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Vol.71 2011年4月8日
パプアニューギニアとソロモン諸島~天然資源がもたらす島国の経済発展

南太平洋のパプアニューギニアソロモン諸島は近年,液化天然ガス(LNG)やニッケルの資源開発で注目を浴び,今後大きな経済発展が見込まれています。第二次世界大戦の当時から日本と深い関係にある両国の成り立ちや,最近の動向について解説します。

豊かな資源を秘めた島々・メラネシア

日本とメラネシア太平洋の島国のうち,赤道の南に位置するパプアニューギニア独立国とソロモン諸島はいずれも,太平洋諸島フォーラム(PIF)の構成国で,1970年代に独立した若い国々です。日本との時差はパプアニューギニアが1時間,ソロモンが2時間で,メラネシアという地域に区分されます。太平洋島嶼国の中でも面積の上位を占める両国は,他の島嶼国に比べて自然が豊かで,国民の大半が農業や漁業に従事しています。公用語は英語で,国民の90%以上がキリスト教徒ですが,西洋言語と現地語の意思疎通のために形成されたピジン英語が多く使われています。また,ビッグマンと呼ばれる地域のリーダーが社会的に大きな役割を持つなど,伝統的な風習も根強く残っています。

 

豊かな生態系・民俗文化を誇る「最後の秘境」

4000m級の高山からサンゴ礁まで豊かな自然を持つメラネシアには,極楽鳥,蝶,ラン,シダなど熱帯の多様な生物が生息しています。また,1900年代まで西欧文明がほとんど入ってこなかった地が多く,個性あふれる民俗文化が伝承されています。

多様化に満ちたメラネシアの自然・文化
 

パプアニューギニア ~太平洋島嶼国のリーダーとして~

ニューギニア島と大小700の島々から成るパプアニューギニア独立国には,日本の約1.25倍の国土に約673万人が住んでおり,面積・人口ともに太平洋島嶼国で最大の国家です。高地から小さな島々まで800もの多彩な部族で構成され,それぞれの部族ごとに独自の言語が話されることから,世界で最も言語の豊富な国とされています。政治・経済ともに豪州(旧宗主国)の強い影響下にありますが,PIF諸国のうち唯一のAPEC加盟国であり,太平洋島嶼国のリーダーとして強い主体性を発揮しています。

パプアニューギニア独立国
 
 

ソロモン諸島 ~単一経済からの脱却を目指す~

ソロモン諸島ソロモン諸島は,この地域で砂金が見つかったことから,スペイン人が古代イスラエルの「ソロモン王」の財宝を探し求めたことが名前の由来です。パプアニューギニアから見て南東の6つの大きな島と約100の小島から成る島国で,2万8,900平方キロメートルの国土に約52万人が暮らしています。4千ほどある集落には,平均するとそれぞれ住民は約130人との計算になり,集落や部族単位での結束が強く残っています。主な輸出品は,木材や魚類,ヤシ油の原料となるコプラなどです。最近では過剰な森林伐採は問題であるとして,政府は林業に頼る経済構造からの改善を目指しています。

 

パプアニューギニアとソロモン諸島~2つの国の成り立ち

パプアニューギニア、ソロモン諸島近代史(植民地支配から独立まで)人類が南太平洋に到達したのは,5万年前の氷河期と考えられています。紀元前2000年頃からラピタ人による高度な土器文化が広まり,人々の間で流通してきたシェルマネー(貝の貨幣)は現在でも一部の地域で冠婚葬祭などに使用されています。パプアニューギニアが初めて西洋の歴史に登場するのは1526年で,のちに英国,ドイツによる植民地統治を経て,第一次世界大戦後に全土が豪州領となりました。その後,太平洋戦争の際の日本軍の進駐及び自治政府を経験し,1975年に独立しました。また,ソロモン諸島については,スペイン人メンダナが同諸島を初めて訪れたのは1568年のことでした。ソロモン諸島は,1893年に英国の植民地となり,第二次世界大戦及び自治政府を経て,1978年に独立しました。両国とも自治政府を樹立したのち,英国王を元首とする立憲君主国として緩やかな独立を遂げたため,国家よりも地域や部族への帰属意識が強い人も多くいます。

 
 

土地・部族をめぐる,伝統と近代化の相克

植民地統治時代に厳しい支配を受けることがなかったため,両国の国土の大半は「カスタマリー・ランド」と呼ばれる部族の共有地として残っています。その境界線や権利などがあいまいなことが,新たな開発を難しくする原因となっているとの指摘があります。パプアニューギニアでは,1988年にブーゲンビルで起こった銅山をめぐる争いが分離独立運動に発展しましたが,政府と独立派の間で和平が成立し,2005年に自治政府が発足しました。その際の選挙には日本からも選挙監視要員が派遣されています。また,ソロモン諸島では,1998年末よりガダルカナル島で,先住民とマライタ島民の部族対立が激化しました。太平洋諸島フォーラム(PIF)によるソロモン地域支援ミッション(RAMSI)の派遣により,治安は回復しましたが,不安定な政情は続いています。

助け合いの精神「ワントク」

大洋州地域の社会を理解するうえで欠かせないのが「ワントク(WANTOK)」です。英語の「ワン・トーク」を由来とし,「同じ言葉を話す人々」を意味する言葉で,仲間はお互いに助け合ったり財政的に分かち合ったりすることが暗黙の了解とされています。そのおかげで極端な格差や貧困が少ない反面,現代的なビジネスを行う際に問題が生じる場合もあります。

 

発展のカギを握る天然資源開発

パプアニューギニアでは,1992年に採掘が開始された原油が,金や銅などと並ぶ主要産業です。また,日本企業が参加する液化天然ガス(LNG)プロジェクトは,順調に進めば2014年には年間660万トンが生産され,その半分の330万トンが日本に輸出される予定です。これにより,日本のLNG年間消費量の約5%がまかなわれるようになります。この計画の事業総額はパプアニューギニアの国内総生産の約2年分にあたり,輸出収入も約3倍に増加すると見込まれており,同国の経済発展に大きく寄与することが期待されています。ソロモン諸島においても,特殊鋼や電池などの材料であるニッケルの探鉱が実施されており,探鉱が成功すればソロモン諸島はニッケル輸出国となる見込みです。ソロモン諸島のニッケル埋蔵量は,日本の年間消費量の約10倍にあたると見込まれ,日本は,ソロモン諸島の資源開発を官民連携により推進し,日本企業がショアズール島及びサンタ・イサベル島で探鉱権を得てニッケル資源を開発中です。開発により,日本とソロモン諸島両国の経済に大きな効果が見込まれます。

 

慰霊事業を通じた日本との交流

ニューギニア島に残された日本の爆撃機第二次世界大戦の際,日本軍は,ニューブリテン島のラバウルを1942年に占領して連合軍に対する拠点としました。現在のパプアニューギニアの首都であるポートモレスビーを目指した侵攻や,ソロモン諸島の首都ホニアラがあるガダルカナル島をめぐる攻防で,日本軍は敗れて撤退しますが,終戦まで数多くの兵士がパプアニューギニアやソロモン諸島など南洋で戦役に従事しました。パプアニューギニアとソロモン諸島の地域では25万人近くの人々が亡くなり,日本が戦後に実施している遺骨収集や慰霊事業には,パプアニューギニアとソロモン諸島両国政府も協力しています。激戦地であったにもかかわらず両国の国民は親日的と言われ,当時の日本の言葉や歌を知っている人も多くいます。また,ニューブリテン島で従軍していた漫画家の水木しげる氏の作品には,当時の様子や現地の精霊を題材にしたものが描かれています。

 
 

発展が期待される両国とのパートナーシップ

日本からの援助も受けて行われたソロモン総選挙
太平洋をはさんで絆が深まることが期待されます。

日本と両国は,環太平洋造山帯に属し,地震が多いという共通点があります。2007年にソロモン諸島で起こった地震・津波災害に対して,日本は,毛布などの緊急援助や国連児童基金(UNICEF)などを通じた緊急無償資金協力を行ったほか,被災した病院の再建にも協力してきました。2010年8月のソロモン諸島総選挙の際には日本から選挙監視団の派遣や資金援助を行い,また,NGOが稲作普及に取り組むなど草の根での交流も盛んになっています。パプアニューギニアとの関係では,2011年2月に日・パプアニューギニア投資協定の実質合意が成立しました。太平洋・島サミットの開催国である日本は,両国に対して積極的な協力・支援を続けています。発展を続ける両国と日本は,お互いに欠かせないパートナーとして,これからも経済交流や人的交流を深めていくことでしょう。

 
 
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