とする線的遠近法よりも、表現において優れているように思えます。

<西欧による自己修正>

 しかしここでも、自らが確立した体系を修正しながら、真理をどこまでも追究していく西欧の姿勢は健全です。レオナルド・ダ・ビンチは、透視図に使われる直線というものは、実は自然界には存在しないこと、空間は空気に満たされていて不明瞭であることを認めたそうです。

<物語画>

 また様々な神話や文学作品、叙事詩、更には歴史上の事実を描いた歴史画は、そこに物語、すなわち時間を追ったストーリーの展開が内蔵されているゆえに、画家たちは種々の技法を使ってその「時間」を表現したようです。誰もが知っている話であれば、それがどの話のどの場面であるかを知らせることで、観るものの創造力で、その前後のストーリーが再現されます。この鍵となる情報を知らせるには、ギリシャの壷のように、神話の主役の名前を人物像の傍らに書き込むことや、画面のどこかに説明的な銘文を書くこと、あるいは単に物語のタイトルを書けば良いのです。

 それに満足せず、ストーリーの展開自体を画面上に示したい時には、絵巻物同様の「異時同図法」さえ使われています。15世紀のイタリア人画家ドメニコ・ベッカフーミの『パピリウスの物語』は、建築物によって巧みに区切られた一続きの絵画空間の中に、主役たちが繰り返し登場します。しかも登場人物の列が、右から左へと見る者の視線をたどり、画面左手の議事堂内部の少年パピリウスとその母の場面へと誘われるテクニックは、何となく伴大納言絵巻を思い出させます。

 物語をいくつかの異なった画面に分けて並べる「連作」も、あまり西洋人好みではないようですが、壁画や版画では使われています。

 しかし主題があまり有名でないか、または画家自身による主題の場合、すなわち「テクスト」がない連作も作られました。18世紀の英国の版画家・画家ウイリアム・ホガードは、「当世風の結婚―上流の生活に起こる現代のさまざまな出来事」という6枚の連作により、有名な物語ではないが、一般に馴染みのあるテーマを基に、観る者が自分で想像し、解読できるような絵を描きました。しかも彼はそのヒントを、説明ではなく、画中の小物や絵など、絵画的手段のみで与えました。彼は「物語画をテクストから解放した」(ラングミュア『物語画』)のです。さらには、あいまいさを意図的に使って、観る者の想像力をかきたてることも試みられました。

 西洋画では、線的遠近法などの写実性を与える技法によって、観る者に現実感をもたせつつ、その枠内で、ストーリーの時間的、空間的展開を遂げるための様々な工夫がなされたのです。

今月の資料

 日本人の海外留学者の数(PDF)PDFです。10年間で留学先の選択に興味深い変化(中国と英語圏の増加)が見られます。

今月の引用

 「武士の淡泊が客観的なる雲上人に反対するの趨勢は、平安の終り、鎌倉の始めにいたりてますますさかんにして、美術上においてその契と称すべきものは鳥羽僧正覚猷(1053-1140)なり。その画形似を求めず、意を表わし、風逸率直の気力を含み、これを代表すべきは信貴山縁起絵巻なり。・・・信貴山縁起飛倉の巻は、穀倉金鉢とともに飛揚し、山谷を越えて信貴山毘沙門堂にいたるを画けり。僧侶の供米、籾多くして風にも飛揚するを諷したるにて、ついに叡聞に達し、供米を改めたりという。高山寺蔵鳥獣戯画もまた僧正の腕を見るに足るものにして、檎縦自在、実に壮快なるものなり(岡倉天心『日本美術史』(平凡社ライブラリー)より)。

今月の数字

 現在記録に残る絵巻は400種以上あり、現存するものは百数十種、約600巻あるそうです。アニメや漫画の土台として充分です。

今月のクイズ

 日本人の独創性は、芸術だけでなく、産業面での特許出願数にも表れます。日本の地位の高さは、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授も『ソフト・パワー』で言及しています。では、2004年の特許の国際出願数での、トップ3はどこでしょうか?以下から選んでください。

 (1)日本 (2)米国 (3)ドイツ (4)フランス (5)ロシア (6)中国 (7)チェコ (8)カナダ (9)イタリア (10)シンガポール
(正解は次号)

 前号のクイズ(宇宙にある物質をすべて壊して均すと、1立方メートル当たり原子が1個になりますが、今日最も性能の良い実験室で達成できる真空に含まれる原子の数と、普通の空気にある原子の数は?)の答は、それぞれ1兆個と、その10兆倍です。日常的な感覚(たとえば世界の人口は60億人)ではぴんと来ない数字です(ジョン・D・バロウ『宇宙の定数』より)。


後記

 このニュース・レターは、近藤・前広報文化交流部長が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省広報文化交流部総合計画課
Fax:03-5501-8126
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp

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