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Vol.162 2017年11月14日
最近の化学兵器の使用と国際社会の取り組み

シリアでの化学兵器の使用やクアラルンプール国際空港ターミナル2でのVXガスの使用など,2017年に入ってから世界で化学兵器が使われた事案が頻発しています。日本もかつてサリンを使用した化学テロを経験しており,多くの犠牲者が出ました。化学兵器の脅威は,決して遠い世界の問題ではありません。「化学兵器のない世界」を実現するために,国際社会は,そして日本は,どのような取り組みをしていくべきなのかを考えます。

化学兵器とは

化学兵器とは,化学剤を含む弾薬等を爆発等させることによって一度に大量の人を殺傷するものであり,核兵器や生物兵器と並ぶ大量破壊兵器のひとつです。これまでに化学兵器として開発されたものには,サリンやVXガスのような「神経剤」(神経伝達を阻害し筋肉痙攣や呼吸障害を引き起こす),マスタードガスのような「びらん剤」」(皮膚や呼吸器系統に深刻な炎症を引き起こす),シリアで頻繁に使用されている「塩素ガス爆弾」(目や呼吸器の粘膜を刺激し,呼吸障害を引き起こす),その他「血液剤」(血液中の酸素摂取を阻害し身体機能を喪失させる),「窒息剤」(気管支や肺に影響を与え窒息させる)などがあります。

 

化学兵器使用の歴史

1995年 地下鉄サリン事件近代において初めて大規模に化学兵器が使われたのは,第一次大戦中,ドイツ軍がベルギーのイーペルで連合軍に対して行った毒ガス攻撃だと言われています。第一次大戦後,1925年のジュネーブ議定書で「窒息性ガス,毒性ガス等の戦争における使用」が禁じられたものの,開発や生産および貯蔵までは禁止されていませんでした。その後の第二次大戦,そしてイラン・イラク戦争でも化学兵器は依然として使用され,「弱者の核兵器」と言われながらも,大量破壊兵器の中では最も実践的な兵器として使われ続けてきました。近年では国家間の戦争以外でも,内戦やテロリスト団体による使用が頻発しており,日本でも1994年の松本サリン事件や大阪でのVXガス事件,1995年の地下鉄サリン事件など,オウム真理教によって幾多の化学兵器が使用され多くの犠牲者が出たことは,20年以上経った今でも私たちの記憶に鮮明に焼き付いています。

 

「化学物質」は私たちの身近にあるもの

このように歴史をたどっていくと,「化学兵器」というのは特別な状況下で使用される特殊なものと思えるかもしれませんが,実はそれら毒性化学物質を生成する前段階の物質等は,洗剤や殺虫剤など,私たちの日々の生活を支えている製品にも多く用いられています。化学物質は,使い方を間違えさえしなければ,私たちの生活を豊かにしてくれるものです。ただし,戦闘行為や他人を殺傷するために用いてしまうと,一変して残忍な兵器と化してしまいます。このため,化学産業の発展と化学兵器の廃絶は,両立が大変難しいものです。化学兵器を廃絶するには,国家の枠を超え,国際社会全体で取り組んでいく必要があるのです。

 

化学兵器禁止条約(CWC)の発効

締約国会議の様子イラン・イラク戦争や,冷戦の終結を受け,国際社会では化学兵器に対する問題意識が高まり,条約策定の機運が生まれてきました。そのような状況下で1997年4月に発効したのが「化学兵器禁止条約(CWC)」です。この条約の大きな特徴は,化学兵器の使用のみならず,開発から生産,貯蔵・保有,移譲に至るまでの幅広い範囲を「全面禁止」していることです。VXガスやサリンといった化学物質だけではなく,ミサイルなどその化学物質を運搬する手段や前述の前駆物質も化学兵器と規定して禁止しており,米国やロシア等が保有している化学兵器については「一定期間内(原則として10年以内)に全廃」することを定めています(*註)。また,保有する化学兵器や化学兵器生産施設の「申告」の義務化や「抜き打ち査察」の受け入れなど,実効性のある「検証制度」を有するのも特徴のひとつです。加盟国は現在192か国に上り,北朝鮮,イスラエル(署名済み),エジプト,南スーダンを除くすべての国連加盟国が加盟しています。

(*註)2017年9月,ロシアは同国が批准したCWCに沿って国内に残っていた化学兵器の廃棄を完了したと発表しました。他方,米国は同兵器の2022年末までの廃棄完了を目指しています。

 

ノーベル平和賞を受賞した「化学兵器禁止機関(OPCW)」

化学兵器禁止条約の発効の翌月(5月)には,「化学兵器禁止機関(OPCW) 」がオランダ・ハーグに設立されました。OPCW は化学兵器禁止条約に基づき,世界的な化学兵器の全面禁止及び不拡散のための活動を行う国際機関です。「申告」と「査察」という検証を実質的に行っており,設立以来計約6,200回,約8,600カ所の査察を実施しています(2016年3月現在)。査察は,複数人から成る国際査察チームが実際に施設に立ち入り,製造設備に疑わしい部分はないか,原材料の購入量と生産量の数字のつじつまが合うか,製造記録に不自然な点はないかなどが調べられます。さらには現場でサンプルを抜き取って化学分析をすることもあります。また査察以外にも,セミナーの開催や訓練コースの開設など,締約国数の増加(条約の普遍化)や締約国間の協力を積極的に推進する取り組みを行っています。このOPCWの活動により,シリアでは,申告された化学兵器の廃棄が実施完了しました。OPCWはこれらの実績と,「化学兵器のない世界」を目指した広範な努力が評価され,2013年にはノーベル平和賞を受賞しています。

オランダ・ハーグにあるOPCW本部(左)と,ノーベル平和賞受賞時の様子(右)
サンプル分析を行うOPCWラボラトリー(左)と,査察中のサンプル収集の様子(右)
 

日本の取り組み

化学産業が発展している日本は,OPCWの査察を数多く受け入れている国のひとつです。年間およそ240件のOPCW査察のうち,20件程度は日本の化学工業関連企業や研究施設が対象となっており,その都度条約に基づき査察の受け入れを行っています。そもそも日本は,化学兵器禁止条約の執行理事国に継続して選ばれている主要締約国のひとつです。OPCWに対して米国に次ぐ第2位の分担金を拠出しているほか,シリアの化学兵器廃棄に関しては可能な限りの協力を行ってきており,OPCW及び国連に対し総額15億円を拠出しています。また,2014年のミャンマーの条約批准に代表されるような未締結国への締結支援や,アジア諸国の国内実施強化のための取り組み,アジア地域の途上国からの研修生受け入れなど,OPCWに対して具体的な協力を積極的に行っています。

 

中国での遺棄化学兵器処理

また,日本が政府全体として取り組んでいる事業のひとつに,中国での遺棄化学兵器処理事業があります。これは,第二次大戦終了までに旧日本軍によって中国に持ち込まれた化学兵器が,終戦後も残置されたままになっていることに起因する問題です。化学兵器禁止条約には「老朽化した化学兵器及び他の締約国の領域内に遺棄した化学兵器も廃棄する」という内容が含まれています。日本はまさにこれらを「遺棄した化学兵器」と認識し,中国での処理事業(発掘・回収・廃棄)の実施や中国との協議,現地調査,OPCWとの連絡・調整業務などを実施。現在までに中国各地で,約6.2万発の遺棄化学兵器を発掘・回収し,約4.9万発を処理しています(2017年10月現在)。OPCWに申告済みのもの以外にも,中国には未だ多数の遺棄化学兵器が埋没していると推測されており,日本は今後も中国政府と連携して,この事業を推進していきます。

中国での遺棄化学兵器の発掘の様子
 

CWCのこれからの課題

検証制度の実効性や加盟国数などから,「モデル軍縮条約」とも言われる化学兵器禁止条約ですが,発効から20年たった今,新たな課題も抱えています。直近で言えば,2017年4月にシリア北部(イドリブ県)で行われた空爆で,サリン等の神経ガスが使われたことがOPCW事実関係ミッション(FFM)によって「断定」されたことです。アサド政権はこれを否定していますが,OPCWは今後の対応を協議しています。又,化学兵器禁止条約が策定された目的のひとつでもある,各国の軍が保有する化学兵器の廃棄について(*註前出)の取り組みは現在も続いており,化学兵器を破棄するための技術開発をさらに促進させていく必要があります。また老朽化した化学兵器が,日本はもとより各国で断続的に発見されていますが,それらの申告と破棄までのプロセスを,今後も引き続き注視していく必要があります。さらに未加入の4か国(北朝鮮,イスラエル,エジプト,南スーダン)を加盟に導く取り組みや化学物質を安全に利用するための啓蒙活動の他,軍隊が使用する前提での「化学兵器の軍縮」から,非国家主体やテロリスト集団などによる使用の防止への移行など,条約起草時には想定されていなかった事態への適応も求められてきています。

 

発効20周年を迎えて

化学兵器禁止条約(CWC)20周年記念式典の様子2017年,化学兵器禁止条約は発効から20周年を迎えました。本年6月にパリで行われた,オーストラリア・グループ(AG)(生物・化学兵器関連物資・技術の拡散防止のための国際輸出管理レジーム)の総会において,AG参加国は,シリア及びイラクにおける化学兵器の使用に関する証拠及び疑いに対して強い懸念と遺憾の意を表明するとともに,過去20年間にわたる化学兵器禁止条約の実施に関わるOPCWの重要な業績を改めて強調しました。「化学兵器のない世界」を目指すには,国際社会はさらに連携し,化学兵器禁止条約及びOPCWという枠組みを中心に,さらなる活動を推進していく必要があります。日本は国際社会の一員として,また松本サリン事件・地下鉄サリン事件という化学テロを唯一経験した国として,化学兵器の危険性を広く周知させるとともに,化学兵器の廃棄に関して国際社会をリードしていく責務があります。日本は化学兵器禁止条約およびOPCWの活動を支えながら,これからも化学兵器廃絶に向けて,最大限努力していく方針です。

 
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