ASEAN(東南アジア諸国連合)は,2015年末までに「政治・安全保障共同体」「経済共同体」「社会・文化共同体」から成る「ASEAN共同体」の構築を目指し,現在様々な取り組みを加速しています。今回は,目覚ましい経済成長を遂げ,存在感を増すASEANの将来への展望と,日本の協力について解説します。
■ASEAN共同体への歩み
ASEANは,1967年に設立された,東南アジアの地域協力機構です。毎年首脳会合の他,閣僚会合や高級事務レベル会合等を開催し,政治・安全保障,経済,社会・文化,対外諸国との関係等,幅広い議論を行っています。設立当初は,比較的ゆるやかな協力形態でしたが,中国やインドの台頭,WTO体制の停滞,1990年代後半からのアジア通貨危機などの国際情勢を受け,より強固な共同体構築の機運が高まってきました。2003年の会合でASEAN各国首脳は,「第二ASEAN協和宣言」を採択し,2020年までに「政治・安全保障共同体(APSC)」,「経済共同体(AEC)」,「社会・文化共同体(ASCC)」から成る「ASEAN共同体」を設立することで合意しました。2007年の首脳会合では,域内の経済統合の展望から,ASEAN共同体設立の目標年次を2015年に前倒すことを決定しました。2008年には,ASEANの機構強化および意思決定過程の明確化を目的とした「ASEAN憲章」を発効,2009年には3つの共同体の「ブループリント」(青写真)から成るロードマップを発出し,ASEAN共同体設立に向けた明確な道筋が示されました。
ASEAN共同体構築までの経緯 | |
1997年 | 2020年までに「ASEAN共同体」を目指すとのビジョンを提示(「ASEANビジョン2020」) |
1998年 | 「ASEANビジョン2020」実現のための第1次中期計画「ハノイ行動計画(1999~2004年)」を採択 |
2003年 | 「ASEAN共同体」を「安全保障共同体(ASC)」,「経済共同体(AEC)」及び「社会・文化共同体(ASCC)」の3つの柱により構築することで合意(「バリ・コンコードII」)(ASCについては,後に 「政治・安全保障共同体(APSC)」に改称) |
2004年 | 第2次中期計画「ビエンチャン行動計画(2004~2010年)」を採択 |
2007年 | ASEAN共同体構築の目標を5年間前倒しし,2015年とすることで合意(「セブ宣言」) ASEAN憲章採択(2008年12月発効) |
2009年 | 第3次中期計画として,3つの共同体のブループリントから成る「ASEAN共同体ロードマップ(2009~2015)」を採択 |
2014年 | 「ポスト2015年ビジョン」の主要な要素に合意(「ネピドー宣言」) |
2015年 | 11月のASEAN首脳会議で「ASEAN共同体ビジョン2025」に合意予定 |

■ASEAN共同体とは(1) 政治・安全保障共同体(APSC)と社会・文化共同体(ASCC)
ASEAN共同体は「政治・安全保障」,「経済」及び「社会・文化」という3つの柱による協力から構成されています。まず,政治・安全保障に関する「政治・安全保障共同体(APSC)」は,政治的協力を強化することにより,紛争予防および紛争の平和的解決,平和構築等を促進し,域内協力のみならず,域外の国や地域との関係強化を図ることを目指しています。現在は「価値と規範を共有する,ルールに基づく共同体」「総合安全保障のため責任を共有する,結束し,平和で安定し,強靭性がある地域」「ダイナミックで外に向かう地域」という目標に基づいたブループリントにて,147の行動項目が設定され,それぞれに向けた取り組みがなされています(うち87%は実施済/2015年4月時点(アニファ・マレーシア外相発言))。次に,社会・文化に関する「社会・文化共同体(ASCC)」は,ASEANにおける社会的・人間開発関連についての課題解決を目的としており,ブループリントでは「人間開発」「社会福祉・保護」「社会正義と権利」「環境持続性の確保」「ASEANアイデンティティーの構築」「格差是正」に関する339の行動項目を設定しています。そのうち86%が実施済みであることを2014年2月の中間報告で発表しています。
■ASEAN共同体とは(2) 経済共同体(AEC)
3つの柱の中で統合の牽引力となっている「経済共同体(AEC)」の実現に向けて,ASEAN域内では以前より,物品,サービス,投資分野の自由化を行ってきました。物品については,1992年に「ASEAN自由貿易地域(AFTA)」が創設され,段階的な関税引き下げを実施。2008年にはより包括的な「ASEAN物品貿易協定(ATIGA)」が署名されました。サービス分野においては,1995年に「ASEANサービスに関する枠組み協定」に署名。協定発効後は段階的に,自由化を行っています。投資については,1998年に「ASEAN投資に関する枠組み協定」(AIA)に署名し,投資の保護については,ASEAN投資促進保護協定(IGA)が1987年に署名され,2009年には,これら2つの協定を一本化した「ASEAN包括的投資協定」(ACIA)が署名されています。現在ブループリントでは「単一の市場・生産拠点」「競争力のある経済地域」「衡平な経済発展」「世界経済と統合」という4つの柱の実施計画のもと,229の優先行動項目を設定しました。このうち,2015年8月までに91.5%が実施済みであると,同月のASEAN経済大臣会議議長声明で発表しています。
AECブループリントの進捗と課題 | ||
分野 | 進捗(2015年1月時点) | 課題 |
物品貿易 | 関税撤廃:ASEAN6は99.2%撤廃済み,CLMV諸国は2015年までに93%,2018年までに100%撤廃予定。 ASEAN物品貿易協定(ATIGA): 2010年発効。物品の域内自由移動を実現するための法的枠組。 | 非関税障壁:撤廃に進展が見られず。2009年~2013年の間,ASEAN各国で186の非関税措置が実施されたとのアジア開発銀行(ADB)の調査もあり。 |
サービス貿易 | ASEANサービス貿易枠組協定(AFAS): 10回のパッケージ交渉により128分野での自由化を目指す。第8パッケージ議定書(80分野)まで発効済み。 | 第1モード(越境取引),第2モード(国外消費)は完全自由化が進展。第3モード(拠点の設置)については,ASEAN企業に対する外資出資率70%以上の開放が目標となっているが,自由化が限定的な分野も多い。 |
投資 | ASEAN包括的投資協定(ACIA):2012年発効。製造業等の分野における内国民待遇,経営幹部の国籍要件等について自由化を約束。 | ACIAの留保表に記載される自由化例外分野の削減を目指す。 |
人の移動 | 資格の相互承認協定(MRA): 8分野(エンジニアリング,看護,建築,測量技師,会計,開業医,歯科医,観光)で協定を作成。 | サービス貿易の枠組みの下での第4モード(人の移動)自由化は熟練労働者に限って実施。ビジネス訪問者,企業内転勤者等の自由な移動を規定する 「ASEAN自然人移動協定」が作成されているが,未発効。また,資格の相互承認協定についても,各国の締結手続進捗により実施についてはばらつきあり。 |
■EUとの違い
「地域の統合」と聞くと,私たちが思い浮かべる前例として,欧州連合(EU)があります。しかしその内容には,似て非なる部分が多くあります。EUは,欧州連合条約に基づき,経済通貨統合や共通外交・安全保障政策,警察・刑事司法協力等,より幅広い分野での協力を進めている政治・経済統合体です。国家主権の一部委譲や,単一通貨であるユーロ導入,欧州議会の発足等を実現しています(注:EU加盟28ヵ国のうち19ヵ国が導入)。一方ASEAN共同体では,各国の主権が尊重されており,意思決定は原則として協議とコンセンサスに基づいて行われます。この差は,EUでは,加盟国が主権の一部を委譲する形で統合を進めたのに対し,ASEAN共同体はASEAN諸国の国家主権を維持する形で共同体を構築するというアプローチの違いからきています。したがって,2015年末のASEAN共同体の設立をもってASEANがEUのような単一通貨を持ったり,ASEANの議会を発足したりする訳ではありません。
ASEAN | EU | |
加盟国 | 10カ国 | 28カ国 |
人口 | 約6億3千万人(2013) | 約5億7百万人(2014) |
GDP(注1) | 約2.4兆ドル(2013) (約288兆円) | 約13.9兆ユーロ(2014) (約1,876.5兆円) |
一人あたりGDP | 3,832ドル(2013)
(459,840円)
域内最大: シンガポール(55,183ドル(6,621,960円)) 域内最小: ミャンマー(916ドル(109,920円)) |
27,509ユーロ(2014) (3,713,715円) |
日本との貿易額 | 237,568億円(2014) | 157,541億円(2014) |
事務局の規模(予算) | 単年予算規模は,1,900万米ドル(約23億円)(2015)※10か国が均等割拠出 | 約68億ユーロ(約9,032億円)(2014) |
事務局の規模(人員) | 298名(2015年9月) | 約33,000人(欧州委員会職員数) |
政治分野 | ・協議とコンセンサスに基づく意志決定
・内政不干渉 |
・欧州議会
・共通外交 ・安全保障政策 (CFSP)/共通安全保障・防衛政策(CSDP) |
経済分野 | ・関税撤廃(2018年予定) | ・関税同盟(注2) ・欧州中央銀行 ・単一通貨(ユーロ) |
社会分野(人の移動) (注3) | ・資格の相互承認協定(MRA) | ・シェンゲン協定(人の移動) |
引用:財務省,ASEAN事務局,欧州委員会,eurostat
(注1)1ドル=120円,1ユーロ=135円で算出 (注2)関税同盟は,加盟国間の貿易に対する関税を撤廃の上,域外に対する共通関税率を適用するもの。EUの経済統合の柱となる政策。 (注3)MRAは,締結相手国においても自国の資格を持って当該資格が認める職務を遂行できるもの。シェンゲン協定は,締約国国民及び合法的に入国した第3国国民の移動の自由を規定するもの。 |
■ASEAN共同体設立に向けた課題
順調に進められているように思われる域内統合ですが,一方でいくつかの課題も浮き彫りになっています。中でも最重要課題とされているのが,域内における開発格差の是正及びASEAN連結性の強化です。ASEAN連結性とは,物流や人の流れの円滑化を促進することで,域内の経済的一体性を高めようとするイニシアティブのことです。2010年10月のASEAN首脳会合では,インフラ整備などの戦略や取り組みをまとめた「ASEAN連結性マスタープラン」を採択。2015年までにASEAN共同体を実現するための重要なプロセスとして位置づけています。

■ASEAN共同体設立に向けた日本の支援
より統合され,安定,繁栄したASEANは,日本及び地域の平和と繁栄のため,極めて重要であるとの観点から,日本はASEAN共同体構築に向けた取組,及び課題解決のための事業を,全面的に支援しています。具体的には,ODAや日・ASEAN統合基金(JAIF)を活用した連結性の強化,域内格差是正のためのメコン地域の開発協力など,様々な支援や貢献を行ってきました(参考:日・ASEAN協力」。2013年の日・ASEAN友好協力40周年の際,安倍総理は特別首脳会議を実施するとともに,中・長期的な協力の方向性を示す「日・ASEAN友好協力に関するビジョン・ステートメント(PDF)」,「同実施計画(PDF)」,および「地域・地球規模課題に関する共同声明(PDF)」を発出し,日本と「新しいASEAN」とのパートナーシップが,より一層深いものになることを期待する旨を述べました。さらに安倍総理は本年5月に「質の高いインフラパートナーシップ 」を発表しました。「質の高いインフラパートナーシップ」は,ASEANを含むアジアの膨大なインフラ需要に応えるべく,日本がアジア開発銀行(ADB)とも連携して今後5年間で総額約1,100億ドルの質の高いインフラ投資をアジア地域に提供するものです。日本は,同パートナーシップの下,ASEANの経済発展に全力で取り組んでいきます。

■今後の展望と課題
このようにASEAN自身による取り組みの強化や,日本をはじめとする各国の協力のもと,2015年11月のASEAN関連首脳会議において,ASEAN共同体設立の式典が行われる見通しです。ただしASEAN共同体のゴールは, ASEAN全体が真の意味での「共同体」に進化していくことにあり,そのためには域内の連結性強化や開発格差の是正など,残された様々な課題の解決に向けた取り組みを,これまで以上に推進していく必要があります。共同体発足の式典では,今まで達成された到達点を確認するとともに,更なる統合に向けた今後の目標が打ち出される見込みです。 日本にとってASEANは,アジア経済の生命線である海上航路(シーレーン)が通過する要衝であり,東アジアの地域協力の中心であり,そして多くの日系企業が進出しているなど,様々な側面にわたる重要なパートナーです。日本は引き続き,ASEANとの信頼と友好の絆を強化していきながら,ASEAN統合に向けた積極的な協力を行っていく方針です。