国連気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)が2009年12月、デンマークのコペンハーゲンで開催され、国内外で大きな注目を集めました。交渉当初の目標であった2013年以降のポスト京都議定書の採択には至りませんでしたが、各国首脳による直接の交渉により確かな前進がありました。COP15の意義と今後の課題について考えます。
■COP15が目指していた「政治合意」
会期中、連日ニュースで大きく報じられたCOP15は、2009年12月19日、「コペンハーゲン合意」(Copenhagen Accord)(仮訳はこちら)に「留意する」ことを決定して閉幕しました。この結果を理解するために、まず、COP15が「会議の成果」として目指していたもの、そして最終ゴールである「ポスト京都議定書」とはどんなものなのか整理してみます。そもそも、現行の京都議定書は、本文全28条と2つの附属書などからなる、法的な拘束力を持つ文書(法的文書)です。ポスト京都議定書も、同様の実効性を確保するために法的文書とすることを目指して交渉されてきました。しかしながら、COP15に至るまでの交渉では、こうした法的文書の骨格や条文について明確な方向性が決まっていなかったため、COP15では当初より、2013年以降の次期枠組みの構築に向けた交渉を進展させるため、その骨格に関する「政治合意」を採択する努力がなされました。
■「留意」によって交渉の決裂を回避
COP15終盤には、全体会合とは別に、急遽、約30の国・機関(日、米、英、豪、独、仏、中、印、ブラジル、南アフリカ、小島嶼諸国グループ代表及びアフリカ諸国グループ代表など)の首脳級会合が開かれることになりました。この首脳級会合は、2009年12月17日深夜より、断続的に開かれ、各国・機関の首脳らが膝をつき合わせて議論と交渉を行いました。そして翌18日深夜、これらの国・機関の間で「コペンハーゲン合意」がまとめられました。しかしながら、これを全体会合にかけたところ、一部の国(ベネズエラ、キューバ、ボリビア及びスーダンなど)は、「合意文書作成のプロセスが不透明」などとして異を唱え、採択に反対しました。国連気候変動枠組条約の下における合意形成は、コンセンサス方式をとっていますので、1か国でも反対する国があれば、決議案や合意は採択されません。しかし、先進国、小島嶼国、最貧国を含めほぼすべての国が賛同し、採択を求めたことから、一部の国が作成過程が不透明との理由で採択に反対していたものの、最終的に、締約国会議では、首脳級を集めたCOP15の成果の一つとして、今後の交渉を前進させるためのひとつのステップとするために「コペンハーゲン合意に留意(take note)する」という決定が採択されることとなりました。

■国連史上最多の首脳陣が参加
COP15では、目指していた政治合意の採択には至らなかったものの、気温上昇の抑制や途上国も含む削減行動の提出について書かれた「コペンハーゲン合意」が留意されたことは、大きな一歩と言えます。締約国すべての意見を集約するのはとても大変なことであり、国益を守るために意見が衝突することもよくあります。しかし、今回、国連史上最多とされる119人の首脳が集まって議論し、首脳陣自らが文書を作成したことを踏まえると、「コペンハーゲン合意」は、今後のCOPでの交渉にとって大きな重みをもつものであり、新たな法的文書の採択に向けた長いプロセスのなかで、現実的かつ確かな前進だったと言えます。経済協力開発機構(OECD)のアンヘル・グリア事務総長も、「完全な合意からは程遠いが、国際的な協調行動に向けて道を開くものだ」と評価しています。
■なぜCOP15でポスト京都議定書の採択を目指していたのか
現在、COPで交渉しているのは、2013年以降の枠組みですが、2008年から2012年の期間(第一約束期間)における先進国の排出削減義務を具体的に定めた京都議定書が発効するまでにも、実はとても長い道のりがありました。議定書の交渉を始めたのが1995年(COP1)で、「採択」されたのは1997年(COP3)、その後も議定書の詳細に関する議論が続けられ、採択から8年後の2005年、ようやく京都議定書は「発効」しました。交渉開始から実に10年もの時間を要しています。もちろん最大の難関は、課題について全体の方向性を骨子にまとめ、そこから議定書の条文を詰めていく作業でした。やっと採択されると、今度は締約国内での手続きです。各締約国が自国へ持ち帰って、国内法上の手続き(国会の承認など)を経た後に、最終的に締結を行い、議定書に規定された発効要件を満たして初めて議定書が効力を発することになります。このような手続きのための時間を考えると、2013年以降の次期枠組みが京都議定書の第一約束期間の終わる2012年末までに発効するためには、2009年までに採択されることが望ましいため、交渉当初からこれが大きな目標となっていました。コペンハーゲン合意はこうした交渉のプロセスの途中にあり、法的文書の採択により次期枠組みが出来るまで、まだまだ長い道のりの通過点にあります。

■コペンハーゲン合意(1)気温上昇を抑制せよ
次に、「コペンハーゲン合意」に盛り込まれた内容は、どのようなもので、これからの議論で一体どのような意味を持つのか考えてみましょう。まず、気候変動問題の根本にある「気温」については、「気温の上昇を2度以内とすべき」との科学的な考え方を認識して、長期的な協力を強めていくことが書かれています。この気温の上昇を2度以内とすべきとの考え方に関しては、これまでG8ラクイラ・サミットやエネルギーと気候に関する主要経済国フォーラム(MEF)首脳会合では、産業化以前の水準からの世界全体の平均気温の上昇が摂氏2度を超えないようにすべきとの科学的見解を認識することで意見の一致をみています。産業革命以降、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出が加速し、気温が上昇したと考えられているため、この上昇を抑えていこうとするものです。また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に発表した「第4次評価報告書」(AR4)によると、1906年から2005年の100年間で、世界平均気温は0.74度上昇したことがわかっています。また、ここ50年の気温上昇は、過去100年の上昇速度のほぼ2倍に相当し、近年になればなるほど温暖化が加速しています。このままでは、地球上のさまざまなところに悪影響が及ぶことも指摘されています。2007年には、この報告を行ったIPCCと、アカデミー賞受賞映画「不都合な真実」に出演したアル・ゴア元米副大統領が、気候変動分野で初めてノーベル平和賞を受賞するなどして、地球温暖化に対する意識も世界的に高まってきていますが、「コペンハーゲン合意」はこうした危機感を国際社会で共有したものといえます。

■コペンハーゲン合意(2)先進国の削減目標、途上国の削減行動の提出を明記
次に、温室効果ガスの削減について、「コペンハーゲン合意」は、先進国は2020年までに削減すべき目標、途上国は削減のための行動をそれぞれ決めて、2010年1月末までに提出することを求めています。先進国、途上国それぞれによるそのような目標、行動が記されたリストができることは確かな前進です。日本はすでに、すべての主要国による公平かつ実効性のある枠組みの構築と意欲的な目標の合意を前提に、2020年までに1990年比で言えば25%の削減を目指すことを表明しています。
「共通だが差異ある責任」という考え方
ところで、国際交渉では、途上国については削減「行動」を定めることが求められており、削減「約束」をするべきとされる先進国とは異なります。京都議定書や、ポスト京都議定書交渉では、様々なところで先進国と途上国の扱いが異なっています。これは、議定書の親条約である国連気候変動枠組条約の原則、「共通だが差異ある責任」からきています。つまり、全ての国・地域は、人類の活動によってもたらされた温暖化に対して「共通の」責任を持っているが、温暖化の主な原因をもたらした先進国とそうではない途上国では責任に「差」がある、という考え方です。言い換えれば、現在の温暖化は主として先進国が生んだものであり、途上国に先進国と同様の義務を負わせることはできない、ということです。だからといって、世界人口の8割を占める途上国が、何の環境対策も取らずに従来型の工業化をすすめれば、温室効果ガスの排出量が一層増えることは避けられません。このため、途上国には削減行動を定めることが求められているのです。
■コペンハーゲン合意(3)温室効果ガス削減を着実に進めるために
削減に向けた目標を掲げたら、次はそれを着実に実行していかなければなりません。そのため、「コペンハーゲン合意」では、先進国及び途上国のそれぞれの行動に関する測定・報告・検証(MRV)について明記されています。特に、途上国が先進国の支援を受けて行った削減行動は、国際的なMRVの対象とされており、先進国の支援が確実に途上国の温暖化防止行動に繋がることを確保しようとしています。温室効果ガスという"目に見えないもの"を測定し、報告し、さらにその報告を検証する具体的な方法については、各国の国益が絡む大きな課題だけに、すべての締約国が合意するまでにはさらに大変な交渉が行われる見込みです。
■コペンハーゲン合意(4)途上国支援
そして、「コペンハーゲン合意」では、途上国の温暖化対策を支援するため、先進国は2012年までに300億ドルに近づく支援を共同で行い、長期的には2020年までに年間1,000億ドルの資金動員目標を約束することを盛り込んでいます。日本は、COP15首脳級会合の際に「鳩山イニシアティブ」として2012年末までの約3年間で官民あわせて約1兆7,500億円(概ね150億ドル)規模の支援(うち公的資金1兆3,000億円(概ね110億ドル))を実施することを発表し、各国から高い評価を得ました。
日本の途上国支援
「鳩山イニシアティブ」は、気候変動分野の途上国支援に関する日本の基本方針としてまとめられ、世界規模での「環境と経済の両立」を図り、「低炭素社会」への転換に貢献することを目的としています。なぜなら、世界全体の温室効果ガス排出量に占める途上国の比率は年々増加しており、途上国での削減が全体の削減量に大きく影響するからです。日本は日本の優れた環境関連技術を活用した支援(緩和策:例、低炭素ゴミ収集車、太陽光発電システムの供与など)や、気候変動に起因する、自然災害による被害の拡大等に対する緊急的な支援(適応策:例、島嶼国の護岸工事、サイクロン被害の復旧支援、避難訓練講習など)を軸に、さまざまな支援を始めています。

■「コペンハーゲン合意」の先へ
今回、コペンハーゲンで開催されたCOP15の行方が世界中でこれほどまでに注目されたのは、京都議定書の第一約束期間が終了する2012年末から逆算すると、2009年末までに、つまりCOP15の場で、新たな枠組み交渉に向けた合意を成立させなければ、いろいろな手続きが間に合わないとされてきたからでした。COP15では完全な形での合意採択とはならなかったものの、今後の国際交渉に弾みをつける文書(コペンハーゲン合意)はできあがりました。日本をはじめ、国際社会はここで、地球温暖化防止に向けた取組の手を緩める訳にはいきません。気候変動問題は地球規模の課題だからこそ、さらに交渉を重ね、少しでも良い結論を導き出さなければなりません。これから先は、「コペンハーゲン合意」を足がかりに、本年末にメキシコで開催されるCOP16に向けて、「ポスト京都議定書」の議論を加速させていく必要があります。