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Vol.169 2018年7月10日
深まる両国の絆 -日スウェーデン外交関係樹立150周年

2018年は,1868年に日スウェーデン修好通商航海条約が締結されてから,150年目にあたる節目の年です。この条約により,スウェーデンは,明治時代に日本との関係を確立した最初の国の一つとなり,以降,様々な分野にわたって協力を行ってきました。この機会に,スウェーデンという国を改めて紹介するとともに,両国の友好関係について紹介します。

スウェーデンとは

スウェーデン王国スウェーデンは,西にノルウェー,北東にフィンランドと国境を接し,南西にはデンマークと近接する,北欧の大国です。面積は約45万平方キロメートル(日本の約1.2倍),人口は約1,012万人(2017年12月,スウェーデン統計庁),GDPは5,386億ドル(2017年,IMF)と,いずれも北欧最大。首都ストックホルムは「水の都」とうたわれる北欧の代表的な観光地のひとつであり,スカンジナビア半島で最多の人口を誇る都市でもあります。ストックホルム市の面積の13%は水面が占めており,14の島とそれを囲む運河から成る美しい風景は,しばしば「北欧のヴェニス」とも称えられています。

わかる!国際情勢 Vol.135 スウェーデンという国 - さらなる友好関係の構築に向けて

首都ストックホルム
 

世界に示す存在感

スウェーデンはナポレオン戦争終結(1814年)後,現在に至るまで一度も他国と戦火を交えたことがなく,約200年にわたって軍事非同盟を維持していることでも知られています。また,1966年に発足したストックホルム国際平和研究所(SIPRI)をはじめ,幅広いシンクタンクが存在しており,国際的発信力を有しています。経済の面を見てみると,ODA予算は経済規模との比率で世界トップレベルに位置しており,世界知的所有権機関(WIPO)の2017年技術革新力ランキングでは第2位,世界経済フォーラム(WEF)の2016年ICT競争力ランキングでは第3位と,技術力でも世界をリードするなど,独自の存在感を示しています。

 

「ノーベル賞」の国

スウェーデンを語る上で忘れてはならないのが,ノーベル賞です。ノーベル賞とは,ダイナマイトの発明で知られるスウェーデンの化学者,アルフレッド・ノーベルの遺言により創設されたもので,世界でもっとも権威のある賞の一つとして,広く認知されています。日本人も過去に25人が受賞しており(※元日本国籍の受賞者を一部含む),毎年12月10日にストックホルム・コンサートホールで行われるスウェーデン国王陛下による授賞式や,その後のストックホルム市庁舎でのスウェーデン王室御臨席の晩さん会の様子は,日本のニュースでも多く取り上げられています。

アルフレッド・ノーベルの肖像
 

日本でも人気の「スウェーデン・デザイン」

世界で人気のものと言えば,「スウェーデン・デザイン」があります。スウェーデンのデザインの特徴は,「シンプルで無駄がない」「機能美」「木を用いる」など,日本のデザインにも共通する部分が多く,日本人のファンもたくさんいます。イケア,H&M,エレクトラックス,エリクソン等,世界的に有名な企業を多く有しており,優れた製品を多数生み出しています。また,知る人ぞ知るスウェーデン人による発明品というのも多様にあります。例えば,摂氏温度計,安全マッチ,心臓ペースメーカー,三点式シートベルト,ボールベアリング,テトラパック(食品用紙容器)など,私たちの日々の生活を守り,支えている製品の中にも,スウェーデンで誕生したものが実はたくさんあるのです。

 

スウェーデンの音楽・文学・映画

スウェーデンが生み出す文化も,大変魅力的です。音楽では,ABBA(1970年代),Europe(1980年代),Ace of Base(1990年代),ロビン(2000年代),アヴィチー(2010年代)など,その時代を象徴するアーティストを多数輩出。文学では,スティーグ・ラーソン「ミレニアム」シリーズや,セルマ・ラーゲルレーヴ「ニルスの不思議な旅」,アストリッド・リンドグレーン「長靴下のピッピ」などが有名です。最近では,同じくアストリッド・リンドグレーンの「山賊の娘ローニャ」が,2014年に宮崎吾朗監督の手でテレビアニメ化され,2016年にはスウェーデンの公共テレビ局SVTで放映されたことでも注目を集めました。映画では,「第七の封印」「野いちご」などを撮ったイングマール・ベルイマン監督や,「カサブランカ」で有名な女優・イングリッド・バーグマンなどが,スウェーデン出身として知られています。

 

積極的な女性の社会進出

スウェーデンは,社会の在り方としても,数々の先進的な取り組みを行っています。「男女共同参画の先進国」とも呼ばれており,国会議員に占める女性の割合は43.6%(日本は13.7%),管理職に占める女性の割合は39.2%(日本は13.2%)にも上ります。男女ともに働くことを前提とした社会の仕組みを形成しているのが特徴で,課税は個人単位,1991年には配偶者控除を廃止しており,年金は個人の生涯所得に応じて支給されるため働かなければ低年金になります。同時に手厚い育児支援政策を行っており,所得補償つきの育児休暇は480日間,うち母親・父親専用としてそれぞれ90日確保されているなど,男女の区別なく,家庭と仕事の両立を可能とする社会づくりを実践しています。

 

日本とスウェーデンの交流史

日本とスウェーデンの友好関係は,1868年に修好通商航海条約を締結したことから幕を開けました。それ以前にも幾つかの交流があり,記録によると,最も早い時期に日本の土を踏んだスウェーデン人の一人は,1647年に航海途中に立ち寄ったヨーハン・オーロフソン・ベリエンシェーナ提督でした。また植物学者リンネの弟子,カール・ペーテル・トゥンベリは,1775年に医師として日本を訪れ,日本における植物学や蘭学の発展に寄与しました。帰国後には日本植物誌「フローラ・ジャポニカ」を執筆しています。国交樹立後の1871年には,岩倉使節団が欧州へ出発。1873年4月末にスウェーデンに立ち寄った際には,工業施設や学校,国立博物館などを視察し,オスカル二世国王陛下に謁見をしたことが記録されています。日本の皇室とスウェーデンの王室は,伝統的に良好な関係を築いており,1926年には,グスタフ6世アドルフ皇太子が来日。1953年には明仁皇太子殿下(当時)がスウェーデンを初訪問し,ストックホルム国立民族博物館敷地内に建設されたヨーロッパ初の茶室「瑞暉亭(ずいきてい)」を御訪問になりました。また現在のカール16世グスタフ国王陛下はこれまでに十数回訪日されるなど,近年ますます交流を深めています。

 

55年ぶりのゴール

1967年,大観衆の前でゴールした金栗さん(出典:玉名市HP)日本とスウェーデンにとって忘れられないスポーツイベントの一つに,1912年に開催されたストックホルム・オリンピックがあります。日本は,この大会を契機にオリンピックに初めて参加。選手団はたった4名で,うち選手は,陸上短距離の三島弥彦(みしま・やひこ)選手とマラソンの金栗四三(かなくり・しそう)選手の2人だけでした。当時の世界記録保持者であった金栗選手は,長距離移動の疲労に加え,猛暑に見舞われレース中に倒れてコースを外れ,地元の人に助けられた後,そのまま宿舎に戻りました。このことで金栗選手は,「消えた日本人」,「消えたオリンピック走者」として,スウェーデンで語り継がれることになったのです。それから月日は流れ,1967年,金栗選手が75歳のとき,スウェーデン・オリンピック委員会から招待を受け,大観衆の前でゴールテープを切りました。その記録は「通算54年と8月6日5時間32分20秒3」。世界で最も遅いマラソン記録として,今も両国の人々の記憶に刻まれています。

 

日本・スウェーデン外交関係樹立150周年を迎えて

日本とスウェーデンが外交関係を樹立してから150周年を迎えるに当たり,両国共通の公式ロゴマークが決定されています。日本とスウェーデンそれぞれの国旗の色を縦糸と横糸に使用してデザインされており,両国が150年にわたり織りなしてきた友好関係が表現されています。2017年7月には,安倍総理がスウェーデンを訪問し,ロヴェーン首相と首脳会談を実施しました。また,2018年4月には,カール16世グスタフ・スウェーデン国王陛下及び同王妃陛下が訪日し,両陛下の訪日を歓迎するための晩さん会が迎賓館で開催されました。150周年の本年,両国では,幅広い分野の記念事業が行われています。両国はこれまで,政治,経済,学術,文化など,多くの分野で友好を深めるとともに,協力関係を培ってきました。この150周年の機会を通じて,日本とスウェーデンは,双方のつながりを一層深めていくことが期待されています。

日本・スウェーデン外交関係樹立150周年の公式ロゴマーク(左)と,カール16世グスタフ・スウェーデン国王陛下及び同王妃陛下の訪日時の様子(2018年4月)(写真提供:内閣広報室)
 
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