外務省員の声

文化外交最前線
―第12号―

2005年7月15日
近藤誠一

はじめに

あしひきの山にし居れば風流(みやび)無みわがするわざを咎めたまふな(万葉集巻4)

山がつめきて生ひ出でたれば、鄙(ひな)びたること多からむ。(源氏物語 玉蔓)

今月のテーマ:みやびとひなび

<愛・地球博効果>

 日本経済が全体として徐々に回復の兆しを見せているものの先行きがはっきりしない中で、地方が元気を出そうとしています。新聞や雑誌、NPOの機関誌などで、最近頻繁に地域の活性化の動きが報じられています。その代表が名古屋です。愛・地球博が始まった直後の3月30日、ワシントン・ポスト紙が「日本の都市、クールでないことがかっこいいと気づく」と題して、名古屋の好調な経済に注目が集まっていると報じました。早速日本の新聞がこれを報じ、社説にまで取り上げられました(4月3日日経)。英国エコノミスト誌も続きました。6月24日に国際博覧会協会(BIE)が、愛・地球博は「博覧会のもつ意義を改めて世界に発信した」などとして、名古屋を賞賛する決議を満場一致で採択したことも特筆すべきことです。

<地域の力の再活性化の動き>

 重要なことは、こうした名古屋の好調が決して万博や中部国際空港建設という大型プロジュクトのお蔭だけではないということです。節倹や顧客の視点に基づくモノづくりなどの地元の特徴が機能したということがこれらの報道のポイントです。

 そして名古屋以外の街や地域も、それぞれ独自の工夫をして活気を取り戻そうとしています。それはいずれも従来型の大型公共事業によるものでなく、地域の自然や文化の価値を再認識し、発信していこうという運動です。伝統芸能、伝統工芸、武道、児童画、折り紙、子守唄、古武道、昔話など枚挙に暇がありません。地元の自然の美しさをアピールする最も効果的な方法は、ユネスコの世界遺産に指定してもらうことであるとの考えから、最近地元の景観を世界遺産に登録しようとの運動が盛んです。現にこれまで世界遺産に登録された自然や文化遺産が、観光客の増加など地域活性化に役立っているようです。

<「祭り」から現代美術まで>

 本シリーズ「その2」でご紹介したように、地方に住む外国人が最も惹かれるものは「祭り」です。日本人自身も最近その重要性を再認識しつつあるのか、最近郷土の祭りの記事が多く見られます(朝日新聞の「祭り紀行」など)。しかも祭りには、次第に核家族化し、地域の結びつきが希薄になりがちな各地において、家族全員がその準備や後片付けのために協力する機会を与え、それが災害などのときに必要な地域のネットワークを養成してくれる効果があるという識者もいます。

 地域から発信する文化は、伝統モノばかりでなく、現代美術なども含まれます。昨年10月にオープンした「金沢21世紀美術館」はその典型です。

<「プロジェクトええじゃないか」>

 そのような運動で興味深いのが、「プロジェクトええじゃないか」です。俳人の黛まどかさんが同志とともに始められたもので、俳句を地方に広めながら、地方の伝統、風習などの魅力を掘り起こし、元気を回復させようとするもので、この夏に岩手県の葛巻町でスタートし、全国の地方に広めていく予定だそうです。この「ええじゃないか」という命名に興味をもちました。何故ならたまたま日本社会の現状を考えながら、ふと江戸末期の「ええじゃないか」運動のことを考えている矢先だったからです。社会不安や世直しの予感などが共通しているのでしょうか。

 旅行雑誌なども、地方の「鄙びた温泉」などの魅力をしきりにアピールしています。この地方ブームともいうべき現象は何故起こっているのでしょうか?

<みやび>

 中国から学び、それを意識しつつ律令国家として日本統一を進めている奈良時代以降、日本では都風であること、すなわち「みやび」は絶対的な価値でした。越中守に任ぜられた大伴家持は、都と鄙の文化的落差を自覚し、宴や和歌により「都ぶり」の実践を通じて、鄙=越の国を「王化の徳に浴する地」に変えていこうとした由です(多田一臣『古代文学表現史論』)。

 「みやび」は、「宮廷ぶりとしての宮人貴族の自負や文化的価値間に発して都市的文化の規範的側面を持つ」とされたのです(古橋信孝他『都と村』)。冒頭の万葉集の歌(因みに「みやび」を名詞で使っている万葉集唯一の例)にもあるように、「みやび」でないことは恥ずかしいことであり、地の果てで勤める防人たちも無理して「みやび」の象徴としての和歌を詠んだのです。しかし「みやび」は次第に多くの内容をもつようになり、「華美に走らず、素朴でもなく、その中間の洗練された情緒的な、美的理念」となったのです(『時代別国語大辞典上代編』)。

<鄙びが与える「癒し」>

 他方「鄙び」という言葉は、万葉の時代にはなく、また古代は冒頭の源氏物語の玉蔓の和歌のように、あくまで田舎臭く、やぼったいことを指しました。そこに積極的な価値が与えられるようになったのは、かなり後になってからと考えられます(もっとも上記多田氏によれば、大伴家持は越中という「鄙」の自然についての感動を、直截に歌として詠んだ由です)。社会が統一され、安定が確保され、新たな流行すなわち「みやび」への憧れが終わると、ひとは地元の魅力に戻り、そこに安らぎを感じるようになるのでしょうか。文化が熟成されると「侘び」や「さび」のように、鄙びに通じる概念が粋として評価されるようになるのかも知れません。

 そうであるとすれば、現在の地方ブームは、バブル経済の崩壊で半世紀ぶりに立ち止まった日本人が、戦後の東京一極集中体制の下で、経済復興とグローバル・スタンダードへの対応をそれなりに達成したことを認識すると共に、その疲れを癒す何かを求め始め、里帰りや、「鄙びた温泉街」、純粋でやさしい地方伝説や昔話などに惹かれる様になりつつあるということなのかも知れません。

 またこれまでの地方の生き方は、東京をモデルとし、いわばミニ東京をつくることでした。それは近代的で効率的な都市をつくることには適していたかも知れませんが、そうしたやり方では「地方にできるものは地方に」という時代に中小の地域が勝ち残ることはできません。その地方独自の文化的付加価値をつくることが重要です。そうした事情が、国民の求めるものとマッチしたのでしょう。

 しかしここに2つの興味深い現象があります。

<東京(江戸)も一つの地方>

 第一は、地方活性化の動きが狭義の「地方」に限ってはいないことです。現代「みやび」の中心である東京でも、様々な地域の魅力おこしが始まっています。美術館の伝統的コンセプトを破った森美術館をもつ六本木の再開発もそのひとつです。「江戸の坂」(朝日新聞)や、「のんびり江戸散策」(産経新聞)といったシリーズものが新聞を賑わし、花火、浅草や駒込のほおずき市、入谷の朝顔市、緑や川辺がもつ「ふるさと性」を取り戻そうとの運動などが報じられています(6月23日東京新聞)。「目白バ・ロック音楽祭」や東京の国際フォーラムで開かれた音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」も大成功のようでした。千代田区も廃校港跡を利用してアーチスト・イン・レジデンスを作る計画のようです。文京区の光源寺では、最近ほおずき市(千成り市)が復活したそうです(7月7日読売新聞)。政治的スタンスをますます異にする各紙も、東京の「鄙び」の魅力を報じることにおいては一致しているようです。

<世界に直接発信する地方文化の魅力>

 さらに興味深いことは、地方がその文化を発信する際に、時として東京を経由しないで直接世界と結ぶことです。富山のアマチュア劇団は60回以上の海外公演をしたそうです(3月28日日経新聞)。東京一極集中に慣れている者にとってはこれまで考えられなかったことです。去る5月、中国の友人が愛・地球博のナショナル・デーに政府代表団の一員として参加すると聞き、それでは東京で朝食でも一緒にとろうと誘ったら、「残念ながら今回は東京には立ち寄りません」と言われ、一瞬戸惑いました。彼が中部空港から日本を発つということは考えてもみなかったのです。「文化」も東京経由の必要はなくなったのです。この現象が文化外交にとって何を意味しているのか、さらなる勉強が必要です。

今月の資料

  1. 「プロジェクトええじゃないか」のパンフレット(PDF) を同封します。
  2. 下記「今月の数字」で引用している2つの世論調査(「社会意識に関する世論調査」他のサイトヘ「地域再生に関する特別世論調査」(PDF)他のサイトヘ)の関連部分を同封します。

今月の引用

 「さて、こもりゐむるは、まいてめでたし。受領の五節出すをりなど、いと鄙び、いひ知らぬ言など、人に問ひききなどはせじかし。心にくきものなり」(枕草子第21段」(「・・・毎年の五節に受領が舞姫を出だしたてる際は、随分と田舎者臭く、言いなれない口上なんかを他人に尋ねたりはしますまいよ。それが本当の奥ゆかしい妻というものだ」(『新潮日本古典集成』の訳を参考にしました)

今月の数字

 今年(2005年)2月に行われた内閣府の「社会意識に関する世論調査」によれば、6割(59.1%)のひとが「何か社会のために役立ちたい」と思っており、その分野として、最も多くの人(36.4%)が「町内会などの地域活動(お祝い事や不幸などの手伝い、町内会や自治会などの役員、防犯や防火活動など)と答えました。

 これは、同じ回答者が現在の世相の明るい面として「平和である」(45.8%)、「安定している」(15.8%)ことを挙げつつも、暗い面として「無責任の風潮が強い」(52.6%)、「自分本位である」(45.8%)、「ゆとりがない」(32.6%)、「不安なこと、いらいらすることが多い」(30.8%)を指摘していることと合わせて考えると、日本国民が物理的には恵まれた環境にありながら、グローバル化の下で心理面で大きな不安をもっており、その解決策として顔の見える、近しい地域の仲間との一体化に活路を求めていることを示していると言えましょう。

 さらに内閣府はこの6月初めて「地域再生に関する特別世論調査」を行いました。そこでは、43.7%が「地域に元気がない」と答え、再生活動の中心となるべきは、「住民一人ひとり」(47.5%)、「地方公共団体」(37.8%)で、「国」は17.8%でした。地域が元気になるための活動に参加したいひとは、63.9%で、上記2月の調査と符号します。

今月のクイズ

 ユネスコでは、世界遺産の中で、歴史的な建物や文化財などの文化遺産とともに、自然遺産を世界遺産リストに登録しています。下記の日本の自然のうち、すでに世界遺産リストに登録されているもの(最近登録されたものを含め)はどれでしょうか(正解は次号)。

 (1)富士山  (2)屋久島  (3)白神山地  (4)五島列島  (5)瀬戸内海  (6)琉球列島  (7)日本アルプス  (8)知床

 前回のクイズ(昨年の10月1日現在の海外在留邦人の数(長期滞在者と永住者の合計)が最も多い外国の都市はどこでしょうか?多い順に3つの都市名を挙げなさい)の正解は、(1)ニューヨーク(60,451人)、(2)ロサンゼルス(46,507人)、(3)上海(34,122人)です。中国の各都市の邦人数は激増しています。因みにその他の中国の都市としては、香港(4位)、北京(21位)、蘇州(27位)、天津(42位)、大連(43位)、広州(46位)、青島(48位)、深セン(50位)となっています。


後記

 このニュース・レターは、広報文化交流部長が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省広報文化交流部総合計画課
Fax:03-5501-8126
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp

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