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Vol.87 2012年5月29日
「アラブの春」と中東・北アフリカ情勢

アラブの春」とは,2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動のことです。この大変動によって,チュニジアやエジプト,リビアでは政権が交代し,その他の国でも政府が民主化デモ側の要求を受け入れることになりました。今回は「アラブの春」による中東・北アフリカ情勢とその動きに呼応した国際社会と日本の支援について紹介します。

2011年の「アラブの春」とは?

北アフリカのチュニジアで発生した反政府デモに端を発し,中東・北アフリカ諸国に拡大した「アラブの春」は,長期独裁政権が続いていたチュニジアやエジプトでは大統領が退陣,リビアでは反体制派との武力衝突を経た政権交代が行われるなど,かつてない大規模な政治変動となりました。それまで極めて限定的にしか政治参加できなかった一般の民衆が変革の原動力となった点がこの政治変動の大きな特色で,経済的格差や独裁政権による統制,政治参加の制限等に対する民衆の不満の高まりがその背景にあります。反政府運動に参加した民衆はツイッターやフェイスブックなどのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)や衛星放送等のメディアによって連帯と情報共有を図っており,かつてないスピードで国境を越えて民主化運動が拡大していきました。

「アラブの春」と中東・北アフリカ地域(2012年5月現在)
 
 

チュニジア〜「アラブの春」の端緒となった民衆による政変

選挙監視団の団長としてチュニジアを訪れた浜田外務大臣政務官(2011年10月23日)「アラブの春」の発端となったのは,2010年12月17日,チュニジアの一人の失業中の青年が,路上販売に対する当局の取り締まりに抗議して焼身自殺を図った事件でした。その直後から各地で起きた大規模デモを衛星放送などが伝えると,全国規模で政権打倒の民主化デモが拡大。そして1か月も経たない2011年1月14日にベン・アリ大統領は国外逃亡を余儀なくされ,23年間続いた独裁政権が実にあっけなく崩壊しました。チュニジアでは同年10月,制憲国民議会選挙が実施(投票率52%)され,イスラム主義政党エンナハダが第一党となりました。また同年12月に大統領と首相が選出され,民主化への移行を施政方針とする新政権がスタートしています。

 

エジプト〜チュニジアに続き,反体制デモにより政権崩壊

玄葉外務大臣とエジプトのカタートニー人民議会議長との会談(2012年5月3日)チュニジアの民主化デモは国境を越えて各国に波及しました。エジプトでは,2011年1月25日以降,国内で反体制デモが発生。首都カイロをはじめ,全国各地でデモに参加する市民の数が増え続け,同年2月11日,ムバラク大統領が国軍最高会議に権限を委譲し,30年に及ぶ長期政権が崩壊。暫定的な軍政がスタートしましたが,その後も最近に至るまでデモ隊と軍の衝突が続いています。ムバラク前大統領は,デモ参加者殺害容疑で訴追され,2011年8月から公判が行われています。また同年11月より実施された人民議会選挙の結果,自由公正党(ムスリム同胞団公認政党)が47%の議席を,またイスラム厳格派ヌール党も約24%の議席を獲得しています。2012年5月に大統領選挙が実施され,その後民政移管する予定となっています。

 

リビア〜反体制派と多国籍軍がカダフィ政権を打倒

山根外務副大臣とアブシャグール・リビア第一副首相(首相代行)の会談(2012年2月27日  於:トリポリ)2011年2月以降,リビア国内では反体制派とカダフィ政権との激しい戦闘が継続し,多くの犠牲者が発生しました。国際社会は,カダフィ政権の自国民に対する武力行使を強く非難し,さらに国連安保理決議によって英米仏を中心とした多国籍軍による軍事行動を開始するに至りました。その結果,8月には反体制派が首都トリポリを制圧し,42年に及ぶカダフィ政権が崩壊。10月には出身地であるシルテで捕捉されたカダフィ元指導者の死亡を受け,反体制派がリビア全土の解放を宣言し,移行政府の首相が選出されました。2012年6月に,制憲議会選挙が実施される予定です。

 
 

イエメン〜新大統領のもと新たな国づくりに着手

2011年2月よりサーレハ大統領退陣を求めるデモが国内各地で頻発していたイエメンでは,当初,政府は治安部隊によってデモの鎮圧を図っていました。軍幹部や有力部族がデモ隊支持に回り,治安部隊と衝突するなど混乱は拡大していきました。同年4月にペルシャ湾岸地域における地域協力機構である湾岸協力理事会(GCC)が仲介に入り,大統領と野党に“大統領は副大統領に権限移譲するが,訴追は免除される”という仲介案(GCCイニシアティブ)を提示するも,大統領はこれを拒否しました。このため治安当局と反政府派の衝突が激化する中,同年10月に大統領に同イニシアティブへの署名を促す国連安保理決議が成立し,同年11月,ついに大統領は同イニシアティブに署名しました。その後,2012年1月,大統領他に対する訴追免除法が成立し,同年2月に大統領選挙が行われ,ハーディー副大統領が大統領に就任しました。

 

その他の中東・北アフリカ諸国も民主化へ向けて前進

長年にわたって強固な政権を築き上げてきたチュニジアとエジプト,リビアの政権が,これほどまでにあっけなく崩壊したことは全世界に大きな衝撃を与えました。他の中東・北アフリカ諸国の反政府運動の高まりと拡大は,上記各国における政権崩壊に触発された面が大きいと考えられています。バーレーンオマーンクウェートヨルダンモロッコアルジェリアなどの各国でも,一時は大規模な反政府デモが発生し,これらの政府では反政府側の民主化への要求に対し,様々な対応を行ってきました。このうちバーレーン,ヨルダン及びモロッコでは憲法改正が実現しています。

「アラブの春」(2010年12月〜2011年12月)

激しい反政府運動弾圧が続くシリア情勢

2011年3月中旬から,シリアの全国各地で発生した反政府デモに対し,アサド政権は治安部隊による厳しい弾圧で臨みました。国連によると,治安部隊の武力行使でこれまでに9,000人以上(2012年5月現在)が犠牲になっています。シリア政府の民衆に対する暴力の停止を求める国連安保理決議案は,ロシア中国の拒否権発動により2度否決されましたが,米国,日本,EUなどはそれぞれ独自に資産凍結や取引禁止といった対シリア制裁を実施しています。2012年4月には国連安保理がシリア国連監視団先遣隊を派遣し,シリア政府もこれを受け入れました。監視団は現在も監視活動を続けていますが,治安部隊による攻撃はおさまっておらず,予断を許さない状況が続いています。

 
 

国際社会が支援する「アラブの春」の今後

2011 年G8ドーヴィルサミット(於:フランス)国際社会は一連の「アラブの春」に関して,各国の民主化への動きを支持してきました。政府当局による暴力的な弾圧に対しては,リビアのケースのように国連安保理決議に基づく軍事行動も展開しました。現在,民主化デモが発生した多くの国で,民主化に向けた政治プロセスは前進しつつありますが,経済格差や雇用の面では課題が山積しています。チュニジアやエジプトなどで政権党となったイスラム系政党の政権運営能力には要注目で,今後,新体制への不満が先鋭化し,経済成長に欠かせない社会の安定が失われる危惧もあります。そこで2011年5月のG8ドーヴィル・サミット(フランス)では,中東・北アフリカ諸国の改革・国づくりを支援する「ドーヴィル・パートナーシップ」の立ち上げが決定され,国際社会の支援を強く示しました。

 

中東和平のために〜日本も独自に「民主化」を支援

中東・北アフリカの諸改革・移行プロセス支援(重点施策)
第66回国連総会で演説する野田総理(2011年9月)(写真提供:内閣広報室)

日本は国際社会と連携しつつ「ドーヴィル・パートナーシップ」に参画するとともに,「公正な政治・行政運営」,「人づくり」,「雇用促進・産業育成」という3つの重点分野による独自の中東・北アフリカ諸国への支援も表明しています。2011年9月の国連総会では,野田首相が中東・北アフリカ地域に対し,インフラ整備や国内産業育成のために新たに約10億米ドルの円借款を実施する方針を表明し,さらに政府は雇用促進や民主化プロセス支援,難民支援などのために約8,000万米ドルの支援を決定しました。また,経済支援ばかりでなく,選挙監視団の派遣や民主化に関するセミナーの開催なども展開。2012年5月,玄葉外務大臣は,エジプト,ヨルダン,モロッコを訪問,それぞれ政府要人と会談し,互いの信頼関係を深めた上,各国の改革努力に対する支援を伝えました。日本は中東・北アフリカ諸国から独自の親しみと信頼感を示されています。こうした親日感をベースに,更なる経済関係の強化と相互理解の促進を図っていき,各国の民主化,そして中東和平の実現等従来からの課題の解決に向けて,中東・北アフリカ諸国への支援に今後も力を注いでいきます。

 
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