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Vol.167 2018年4月24日
エクアドルという国-日本・エクアドル外交関係樹立100周年

エクアドルと日本は,1918年に外交関係を樹立して以来100年にわたり,政治,文化,経済,開発援助など様々な分野において交流を深めてきました。今回は,魅力あふれるエクアドルという国について改めて紹介するとともに,日本との友好関係の歴史や協力関係など,両国の絆について解説します。

エクアドルとは

エクアドルエクアドルは,その国名(Ecuador=スペイン語で「赤道」)が示す通り,南アメリカ西部の赤道直下に位置する共和制国家です。北はコロンビア,東と南はペルーと国境を接し,西は太平洋に面しています。面積は日本の本州と九州を合わせたくらいの広さ(約25.6万平方キロメートル),人口は1638万人(2016年,エクアドル国家統計調査局)と,規模としては比較的小さな国ですが,ジャングル・熱帯雨林から,アンデスの山岳地,さらにダーウィンの進化論で有名なガラパゴス諸島まで,多様な魅力に満ち溢れている国です。1900年に制定された国旗には,黄(豊穣と黄金),青(アマゾン川と海),赤(英雄と血)の3色と,中央部にはアンデスの山などの自然と国鳥コンドルを形取った紋章があしらわれています。

 

世界自然遺産の第1号「ガラパゴス諸島」

エクアドルには大きく分けると,「コスタ(海岸地帯)」「シエラ(山岳地帯)」「オリエンテ(熱帯雨林地帯)」「ガラパゴス諸島」という「4つの世界」があります。中でも日本でもよく知られているのが,ガラパゴス諸島です。ガラパゴス諸島はエクアドルの海岸から西へ約1000km,太平洋上に浮かぶ大小の島々からなる火山群島です。南米大陸とは一度も地続きになったことがなく,風や潮流,鳥などに運ばれてたどりついた生物は,隔離された状況で厳しい環境に適応し,独自の進化を遂げました。1835年にチャールズ・ダーウィンがこの島を訪れて研究を行い,のちに「種の起源」を発表したことで,世界的に知られるようになりました。1978年にユネスコの世界自然遺産の第1号のひとつとして登録され,2001年には周辺海域,ガラパゴス海洋保護区も含めて拡張登録されています。絶滅の危機に瀕した動植物や,ここにしか生息しない動植物との出会いを求めて,研究者はもちろんのこと,多くの人々が観光に訪れています。

世界最大のリクガメと呼ばれる「ガラパゴス・ゾウガメ」(左)と,ガラパゴス諸島に生息する「ウミイグアナ」(右)。
 

首都キト市の歴史的価値

エクアドルの首都キト市エクアドルの首都キト市は,世界で最初にユネスコ世界遺産に登録された街としても知られています。街の名前は,先インカ時代にこの地を興隆させたキトゥス(Quito)族に由来しています。16世紀初めにインカ帝国支配下に入ってからは,クスコ(ペルー)と並ぶインカ第2の都市として栄えましたが,1533年にスペインに征服されました。旧市街には,南米最古の修道院であるサンフランシスコ修道院をはじめ,歴史的建造物が並んでいます。赤道近くにありながらも,標高2000メートルを超える高地に位置しているため,涼しく過ごしやすいのが特徴です。

 

身近にあるエクアドル産の農産品

エクアドルと日本との距離は,太平洋を挟んで約15,000kmあります。はるか遠く離れた国に思えるかもしれませんが,実は海を隔てた「隣国」であり,私たちの身近にはエクアドルに関係するものがたくさんあります。近年特に手に入りやすくなっているのが,農産物です。例えばエクアドルは世界一のバナナ輸出国として知られており,同国にとっては原油に次ぐ輸出品です。もちろん日本にも輸出しており,現在エクアドル産のバナナは16.8%の国内シェアを有しています(2016年)。その他にもブロッコリーやコーヒー豆,カカオの産地としても有名です。特にエクアドル産のカカオは香りがよく,その品質の高さから欧州に多く輸出され,高級チョコレート等に使用されています。日本の有名パティシエの中にも,エクアドル産のカカオを好み,買い付けのために度々現地を訪れる人もいるそうです。また世界一のバラ輸出国であり,気温や日照環境のよさから,その耕地面積は世界一と言われています。

エクアドルのバラ産業の中心地・カヤンベ地方(左)と,バラ畑の様子(右)
 

野口英世博士の功績

グアヤキル市内にある野口英世像エクアドルと深い関わりのある日本人と言えば,野口英世博士(1876-1928年)が挙げられます。野口博士は米国等での約15年間の研究活動の後,1918年に黄熱病研究のためエクアドル最大の港町・グアヤキルに出張。他の熱帯感染症を含め,現地で多くの人命を救う活動を行いました。その後,ペルーやメキシコなどに赴き,様々な黄熱病の感染現場での研究と対処を行いますが,この活動のスタートを切ったのがエクアドルだったのです。野口博士の功績に対し,エクアドルでは多くの名誉称号等を授与。現在も,野口英世博士の胸像が設置されているほか,学校や道路,病院等に,その名前が残っています。一説によると,日本の千円札に使われている野口博士の写真は,グアヤキル出張中に撮影されたものとも言われています。

 

同じ地震国として

エクアドルと日本は,どちらも環太平洋火山帯に属し、沿岸の海底に太平洋プレートの沈み込み帯がありており,地震や津波,火山噴火などの自然災害が多発するという共通の特徴を有しています。両国は同じ火山国・地震国として,それぞれの国で起こった災害に対し,相互に支援と協力を続けてきました。2016年3月11日には,キト市で東日本大震災の5周年追悼セレモニーが開催されました。式典の中で,2011年の東日本大地震の際に,JICAエクアドル帰国研修員同窓会(BJE)が中心になって日本の被災者のための義捐金集めに奔走していたという報告があり,式典に参加した日本人関係者からは,「日本国民として,これらエクアドル市民の温かい支援を決して忘れない」という感謝の気持ちが伝えられました。その翌月の4月16日,エクアドルで海岸地域を震源としたマグニチュード7.8の地震が発生しましたが,奇しくもそれは,日本の熊本地震での本震の発生と同日でした。日本からも緊急救援物資を送るとともに,ユニセフや国際移住機関,国連開発計画を通じて,合計135万ドルの緊急無償資金協力を実施しました。また,JICAを通じた防災分野の専門家派遣や,防災に関する日本への研修員の受け入れのほか近隣の第三国で研修を実施する等,エクアドルの防災分野への支援を継続して行っています(2018年現在)。

 

災害分野での日本の協力

それ以前にも,日本はエクアドルに対して,防災分野における技術協力や無償資金協力を積極的に行ってきました。一例として,地震観測・津波解析技術の向上に関する支援があります。エクアドル国内の既存の地震観測機器は,強い地震の際には地震計が振り切れてしまうため観測が不可能になり,さらに観測データの集約と解析にも時間がかかっていました。そこでJICAは2014年より「津波を伴う地震のモニタリング能力向上プロジェクト」を開始。強震計や地震データ解析システムを整備しました。前述の2016年4月に起こったマグニチュード7.8の地震の際には,このプロジェクトで整備された機器やシステムを用いて,ほぼ正確な震源・マグニチュード・振動メカニズムについてのデータを割り出し,政府関係機関や国民向けに情報を発出することができました。また2017年より開始した「地震と津波に強い街づくりプロジェクト」では、自治体の防災計画の整備や,地震に強い建物建築のための制度改善に関わる協力を進めています。

国家危機管理庁(SGR)長官招聘時での熊本市消防局訪問の様子(2017年11月)(左)と,ムイスネ市での津波避難訓練(2017年10月)(右)
 

日・エクアドル外交関係樹立100周年を迎えて

このように日本とエクアドルは,1918年8月26日に日・エクアドル間修好通商航海条約を締結して以来,友好関係を築いてきました。それから100年目を迎えた2018年の本年,両国では「日・エクアドル外交関係樹立100周年」を記念し,100周年実行委員会が設立され様々な関連事業を行います。日本でもエクアドルの写真展やアンデス音楽ライブコンサート,エクアドルの郷土料理の提供など,エクアドルの文化を紹介する様々なイベントを各地で行っていく予定です。公式ロゴマークには,両国を象徴する威厳ある鳥である鶴とコンドルが描かれており,両国の強さ,知性,誠実,希望を表しています。1月10日にはキト市で,日・エクアドル外交関係樹立100周年開幕記念式典レセプションを開催。両国にゆかりの深い関係者が多数参加し,盛大に執り行われました。また同月31日には東京でも記念レセプションが開催されました。エクアドルと日本は,同じ火山国である,お互いにおもてなしの心を大事にするなど,深く類似している点が幾つもあります。この100周年を機会に,両国の関係が今後ますます発展していくことが期待されています。

日・エクアドル外交関係樹立100周年記念レセプションの様子(2018年1月31日)と(左)と,公式ロゴマーク(右)
 
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