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外務省員の声

文化外交最前線
―第4号―

2004年5月30日
近藤誠一  
はじめに

見渡せば花ももみじもなかりけり
    浦のとまやの秋の夕暮れ (藤原定家)


 前号で桜の美しさ、はかなさを述べたばかりで、花の「艶」から、花もない「侘び」の世界に移りましたが、基本テーマは同じです。

今月のテーマ:無形文化遺産条約

<日本の批准決定>

 去る5月19日、参議院本会議は「無形文化遺産の保護に関する条約」を採択しました。昨年10月17日にユネスコがこの条約を採択して以来、国会の手続きを必要とする加盟国の中では、日本が真っ先に批准することとなったのです。

 これはこれまでの、建造物や遺跡など「有形」の文化遺産や自然を保護する条約に加え、演劇、音楽、風俗習慣、工芸技術などの「無形」の文化遺産も同じように保護する必要があるとの考えからできた条約です。

<形のないものの価値を重んじる>

 この条約の締結を強く働きかけてきた国があります。日本です。日本は戦後間ない昭和25年に文化財保護法を制定して以来、有形のみならず無形の文化財の価値を認め、国が保護するという点で世界に冠たる先進国でした。そしてこうした点についての世界の認識を高めるため、ユネスコを通じて働きかけを行ってきました。そのひとつが「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」(俗称「傑作宣言」)です。

 これは世界の優れた無形文化財を選定してリストに掲載し、それによって認識を高め、各国での保護を促し、また先進国からの援助を奨励することを目的としています。これまで2回の宣言で、能や文楽を含め世界で計47件が登録されています。日本はユネスコを通じて、途上国の「傑作」の保存、振興、後継者育成のために援助を行っています。条約が成立すれば、これらの「傑作」はそのまま条約の下での保護の対象となります。日本の戦後の外交の中でもユニークな成果となりましょう。

 日本がこの条約に執念を燃やしてきた背景には、形のないものの価値を世界にもっと理解して欲しいという気持ちがありました。そして欧米先進国には建築物や遺跡等「形のある」文化遺産が多いのに比べ、アジアやアフリカの途上国には口承など「形のない」文化遺産が多いこと、そしてそれゆえに欧米流の近代化、グローバル化の陰でそれらが消滅しつつあるとの危機感があったのです。

<黒谷さんの茶髪の男女>

 京都の「哲学の道」を少しはずれたところにある、「黒谷さん」の別名で親しまれている浄土宗総本山金戒光明寺を訪れた時のことです。私のすぐ横に茶髪の若い男女が来ました。彼らは寄り添いながら御影堂を仰ぎ、そして軽く手を合わせて、山門の方に消えました。彼らが外に停めてあった真っ赤なスポーツカーで出て行くのを見たのはそのわずか10分後でした。とやかく言われることの多い茶髪族も、精神的なもの、寛容なもの、やすらぎを求めているのであろうし、それを感じさせ、その気持ちの表現を促す場としてのお寺が沢山ある京都の若者は羨ましいと思いました。

<深夜特急>

 八重洲にあるブックセンターには「精神世界」というコーナーが、内幸町の本屋には「自己啓発」というコーナーが、目黒駅のレコードショップには「癒し」のコーナーがあります。いずれも5年前に海外に赴任した時には気づきませんでした。わずかの間のこうした変化は、日本人が意識しているか否かは別として、「目に見えぬもの」「形のないもの」の価値を求めていることを示しているように思えます。

 沢木耕太郎の『深夜特急』が、若者が精神性を求めてアジア・シルクロードへ一人旅をするブームを引き起こしたことを最近知りました。また昨年末はポップ・ミュージックを通したアジアの若者の連帯感の高まりも目の当たりにしました。

<茶の本>

 外務省は日本への元留学生を招待し、恩師との再会や、新たな日本を知ってもらう機会をつくり、日本への関心や最新の知識を持ち続けてもらうためのプログラムをもっています。先日ある韓国人の元留学生が、「日本人は最近演歌が下手になった、それは皆金持ちになって、貧しさや苦しさを感じなくなったからだ」と述べました。中国の元留学生は、日本の文化のエッセンスは茶道にこめられており、それを表しているのが岡倉天心の『茶の本』であるが、日本人は未だに彼を超える本を書けていないと言いました。いずれもアジア人は日本に期待しているので、もっと精神面で頑張って欲しいとのメッセージでした。

<開国以来の日本の歩み>

 150年前に欧米と出会ってから、日本人は彼らに追いつき、帝国主義に対抗するため、3つのことを行いました。富国と強兵と一神教的国家体制の構築です。伊藤博文は明治憲法によって、それまでは庶民の日常の宗教や生活慣習であった神道を国家宗教にし、天皇を絶対君主に仕立てあげました。この政策は強兵政策とともに、日清、日露戦争、第一次大戦までは成功したかにみえました。しかし、それはやがて国家を大破綻に導きました。
 戦後日本はこれらを捨て、富国政策に特化しました。それは成功し、第二の経済大国となった日本ですが、いまや行き詰まっています。

 ひとは精神的充足を得るために身の安全と物質的豊かさを求めます。それは国家のレベルでは富国強兵政策となります。しかし世界では本来手段であるはずの武力と富(経済成長政策)が、いつの間にか自己目的化してしまいました。17世紀以来の西欧の近代主義の行き過ぎのなせる業です。近代主義の長所をいち早く吸収・消化しつつ、その限界に気づいた日本が、人間本来の目的が何かを世界に示していくべき時期がきました。欧米先進国にこれを知らしめ、途上国にグローバル化への安心感を与えるためです。日本が国連憲章と日米安保条約の下で強兵政策をとらずに平和を保つ体制をつくり、またグローバル化の下で資本原理主義が行き詰まりを見せる前に、富国政策で経済大国の地位を不動のものにできたことは幸運でした。

 一神教政策の失敗の反動で精神的価値を語れなくなった日本人ですが、前号で述べた武道や古典芸能に残る精神性、無形文化遺産条約における日本の貢献は、日本が世界に新たな価値観を提示していける能力があることを示しています。物質的豊かさに目を奪われがちな日本人にまだ明確な意識がないのは事実ですが、これまで見てきたように、日本人は迷いながらも自分を取り戻しつつあるような気がします。ただその迷いが中国人や韓国人にはもどかしいようです。冒頭の定家の歌は、千利休の侘びの心を表すものとして、千家流に伝えられる七事式の法策書(おきてがき)のひとつです。日本の精神の原点を中国の元留学生が思い出させてくれたのです。

<ミネルバの梟>

 欧米の近代主義は人類を未曾有の繁栄に導きました。しかし、科学が頂点を極めた20世紀は戦争の世紀となりました。21世紀もこのままでは進歩主義に抵抗する憎しみとテロの時代になりそうです。ヘーゲルが言ったように、歴史の現象は最終段階でようやく本当の意味が分かるのだとすれば、今こそ欧米近代主義は、ミネルバの梟が飛び立つ黄昏を迎えているのではないでしょうか。現代文化における日本ブームや無形遺産条約の成立は、ミネルバの梟の羽ばたきかも知れません。

今月の引用

ノーベル経済学者セン教授も、開発における文化の重要性を認めています。
「経済的調整が行われる時、置き換えられた生産方式や技術を惜しむ涙はほとんど流されない。・・・しかし、文化の場合は、失われた伝統はそれがなくなってしまうと大いに悔やまれるのである。古くからの暮らし方の消滅は苦痛と深い喪失感を引き起こし得る。」(アマルティア・セン『自由と経済開発』日本経済新聞社 p.276)
今月の数字

主要国国内に在住する外国人の比率(総人口に占める割合)はまだ日本が圧倒的に低いようです(%。
日本:1.5% 英国:4.5% ドイツ:8.9% フランス:5.6%
さらに大学に留学している外国人の比率(全学生に閉める割合)も同様です。
日本:2.6% 英国:18.1% ドイツ:11.6% フランス:7.6%
今月のクイズ

: アジアの2つの国が、「端午」の節句を自国の「傑作」として登録すべく競い合っているとのニュースがあります。それはどことどこでしょうか?
(正解は次号)

前回のクイズ(日本語を学ぶひとが多い上位5カ国・地域)の答えは以下の通りです(前回同様1998年国際交流基金の調査)。 
1. 韓国(948,104人)、2.豪州(307,760人)、3.中国(245,863人)、4.<台湾>(161,872人)、5.米国(112,977人)

後記

このニュース・レターは、文化交流部長が仕事を通じて感じたことを、個人の資格と責任で書いたものであり、外務省の公式見解ではありません。なお本ニュース・レターは外務省ホーム・ページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/)にも掲載されています。ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せください。

郵便:100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1 外務省広報文化交流部総合計画課
Fax:03-5501-8126
E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp


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