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Vol.60 2010年7月2日
NPT運用検討会議~NPT体制の危機を救った最終文書

世界の核軍縮・不拡散,原子力の平和的利用について話し合う「核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議」が2010年5月,米ニューヨークの国連本部で開かれ,将来に向けた「行動計画」を含む最終文書を全会一致により採択して閉会しました。NPTにおける合意の成立は実に10年ぶりであり,核兵器のない世界の実現に向けてとても大きな成果となりました。核問題をめぐる情勢変化とともに,NPT運用検討会議の意義について考えてみます。

NPT運用検討会議とは?

核兵器不拡散条約(NPT)とは,今日の核軍縮・不拡散体制の根幹をなす条約で,1968年に署名のために開放され,1970年に発効しました。NPTは,この地球上にすでに核兵器が存在しているという現実を受け入れた上で,NPTの下で核兵器を保有することが認められた核兵器国(米・露・英・仏・中)による核兵器を減らすための取組(核軍縮),核兵器や関連資機材・技術がこれ以上世界に拡散しないようにするための取組(核不拡散),締約国が原子力を平和的に利用するための取組(原子力の平和的利用)を条約の三本柱と位置づけています。1970年の発効当初,条約の期限は25年間と決められていたため,その期限に当たる1995年のNPT運用検討・延長会議で,条約が無期限に延長されました。NPTでは,1975年以降,5年ごとに締約国によるNPT運用検討会議を開催し,条約の運用状況を振り返ったり,今後の取組の方向性を決めています。締約国はこのNPT運用検討会議を通して,NPTをめぐる様々な問題を議論しながら,核軍縮・不拡散に向けた努力を積み重ねることになりました。

NPT 体制をめぐる世界の動き
 
 

NPT運用検討会議の紆余曲折

しかし,核問題をめぐる厳しい情勢が続く中,NPT運用検討会議はその後,紆余曲折をたどることになりました。インドとパキスタンによる核実験の実施(1998年)後に開催された2000年のNPT運用検討会議では,締約国間の交渉努力の結果,将来に向けた核軍縮への措置を盛り込んだ最終文書を採択することができました。ところが,続く2005年のNPT運用検討会議では,議題の設定などに時間を費やし,実質的な議論をする時間が短く,また2005年当時のブッシュ米政権が核軍縮より核不拡散に強い態度を示す中,2000年の合意以上の内容が期待できないという観測が当初より支配的で,妥協を模索する雰囲気ではありませんでした。また,イランの核問題や中東決議の扱いをめぐり,激しい対立が存在しました。このため,新たな合意文書を成立させることはできず,NPT体制は大きく揺らぐことになりました。一方で,2001年の米国同時多発テロ事件(9.11)以降,核を使ったテロへの懸念は現実味を増し,北朝鮮やイランの核問題が深刻化し,気候変動問題や原油価格高騰を背景とした世界的な原子力発電の再評価(原子力ルネサンス)が進むなど,NPT体制を取り巻く情勢は「まったなし」の状況となっていました。

 

核軍縮に向けた機運の高まり

こうした流れの中で,核軍縮・不拡散に世界中の関心を呼び戻す大きな転換点となったのが,米国のオバマ大統領が2009年4月にチェコで行ったプラハ演説でした。オバマ大統領は,何千発もの核兵器の存在は冷戦が残した最も危険な遺産であるとした上で,核兵器のない世界の平和と安全を追求する米国の決意を力強く表明しました。この演説をきっかけに,核軍縮・不拡散の機運が高まり,NPT体制の重要性が改めて強く認識されるようになりました。2010年3月には「NPTに対する明確な支持」を確認するG8外相声明が出され,同4月には核テロ対策を話し合う核セキュリティ・サミットが開催されました。さらに,米国とロシアは二国間の核軍縮条約である新START条約に署名し,具体的な核軍縮の取組を示しました。これらの動きは,翌5月に控えたNPT運用検討会議に大きく弾みをつけるものでした。

 
 

2010年NPT運用検討会議の成功

国際社会の期待と注目を集めた2010年5月のNPT運用検討会議は,カバクチュラン議長(フィリピン国連常駐代表)の下,約4週間の日程で開催されました。1週目には各国首脳・外相級がスピーチを行い,米国のクリントン国務長官は,核兵器保有数の公表といった具体的な核軍縮への取組を表明しました。その後も順調に話し合いが続けられましたが,会議日程が後半に入り,最終文書に盛り込む具体的な文言の交渉が始まると,190の締約国それぞれの立場の違いから,次第に対立が先鋭化してきました。今回のNPT運用検討会議で争点になったのは,核兵器国がいかに核軍縮措置を前進させることができるか,イランや北朝鮮といった地域の核問題,中東非大量破壊兵器地帯をどのように扱うか,NPTからの脱退の問題にどう対応するか,国際原子力機関(IAEA)による核関連施設の抜き打ち査察に関する追加の議定書について,その締結促進(普遍化)や締結を世界標準とすることをどう考えるかなどの点でした。これらの議論に関しては,核兵器国と非核兵器国,先進国と途上国などの間で見解に大きな隔たりがあり,最終的な合意形成ができるかどうか危ぶまれる状況にもなりました。

NPT 運用検討会議における主な争点
 

10年ぶりに採択された最終文書

しかし,今回は2005年の教訓を忘れず,各締約国が粘り強く交渉した結果,将来に向けた具体的な「行動計画」を盛り込んだ最終文書を採択することができ,会議は10年ぶりに大きな成果を収めることができました。今回の最終文書では,2000年に合意した内容を再確認し,すべての国は「核兵器のない世界」の実現という目標と整合性のとれた政策を追求することなどが明記されたほか,中東の非核化に関する国際会議開催(2012年)を支持することや,核兵器国が核軍縮に向けた具体的な取組を進め,NPT運用検討会議準備委員会(2014年)に進捗状況の報告を求めることなどが盛り込まれました(詳しくは2010年運用検討会議:最終文書(行動計画)の概要をご覧ください)。なお,NPTの運用状況の「評価」もまとめられましたが,こちらはカバクチュラン議長の責任による文書として留意(take note)するにとどまりました。

 
 

NPT体制の危機を救った意義

リブラン・カバクチュラン議長(中央)

(UN Photo⁄JC Mcllwaine)一方で,国連安保理決議に違反する形でウラン濃縮活動を続けているイランの核問題に対する言及がなかったことや,NPTの遵守や脱退についての言及が弱かったこと,IAEAの機能強化(特にIAEA追加議定書の普遍化)に関しても弱い表現にとどまったことなどが,今回の会議の課題として残りました。しかしながら,国の発展度合いや核問題に対する立場の異なる190の締約国が,最終文書の採択に合意できたことは,危機に直面していたNPT体制を救ったという点でとても意義深いことだったと言えます。

 

最終文書に反映された日本の提案

日本は今回のNPT運用検討会議の開催に当たり,4本の作業文書を国連に提出しました。具体的には,オーストラリア政府と共同で核兵器保有国に核兵器の数や役割の低減を求める「実践的核軍縮及び不拡散措置の新しいパッケージ」,原子力の平和的利用における「IAEA保障措置の強化」や「IAEA技術協力」に関する文書,さらには,軍縮・不拡散教育の促進において市民社会が果たす役割を明確にし,政府との連携の必要性をまとめた「軍縮・不拡散教育」についての作業文書です。これらの作業文書は,今回採択された最終文書に広く反映されており,日本の貢献の表れと言えます。また,会議の最終段階では,日本はオーストラリア,オーストリア,ドイツ,韓国,ニュージーランドとともに緊急閣僚声明を発表し,合意形成に向けた各国の結束を呼びかけました。そのほか,北朝鮮の核問題に対する強いメッセージが最終文書に反映されるよう,米露及び韓中と緊密に連携して取り組みました。

 

唯一の戦争被爆国・日本の役割

2010年NPT運用検討会議の様子

(UN Photo⁄Mark Garten)今回のNPT運用検討会議は,世界的な核軍縮の機運が高まる中での開催となり,これまで以上に大きな期待と注目を集めた会議でした。会議期間中には,多くの日本の被爆者がニューヨークを訪れ,運用検討会議で核廃絶に向けたステートメントを行い,現地の高校での被爆証言や,コンピューター・グラフィックで復元した原爆投下前の広島の映像上映などの,さまざまなサイドイベントを通じて,世界中の人々に平和の尊さを訴えました。唯一の戦争被爆国である日本は,このような機会を最大限に活用し,広島と長崎の悲劇を二度と繰り返さないよう,国や世代を超えて歴史を語り継いでいかなければなりません。次の2015年NPT運用検討会議に向けて,国際社会は今回合意した最終文書に盛り込まれた「行動計画」を着実に実行しながら,「核兵器のない世界」に向けた取組をさらに強化していかなければなりません。そのために,日本は積極的な働きかけを行っていく必要があります。

 
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