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Vol.75 2011年7月29日
東日本大震災に対する国際社会からの支援と励まし

東日本大震災発生後から現在に至るまで,世界163の国・地域及び43の国際機関から日本に対する支援の申し入れがありました(2011年7月20日現在)。これまで米国の支援(Vol.72),各国支援チームの活躍(Vol.73),中国及び韓国の協力(Vol.74)などをお伝えしてきましたが,今回は,国際機関,後発開発途上国,子どもたち,姉妹都市,スポーツ界など,世界各国から届いたさまざまな日本支援のエピソードの一部を紹介します。

多彩かつ効果的な国連機関の支援活動

WFPが設置した可動式倉庫(宮城県仙台市)東日本大震災後に,各国の緊急援助チームとともに多くの国連機関が様々な支援のために日本を訪れましたが,被災者の生活に密着した支援を行ったのが国連世界食糧計画(WFP)国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でした。WFPは,支援物資の国内輸送やNGOの能力強化を行うとともに,食糧備蓄用の可動式倉庫とプレハブを各被災地に設置。倉庫は救援物資の一時保管場所,ボランティア受付センター,地元商店による朝市などに,そしてオフィス設備が整ったプレハブは,ボランティアセンター,NGOの事務所診療所などに活用され,地元の人々より大変役立っているとの感謝の声が多く寄せられました。また,UNHCRは, WFPの輸送協力も得て小型のソーラー・ランタンを宮城県石巻市に提供し,電気などのインフラが復旧していなかった被災地の夜に心温まる明かりを灯しました。

 
 

2004年スマトラ沖地震の恩返しを!(スリランカ,インドネシア,モルディブ)

避難所でカレーをふるまうスリランカのカランナーゴダ大使 地震国・日本は,これまで他の被災国に対する防災や復興支援に大きな力を注いできました。たとえば2004年のスマトラ沖地震の際,日本は3万人以上の犠牲者を出したスリランカや約17万人が犠牲となったインドネシアにいち早く医療団を派遣しました。東日本大震災後,スリランカのカランナーゴダ駐日大使は「スリランカの人々はそのことをとても感謝していて,忘れていません」と語り,福島県田村市の避難所を訪問。自ら炊き出しに加わり,被災者に温かいカレー料理をふるまいました。スマトラ沖地震などで親を失ったインドネシアの首都ジャカルタ近郊の養護施設の子どもたちからは,「僕たちも同じように被災した仲間だから,悲しまないでがんばって」といった励ましの寄せ書きが在インドネシア大使館に届きました。また,同じスマトラ沖地震の際,日本の援助で建設された防波堤によって壊滅的な津波被害を逃れることができたインド洋に浮かぶ小さな島国モルディブでは,震災直後より日本を支援する多くの国民の声が政府に届けられました。そこで大統領は義援金のほかに特産物のツナ缶を日本に送ることを発表。お金を出すことができない貧しい国民もツナ缶を持ち寄り,合計なんと約69万缶が日本に届けられました。日本に送付する際に,被災者の便を考慮して,缶切りで開けるタイプからプルトップ式に作り変えてくれたことも,モルディブの人々の真心を表しています。

 
 

LDCs(後発開発途上国)からの力強いエール

国連が定めるLDCs( Least Developed Countries/後発開発途上国)とは,開発途上国の中でも特に開発が遅れている国々のことで,アフリカ,東南アジアなどの48ヵ国が分類されています。これらの国々は経済基盤が脆弱で,国民の所得水準が極めて低く,一人当たりの国民総所得 (GNI) の3年平均推定値が750米ドル以下とされています。日本はこれまでこうした国々の内戦からの復興や国の安定化,経済発展や開発,人材育成などに積極的に貢献してきました。東日本大震災では,ブータンスーダンタンザニアカンボジアエチオピア東ティモールなどLDCs17か国からも次々に義援金が届きました。これらの国々は,深刻な貧困に直面しているにもかかわらず国をあげて日本の復興を支援し,祈ってくれました。

 

広がる市民による日本復興への祈り

コンゴ民主共和国の被災者追悼マラソン大会 ジプチ「日本国民と連帯の一日」での市民のパレード

LDCsの国々では,市民の間でも日本を支援しようとする機運が広がっています。コンゴ民主共和国では,NGO団体が,震災犠牲者へ追悼の意を込めたマラソン大会を企画・実施しました。すると元JICA研修生,元国費留学生などを含む約300名にのぼる市民が競技に参加。開会式,閉会式では,震災被害に対する弔意,人々の連帯の重要性及び被災者への激励の言葉が繰り返し述べられました。同じくアフリカのジブチでは,3月23日を震災被災者に捧げる「日本国民との連帯の一日」とし,首都の「東京広場」(日本の援助で整備された主要道路の起点のロータリー付近)でゲレ大統領が主催する式典を開催。この式典には閣僚や政府関係者,宗教関係者,市民など約800人が参加しました。また,アフガニスタンでは,未だ国造りに向けた努力が続いていますが,人々の間では,復興支援活動を続けている日本への尊敬の念は強く,カブール,カンダハール等の各都市で集会や募金が行われ,仏教遺跡で有名なバーミヤンでは支援決議の採択が行われました。

 
 

海を越えて届く子どもや学生たちのまっすぐな思い

ベトナム・人文社会科学大学で作成された一万羽の折り鶴 世界各国の子どもや学生たちが学校ぐるみで日本への励ましのメッセージや支援イベントを行っているケースも数多くあります。「我々もかつて同じように恐ろしい災難を経験し,美しかった故郷を失いました。しかし,我々は『皆の意志は城となる』ことを知っています。皆さんも,『あきらめない』という言葉とともに拳を握りしめ,立ち上がれるはずです」。これは2008年の中国・四川省での大地震で被災した四川省都江都江堰中学生及び教員から重慶の日本総領事館に届けられたメッセージです。3月23日には,ベトナム・ハノイ国家大学内の人文社会科学大学が,「頑張れ,日本!あなたたちはひとりじゃない」というチャリティイベントを開催し,教職員・学生約500名が参加。参加者によって1万羽の折り鶴が作られました。また,ブルガリアのソフィア市第18総合学校では,日本語を勉強する生徒が,日本大使館前の木や市中心部にある桜の木(日本が寄贈)に折り鶴を飾り付けました。

ブルガリア・ソフィア市第18総合学校で生徒が飾り付けた折り鶴
 
 

姉妹都市等で広がる温かい支援の輪

花束やろうそく,折り鶴などが手向けられたベラルーシの首都ミンスクの「仙台公園」

写真撮影:辰巳正子氏(ベラルーシ・ミンスク市在住,日本文化情報センター長) 300個の風船を飛ばす豪州Merici College Schoolの生徒達

長年友好を育んできた海外の姉妹都市からも多くの支援の手が差し伸べられました。宮城県仙台市と姉妹都市提携を結んでいるベラルーシの首都ミンスクでは,震災発生直後から市内にある交流のシンボル「仙台広場」に,多くの市民が訪問。犠牲者を悼み,花束やろうそく,折鶴などが手向けられ,中には日本語で書かれたメッセージも見受けられました。同じく仙台市と姉妹都市であるフランス・レンヌや米国のダラスとリバーサイドでも,被災地支援の輪が広がっています。福島県白河市と姉妹都市であるフランスのコンピエーニュでは,募金活動のほか,市民メッセージや幼稚園児が作った折り鶴を白河市に送りました。また,フランスのシャモニー(山梨県富士吉田市と姉妹都市),イシーレムリノー(千葉県市川市と行政間交流),ナント(新潟市と姉妹都市),スイスのグリンデルワルド(松本市と姉妹都市)といった被災地以外の姉妹都市でも日本を支援に取り組んでいるケースは少なくありません。さらに豪州の首都キャンベラにあるMerici College School(長崎県佐世保市・聖和女子学院高校の姉妹校)の生徒が,3月25日に日本の復興を願って300個の風船を飛ばしました。同校ではこのイベントに先立って1週間の募金活動も実施されました。

 

世界のサッカー界が一丸となって日本を応援

U22日本代表チームとウズベキスタン代表チーム親善試合 震災後の3月26日,ロンドン五輪出場を目指すU-22日本代表チームは,日本でウズベキスタン代表チームと親善試合を行う予定でした。しかし震災により国内開催が不可能となったため,ウズベキスタンの首都タシケント市内に試合会場を移して開催。試合開始前に両国選手が「GAMBARO JAPAN !」の横断幕を掲げて記念撮影を行ったほか,黙祷が捧げられると,客席から「WITH YOU JAPAN !」のメッセージとともに日の丸が掲げられました。 日本人選手も活躍する欧州サッカーの各国トップリーグの試合で,震災直後より犠牲者への黙祷が捧げられたり,選手達は喪章を腕に巻いてプレーしたことが連日報じられました。たとえば,3月19~20日,スペイン・サッカー連盟が,全5部リーグの試合で,冒頭,被災者に対する1分間の黙祷を行いました。競技場中央に日・スペイン両国の国旗をあしらったシートや日本との連帯を示す横断幕を用意したり,電光掲示板に各選手による被災地への応援メッセージ等を流すなど,各チームが工夫を凝らして日本に対する弔意と連帯を示しました。また,4月7日,ブラジル・クリチバ市では元鹿島アントラーズ選手のアルシンド氏,元日本代表監督のジーコ氏らの呼びかけで親善試合が開催されました。アフリカでも,チュニジアで行われたアフリカクラブ選手権の試合で,黙祷や「頑張れ日本」と漢字で書かれたボードが掲げられました。

 
 

「世界は日本と共にある」ことが復興へのパワーに

日本を激励する式典でスピーチを行うエルサルバトル・フネス大統領 震災直後より,多くの国の首脳や外務大臣が各国の日本大使館を訪れ,震災犠牲者への弔意を述べ,記帳などを行っています。また,米国やマレーシアをはじめ,議会決議で日本支援の姿勢を打ち出す国もありました。3月18日,エルサルバドルのフネス大統領は,震災後も帰国せず同国内で活動を続けていたJICA青年海外協力隊員41名を招き,隊員と日本国民を激励する式典を開催し,次のように述べました。「日本が常に我々に提供してくれた計り知れない支援について忘れることはできない。本日,私の政府とすべてのエルサルバドル国民は日本の惨事を自分の国のことのように苦しんでいることを心よりお伝えしたい。また,同胞が苦しみ,家族の状況が懸念される状況下,多くの隊員がボランティア活動の継続を望んでいることは我々に感動を与える。ここにいる隊員の皆さんは家族や友人の不幸に直面していないことを願うが,仮に直接的な被害を受けた人がいても,エルサルバドルの大統領,政府,国民が一緒にいることを知ってほしい」──今回の震災後,世界中の多くの国が日本に向けてこのフネス大統領と同様の心温まるメッセージを届けてくれました。「世界は日本と共にある」。この感動は復興に向けて歩み始めている私たち日本国民の大きな糧となることでしょう。

 
 
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