
「ブータンと国民総幸福量(GNH)に関する東京シンポジウム2005」
(結果概要)
平成17年10月
10月5日(水曜日)、外務省は日本ブータン友好協会との共催により、公開シンポジウム「ブータンと国民総幸福量(GNH)に関する東京シンポジウム2005」を東京において開催した。このシンポジウムは、来年2006年の日ブータン国交樹立20周年を控え、両国関係強化の気運を高めるべく、内外の第一線で活躍されているブータン関係者の出席を得て開催され、約130名以上の聴衆の参加を得た。
シンポジウムでは、河井外務大臣政務官、ダゴ・ツェリン駐日ブータン大使の開会挨拶に続き、ブータンという国について、また、単なる開発ではなく、すべての国民の「幸せ」を増加させることを国家の使命とする「国民総幸福量」(GNH)の概念について講演が行われた。
(河井外務大臣政務官とブータン側出席者)
(パネルディスカッションの模様)
(参考)シンポジウム出席者
- 冒頭挨拶:
河井克行 外務大臣政務官
ダゴ・ツェリン 駐日ブータン大使
- 講演者(発言順):
平山修一 GNH研究所代表幹事
糸永正之 アラスカ大学フェアバンクス校特別顧問
カルマ・ゲレ ブータン総合研究所上級研究員
村田俊一 関西学院大学教授
河合明宣 放送大学助教授
草郷孝好 大阪大学大学院助教授
- 閉会挨拶:
栗田靖之 日本ブータン友好協会副会長
- 司会:
弓削康史 日本ブータン友好協会事務局長
平山修一 GNH研究所代表幹事
1.第1セッション:ブータンと日本
(1)河井政務官
- 本年6月、ブータンに内閣の一員として初めてブータンを訪問し、ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王陛下に拝謁した。その際、国王に対し、(イ)GNHシンポジウムの東京開催、(ロ)ブータンの憲法制定関係者の訪日、(ハ)2006年の日本ブータン国交樹立20周年記念行事の開催、を提案した。現在、日本の国会にはブータン友好議連が存在していないことから、来年の20周年を盛り上げていくためにも、自分が議連設立を呼びかけ中であり、既に2桁の議員の参加意思を得ている。
- 国際政治において、ブータンは日本にとって重要な国であり、(国連安保理改革に関する)G4決議案の共同提案国になることについて書面で支持を頂いた。また、愛知万博において、6月2日のブータン・ナショナルデー式典に、ジグミ・Y・ティンレ内務・文化大臣が訪日された。森戸名誉領事の御支援もあり、同万博でのブータン展示館は大きな成功を収めた。日本人の中にもブータン好きが確実に拡がりつつあり喜ばしい。
(2)ダゴ・ツェリン駐日ブータン大使
- 今回のシンポジウム開催に感謝。日本とブータンには深い交流の歴史があるが、二国間関係は古い自転車のようなものであり、動かすにはペダルを漕いでいかないといけない。皇室関係者の交流、愛知万博へのブータン高官出席、そして本年6月の河井政務官ブータン訪問と、両国関係は進展している。
- ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王陛下は、1970年代を通じて、ブータンの国民に資するべく、種々のシステム、メカニズムの導入につき検討を行った。他国のようにGNPを増加させる政策のオプションもあったが、これを敢えて選ばず、ブータンの国民の心、文化、環境にフィットするものとして「国民総幸福量」(GNH)の導入を決定した。GNHは、農村開発、Basic Human Needs、GNP増加にも資する、全ての要素に適合する考えでもある。
- GNHは幸福を実現するための手段であり、あくまで開発は人のために国民中心で行われるべきであり、また平等、均等であるべき。飲料水確保、医療・農業施設整備等は住民参加による開発によって実施されていくべき。また、国民の85%は農村に住んでおり、分権化の過程において、国民のエンパワーメント、エンタイトルメントが確保されていくことが重要。
- 日本は、ブータンへの経済協力を通じて、GNH実現に大きな役割を果たしている。1960年代に派遣されたダショー西岡(JICA専門家。外国人として唯一、貴族の称号にあたる「ダショー」が付与される)は農村機械化、食糧増産のために尽力し、また日本の支援により、多くの村に電気通信設備が整備された。今後は、GNHを着実に実施していくためにも、キャパシティビルディング等の人材育成プロジェクトが重要。
(3)平山修一GNH研究所代表幹事
- ブータンの人口、自然、宗教等、基本情報について説明。さらにブータンを紹介するDVDを放映。
- 日本からの食糧増産援助、青年海外協力隊派遣はブータンから大きく感謝されている。さらに、ダショー西岡、日本人で初めてブータンに入国した中尾佐助大阪府立大学教授等、過去に日本人関係者がブータンと築き上げた友好関係は両国の発展の礎として重要。
- 日本とブータンの皇室関係は極めて良好。1989年、1990年に、大喪の礼、即位の礼出席のため訪日したジグミ・シンゲ・ワンチュク国王陛下は、各国元首と異なり、日本政府関係者にODA増額要請を一切行わなかったことが知られている。
- 今後の日本とブータンの関係は、ブータンは日本の経済発展から、日本はブータンのGNHからそれぞれ学び、ギブアンドテイクの関係に加えて、パートナーとしての共通認識、理解を深めていくことが重要。
(4)糸永正之 アラスカ大学フェアバンクス校特別顧問
- ブータンの地域に人が住み始めたのは、紀元前1500~2000年と言われており、歴史の厚みのある国である。8世紀中頃の中国の「隋書」には、チベット南部における国の存在について記載されており、ブータンのことを想起させる。また、シェイクスピアはブータンを知っていたらしく、同情報に基づいて「マクベス」を書いたとも言われている。
2.第2セッション:GNH、その背景、現状と将来
(1)カルマ・ゲレ ブータン総合研究所上級研究員
- 幸福は、人の奥深いところにある願望であり、究極目標でもある。また、まわりが不幸であれば人は幸福になることができず、社会全体の幸福を追求していく必要がある。幸福の追求のため、1972年、ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王陛下即位直後にGNHの概念が生まれた。
- ブータンの開発は1960年代から進み、1972年までに2つの5カ年計画実施を通じて、先進国の経験・モデル等を研究した。その結果、経済発展は、南北対立、貧困問題、環境破壊、文化喪失につながり、必ずしも幸せに直結しないことが明らかになった。そこで、人の幸せを追求するGNHという概念を導入し、1)経済成長と開発、2)文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興、3)豊かな自然環境の保全と持続可能な利用、4)よき統治の4つを柱として開発を進めることとした。
1)経済成長と開発:ブータンの1人あたりGDPは834ドルと南アジアでモルディブに次いで2番目であり、また平均寿命も過去の46歳から66歳まで飛躍的に延びた。バランスのとれた開発を心がけるべく、人々に平等にアクセスを提供すると共に、累進課税による所得再配分を実施している。
2)文化遺産の保護と振興:文化・価値観は学校で充分に教えており、また大家族制のネットワークにより、ブータンにはホームレスがいない。
3)環境の保存と持続可能な利用:農民は環境に依存して生活しており、また河川下流のバングラデシュ、インド等のことも考慮して、勝手に環境を変えることなく、緑化、生物多様性保護を進めていくことが重要。ブータンの国土の26%が自然保存地区であり、また72%は森林地区。
4)よき統治:様々な国民参加型政治の導入を検討しており、1998年、国王は閣僚や国民議会に大幅な権限委譲を行う、大臣会議メンバーの国民議会における選挙の実施を決定。
(2)村田俊一関西学院大学教授
- 1日2ドル以下で暮らす人口は世界で20~30億人おり、日本人は特権階級に属するものの心にゆとりがなく、他方でブータンには乞食はおらず、非常にゆとりのある生活をしている。ブータンの子供は、学校教育により、HIV/AIDS、環境問題等をよく知っており、お金のかからない教育が着実に行われている。
- 日本がGNHから学ぶ点は多く、GNPが経済の豊かさ、社会幸福に直結しているとは言い難い。日本の予算は単年度主義であるが、ブータンは人間中心かつ自国に合ったペースでの開発を進めており、同開発を尊重することが重要。
(3)河合明宣放送大学助教授
- ブータンは環境先進国であり、森林法により、72%が森林地区として保護されており、木材輸出が外貨獲得の貴重な収入源となっている。また、森林保全の成果として、水力発電により、電力をインドに輸出している。また、国家管理による観光を振興しており、外国人から徴収される1日200ドルの観光経費のうち30%は国庫に納められる。
(4)草郷孝好大阪大学大学院助教授
- 日本は奇跡の経済成長を遂げ、約40年前と比べて1人あたりGDPは8倍に増加しているが、GPI(Genuine Progress Index)では、同40年間はほぼ横ばいであり、1980年代からはむしろ落ちる形で推移している。
- 教育、保健等も指標化したHDI(Human Development Index)では、日本は11位であるが、同数値を日本の地域別にみれば、東京は1位であり、青森は28位となっており、地域に応じて差異がある。
- GNHへの評価について、客観評価と主観評価をどのように組み合わせて指標化していくかが一つの課題。
3.第3セッション:パネルディスカッション
(パネリスト:糸永、村田、カルマ、河合、草郷出、モデレータ:平山)
以下2つの議題について協議が行われた。
(1)日本とブータンの友好関係の方向性
- 子供から年配者まで、幅広い世代間で交流を進めていくことが重要。中学校の教科書にはダショー西岡の記事が掲載されており良い傾向。日本のブータン留学生は35名にすぎず、民間も含めた交流拡大が望ましい。
- 今日の世界において各国は相互依存関係にあり、GNHもブータン単独では実施することができない。経済大国日本とGNHの国ブータンが関係を強化する余地は大いにある。
(2)GNHの日本への適用可能性
- 日本も昔はコミュニティが大きな機能を果たしてきたが、ブータンは今でも大家族制が一般的であり、孤児に対して社会全体でケアする気運がある。家族の中における教育も、日本において見直されるべき。
- 日本において、GNHを計量する研究、関連シンポジウムの開催検討が行われている。