外務省員の声

文化外交最前線
―第17号―

2005年7月27日
近藤誠一

はじめに

 「人生の終止符を打つのにそれほど時間はかからなかったに違いない。芸術だけが私を引き止めていたのだ」 (ベートーベン『ハイリゲンシュタットの遺書』)

今月のテーマ:世界文明フォーラム-その2:国家と正義と芸術と

<国家の役割と限界>

 「世界文明フォーラム」は、ひとは多数のidentityのグループに属するもので、個人はそれを自ら選ぶ自由をもつべきという、セン教授の問題提起で始まりました。そこで文明とともに議論となったのが「国家」です。個人を外部から「文明」など特定の「箱」に押し込めるべきでないのだとすれば、人類を200近くの「箱」に分割している国家というものも改めて考えざるを得ません。ひとは生まれてくる国家を選べませんし、一旦生まれたら、その国のパスポートなしに国境は越えられないほど、国籍は強力な「箱」です。国家は国内で力を独占していながら、そこで正義を実現するという役割を果たしていない破綻国家があること、従って正義のためには、内政干渉禁止という原則は最早妥当でないことが指摘されました。

 しかし破綻国家の市民を救うことは容易ではありません。フランシス・フクヤマが言うように、国家単位での「縦」の民主主義やaccountabilityを確保する制度は発達しましたが、主権国家が並存する国際関係においては、「横」の民主主義を確保できないからです。権力を集中させた世界政府は近い将来できそうにありません。否、これだけ多様性に富む世界を、ひとつの組織が支配することへのためらいを表現するものもいました。ましてや、特定の強国が世界正義の名において、他国に介入することを受け入れるものはありませんでした。

Government か、Governanceか>

 ここで意見は分かれました。国連の改革強化を図るしかないと唱えるもの、G8サミットをG20に拡大すべきとするもの、主権国家から成る国連には所詮正統性と効率性を求めることはできないので、むしろ様々な国際機関や民間団体、NGOなどが相互にinteractすることで、国際的な正義が成立する体制(組織たるgovernment ではなく体制たるgovernance)を目指すべきであるとの議論等です。
 しかしそうしているうちにも、結局国際社会には民主主義に基づく正義がなされていないとの不満が増大し、テロが生まれるのです。かつて各民族の成果を体系化して自分のものとし力を振るった「文明」に対抗する、別の「文明」の名において。

<男なるものと女なるもの>

 ここで少し脱線します。個人を分類する切り口にはいろいろありますが、そのひとつにジェンダー即ち「男」と「女」があります。生まれた国と同様自分で選択できないグループですが(もちろん国籍変更や性転換も今や全く不可能ではないですが)、それをどの程度自己のidentityとして重視し、他のidentitiesに優先させるかは、個人の自由であり、外から強制されるべきものではないという点で、文明と共通しているのではないでしょうか。男性と女性の間には、確かに相違点があります。しかしすべて個人はそのひとが属する多くのグルーピングの総体として判断されるべきであり、男か女かだけで価値を判断すべきではありません。しかもすべての男女には男性ホルモンと女性ホルモンがあることから分かるように、そのバランスのわずかな違いによって、個人差があります。従って生物学的分類上「男だから」「女だから」ということで人を完全に二分することは不適当です。

<サマーズ事件>

 ここで思い出すのが、ハーバード大学のラリー・サマーズ学長の舌禍事件です。ノーベル賞をとるのは時間の問題といわれる切れ者経済学者で、元財務長官の彼は、今年1月14日、ある会合で科学技術分野の女性教授が少ない一因として、「(女性に)本来備わった適正の問題」と発言し、性差別発言として波紋を呼びました。3月15日には教授会が学長不信任案を可決するという事態にまで発展しました(しかし罷免権をもつ理事会はサマーズを支持し、彼は書面で謝罪した上で留任)。

 これは重要な問題を孕んでいます。まずサマーズ学長が、ある特定の学者を教授にするか否かの判断に際し、「女性だから」というだけの理由で拒否したのなら問題です。個人は種々の属性の複合体と見るべきで、ジェンダーのみで判断すべきではないからです。あくまで科学者や教育者としての能力を客観的に見るべきでした。

 しかし、一般的に、あるいは統計上男性は論理性や科学が得意で、女性は感性や芸術に優れている、だから結果として自然科学の女性教授は少ないと言っただけなら(それが実態のようですが)、それをもって性差別と批判した方が問題であると思います。なぜならそれは科学や論理性の方が感性や芸術性より「優れている」ことを前提にしているからです。即ち男性が得意なことは、女性が得意なことよりも重要で高度なものだという、男性中心の偏見があるからです。

<システム化と共感>

 男女の能力の違いに取り組んだのが、サイモン・バロン=コーエンです。彼は慎重な実験の結果、遺伝子、社会的、文化的環境ではなく、脳の発達、とくに胎児期のテストステロンやアンドロゲンというホルモンの値によって、共感に優れているか、システム化が得意かという能力差が生まれること、前者は女性に多く、後者は男性に多い(もちろん統計上の差異であって、個体差はある)ことを証明しました(『共感する女脳、システム化する男脳』)。そして重要なことは、システム化と共感とは、男女の特徴を現すひとつの「対」に過ぎないであろうこと、そしてこれらの能力はどちらも人間すべてに等しく重要なものであることです。どちらかに優れている方が全体として優れているということはないということです。

<世界はやはりまだ丸い?>

 以上のように、ひとが幸せをつかみ、社会で正義が成立するためには、個人が文明や、国家、ジェンダーという「箱」に閉じ込められることなく、自己のidentityを自由に選択し、他の同志とつながることのできる社会をつくることが理想であることがはっきりしてきました。フリードマンが言うように、インターネットによって世界がフラットになるということは、この自由を拡大することに役立つでしょう。

 しかし現実はどうでしょうか。あまりに急激なグローバル化を前にして、ひとは地域に回帰し、鄙びを求め、方言に郷愁を感じ、宗教、国籍、性別の枠に安住してしまうように見えます。米国のエコノミストBob Samuelsonが「世界はやはり丸い」と言っています。アイルランドの一人当たり国民所得は、1990年はドイツより28%低かったのに、2004年には逆に26%高くなったが、それはまさに政府の政策の違いによるのです。結局個人の豊かさに直結するのは、旧態依然たる生き物すなわち国民国家の行動なのです。だから、世界はまだ丸いのだと("The World Is Still Round," Newsweek, July 25 -August 1, 2005)。

 では個人は自由と安住のバランスを得るには一体どうすれば良いのでしょうか?ここに芸術の役割があるのです。

<芸術の役割>

 「世界文明フォーラム」のひとつの特徴は、芸術の役割という独立のセッションを設けたことです。グローバル・ユース・エクスチェンジ(GYE)の一員として参加したカナダの若い女性は、なぜ文明を議論するのに芸術・文化の話をしなければいけないのか最初は理解に苦しんだが、議論をし、話を聞いて、初めてその意味が分かったと述べてくれました。
 芸術は、直接ひとの心に響いて感動を生む力がその中心にあるので、国境、文明、民族などあらゆる「箱」を越えて、個人と個人をつなぐことを可能にします。しかも芸術がもつ力は、単に相手の文化を知ることに役立つのみならず、相互に刺激しあいながら共通の問題解決に向けて、共同作業をする場を与えてくれもします。

 現在米国では、芸術教育によって開発される創造的思考が、科学者や技術者に必要とされているものに通じるということで、芸術教育が見直されているようです。すなわち目の前の環境に制約されずに、新たなアイデアを自由にかつ楽しみながら出していく(think outside the box)ことができるのです(Ken Robinson, Out of Our Minds: Learning to Be Creative, 2001)。そうであればこれは単に科学技術上の発明だけでなく、政治や経済の「箱」にとらわれていては解決できない、21世紀の文明の問題を解く大きな鍵となるのではないでしょうか。現に日本のアニメは、サイバー技術時代に、娯楽のレベルを越えて、「現代社会に順応することへの警告、あるいは代替的な世界を提示」しているからこそ、世界の若者の心を惹きつけているのだとの理解もあります(スーザン・ネイピア『現代日本のアニメ』)。

 もちろんこのフォーラムでは、かつては政治が芸術を利用したことがある、あるいは現在は商業的要素なしに芸術を社会に広げることができない、最貧層のひとには芸術から力を得る機会がない等の警告も出されました。

<世界アーチストサミット>

 国家や国際機関が思い通りに機能せず、文明の「箱」に囚われがちで、手詰まり感が広がっている今こそ、芸術的創造性を発揮する時期です。そしてすでに伝統的美意識・思想を基礎に、世界で多くの活躍するアーチストを出している日本は何かできそうです。11月19-20日、京都で「世界アーチストサミット」が開催されようとしています。9カ国のトップアーチストが集まって世界の諸問題を話し合う場を日本が提供しようというのです。それぞれの世界のトップが、その専門分野という「箱」を越えて世界の問題を話し合うこの場は、「世界文明フォーラム」につながるもので、大いに期待できそうです。政治家やビジネスマンが思いもつかぬような創造力豊かな回答が出てくるかも知れません。

今月の資料

 「21世紀職業財団」の調査結果(PDF)PDFです。これによると、多くの企業が女性社員を管理職などとして積極的に活用したいと考えていますが、実際の登用状況をみると、企業の79%が部長担当職には女性はいないと答えました。

今月の引用

 「科学は人間によってつくられるものであります。これはもともと自明のことですが、簡単に忘れられてしまわれがちです。このことをもう一度思いかえすならば、しばしば嘆かれるような人文科学―芸術と、技術―自然科学という二つの文化の間にある断絶を少なくすることに役立つのではないでしょうか」(W・ハイゼンベルク『部分と全体』みすず書房 序より)

今月の数字

 生まれた赤ちゃんの数
  1949年:269万6638人(第一次ベビーブーム)
  1966年:136万 974人(ひのえうま年)
  1973年:209万1983人(第二次ベビーブーム)
  2004年:111万 835人

(厚生労働省 2004年人口動態統計月報年計(概数)より)

今月のクイズ

 引き続きノーベル賞の質問です。受賞者への賞金は次のどの位でしょうか。

 (1)2,000万円 (2)5,000万円 (3)1億円 (4)1億2,000万円 (5)2億円 (正解は次号)

 前号のクイズA(ノーベル賞の6部門は何か)の答えは、(2)物理学、(3)化学、(8)医学・生理学、(10)文学、(11)平和、(12)経済学、
 クイズB(日本人の過去の受賞者の数)の答えは12人です。


後記

 このニュース・レターは、近藤・前広報文化交流部長が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省広報文化交流部総合計画課
Fax:03-5501-8126
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp

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