2009年は、南極条約が採択されて50周年になります。南極条約はどのような経緯で成立し、どのような役割を担っているのでしょうか。近年の南極をめぐる課題を日本の取組とともに解説します。
■厚い氷に覆われた南極大陸
南極は地球の一番南にある大陸です。日本のおよそ36倍の広さ(約1,300万平方km)を持ち、陸地は「氷床」(ひょうしょう)と呼ばれる厚い氷(厚さ平均約2.5km)で覆われています。南極大陸の自然のほとんどが、今も手つかずのままで残されており、地球の歴史が保存されたとても貴重な“タイムカプセル”なのです。長い間人類未踏の地だった南極大陸は1820年ごろに発見されました。1910年、日本の白瀬矗(のぶ)など三つの探検隊が同時期に南極点を目指し、1911年にノルウェーの探検家アムンゼンが初めて南極点に到達しました。

■国際観測キャンペーンから国際条約締結へ
南極大陸の存在が明らかになるにつれて、南極地域を探検した国や近くの国が領土権を主張するようになりました。その一方で、極地(北極と南極)を専門とする科学者の間では、国際共同研究を実施しようという機運が高まり、1882年、国際観測キャンペーン「国際極年」(IPY)が始まりました。これをきっかけに、南極における国際協力が促進され、南極をめぐる国際的な合意に向けた動きが本格化しました。
■南極を科学調査と国際協力の場とする南極条約
第1回(1882~83年)、第2回(1932~33年)、第3回(1957~58年)の国際極年を経て、日本、アメリカ、イギリス、ソ連など12か国は1959年、南極条約(南緯60度以南の地域に適用)を採択します。条約では、領土権主張の凍結を基本原則として掲げた上で、軍事基地の建設を禁じるなど南極地域の平和的利用、科学的調査の自由と国際協力の促進などを主な内容としています。これにより、南極大陸の一部に領土権を主張する「クレイマント」と、主張しない「ノン・クレイマント」(他国の主張も否認)の対立を越えて、南極が科学調査と国際協力のための場所であることが明らかにされました。
■南極条約体制の確立
南極条約の下で、さらに南極の環境や生物資源を具体的に保護するための条約・勧告・措置が採択されました。具体的には、南極地域のあざらし猟を規制する「南極のあざらしの保存に関する条約」(1972年採択)、魚類・軟体動物・オキアミ(プランクトン)などの捕獲量、区域、方法などを制限する「南極の海洋生物資源の保存に関する条約」(1980年採択)、南極の環境と生態系を包括的に保護するとともに南極における鉱物資源に関する活動を禁止する「環境保護に関する南極条約議定書」(1991年採択)があり、これらを総称して「南極条約体制」と呼んでいます。当初は領土権や軍事目的利用の問題に集まっていた国際社会の関心が、徐々に環境問題へと移っていったことがわかります。

■締約国と協議国
南極条約の締約国は、2009年3月までに47か国に拡大しています。そのうち、南極に観測基地を設けたり、科学調査をしたりするなど、積極的な活動を行っている28か国を「協議国」としています。協議国は毎年会議を開催し、南極地域をめぐる様々な課題について議論を重ねています。2009年4月には、米国ボルチモアで第32回南極条約協議国会議が開催され、南極条約の基本理念と今後の南極条約体制の重要性を確認する政治宣言が採択される予定です。
■増える南極観光
2008年の会議から続く議題の一つに、南極観光の問題があります。近年、クルーズ船で南極に向かう観光客が増えており、2007~08年には3万人以上(1990年代後半の4~5倍)が南極半島を訪れています。南極を観光することで、人々の自然環境に対する意識が高まるという効果も期待できるため、観光活動そのものが一概に非難されるものではありません。しかし、どこの国の領土でもない南極で、クルーズ船が氷山に衝突するなどした場合、沈没船の引き揚げや乗客救助活動などが迅速に行われないおそれがあります。また、船体破損による重油流出など環境汚染も懸念されます。このため、安全対策とともに環境面でも十分な配慮が必要となります。
■気候変動の影響
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書によると、極地では氷河や氷床の減少という形で気候変動の影響が現れています。北極域の気温が急激かつ全体的に上昇しているのに比べると、南極では大きな気温の上昇はありませんが、南極の氷床量についてみると、特に西部を中心として降雪による蓄積の増加を上回る流出が見られる所もあることが指摘されています。
■南極地域に関する日本の取組
南極条約の原署名国(12か国)である日本は、南極地域の領土権を主張しないノン・クレイマントで、南極大陸に四つの観測拠点(昭和基地、みずほ基地、ドームふじ基地、あすか基地)を設置しています。オゾンホールの観測や氷床コア採掘による大昔の大気状況調査などのほか、オーストラリアなど外国との共同研究も積極的に行っています。また、南極条約議定書の締結にあたり、国内法として「南極地域の環境の保護に関する法律」(1998年施行)を整備しました。日本人が南極を訪れる場合は、漁業など特定の活動を除くすべての活動について、環境大臣に届け出て確認を受けることが義務付けられています。
■南極地域の環境保全に向けて
南極条約50周年にあたる2009年5月、新しい南極観測船「しらせ」(砕氷船)が完成します。海洋や大気、省エネなど環境に配慮した“エコ・シップ”で、第51次南極地域観測隊(2009年11月出航)から就航する予定になっています。日本は今後も原署名国かつ協議国としての責務を果たし、南極地域の環境保全に向けた取組を推進していきます。