近年,地球温暖化による海氷面積の減少や,それに伴う北極海航路の本格的な利用の可能性,資源開発の可能性など,北極に対する関心が高まってきています。一方で,北極における活動の可能性が高まれば,環境への影響などの課題も増えてくると考えられます。周りを海に囲まれた「海洋国家」である日本も,そうした北極の変化と無関係ではありません。日本の北極における研究・観測には長い歴史があり,その実績や経験は国際的にも高く評価されています。今回は,多くの可能性と課題が共存している北極の現状と未来,そして日本と北極との関わりについて考えていきます。
■北極圏とは
地球上の,北緯66度33分以北の地域のことを「北極圏」といいます。大部分は夏季以外凍結しており,真夏には太陽が沈まず(白夜),真冬には太陽が昇らない(極夜)日が1日以上ある地域です。氷と雪に囲まれた環境的にも厳しい場所ですが,現在,先住民族を始めおよそ400万人の人々が暮らしており,ホッキョクグマやトナカイなど,独特の生態系が育まれています。北極点を中心に広がる,北アメリカ・ユーラシア両大陸に囲まれた海域は「北極海」と呼ばれ,沿岸には,カナダ,米国,デンマーク,ノルウェー,ロシアの5か国があります(「北極海沿岸国」)。これらにフィンランド,アイスランド,スウェーデンを加えた8か国のことを「北極圏国」と呼びます。
■北極圏の“今”
近年,北極に関する大きな話題の一つは,海氷面積の減少です。地球温暖化の影響で,1978年以降,北極海の氷は10年で平均2.7%縮小しています。また,北極の観測データに基づく研究によれば,北極海の氷の減少は今後も続くと予想されます。北極海の氷の減少に伴い,北極海航路の利用増加や資源開発という新たな可能性が広がってきました。一方で,環境問題など,新たな課題も浮上してきています。

■北極海航路とは
「北極海航路」と呼ばれているルートには,大きく分けて二つあります。一つは,カナダ寄りの北西航路(図表:緑色),もう一つはロシアの沿岸を通る北東航路(図表:紫色)です。これらの北極海航路が開発されれば,例えば横浜からオランダのロッテルダムまでの運行距離は,スエズ運河経由ルートの約6割となり,大幅な短縮が見込まれます。ただし,北極海の航路は深度が浅く,氷結した部分が多いため,輸送船の衝突や座礁事故の可能性が高くなること,そのため輸送船には砕氷船の随行が必要になること,また依然として運航は夏季が中心であり,通年の定期化は難しいということも,北極海航路の利用の際の課題として挙げられます。
■北極海に眠る資源
また,海氷が減少することで,今まで氷の下に眠っていた,様々な資源を開発できる可能性も高まってきました。北極圏は,かねてから多くの未発見資源が存在しているとして,各国の注目を集めてきた地域です。例えば,未発見原油のうち,約30%が北極圏のアラスカ・ボーフォート海(米国アラスカ州北岸からカナダ北西岸の沖合一帯)に存在すると推定されています。天然ガスは,大部分が北極海の大陸棚に埋蔵されています。また,一般に,結氷海域やその周辺は良好な漁場であり,海氷の減少は漁業にとっても新たな可能性をもたらすかもしれません。
■環境への影響
このように,北極海の変化は,様々な方面に可能性を開く一方で,いくつかの課題も浮き彫りにしています。特に懸念されているのが,環境への影響です。北極海は多くが陸地に囲まれており,外部海域との海水の循環が少なく,汚染物質が内部に滞留すると長期間循環するため,環境被害が加速しやすい傾向にあります。船舶の座礁事故や海底油田の暴噴事故などが起こった場合,自然に油濁が除去されるまでに長い時間を要すると言われています。また,北極は地球の平均と比べて,温暖化の進行がほぼ2倍と言われています。北極域の急激な温暖化が,北極圏の環境だけではなく,大気の循環などを通じて地球規模の大きな環境変化を引き起こす可能性があります。


■北極に関する国際法
現在北極に関しては,南極条約のような個別の包括的条約は存在しません。それは,南極が「大陸」であるのに対し,北極は「海」であるので,国連海洋法条約を始めとする現行の海洋法が適用されるためです。北極海沿岸国は,2008年イルリサット宣言を採択し,北極海には既存の国際法の枠組みが適応され,北極海のための新たな法的枠組みの策定は必要ない,ということで一致しています。日本も,このイルリサット宣言を支持しています。
■北極評議会(AC)とは
北極地域では,各国間でどのような国際協力が行われているのでしょうか。現行の,北極に係る多数国政府間の枠組の中で,幅広い国が参加し安全保障を除く多様な分野を扱っているのが「北極評議会(AC)」です。ACは,1996年の「オタワ宣言」(1996年9月19日)に基づいて設立された,ハイレベルの政府間協議体であり,北極圏に係る共通の課題に関し,先住民社会等の関与を得つつ,北極圏諸国間の協力・調和・交流を促進することを目的としています。北極圏国8か国を「メンバー国」,北極圏諸国に居住する先住民の六つの団体を「常時参加者」,日本を含む非北極圏12か国,政府間組織等9団体及びNGO11団体を「オブザーバー」とし,各種会合を開催しています。2013年5月にキルナ(スウェーデン)にて開催されたAC閣僚会合では,2011年の「北極における上空及び海洋での捜索救助協力協定」に続き,「北極における海洋油濁汚染への準備及び対応に関する協力協定」が署名され,事故が発生した際に効率的な協力が可能となる枠組が策定されました。また,この会合で発表されたキルナ宣言は,北極における新たな課題と可能性に対応するために「ACの強化」を掲げ,「政策形成」から「意思決定」へ役割を移行することを目指しています。ACは,今後,経済フォーラムの開催等を通じ,他の地域的機関・国際的機関や民間の企業・団体と連携する機会を提供していく方針です。

■北極に関する日本の取組
日本は,これまでもACの各種会合に参加をしてきましたが,2013年5月のキルナ閣僚会合にて,正式にACのオブザーバー資格が承認されました。今後は,これまでよりも安定した地位からACの諸会合に参加すると同時に,北極に対する取組を行っている各省庁や,国立極地研究所を始めとした各種研究機関などが一体となり,“オールジャパン”としてより一層ACに貢献することを目指しています。海洋国家である日本にとって,北極海の問題は国益にも関わる大きな問題です。日本は,これまでの北極に関する学術研究で蓄積した知見をもとに,ACメンバー国や北極圏に居住する先住民の方々と協力しながら,ACの活動により本格的な形で協力していきます。
