21世紀に入り,地球環境問題や資源エネルギー問題,保健衛生問題など,国際社会は様々な課題を抱えています。これらの課題を解決するためには,科学技術を用いた国際協力が今後ますます重要になってきます。日本はこれから,自国の科学技術力をどのように外交に活用し,取り組んでいこうとしているのでしょうか。日本外交の新たな地平を開く「科学技術外交」について解説します。
■「科学技術」と「外交」
国際協力や外交において,科学技術が大きな影響力を発揮する場面が近年増えています。科学技術は,国の安全保障やイノベーションを通じた成長,さらには私たちの生活と福祉の発展を支える重要な要素です。この科学技術と外交とを結びつけた取組を「科学技術外交」と言います。日本が外交を推進する上で,その科学技術の強みを生かし外交力に厚みを加えていく重要性については、かねてから指摘がなされてきました。そして,グローバルな課題に直面する現在の国際社会において日本の科学技術を外交の前面に打ち出す機会は,新たな広がりを見せているといえるでしょう。
■これまでの取組
日本が今まで行ってきた科学技術外交の取組は,色々なものがありますが,大きく3つのものをあげることができます。1つめは,国連やG7等の国際的枠組みでの取組,2つめは,二国間科学技術協力協定の相手国との二国間協力の取組,3つめは,SATREPSのようにODAを生かした途上国との共同研究事業です。二国間科学技術協力協定とは,日本と外国との間で,平和目的のための科学技術分野の協力関係を促進するために締結される協定のことです。この協定の下で,研究開発の情報交換,研究者交流,共同研究など,様々な協力活動が実施されており,例年10カ国前後と合同委員会を開催しています。SATREPSは,日本と開発途上国の研究者が行う,環境・エネルギー,生物資源,防災,感染症といった地球規模課題の解決に向けての共同研究を3~5年間支援する事業で,国際協力機構(JICA),科学技術振興機構(JST),日本医療研究開発機構(AMED)が共同実施しています。
■科学技術外交の成果
日本の科学技術を外交に活用することによって,大きな成果が得られる事例があります。前述のSATREPSでは,日本の科学技術を適用,移転するという従来の手法に加え,日本と開発途上国の大学・研究機関が連携することで,新たな技術の開発・応用や新しい知見を獲得するための国際共同研究が行われています。例えば感染症分野では,「ケニアにおける黄熱病およびリフトバレー熱における迅速診断法と,アウトブレイク警戒システムの構築」というプロジェクトを実施。長崎大学がもつ熱帯ウイルス感染症の診断技術を応用し,現地医療機関においても利用可能な安価で迅速な簡易診断キットの開発に取り組んでいます。このキットが実用化すると,早期に感染症発生が察知でき,携帯電話などを活用した早期警戒システムによってその情報を中央政府へ伝達することで,大規模感染拡大の阻止に貢献することができます。現地にとっては,疾病対策に関する新しい技術やツールが開発されるだけではなく,若手の人材育成やグローバル化が実現し,日本にとっては,現地に設置した充実した設備で解析することにより,国内ではできない研究開発が行えるという,双方にとって得るものが多い,まさに,日本の科学技術を外交の資源として用いたことで成しえた好例と言えるでしょう。

■「外務省参与(外務大臣科学技術顧問)」の設置
2015年5月,科学技術をさらに外交に生かすための取組が必要であるとの声に応え,その第一歩として提出されたのが,「科学技術外交のあり方に関する有識者懇談会」の報告書です。ここでは,国際社会において科学技術が有益な外交ツールとして活用されている中で,日本として戦略的に科学技術外交に取り組むための具体的な提言が盛り込まれました。それを受けて,新たに設置されたのが「外務省参与(外務大臣科学技術顧問)」です。2015年9月には,岸輝雄東京大学名誉教授が科学技術顧問として任命されました。

■外務大臣の活動支援とネットワークの構築
科学技術顧問は,独自の科学技術外交アドバイザリー・ネットワークを擁しています。これは,科学技術の各種分野における専門的な知見を科学技術顧問の下に集め(「科学技術外交推進会議」),科学技術外交の企画・立案に活用しよう,という意図のもと構築された人的ネットワークです。2016年に行われたG7伊勢志摩サミットや,第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)に際しても,科学技術外交推進会議での議論をもとに,岸顧問が岸田外務大臣(当時)に知見の提供や提言を実施。これらの国際会議で日本が議論をリードする上での大きなサポートとなりました。同時に,国際会議への出席や,海外の科学顧問や科学者,研究者との会談,現地の科学技術関連施設の視察などを通して海外とのネットワークを強化する一方で,「科学技術外交シンポジウム」での発信など,国内における理解促進についても積極的に活動を行っています。

■科学技術顧問の活動 - SIPキャラバン
外務大臣科学技術顧問の活動の中で,就任以来,岸顧問が精力的に取り組んでいるのが,対外発信です。そのひとつに内閣府と連携して行っている「SIPキャラバン」があります。SIPとは「戦略的イノベーション創造プログラム」の略称で,科学技術イノベーション実現のために創出した新しい国家プロジェクトです。府省や旧来の分野の枠を超え,日本が世界を先導する11の課題に取り組んでいます。2016年からは世界各都市で,このSIPについて紹介するイベント「SIPキャラバン」を実施。在外公館の協力を得て,6月にはベルリン,10月にはウィーン,パリ,ロンドン,翌2017年3月にはジャカルタで開催しました。これらのSIPキャラバンでは岸顧問がプレゼンテーションを行い,科学技術顧問という立場から日本の研究開発成果をアピールしました。現地の科学関係者や外交・国際機関関係者からは,自動走行システムや,ドローンやロボット等を用いたインフラ維持管理・更新・マネジメント技術等の日本の先端技術に対して,非常に高い関心を得ることができました。

■今後の展開 - 国際社会への貢献
科学技術外交推進会議は,2015年9月に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の実施に向けて,日本としてどのように貢献していくべきかという討議を実施し。2017年5月には提言としてとりまとめました。この中では,「日本外交は科学技術イノベーションを通じる,世界におけるSDGsの実施を積極的に先導する役割を果たすべきである」というメッセージが強く打ち出されました。外務大臣科学技術顧問を通じた外交への科学的助言体制は,日本の外交に新たな特色を生み出しています。さらに2017年8月に行われた「外務大臣科学技術顧問のこれまでの活動と今後の方向性について」を検討する作業部会では「科学技術を通じて国際社会に貢献するというメッセージを明確にすることは,我が国のソフトパワーを高める」と指摘しています。日本の科学技術力は国際的に高い評価を得ており,日本が誇る大きな資源のひとつです。この資源を外交に生かすことで,地球規模の課題に大きく貢献できる能力と可能性をまだまだ秘めています。日本は今後も,二国間・多国間の科学技術協力や科学技術顧問の活動等様々な,科学技術外交の取組を継続的に推進していく方針です。