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Vol.68 2011年1月14日
ボリビア~リチウム資源開発に託す夢

南米大陸中央部に広がるボリビアは,国境を接するブラジルやペルーと同じく,19世紀から日本人移民を受け入れてきた国。亜鉛,錫(すず),鉛,銀などの鉱物資源が豊富で,特に近年は,電池の材料であるリチウムに世界から熱い視線が注がれています。今回はボリビアという国の歩みと現在,そして日本との関係について解説します。

アンデス山脈からアマゾンに広がる南米の内陸国

ボリビア
すり鉢状の地形にぎっしり家が建ち並ぶラパス市街

ボリビアは周囲をペルーブラジルパラグアイアルゼンチンチリに囲まれた内陸国。約110万平方キロメートル(日本の約3倍)の国土は,標高3,000m以上の寒冷なアンデス高地,その麓に広がる温暖な渓谷地帯,そして平原や原生林が広がるアマゾン源流部の熱帯・亜熱帯地域から構成されています。アンデス高地には,ボリビア最大の都市で政治上の首都であるラパスのほか,チチカカ湖やウユニ塩湖など魅力的な観光資源を擁しています。また渓谷地帯には憲法上の首都スクレ,平原地帯には第2の都市と言われるサンタクルスがあります。

 
 

現在もボリビアの人々の生活に息づく先住民文化

「オルロのカーニバル」は毎年2月または3月に開催。

©2009 Asociacion de Conjuntos del Folklore Oruro Bolivia ボリビアの人口は約1,000万人。そのうち約55%をケチュア族,アイマラ族などの先住民が占めています(他にメスティーソ(混血)32%,欧州系13%)。先住民の女性たちの多くは各地方特有の民族衣装を着用するなど,ボリビアでは今日まで伝統的な文化や生活習慣が維持されています。「オルロのカーニバル」も,先住民文化や植民地時代の様式を色濃く残しており,同じく"南米三大祭"と呼ばれるリオのカーニバルに比べて宗教色豊かなダンスや音楽が特徴です。2008年にはユネスコの無形文化遺産に登録されました。日本は,ユネスコ無形文化遺産保護日本信託基金により,「オルロのカーニバル」の保護・振興を支援しました。

モラレス大統領の「エボ・ファッション」

日ボリビア首脳会談での菅総理とモラレス大統領

(写真提供:内閣広報室)

ボリビア初の先住民出身の大統領であるファン・エボ・モラレス・アイマ大統領は,最初の欧州訪問で,王室との公式行事に伝統的なデザインのセーター姿で出席。その後,民族織物をセンス良くあしらった襟無しの特製ジャケットをノーネクタイで着用するようになり,2010年12月の来日時もこの服装で天皇陛下御会見や菅総理との首脳会談に臨みました。エボ・モラレス大統領が普段から公の場で着用している,伝統衣装を取り入れたこのような服装は,「エボ・ファッション」として世界から注目されています。なお,モラレス政権の閣僚は,大統領のスタイルに合わせて公式行事でもほぼ全員ノーネクタイで革製のジャンパーなどを着ています。

 
 

インカ帝国の支配からスペイン人の支配へ

ティワナク遺跡「太陽の門」
ボリビア略史1(先史文明~植民地時代)

チチカカ湖東岸を中心に栄えたティワナク文明は,12世紀初め頃まで続いたと考えられており,現在もティワナク遺跡(世界遺産)で発掘調査・研究が続けられています。日本も,ユネスコ無形文化遺産保護日本信託基金を通じ,保存・修復支援を行っています。15世紀後半,現在のボリビアの地はペルーのクスコを帝都とするインカ帝国に編入されますが,南米大陸に進出したスペイン人によって1533年にインカ帝国は崩壊します。スペイン人の支配下に入ったボリビアの地は,「アルト・ペルー(高地ペルー)」と呼ばれるようになりました。1545年に発見されたポトシ銀山は,ボリビアに富と人を呼び寄せ,銀山の町・ポトシは,1650年頃には人口約16万を抱える新大陸最大の都市になったと言われています。

 

「ボリビア」誕生

ボリビア略史2(独立~現代)

1825年にスペイン植民地「アルト・ペルー」を解放したのは,ベネズエラコロンビア,ペルーを相次いで独立させた南米の解放者シモン・ボリーバルでした。新生国家はボリーバルにちなんでボリビアと名付けられました。ボリビアは,チリとの太平洋戦争(1879~1883年),パラグアイとのチャコ戦争(1932~1935年)などで海岸部を含む広大な領土を失いました。特にチリとの関係は,現在でも「海への出口問題」として大きな外交案件となっています。

 
 

鉱山とともに発展してきたボリビア

日本のボリビアからの亜鉛・鉛鉱石輸入実績(2009年)

スペイン植民地時代にポトシ銀山を中心に鉱業が発展したボリビアでは,独立後も錫を中心とした鉱業が,大豆や砂糖などの農業とともに経済を支えてきました。現在は,主に亜鉛,錫,鉛,銀,天然ガスなどを海外に輸出しています。日本にとってボリビアは亜鉛,鉛のきわめて重要な輸入相手国であり,ボリビアで最大級のサン・クリストバル鉱山(亜鉛,鉛,銀)には日本企業が投資しています。

 

世界が注目する豊かな資源~リチウム

リチウムが豊富に埋蔵されていると言われているウユニ塩湖

(JICA Photolibraryより)

豊かな資源を有しながらも重債務貧困国に分類されるボリビア。モラレス政権は,天然ガスを中心とした資源からの収入がボリビア国民へより多く還元されるよう,2006年に「炭化水素資源国有化」を導入し,株式の過半数を国が取得することによって資源の国家管理の強化を図る方針を示しました。また,現在,リチウム産業化によって貧困からの脱出を図ろうとしています。リチウムは,ハイブリッド車や電気自動車,さらにパソコンや携帯電話などに使用されている二次電池に必要不可欠な材料で,将来的に多くの需要が予想されています。観光名所としても知られるウユニ塩湖には,世界のリチウム埋蔵量の約50%が存在するとも言われており,各国が注目しています。リチウム抽出には高度な技術が必要であるため,ボリビア政府は,各国にその研究への協力と将来のリチウム産業化への協力を呼びかけており,日本企業も名乗りをあげています。

 
 

日本人移民が礎を築いたボリビアとの友好

サンタクルス市内の市場にて。カボチャはボリビアが原産。

日本からボリビアに最初に移民が入ったのは1899年のことで,日本人移住の歴史は110年を越えています。現在,サンタクルスに近い2つの日本人移住地(サンファン,オキナワ)を中心に1万人を超える日系ボリビア人が在住していると推計されています。日系人は,その勤勉さからボリビア社会で高く評価されてきました。また,日本は,ボリビアをODAの重点国と位置づけ国際協力機構(JICA)などを通じた無償資金協力をはじめとする経済協力を実施するなどして良好な二国間関係を築いています。さらに日本とボリビアは,国際平和や自然環境との共生など共通の価値観を有するパートナーであり,2009年にモラレス政権下で発布されたボリビア新憲法には,国際紛争解決の手段としての侵略戦争放棄が盛り込まれています。

 

日本とボリビア,未来に向けてより緊密な絆を

2010年12月に来日したモラレス大統領は,菅総理との首脳会談において「リチウムを用いた産業化がボリビアの夢」であり,「日本にはボリビアの夢に同伴して欲しい」と日本に対する熱い期待を表明しました。首脳会談後に発出された日ボリビア共同声明では,リチウム資源開発に向けた共同での取組合意をはじめ,日本は地熱発電所建設の資金援助,ボリビアは地デジ放送の日本方式の採用など,両国関係をさらに深める内容が盛り込まれました。日本が進める経済外交にとっても重要な資源を中心に,日本とボリビアの二国間関係がさらに拡大・深化することが期待されます。

 
 
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