外務省員の声

文化外交最前線
―第13号―

2005年7月17日
近藤誠一

はじめに

 「コロンブスは王と王妃に、世界は丸いと報告した。そして彼はこのことを最初に発見した男として歴史に残った。私は家に戻り、私の発見を妻だけにこっそり囁いて打ち明けた。『お前、世界はフラットだと思うよ』」。(Thomas Friedman, The World is Flat, 2005, p.5

今月のテーマ:世界はフラットな「つながり」

<ヨーロッパで始まった創造都市理論>

 前回のテーマである、地方都市による文化を使った再生運動は、実は1980年代の欧州にその起源があるようです。スペインのビルバオ市や、オランダのアムステルダムがその代表です。フランスのナント市が10年程前から始めたクラシック音楽祭(La Fole Journee)が大きな成功を収めたことは本シリーズ「その2」で触れました。フランスのl'Expansion誌の5月号は、マルセーイユなどパリから離れた地方都市群こそがフランス経済の未来を担うと述べています。7月13日のル・モンド紙も、トゥールーズなど67の地方都市がフランスの競争力の極になっていると報じました。

 アメリカではピッツバーグなど90以上の都市が芸術・文化振興を都市活性化政策の中心に据えているそうです(杉浦勉「ニューエコノミーと文化力」『世界経済評論』2004年9月号)。

<地方の魅力の数量化>

 こうした欧米の運動はやがて理論化され、「創造都市」という概念が学者によって提唱されました。欧米の学者が先んじました。Charles Landryの Creative City, 2000や、Richard FloridaCities and the Creative Class, 2005などです。

 地方の魅力の再発見の努力を鼓舞するため、その経済効果を計ろうという動きもあります。先駆者はまた英米の学者ですが、日本でも大学や研究所でいくつかの試みが始まりました。

<中央、グローバル化への「あこがれ」と疲れ>

 こうした地域の活性化が世界的に始まったのは何故でしょうか。グローバル化の下での競争では、国が束になってかからなければ、外国に太刀打ちできないはずです。だからこそ一時は各国ともグローバル化を進めるため、アメリカモデルのミニ版になろうとしたのです。そして地方都市はミニ首都を目指しました。アメリカを頂点とし、首都をその下の頂点のひとつとし、さらにその下に各都市がありました。

 グローバル(アメリカン)・スタンダードは流行、「憧れ」の的であり、誰もが真似ようと思った一種の「みやび」だったわけです。そうしなければ競争に負けるという強迫観念もありました。

 しかしグローバル化がある段階に達すると、かえってひとびとを地元へと回帰させているようです。新しい文化と出会い、ぶつかり、その一部を吸収し、改革を進めた後は、これまでの「背伸び」や改革への「疲れ」が出始め、元の世界、つまり住む地方にもどるのです。

<グローバルスタンダードとローカル・スタンダードの相互作用>

 しかしこうした「鄙び志向」は、単なる内向き、癒し探しではありません。「みやび」と「鄙び」は二者択一の概念や絶対的なものととるべきではありません。普遍的価値と地方の魅力は、相互に影響しあいながら、発展していくものなのです。

 しかもこれは世界、国家、地方の間で複雑な作用をします。世界を支配するグローバル・スタンダードは、ある時は国家主導で(たとえばコーポレート・ガバナンスの立法)、他の時は直接(例えば文化・芸術)地方の住民に届きます。そして地方の文化力は、しばしば直接世界に発信されますが、それが国家や統合された地域を踏み台にすることもあります。EU(ヨーロッパ連合)はその典型です。欧州人にとっては、自分が住む地方、国、EU、そして世界が、重層的につながっています。

 例えばフランス人は「みやび」たるグローバル化に必死に対応してきました。そして超国家統合を目指すEUも「みやび」ですが、アメリカナイゼーションを脅威と感じると、EUは逃げ込むべき「鄙」となります。フランスという国家も同じで、首都パリはあこがれと緊張を孕む「みやび」ですが、EUによる改革、統合があまりに過激に進むと、ほっとする「鄙」になります。そしてパリは時として競争が激しく、あまりに国際都市化し、肥大化したので、郷里への回帰をします。東アジア共同体も、いずれこのような国と世界の仲立ちをするような機能を果たす時期が来るのでしょうか。

<世界はフラット>

 市場経済の成熟と最近のITの発達は、こうした市民の心理的流れに大きな影響を与えているようです。個人が豊かさと自由を謳歌し、ITが発達した今日、ひとは個人として世界と結ばれます。その結果社会や組織の統治形態も、これまでのようにひとが上下に位置するピラミッド型から、水平につながるネットワーク型に移ります。NY Timesのフリードマンが言うように、世界はフラットになったのです。

 「フラット」になるということは、まず「鄙び」の価値を増します。ピラミッド型の支配から自由になったことは、市民ひとりひとりにこれまでにない「中心からの自由」と能動性を与えます。ここでは国家はすべての問題を解決してはくれません。個人の選好が多様化し、特定の問題に対して様々な意見をもち、商品が差別化を迫られる中、国家は市民の日々の要望に応えるにはあまりに大きすぎます。安全と豊かさが一定のレベルに達すれば、国防やマクロ経済政策を司る中央政府よりも、迅速に行動し、自分の趣向にきめ細かく応えてくれる地域の方が重要になるのは当然です(前号で引用した「地域再生に関する特別世論調査」を思い起こして下さい)。

<「つなぎ」がキーワード>

 「フラット」は同時に、その言葉が示唆するように、横のつながりの重要性も意味します。自分が個人として自由になり、地元に籠もっても、全くひとりであるということは、底知れぬ不安を与えるものでもあります。「人間にはもともとふたつの相反する欲望がある。自由で、合理的で、普遍的で、開かれた人間関係へのあくなき要求と、安定的で、非合理的で、特殊で、閉ざされた人間関係への帰属を求める感情である」(拙著『パリ マルメゾンの森から』2005年 p112)からです。

 最近パネリストとして招かれた「情報メディア学会」で、ある若手研究者が、大学レベルの研究プロジェクトとして、地方の市民に発信させ、メディアとはどういうものかを体験させ、メディアの役割と限界を理解する、いわゆるメディア・リテラシーの教育を試験的に行っているとの発表がありました。興味深いのは、そこでのキーワードが個人と個人、地方と地方の「つなぎ」であったことです。

<オンリーワンだけでは済まない>

 先日アスジャ・インターナショナルという、東南アジアからの留学生の集まりでスピーチをしたシンガポールの学生が、日本の文化の素晴らしさを説いたあと、最近は「勝ち組」か「負け組」かでひとを判断する傾向があるが、自分は「満足組」か「不満組」かで判断すべきである、自分は日本で勉強し、多くの友人をつくったので自信をもって「満足組」であると断言できると述べました。

 この話で少し前に流行った「世界に一つだけの花」という人気グループの歌を思い出しました。No.1であろうとするより、Only oneであれば良いという台詞は、「自己中心で覇気が無い若者たち」を肯定するものとの懸念を呼びました。

 これは、社会現象的に見れば、グローバル化、東京化するための競争や改革に疲れたひとびとが、日本がすでに豊かで安全であることを幸いに、苦労してナンバー・ワンを目指さなくとも、個性を生かした存在であればそれで良いと思うようになっているということでしょう。しかしこうした若者たちが、独特であることで満足しているかといえば、そうではなく、大人からみれば奇妙に見える同じファッションに身を包むことで、心の許せる者との「つなぎ」を求めています。「社会」、「パブリック」という発想から離脱しつつあると批判的に見られている若い人も、こうしたつながりから、ボランタリー活動をしている例もあるようです。携帯電話も彼らが「つながり」を必要としていることを示しています。

<新たな世界秩序へ>

 つまりは個人が自由を謳歌しても、依然として仲間や帰属先としてのグループを必要とします。ただそのグループはもはや国家、関係省庁、都道府県、あるいは職場という、既存の、機械的につくられたピラミッド型の統治単位にこだわらず、趣味や志を軸につくられ、国境を越えて横に広がっていくのです。地方都市もまた、そのひとつの単位となり、「鄙び」の魅力をアピールしているのでしょう。

 個人は横に結びつき、都市もまた然りです。成熟した国の都市は、首都を通り越して世界の一員となりつつあります。他方重要なことは、金融、環境、犯罪捜査などの公的機能も、国境を越え、各国の専門家とネットワークで結ばれて、その目的を果たしつつあるということです。スローター教授によれば、国家の公的機能は、国境を越えて、水平に分散disaggregateされつつあるのです(Anne-Marie Slaughter, A New World Order、2004)。様々なプレーヤーが横につながって、その上で一定の秩序(ガバナンス)を維持できるとすれば、これはある意味で田中明彦教授の言う「新しい中世」の一現象なのかも知れません。

 日本の地方都市が東京を経由せずに世界に発信することの意味につき、前号末尾で問題提起しましたが、グローバルに見れば、これは歴史の必然なのだと言えましょう。日本でもある財団法人が音頭をとって、昨年「生活文化創造都市会議」というものを立ち上げるなど、都市の活動をとりあえず国内で「つないで」行こうという試みが見られます。

<外務省も一役>

 個人、団体、地域がその特性を一層発揮して自信を深め、国際交流の拠点として栄えることは、国のソフト・パワーの育成、発揮につながるので、国全体として歓迎すべきことです。そしてそこには、国際関係において、国民の中長期的利益を最大にすることを生業とする外務省にしかできない、重要な役割があります。交流の担い手のネットワークづくり、情報や共通目標の設定の触媒となることです。

 今年の1月20日、外務省で、都道府県等の担当幹部や、財界、学界、メディア、NGO、NPOの方々等150人をお招きし、「外務省と語る国際交流」という会議を開いたのはこのためです。山形県の旅館の女将となったアメリカ人女性藤ジニーさんや民際交流センター秋尾晃正代表など、地方文化の宝を見つけ、発信しようと努力しておられる方々の参加を得て、「日本の魅力発進―地域のソフト・パワーを考えるー」というテーマのパネル・ディスカッションを行いました。

 普段つながることのない各地域の担い手が、ネットワークを構築し、そこで各自(外務省、自治体、NGOなど)が自由に経験、成功や失敗を共有することで、それぞれの目的達成にとって役立つ新たな知恵やパートナーシップができるかも知れません。それが積み重なって相乗効果を生む、すなわち1+1が2以上になることが期待できます。外務省は全体を統制するためではなく、大使館という海外ネットワークをもつひとつの担い手として、「つなぎ」の場を提供し、参加したのです。成果がすぐ目に見えるものではありませんが、今後とも続けるつもりです。

 そのために、広報文化交流部の中に、これを担当するポストをつくりました。また私もこの2年間、地方の魅力、力を肌で感じ取るため、努めて国内出張をしました。計27回になりました。殆どが日帰りですが、回数では海外出張をはるかに上回ります。地方の方々に、中東やイスラームについて正しい理解をして頂くための、「中東・イスラーム理解セミナー」を企画し、これまで岡山、山形、大阪、札幌、広島、仙台で行ったことも含まれています。このセミナーでは在京の中東からの大使に講演をお願いし、その地で勉強する中東からの留学生を迎えています。

 これらは官民が連携して、それぞれの特性を生かしながら、日本の魅力を再発見し、世界に発信していくパブリック・ディプロマシーそのものなのです。

今月の資料

 地方の文化力を数量化する試みのひとつ「県民文化力指標」(丸紅経済研究所杉浦所長)(PDF) を、ご本人の同意を得て同封させていただきます。石川県がトップです。

今月の引用

 「同質化しつつある世界からの独自性を発揮することが、我々の地域を他から区別するものであることを考えれば、文化産業を作ることは死活的に重要である。街の独自のシンボルをつくり、食べ物、歌、製造業その他あらゆる伝統を通してその周辺を目立たせることができれば、それは付加価値を生む資産となる(Charles Landry, The Creative City, The Toolkit for Urban Innovations, 2000, p118)。

今月の数字他のサイトヘ

 日本の子供(15歳未満)の数は1765万人で、総人口比13.8%です。地域別では東京が12.0%で最も低く、沖縄が18.6%で最も高くなっています(2005年5月総務省発表)。地域別の割合、諸外国との比較の部分を同封します。

今月のクイズ

 中央集権の国フランスの国民は、以下の中央と地方の組織をどの程度信頼していると思いますか、信頼度が高いと思う順に並べて下さい(出典はTNS Sofres, Influence Politique & societe, edition 2005。正解は次号)。

 (1)国 (2)閣僚 (3)軍隊 (4)上院議員 (5)下院議員 (6)警察 (7)市長 (8)県議会 (9)地方議会

 前回のクイズ(ユネスコの世界遺産リストに登録されている日本の自然遺産)の答えは、(2)の屋久島、(3)の白神山地、(8)の知床です。


後記

 このニュース・レターは、広報文化交流部長が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省広報文化交流部総合計画課
Fax:03-5501-8126
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp

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